第12話 決意

「天井……テレビ……」 


 美島家は最上階のため真上に住人はいない。そのためけが人や目撃者が出なかった。それがせめてもの救いだろうか。防音や耐震の設備がいいからなのか、住民たちは先の騒動について特に騒いでいる様子は一切なかった。


「とりあえずそのままにしておくしかないだろ」


「はぁ……お母さんにしばかれる」


 蒼穹はソファーにぐったりと腰掛け、大きな穴があいた天井とテレビを見ながら深いため息をつく。


「で、どうだ姉ちゃん、なにかわかった?」


「うー。よくわかんないでよ。単純にバッテリー切れっていうわけでもないみたいだし。そもそもバッテリーは第三世代標準のものでも一回の充電で一週間は持つからねー」


「GPSは機能してる? してるならまずくないか?」


「ううん、たぶん大丈夫。すべての機能がダウンしてるみたい。でもここじゃこれ以上調べられぬ」


 碧はリビングに寝かせたソニアの体をチェックしていた。壊れてしまったのかそうでないのかは今のところ判断はつかないようだ。


「それにアルメリアたんの体もさっきのでかなり痛んでる。きちんとしたところで修理しないと治らないかもしー」


「修理……」


 彼女は人間ではない。機械だ。虎太郎はそう強く思おうとしているが、先の戦闘で見た痛み苦しむ姿が脳裏に焼きついて離れない。

 現在アルメリアは虎太郎の部屋のベッドに寝かせている。修理をしないと痛みが持続するらしので一旦電源を切っている状態だ。


「さて、と」


 そう呟いた碧は立ち上がり、自室に入っていった。

 不思議に思う虎太郎と蒼穹だったが、三分後、二人は硬直した。


「さあ、行くでよ」


 迷彩服にヘルメット。おまけに真っ黒なサングラスまで。どこからどう見ても、誰が見ても変な格好をして碧は現れた。


「ど、どうした姉ちゃん。部屋着にしては変な格好で……」


「決めたでよこたろー。今度こそ姉ちゃんは外に出る! 出てやるのさ!」


「えぇ!?」


 素っ頓狂な声で驚く虎太郎に対し碧は続ける。


「あたしにアンドロイド工学を教えてくれた人の所に行くでよ!」





 碧の決意は本当に固かったようだ。

 昨晩家から出られず玄関で佇んでいたのが嘘のように、大きく外への一歩を踏み出した。

 そして――


「やめろおおぉぉおおおっ。ペーパードライバーっがああああ!」


「うるさあああああああい! 集中できないいいいいいいぃ!」


 碧は車を運転していた。大きい三列シートのワンボックスカーで、助手席に虎太郎、その後ろに蒼穹。そしてその横に眠っているアルメリアとソニアが乗せられていた。

 さらに屋根を利用して、ソニアが使っていた武器を(重量は五〇キログラム以上あった)くくりつけ、一番うしろのスペースにはOSが入った虎太郎のPCが積まれている。


 最近の車には、事故回避のためのAIアシストシステムが搭載されている。よほどのことがない限り車が自動で危険を回避してくれるのだが、それでも虎太郎は、二年以上運転していない姉の運転が恐ろしくてたまらなかった。


