第22話 第四世代の力

《クレアシオン》は無事使用できた。アルメリアは現在ソニアによって新たに設計され直した飛行型戦闘マシン《ゼクスト・フリューゲル》で空中を駆っている。ミルトニアは背中に付いた二つの〈くの字型〉飛行ユニットでそれを追う。


 マニュアルはすべてインストールされているため、アルメリアにとって今このマシンは自分の手足のように操ることができた。


「待ちなさい! A106!」


「待てるわけないでしょーがっ!」


 夜は遅いがまだ街中は活気づいている。高度もそこまで高いわけではないため、おそらく空中を飛ぶ謎の飛行物体が二つあったと明日のニュースで取り上げられることだろう。


「てやああ!」


「――っ」


 細いビームがアルメリアのすぐ横をかすめる。振り向くとミルトニアがライフルを構えており、そのまま連続で三発撃ちこんだ。

 アルメリアは体を傾けロールすることで一発目を回避、続く二、三発目は急降下することで回避する。


「チッ」


 この回避により高度ががくんと下がり、アルメリアは歩道橋をくぐり抜けた。驚きでぽかーんとする通行人に笑顔で謝りながら通過すると、その隙に前に出たミルトニアがライフルを構え正面で待ち構えていた。


「そんな! こんなところで撃ったら!」


 回避すれば歩道橋に当たり、先ほどいた人たちに被害が出る。アルメリアが回避できない状況を見事に作りだした。


 ――直撃。

 二発連続で撃ち込まれた《ゼクスト・フリューゲル》は煙をあげるものの、行動不能には至らなかった。アルメリアは三発目が撃たれる前に体勢をを整え、一気にバーニアを点火させるとミルトニアとの距離を一気に詰めた。


 装備されている大型の剣を引き抜き、おもいっきり腕を伸ばしながらミルトニアに向かって突く。


 これはミルトニアには予想できた行動のため、回避は造作もなかった。宙返りするように上空へ逃れると、今度はアルメリアの剣に対抗すべく、全長三メートルはあろう巨大な刃物型のデバイスを瞬時に創りだした。


 後ろに回り込むミルトニア。今のアルメリアの攻撃の隙をつき、その大きな刃を軽々と縦に振ろうとするが、


「あああぁっ!」


《ゼクスト・フリューゲル》に搭載されている後方爆撃システムが作動し、ミルトニアに四発の追尾ミサイルが命中した。体勢を崩したが、これだけで倒せるはずもなかった。


「コタローやアオイはあんたを傷つけることを望んでない! できることなら引いてよ!」


「なにを言ってますのっ。あなたを破壊することがわたくしの目的。目的を達成させるためなら、わたくしはなんでもしますわ! 誰であれ傷つけることも厭わない!」


「どうして!」


「あなただって自分のオーナーが望めばそうするはずですわ! そうでしょう!?」


「わたしはっ……!」


 そのような会話がされる間にも激しい空中戦が繰り広げられている。一歩も引かぬ攻防。両者の力は同等のようだ。


「少なくともわたしは傷つけあうことを望んでない! オーナーの言うことは絶対だけど、それでも嫌なことを命じられたら、心の中で否定し続ける。それがいつかわかってもらえるよう努力し続ける! あんたはどうなの? 人を殺すように命じられたら、従うの?」


「ふっ、心の中……ね。そんなものがあれば、なにか違うのかもしれないけれど、でも」


 アルメリアに聞こえない小さい声で呟き、そしてミルトニアは今までよりももう一段階加速した。攻撃が何度かアルメリアを直撃する。


「わたくしたちは人間じゃありませんのよ! 人間に創っていただいたモノですわ! 命に従わず、なにをするっていうんですの!」 


「そんなの――」


 答えようとしたが、アルメリアの頭の中に再びなにかの映像が流れ込む。またあの時の子どもだった。


 アルメリアは頭をブンと振り、もう一本の剣を引き抜いた。


「そんなの決まってるでしょーが!」


 二本の剣を同時にミルトニアに叩きつける。刃物型デバイスで防御したミルトニアだったが、攻撃の重さに耐え切れず吹き飛ぶ。そしてどこかの高層ビルの窓を突き破った。

 追うアルメリア。しかし建物が壊れた際に発生した破片などでミルトニアが目視できない。瞬時にカメラがナイトビジョンから熱源カメラに切り替えることですぐに居場所がわかったが、その熱源は一気にアルメリア目掛けて急接近した。


「くっ」


「調子に……乗らないでくださる!?」



         



「もう少しで着くな」


 ソニアから送られてきた位置情報――ここは街から遠く離れた山道だった。


 本当にここでいいのかと不安になりながらも運転を続ける碧。そして虎太郎は先に着いているはずのNMTのことが気になっていた。


 連絡し一応取り合ってくれたものの、その後ちゃんと動いてくれたのか。また自分たちの言うことを信じて行ってくれたとしても、敵オーナーの所有する他の第四世代によって攻撃を受けていないだろうか。


