第34話 親友
「雫さんもうやめよう。あんたの復讐はもう叶わない」
「雫……お願いだ」
「いやよ、いやよいやよ! そんなのはいや! だって一人しか……一人しかぁあっ……うう……! こんなことならさっさとみんな殺してしまえばよかったあああああああ。一番! 四番! 三番はどこ!? 誰か、誰でもいいからうごきなさいよおおおおおおおっ」
自分の七年間の復讐計画を邪魔をされ、八人中たった一人しか制裁を与えることができなかったことに激しく憤り、雫は自分の出せる最大の声量で泣き叫んだ。
「わたしはこの日のためだけに生きてきたのよ! 事件の関係者を突き止めるために一生懸命だいっきらいなアンドロイドの勉強して会社に入って……この最新機に近づくためにいろんなことを、体を汚すまでして……そしてとうとう最強の〝AZ(チカラ)〟を手に入れた……ようやくあいつらにとてお似合いの死に場所ができる準備が整ったのにっ! なのにこのザマじゃ、あの時死んでたほうがよか――」
「そんなこと言うな。そんなこと言うんじゃない!」
雫の言葉の最後を遮ったのは碧だった。碧は華奢な腕に精一杯力を入れて雫を抱きしめた。
「離しなさいよ! 撃つわよ……!」
「離さない。わたしはお前が大切だ。お前がわたしをどう思っていようと、わたしはお前といた時間すべてがたからものだった。家で引きこもるようになってからも遊びに来てくれたこと、言葉じゃ言えなかったが本当にうれしかったんだ」
雫の銃を持つ手がガタガタと震え始めた。
「たとえわたしとの関係が偽りだったとしても、お前といて幸せだったやつがここにいるんだ。お前に救われたやつがここにいるんだ。だから……」
「碧……っ」
「だから自分の人生を後悔なんてするんじゃない!」
碧の目からは涙が溢れ出していた。今まで言えなかった雫への感謝を伝えることができたのだ。
雫は目を伏せ、唇を強く噛んでから言った。
「わたしはあんたたちを本気で殺そうとしたのよ。本気で幸せそうなあんたたち家族を憎んだ。そんなわたしにどうしてそんなことが言えるのよ」
その問いに虎太郎が答えた。
「確かに雫さんのしたことは許されることじゃない。でもな、あんたと過ごした数年間の姉ちゃんを俺は知ってる。間違いなく今言ったように幸せそうだった。俺も見ていてこんな親友がいればいいって羨ましかったくらいだ。なあ、あんたは……雫さんは、本当に姉ちゃんを嫌ってたのか? 俺にはそうは見えなかった。ずっと一緒にいてずっと作り笑いしてるなんて無理だ。嫌っているなら俺でも蒼穹でも、今日になるまで違うアプローチで嫌がらせをすれば良かったはずだ。傷つければよかったはずだ。姉ちゃんともっと離れた関係でいようと思えばできたはずだ。でもしなかった。どうしてだ? 悪いけど雫さんって不器用だし、演技なんてできそうにないんだよ。誰だってわかる、雫さんは優しくて友達想いだ。なにも偽れやしない。だって今日まで自分の家族のために必死だったんだから」
「虎太郎……くん……」
「雫さん。俺はまた姉ちゃんと二人で仲良くやってほしいって心から思う。きっと二人なら大丈夫だ」
虎太郎が語り終える頃、雫の目には一筋の涙が頬をつたっていた。銃は手から離れ、両手は涙を隠すために使われていた。
「なんで、こんなわたしに……そんなこと……」
「本気の喧嘩なんて、やっぱり親友らしいじゃないか。なあ姉ちゃん」
「わたしは……わたしは……っ。碧っ……わたし……どうしたら」
雫は碧に目を向ける。すると碧は低めの声で言った。
「あーあーもう。てめぇはいつもそうだな」
碧は上を向き、大きく息を吸いこむ。
「めそめそすんじゃねーぞボケ!」
「――っ」
「てめぇはいつもそうだ! 課題レポート間に合わないっつって泣きついてきたり、体重増えただけで涙ぐんだり、そんなくだらないことばかり相談してくるくせに、一番困ってる時は一人で抱え込んじまう! なんなんだよ一体!?]
「え……」
「藤田雫!」
親友の名を呼び、碧は先程よりも強く雫のことを抱きしめた。
「こんな事件の計画は手伝ってやれないが……もっと違う平和的な方法だったら……いくらでも力を貸したのに。いつもみたいに一緒に悩むことができたかもしれないのに。やっぱりお前にとってわたしは邪魔な存在だったのか?」
「ち、ちが……」
雫は濡れた瞳を揺らしながら答えた、
「そうじゃない! 平和的な解決方法なんて十分に考えたわ! 考えたけど、だめだった。考えれば考えるほど憎しみが強くなっていった。どうしても許せなかったのよ、あいつらが! それに本当はあなたたちを巻き込む計画なんてなかった。なにも知られずにことを運ぶつもりだった。でもあなたたちが六番を手に入れてしまったから状況が変わってしまった。邪魔してくるから、今まであいつらに向けていた怒りの矛先をあなたたちにも向けてしまったのよ……。わたしはいつの間にかあいつらに制裁を下すことができるなら、すべてを失ってもいいと思い始めた。あなたたちの命でさえ……。ごめんなさい、ごめんなさい……っ」
「辛かったな。ごめんな」
碧は胸元で子どものように泣きじゃくる雫の頭をゆっくりと撫でた。自分より大きなその体は、今だけは少し小さく見えた。見守っていたアンナも優しい微笑みを見せていた。
「一件落着か――――っておお!?」
突然の建物全体の揺れ。机の脇に背中を預けていた後堂が叫んだ。
「地震……いやこれは」
「NMTが突入を始めたんだ! 余計なことしやがって」
穴のあいた遥か上空からヘリのバタバタという轟音。そしてこちらを照らす光が見えた。
「とりあえずここから出よう。俺は後堂さんと一緒に。アンナは倒れている他の〝AZ〟を連れてきてくれないか」
「はい。では急ぎましょう虎太郎さま。揺れが続いています。老朽化した建物内で先の戦闘が重なったため、今の振動で崩壊の危険があります」
それに頷き虎太郎は後堂に肩を貸した。
「わりーな。世話かける」
「……すみません。片山さんがこんなことになるなんて」
「お前は悪くない。いいんだよ」
後堂は目を細めながら片山の姿を見納めた。そして高校時代に知り合ってからのことを思い出した。
ロボットアニメが好きという共通の趣味があることを知ってからよくつるむようになった。いつも気弱で自分にくっついてくる存在。片山自身が悪に手を染めるなんてことは、正直ありえない話だった。虫も殺せない人間だったからだ。
あの事件についても、父である片山劉玄に反抗もできず従うことしかできなかった心の弱い――いや、優しい人間だったから逆らえなかったのだろう。逆らっていいことなどない。ただ単に家族間の関係をこじらせたくないと思っていたんだろう。
後堂自身もそんなことはわかっていた。しかし自分たちの造った〝AZ〟で人の命を奪ったことに、どんな理由があろうと関与したことは決して許すことはできなかった。
「じゃあな片山……最後はありがとうな」
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