「おげぇえええ」


「吐くな蒼穹ぁっ。くそっ、ほら袋」


 アルメリアに向かって吐いていた蒼穹に袋を手渡したが、時すでに遅く、エナメル製のボディスーツが少し汚れてしまっていた。


「はあまったく。一体どこに行くんだ?」


「大学」


「大学って……姉ちゃんの行ってたとこ?」


「そう」


「でもあそこってアンドロイド工学を教える学科なんてあったっけ」


「ない。でもめちゃくちゃ詳しい人ならいるでよ」


 そう言って会話は少し途切れたが、それからすぐに目的地に到着した。





 大学の駐車スペースに車を停め、碧は車内から大学を見上げた。


「人いっぱいいるけど、大丈夫かよ姉ちゃん」


「よよ、ようやく二年引きこもった成果を出す時が来たっ」


「なんの成果だよ」


 碧は一〇秒にわたる長い深呼吸を済ますと、大きく頷いてドアを勢いよく開けた。

 虎太郎たちの住むマンションの駐車場は地下にあるため、実際に碧が外に出たのは本当に二年ぶりである。


「どうよ、外の空気は」


「……うん。太陽が、気持ちいい」


「そっか、良かったな」


 実は虎太郎は、姉が二年前から家に引きこもり始めた理由を知らない。妹や両親も同様である。

 タイミングは二二歳の時。大学を卒業する半年以上前だった。

 本人はなにも言ってこなかったので、虎太郎は理由を聞くべきではないと判断し、話してくれるまで待っていようと今まで過ごしてきた。


 本当は真剣に話し合うことができればいいと思っていた。だができなかった。引きこもっていても自分たちには明るく接してくれているし、いつの間にかそれが普通になっていたからだ。


「さーて、行きましょうかね」


「ゲロゲロゲロ」


「蒼穹ぁっ!?」


 蒼穹は後部座席にて白目を向いて気絶していた。


「確かにすごい運転だったがこれほど被害を生むとはな。しょうがない、蒼穹は置いていこう」


「うう、すまぬ」


 虎太郎がそう言うと、碧は申し訳なさそうな顔をして蒼穹に一礼した。

 一旦虎太郎と碧で目的の人物に挨拶しに行くことにし、その間蒼穹と眠っている〝AZ〟の二体は車で留守番してもらうことになった。


 虎太郎には大学内は非常に新鮮だった。講義がない学生たちが和気藹々と廊下やロビーで暇をもてあそばしている。高校卒業後はすぐに就職するのではなく、こんなきれいな校舎でキャンパスライフを送ってみるのもよさそうだと虎太郎は思った。




 どうやら碧が向かおうとしているのは第三研究室というところらしい。そこにお世話になった人がいるという。


「クビになってなければそこにいるはず」


「クビって……。どんな人なんだ?」


「んー。変態の天才」


「どんな変態だ!?」


 天才だけど変態の言い間違いだろうと思ったが、すぐに瞬間碧の言った言葉が本当だと痛感させられた。


「ここ」


 目的の部屋に到着し立ち止まると、「入室時ノック! (絶対!)」と乱暴な字で書かれたデカデカとした張り紙がしてあった。しかしそんなことには目もくれず、碧はすぐに扉を開け放った。


「おーい。いるかやー?」


 虎太郎もそれに続いて入室した。


「ん……はぁッ!?」


 虎太郎は目を擦る。

 普通研究室というのは、実験道具がそこら中にあって、黒板に数式みたいなものがたくさん書いてあるようなイメージが一般的だ。しかしここはどうだろう。


 まず目に入ったのは、正面にある立派なガラステーブル、下に敷かれたふかふかとしたラグ、そしてテーブルをはさむようにソファーが二つ。さらには映画鑑賞でもするのか、現時点で五〇〇万円はする二〇〇インチの空中投影型ディスプレイの装置と大きな音響装置が設置されていた。

 まるで家だ。どこかの富裕層の家庭のリビングだった。


 そしてさらに虎太郎は度肝を抜かれた。

 研究室? の中にはさらに違う部屋へ繋がるドアがあった。そこにも先ほど同様「入室時ノック! (俺が返事するまで開けんな!)」という張り紙がされていたが、碧はそれも見なかったかのようにスルーしドアノブに手をかけた。


「おーい」

 ここも勢いよくドアを開けた。


「ぬおッ!? な、なんだぁ!」


「やっほセンセ。おひさ……って。ありゃ、まーた増えてるー」


 虎太郎はドアの隙間から様子を伺うと、そこにはキングサイズのベッドが置いてあり、そこには三〇代半ばくらいで髪の毛がぼさぼさ、無精髭が特徴の少し不潔そうな男が横になっていた。

 それもベッドには女性二人が半裸状態でその男に寄り添っていた。虎太郎は赤くなる。


「……」


「紹介するよこたろー。ここにいる変態さんが姉ちゃんのお世話になった人だよ」

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