第30話 復讐者
虎太郎は自分が銃を向けられていたこともわからないまま、横に倒れた。
ポタポタと血が地につく音がする。しかし虎太郎に痛みはない。自分の上になにかが乗っていることに気づき、ようやくぼやけていた目の焦点が合ってきた。
「おい、姉ちゃん……姉ちゃん!」
「大丈夫か虎太郎」
「もしかして撃たれたのか。俺のこと、庇って……!」
「当たり前だ。大切な弟だからな」
引き金が引かれる瞬間、碧はとっさに飛び出していた。頭が真っ白になっていたのに、弟が撃たれそうになっているのが目に入り、無我夢中で駆け出した。
幸い左腕を掠めただけで出血も少ない。
「あら碧。立ち直り早いのねぇ。せっかく時間かけて築いた関係を壊してあげたのに、無駄だったってこと?」
「無駄じゃないさ。今だって自殺を考えるほど落ち込んでいたところだ」
碧はゆっくりと立ち上がり、撃たれた腕を押さえながら雫をまっすぐに見つめた。
「雫、お前のことなにもわかってやれずにすまなかった。わたしはいつも自分のことばかり考えて、お前の苦しみにまったく気付けなかった。わたしがあの事件のことをいつか相談した時も、どんな気持ちで聞いてくれていたんだろうと思うと、いたたまれない気持ちになる。ほんとうにすまなかった」
「あんた、もしかしてわたしに同情してんの? はぁ? 同じ事件の被害者だからって、あんたの苦しみとわたしの苦しみを一緒にしないでくれる? 仲間ぶらないでくれる? あんたたち姉弟には絶対にわたしの気持ちはわからない! 大切な家族をわけのわからない実験のために殺されたわたしの気持ちなんて!」
「雫……」
「あんたがわたしの立場だったらどう? あの時親も弟も妹もみーんな殺されて、自分だけが生き残って……! その理由がアンドロイドに人を殺させる実験だと知って、それもその実験の存在すらなかったことにされて……それでも黙っていられる!? もしそこでなにもしなかったら人間じゃないわ!」
銃を強く握り直し碧に銃口を向ける雫。そして続ける。
「どう碧? わたしなにかおかしい? あんただって同じことをしたはずだわ」
力強い眼差しを碧に向けた。まるで同意されるのを待っているかのように。
「そう……だな。やり方は違うにしろ、アースヴィレッジには強い憎しみを抱いて復讐するだろうな。確実に」
「じゃあなんでそんなこと言うのよ! なんでわたしを止めようとするのよ!」
それはな――と碧は小さな声で言い、続けた。
「もしも逆の立場だったら――お前がわたしを止めてくれるはずだからだ」
「――っ」
雫は歯を食いしばった。
「意味が、わからない」
「家族のためにここまでできるやつが悪い人間のわけがない。お前は優しすぎたんだ」
「わたしは優しくなんてないわ。ただの復讐者よ」
「復讐なら、復讐した人たちの家族はどうなるか考えたのか? 子どもがいるかもしれないんだぞ」
「家族……? ハッ自業自得よ」
この七年間復讐だけを考えてきた雫にとって、あの実験を企てた人物を特定し制裁を与えること――それだけが生きる糧となっていた。それ以外の余計なことは考えない。
しかし、どれだけひどいことをした人物だったとしても、確かにそれぞれに家庭がある。制裁が無事終わったとしても、その家族はどうだ。雫に復讐を考える者もいるだろう。復讐が復讐を呼ぶ。簡単な連鎖だ。しかしそんなことは雫にはよくわかっていた。
「わたしの家族を殺して得た金で食べてたってことでしょ? ならその家族にだって死んでもらいたいくらいね」
そう言ってにやりと雫は笑った。
「ピピ――ピ――ターゲットを確認。これより排除します」
「アルメリア?」
突然のアルメリアの声に皆顔の向きを変える。そしてずっと握って離さなかった虎太郎の腕をここでようやく解放し、アルメリアはソニアとクリスが今も戦闘を繰り広げている箇所を見つめた。
それから一秒の静止があった後、アルメリアは勢いよく今いた場所を飛び出し、二体の戦闘に介入していった。
「アルメリアさん!?」
アルメリアはまず、高速で移動する二体の間に割って入ると、同時に両方の頭を掴み地面に叩きつけた。
その後まずソニアを対角線上にある壁に投げ飛ばし、クリスを目の前にあった壁に頭から叩きつける。
ソニアは今までの戦闘の消耗とクリスとの戦闘でだいぶ傷ついていたため、今の衝撃で沈黙してしまった。
クリスは壁に叩きつけられ、反動で返ってきたところに全力の蹴りが入る。もともと大きくヒビが入っていて脆かった箇所だったため、壁は砕け、部屋らしき場所を四つ貫通したところで勢いが止まった。
クリスはすぐさま立ち上がり、アルメリアを迎え撃とうと態勢を立て直す。しかしアルメリアの速度が予想以上だった。ターゲットとして捕捉する前に正面から膝蹴りを喰らってしまう。
続けて建物全体に大きな揺れが発生するほどの力でクリスを床に顔面を叩きつけると、床は砕け、顔面の人工皮膚が所どころ剥がれ落ち、骨格がむき出しになる。
なんとか距離をとり、アルメリアに向かって両手の剣を振り回す。しかしどれだけ剣を振っても当たる様子はない。決して攻撃の速度が遅いわけではない。回避行動にパターンがないため予測が立てられないのだ。
「うっ」
クリスは他の第四世代と違って痛みはないが、さすがに先ほどの攻撃が効いたらしく、メインカメラに乱れが生じ始めた。
アルメリアが《クレアシオン》で《ゼクスト・フリューゲル》に装備されている大剣を単体で生成する。
上から叩きつけるように剣を振り下ろすアルメリア。クリスは二本の剣をクロスさせ防御するが、弾き返すことができなかった。それどころかコンクリートの床にだんだんと埋もれ、動きが取れなくさえなっていた。
右手一本でクリスの動きを封じている隙に、アルメリアは左手で同じ剣をもう一本生成し始めた。完成したその剣でクリスの右腹部に剣を叩きつける。
金属同士が激しく当たる大きな音がしたが、フレームの頑丈さのおかげで、内部パーツまで傷つくことはなかった。だがこれ以上同じところに何度も攻撃を受ければどうなるかは考えずともわかる。クリスは手に仕込んである二本の剣をパージし、後方へ跳んだ。
しかしその後もアルメリアの圧倒的な攻撃――いや暴力と呼んだ方がいいものが続く。先ほどの二体の戦いとはまるで逆。クリスの服は次々と破れ、体は傷つき、先ほど以上に骨格があらわになっていく。
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