第33話 美島アンナ

 懐かしい歌だった。いつも夜に歌ってくれていたあの歌だった。

 どこかぎこちなくて、でもとても温かかった。

 ある日を境にその歌は聞けなくなったけれど。

 いつの日か、あの人にもう一度歌って欲しかった。

 

 歌ってくれたその人の名前は――



「アンナああああああああ!」



 呼びかけと同時にアルメリアの体はびくんと跳ねる。

 それは虎太郎の大好きな人の名だった。

 雫は虎太郎めがけて銃弾を放つ。


 しかし――


 銃弾は虎太郎の顔面ギリギリのところで止められていた。アルメリアの手によって。

 雫は悔しそうに顔を歪ませた。


「アル……メリア?」


「…………コタロー。わたしは……」


「もとに、戻ったのか?」


 アルメリアはゆっくりと頷く。


「それにしてもなんで……なんで〝アンナ〟なんてパスが」


「それはな」


 後堂が答えようとしたが、


「おおきく、なりましたね。コタロー。いえ、虎太郎さま」


「え……?」


 虎太郎は思わず聞き返した。


「すっかり頼もしくなりました」


「どういう……ことだ?」


 アルメリアは虎太郎の頬に手を当て、長年会いたかった人にようやく会えた――そんな切ない表情をした。


「そいつには、お前たち美島家の〝AZ〟アンナの記憶が入っている」


「え?」


「実験後回収されたアンナの記憶データをアルメリアに移植したんだ。片山からのお前たちへの謝罪のつもりだったんだろう。実際壊れかけのデータだったようだし、最新のパーツとAIで構成された第四世代への互換性があるかは正直微妙だったはずだ。まずは通常の個体の様子を見るために、わざわざお前の音声認証パスまでかけて記憶をしまっておいたんだ」


「それでテスト段階で、この事件が起きたってことか」


「ああ」


「でも結局記憶データが中途半端に溢れ出して混乱したと。それでこの暴走を?」


 碧がそう推測する。後堂はそれに答えて言った。


「ああ。なにか予兆があったんじゃないか?」


 虎太郎は思い出していた。服を買いにアルメリアと二人で出かけた時、公園に差し掛かったところで頭痛を訴えていた。なにかの映像が流れるとも言っていた。頭痛はこの暴走の前触れであり、映像はアンナとしての記憶――虎太郎と公園で遊んだ時の思い出だったのだ。


 そしていくつもの戦闘が重なり、先ほど頭を強く打った時に完全に狂ってしまったのだろう。


「アルメリア……いや、アンナなのか?」


「はい。すみません。たくさん傷つけてしまいましたね。たくさん怖い思いもさせてしまいました」


 虎太郎は今自分がどうアンナに接していいかわからなかった。



「ふふ。アハハハハッ」



 突然甲高い笑い声を上げたのは雫だった。


「なによなによ。片山がなにか企んでると思って心配してた六番の秘密ってこれぇ? かなりどうでもいいんだけど! まったく時間の無駄だったわ! さっきの暴走が収まればもう恐れることはない――――」


 そう言って雫はトランシーバーのような端末を取り出し、


「来なさい。五番」


 低い声で言ったその言葉に虎太郎の心臓が再び跳ね上がる。忘れていたのだ。雫はもう一体〝AZ〟を操っていることを。

 雫の呼び出しから三秒、建物全体が崩れるような音と共に縦に大きく揺れた。崩壊するのではないかと思う振動と共に横の壁をぶち破って現れたのは、虎太郎が五番目にデザインした個体だった。


「呼んだ? 今充電中だったんだけど。んあ? なんか人が増えた。いや減った?」


 褐色肌をした黄金の瞳を持つ一五歳前後の少女型〝AZ〟は、腰に手を当て、どこか生意気な態度で周りを見回した。地面を引きずる程やたらと長い灰色の髪はゆらゆらと揺れ、この状況で見るとデザインした虎太郎本人であっても不気味さを感じざるを得なかった。


「そこにいる〝AZ〟。そしてこの建物にいるすべての人間をすべて消して。三分以内」


「三分ねぇ」


「早くしなさい!」


「了解オーナー。では早速」


《クレアシオン》で刀を一本生成し、一番近くにいた碧と後堂に狙いを定める。


「まずは二人!」


 勢いよく飛び出し、二人まとめて串刺しにしようとした瞬間、真横から強い衝撃を受けた。


「むうッ」


 蹴り飛ばしたのはアンナだった。しかし攻撃を受けて吹き飛ばされても相手は壁に激突することなくうまく壁に着地した。


「AnN‐A106〝アルメリア〟……か。ふーん、さっきすごいパワー感じてたけど、あれはあんたか。ちなみにあたしはAnN‐A105〝ディモルフォセカ〟。一分後にはさよならだけどよろしく」


「それはこっちのセリフです。出てきたばかりのあなたには申し訳ないけれど、無理な争いはもうやめましょう。ここでもう終わりです」


「は?」


「《ドミネートモード》起動」


 最初はソニアの記憶を消し、先程は不発で終わった《ドミネートモード》という機能。


「後堂さん、あれは一体なんなんだ」


「アルメリアだけに備えられた機能。それは――」


「AnN‐A105〝ディモルフォセカ〟に命じます。あなたは、藤田雫をのオーナー契約を解除しなさい」


 その命令に、ディモルフォセカは頭を抱え苦しんでいるような表情になる。あの時のソニアと全く同じだった。


「管理。そうあれは《ドミネート》というその単語の通り〝AZ〟を管理する機能だったんだ。あいつには〝AZ〟すべてを統括するプログラムが搭載されていたんだ」

「そんなものが……」


「三ヵ月前に頻繁に起きていた〝AZ〟の起動停止問題を覚えているか?」


 虎太郎は頷いた。よく覚えている。その謝罪で片山がインタビューを受けていたこと、それからすぐにそのトラブルがなくなったことも。


「片山の記録によると、あれは第四世代の中の一体に搭載する《ドミネートモード》の実験だったとある。製造番号からピンポイントで各個体を制御するためのな」


「それで故障した個体に一定のパターンがなかったのか」


「ああ。どの〝AZ〟に対しても問題なく制御できるか確認していたんだろうな。ソニアの記憶操作や契約解除はこれによるものだ。その時はおそらく戦闘中に身の危険を感じたアルメリアが無意識に使ったんだろう。だが今は意識的に使えている」


「もしかして痛覚プログラムがアルメリアに入っていたのって」


「あらかじめ入ってたんじゃなく、他の第四世代とリンクして入ってしまったってのが正しいだろう。本来はアルメリアは戦闘用ではないってことだが、やはりそれも他の個体から流れてきた情報だったのかもしれないな」


 すると雫が更に怒りの感情をあらわにして言った。


「なんなのよ! なんなのよもう! わたしに嘘をついていたのね片山ぁ……! あの時しつこく聞いたわたしに嘘の故障の原因を伝えて、わたしを納得させていたのねええ!」


 雫が大声をあげると同時にディモルフォセカは倒れた。これで雫との契約は解除されたはずだ。

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