 暗闇の中、車のライトと僅かな月明かりを頼りに進んでいく。しかし進むにつれ、それとは別の明かりが前方を照らしていた。


「ねえ。あれ!」


「まさか……っ!」


 碧が指差す方向――遥か遠くの夜の空が夕方のような茜色に染まっていた。

 車を止め外に出る二人。


「なんだよ……あれは」


 虎太郎は足がすくんだ。小さく見えるのはおそらくNMTの武装ヘリだ。それが煙を上げながらガトリング砲でなにかを撃っている。

 しかし轟音と共にヘリが爆散。一瞬辺りが明るくなった。よく見ると撃墜されたのはその一機だけではないらしい。墜ちて燃える鉄の塊はもう一つあった。


「あっ――」


 空中を見ると、ヘリよりも更に小さい豆粒のようなものが飛翔している。遠すぎるため正確ではないが、おそらく〝AZ〟だろう。


「まさかあれをあいつ一人でやったのか? そんな、圧倒的すぎるだろ……」


「あれが、第四世代の力……」


 もしこれが本当にあの一体だけでなされたのであれば、これ以上恐ろしいことはない。NMTは今では自衛隊や在日米軍と並ぶ軍事力を持つ大きな部隊だ。それがこうも簡単にいくつもヘリが撃墜されたのを見て、二人は愕然とした。これでは第四世代〝AZ〟が一〇体もあれば、簡単に国を滅ぼすこともできるかもしれない。


「――ッ。やばい。気付かれたか!」


 車のライトを点けたままだったのでそれに気付いたのか、〝AZ〟はこちらに体を向けていた。

 目が合っている。本当は遠くてわからないが、きっとそうだろう。


 しかし〝AZ〟は方向転換し、虎太郎たちが目指す目的地の方角へ飛び立っていった。まるで付いて来いと言っているように。


「なんだ? 今の」


「どうするこたろー。NMTもあんなだし、これじゃあ行っても……」


 虎太郎は数秒間沈黙。そして口を開こうと思った時、ネクケーから着信音が流れる。

 見ると知らない番号。虎太郎は恐る恐る通話ボタンをタップした。

 相手の顔は出ない。サウンドオンリーモードでの通話だ。


「だ、誰だ?」


『こんばんわ美島虎太郎くん。君がA106のオーナーだね』


 ボイスチェンジャーで声が変えられており、電話の主が男か女かは判別できない。


「あんたは……」


『オーナーだよ、あの子たちのね。そしてアースヴィレッジの本社と工場を破壊し、社員たちを連れ去った誘拐犯……と言えばいいのかな?』


 虎太郎と碧は顔を見合わせた。他の第四世代〝AZ〟のオーナーからコンタクトをとってきたことに驚いている。


「誘拐した人たちはどうした! なにもしてないだろうな!」


『ああ。今のところはね。社長を含む男性社員六名。女性社員二名の計八名をこちらで預かっている。ああそうだ、そろそろ彼らに制裁を与える時間なんだ。君も見学するかい? きっと楽しんでもらえると思うな』


「制裁だって?」


『来ればいい。〝あの事件〟の真相を教えてあげるよ』


「あの事件って――おい!」


 通話はそこで終了。

 ツーツーという音が虚しく流れ続けた。虎太郎はネクケーを強く握り締める。


「事件ってこたろー……もしかして」


「急がないと……!」


 目的地まであと一〇分もかからない。二人は車に再び乗り込み発進させた。


 



 目的地の終着点は、二階建ての病院ような建物だった。老朽化し、とてもこの時間に長居したくなるような場所ではない。辺りは草が生い茂り、建物の壁にはつるが覆われていた。一〇年近く人が足を踏み入れていないのではないかと思わせる場所だった。月明かりだけが頼りの二人はゆっくりと足を進めた。


「なんだここ。こんなところにいるのか?」


「車の跡があるね。たぶんここにいるよ」


 湿った地面には人質を運んできたであろう車のタイヤ痕が見える。それにによって植物がなぎ倒されていた。この中に犯人が――そして人質が助けを求めて待っている。二人は強く確信した。


「それにしてもどうやって入るんだ? 正面入口を使った様子もないし」


 カードキーによる施錠方法を使った鉄の扉。その扉は全体的に錆び付いており、取っ手も土や砂にまみれ、握られた形跡もなかった。窓も内側が汚れていて中の様子を伺うこともできない。 

 二人は建物の周りを見るため歩き出した。広々とした土地のため外周を回るだけでも五分以上はかかりそうだ。


「ソニアを待ったほうがいいかもしれないな」


「そだね。そろそろ来ると思うし、二人で突入は無謀すぎかも」


「……そういえばさ、姉ちゃん」


「ん?」


 二人はそのままゆっくりと歩き続ける。


「こんなところで聞くのもあれなんだけど。どうして姉ちゃんは……引きこもるようになったんだ? それに前は……そんな喋り方じゃなかったし」


 何故今になってこんな質問をしたんだろう。虎太郎は自分でもよくわからず、言った後で少し後悔した。だが、碧がようやく家から出ることができた今――そしてこれからなにが起こるかわからない今、知っておいたほうがいいのではないかとは思った。

 恐る恐る碧の顔色をうかがったが、やはり今までされることのなかった突然のこの問いに驚いたのか、碧の口がきゅっとしぼんだ。


「……ついに、聞かれちゃったか。そだね。話そうか」


 一回ゆっくりと深呼吸し、碧は語り始めた――二年前のあの日の出来事を。

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