第21話 ミルトニア

「どこいったんだよーセンセ。電話もでないし」


「確かに遅すぎるな」


 後堂が電話に出るためにここから出て、すでに半日以上が経つ。すでにすべての学生たち、職員などは帰宅している時間だ。

 その間にはソニアの想像以上の働きぶりにより、すでに武器データのインストールまで終了していた。


「あとは実体化できるかどうかですが」


「とりあえずここまででいいだろ。少し休めばいい」


「お気遣いありがとうございます虎太郎さま。わたしは大丈夫です。少し調整したいところもありますし」


「そうか」


 そんなやり取りの間、碧と蒼穹は奥の部屋で後堂の〝AZ〟たちと戯れ、アルメリアはテーブルに突っ伏していた。


「お前どうしたんだよホント」


「わかんない。さっきから頭に何か引っかかってるような感じがしてさ」


「引っかかる?」


 アルメリアは体を起こし、ソファーに座り直した。


「表現が難しいんだよね。なんかこう――」


 言いかけた瞬間、アルメリアとソニアは同時に窓の方を見た。


「なんだ?」


「同じ系列の型番が近づいてる……第四世代だよ。数は一」


 アルメリアは立ち上がり、窓の方へ向かった。


「どしたの?」


 碧と蒼穹も二体の異変に気づいたのか虎太郎の元へやって来た。蒼穹は不安そうに碧の袖をぎゅっと握っている。


「碧さま。どうやらわたしたちがここにいることが知られてしまったようです」


「そんな、ソニアたんのGPS情報はここを示してないはず。どうして」


「わかりません。この移動スピードですと……あと二、三分ほどでここに到着してしまいます」


 まさか――と一同は顔を見合わせる。


「センセも巻き込まれたって、いうこと?」


「わからない。でも可能性は、あるな」


 そして再び一同に緊張が走る。


『次のニュースです。本日午後七時過ぎ、三〇代の男性と思われる焼死体が神奈川県の山中で発見されました』


「――っ」


『身元は不明。遺体は比較的新しいとのことで現在警察にて身元を調査中です』


 嫌なタイミングでのテレビの殺人報道に虎太郎の額に汗が流れる。


「さ、さすがに関係ないだろ。それよりも今からの――」


 突然、研究室の窓が皆のいる方へ砕け散った。


「うわあ!」


「きゃあ!」


 虎太郎や他の者も叫び腕を顔の前でクロスさせる。思わず目をつぶったが、ガラスが虎太郎たちを直撃することはなかった。アルメリアが咄嗟にテーブルを持ち上げ皆を保護したのだ。


「悪い、助かった」


「当たり前っ」


 ソニアの計算ではあと二分は敵が来るまでに時間があったはずだ。途中でスピードをあげたのかもしれない。


「こんばんは。どうもはじめまして」


 そう挨拶すると窓の縁に片足をかけ、そして部屋の中へゆっくりと入ってくる。どこかの国のお姫様と思えるような純白のドレスのスカートをつまみ上げ、皆に向かって一礼した。栗色の髪全体にかかったウェーブや、お辞儀や歩く姿などの動作には気品がある。


「わたくしは第四世代アンドロイドAnN‐A104〝ミルトニア〟。少々これまでと計画が変更になり、わたくしにはA106の破壊のみが命じられています。それと――」


 ミルトニアはソニアの姿を見て腕を組んだ。


「あなたの救出も兼ねています。無事であるならもう一度使ってくださるとのオーナーのお言葉に感謝しなさいソニア。それにしてもなんですか、GPS情報が消えたので破壊されているものだと思えば、こんなところで敵と戯れているなんて」


 ソニアを見る虎太郎。するとソニアは口角を上げ答えた。


「……ふっ。別に戯れているわけじゃありません。色々とここには〝AZ〟の面白い情報があるものだから、少し調査を兼ねて留まっていただけです」


「……ソニア?」


 ソニアは冷たい表情で答えた。その返答に虎太郎たちは顔を強ばらせる。


「すみません〝美島さん〟。迎えが来ましたのでわたしはオーナーのもとに帰還します」


「オーナーってお前……。どういうことだよ!」


「ふふっ、そのままの意味です」


 ソニアは虎太郎をあざ笑うかのように鼻を鳴らした。


「それではソニア。わたくしはA106を破壊していきます。オーナーの現在の位置情報を送りますので先に行っていてください」


「了解しました。――と、そうだ」


 ソニアはなにかを思いついたかのような顔をすると、一番自分の近くにいた蒼穹の腕を掴みそのまま自分の方へ引き寄せた。


「や、なにすんの!?」


「蒼穹!」


「そららん!」


 虎太郎と碧はソニアに近づこうとしたが、隠し持っていたナイフを突きつけられて断念した。


「美島さん。この少女を傷つけてほしくないのであれば、A106については諦めることです。いいご判断を」


「兄さん! 姉さん!」


「それでは」


 ソニアは暴れる蒼穹を抱え、割れた窓から飛び出すとそのまま姿を消した。


「ひどいことをしますわねソニアは。まあこのほうがあなたたちもわたくしの言うことを素直に聞くでしょう。ではA106――おとなしくわたくしに破壊されなさい」


 ミルトニアがそう言うと、虎太郎は無言のまま歩き出し、アルメリアの前に立った。


「どうしました?」


「断る」


「はい?」


 思考の時間もないまま即答した虎太郎にミルトニアは目を丸くさせる。


「なにを言っているんですか? 馬鹿ですか? ここでわたくしがソニアにあの娘を殺すように命じれば、その場で命を奪うこともできるのですよ?」


「そんなことはできない」


「はぁ? まあいいでしょう。理解力が足りないようですわね。では望み通りあの娘の命を奪うことにしましょう。ソニア」


 ミルトニアは通信でソニアに語りかけるが、


「ソニア、ソニア? 一体どうしました?」


「ソニアにはそんなことはできないからな」


 ミルトニアは眉間に力を入れながらわずかに首を傾げる。


「蒼穹はあいつのサブオーナーだからだ。ちなみにこっちがオーナーさ」


 虎太郎は親指を碧に向ける。


「どーもー」


「は? そんなはずあるわけないでしょう? ソニアはあの方と契約されてますの。もう一度オーナー登録することなんて、簡単にできるわけがありませんわ!」


「理屈はどうあれ今はそうなんだよ。ソニアはお前のオーナーの位置を手に入れた。俺はこれからそこに行く」


「なんですって? そんなこと!」


 させませんわ! と言いながらミルトニアは体の向きを窓の方へ変える。ソニアを追うつもりだろう。しかしアルメリアはその行く手を阻む。


「ここを通りたくばわたしを倒して行け――ってね」


「A106……!」


「コタロー! 行って!」


「ああ! 姉ちゃん行くぞ!」


「うむ!」


 虎太郎たちは部屋を出て廊下を走りだした。まずは車を目指す。


「うまくいったねコタロー」


「そうだな。あとはアルメリアが勝つことを信じるしかない」




 ――虎太郎たちは後堂の帰りを待つ間、もしも今のような状況になった時のシミュレーションをしていた。


 第四世代〝AZ〟を操るオーナーの居場所を知るためにどうすればいいのか。それを知るには元敵であったソニアの協力が必要だった。

 ソニアが虎太郎たちを実は騙していたという設定にし、オーナーの居場所を特定することが目的だ。今回はGPS情報が簡単に貰えたので幸運ともいえる。


 蒼穹をさらったのは、ソニアに安全な場所に避難させてもらうためだ。そのまま校舎に残り戦闘に巻き込まれるのを虎太郎は防ぎたかった。虎太郎たちはそのまま車で移動するので、そのような時間はないかもしれないからだ。


「よし。ソニアからメールでGPSデータが送られてきた。ここからだと一時間はかかるな。ナビに転送するぞ姉ちゃん」


「あいよー。まかせときんしゃい」


 何事も無く駐車場までたどり着き、虎太郎はネクケーからカーナビにGPS情報を転送した。メールの追伸には蒼穹を警備の硬いホテルに送り届けるということと、済み次第すぐにこちらに合流すると書かれていた。


「警察とかNMTに連絡したほうがいいかや?」


「一応しておこう。相手がどんな奴かわからない以上、俺たちだけで行ってどうこうできるもんじゃないし」


「そうだね」


 碧はそう言ってゆっくりと車を発進させた。


「俺たちがなにができるかなんてわからない。いや、なにもできないかもしれない。それでも俺は知りたい。なんの目的で第四世代が生まれたのか。本当に戦うためだけに開発されたのかを」


「うん。姉ちゃんも、知りたい」


 碧は優しく微笑んで続けた。


「しずくんも助けなきゃだしね」


「ああ」


 車は走り始めた。後方には大きな爆発音が鳴り響いている。


「アルメリア……」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る