第11話 痛覚

「アルメリア!」


 虎太郎は思わず名を叫ぶ。

 それからソニアは無表情でアルメリアを追うように上空へジャンプした。


「クソッ」


 虎太郎は舌打ちしながら、玄関へと駆け出した。廊下には先程気絶した二人がいたが、蒼穹がちょうど目を覚まし、アルメリアを追うように虎太郎へ促した。


「姉ちゃんを頼む」


「うん」


 非常階段を使い、虎太郎は屋上へと駆け上がる。

 屋上まで到着すると、中央の方にアルメリアが横たわる姿があり、その体に右足を乗せるソニアの姿が目に入った。


「おい! やめろ!」


「来ましたか。でも残念。この子はこれで終わりです」


 アルメリアの髪はくしゃくしゃになり、黒いエナメルスーツはボロボロだった。虎太郎がここまで来るわずか二分ほどで一体なにがあったのだろうか。


「い……たい。痛い――コタロー……」


「――痛い……?」


 アルメリアは腹部を踏みつけられながらそう言った。虎太郎は頭が回らない。痛いとはなにか。


「あぁッ」


 苦しそうに喘ぐアルメリア。


「わたしたち第四世代には余計な機能が付いていましてね。理由はわかりませんが、触覚の他に痛覚というものまで存在するんです」


「痛覚だって? そんなことが――」


 あり得るのか。虎太郎はアルメリアを見た。

 血こそ流れはしないが、表情を歪めながら痛がる姿、それはまさに人間だった。

 間違いなくこの第四世代〝AZ〟は戦闘用アンドロイドのはずだ。だがそれなら何故痛覚など必要とされるのか。戦闘に余計な機能などない方がいいに決まっている。


「まあ、壊されるときの痛みについてはどうなるかわかりませんが、なるべく苦しまずに済むように一瞬で破壊します」


「こ……タロー」


 ソニアは剣を振り上げた。アルメリアはもう抵抗を諦めたのか、ゆっくりと虎太郎に向かって右手を伸ばした。


「なんで、そんな顔で俺を見るんだよ……なんで……」


 先程起動したばかりのアンドロイド。ろくに会話はしていない。自分たち家族を守るため仕方なくオーナー登録をしただけの存在のはずだ。


 虎太郎はアンドロイドが怖い。憎いにも近い存在――。

 そんな存在を守るのに、自らが危険を犯す理由などどこにあるのか。


「コタ――」


「ああもう! なんなんだよお前は!」


 虎太郎は駆け出した。その間に振り下ろされる剣。


「あああああああ!」


 叫びながらソニアへ勢いよく殴りかかろうとした虎太郎だったが、ソニアは振り向くことなく左手を出しそれを弾く。そして虎太郎の拳をぐっと潰すように握りこんだ。


「――ぐぅッ」


 骨が砕けたのではないか――そう思うほどの激痛が走る。

 すぐに右手は解放されたが、しばらく使えそうになかった。

 しかし今度は残った左腕を使い、ソニアの左腕を力いっぱいに握った。


「なにをしているんです美島さん。痛覚があるとは言いましたが、わたしにそのようなただの人間の握力で痛みを与えることができるとでも思ったんですか? 馬鹿げています」


「そう、じゃねえよ」


「はい?」


 アルメリアは痛みを堪えながらも、虎太郎のアイコンタクトに応じソニアの右足首を掴んだ。


「しまっ――」


 足を取られバランスを崩すソニア。そしてアルメリアは力任せにソニアを横に投げた。


 勢いよく放られたソニアは地面に二回ほどバウンドし、もう少しで屋上から落下するというところで剣を地面に突き刺し勢いを殺した。


 するとソニアは何故かにやりと笑った。アルメリアはその顔に疑問を抱きながらもゆっくりと立ち上がったが、それと同時に虎太郎が突然膝から崩れ落ちた。


「な、なに!? コタロー!?」


「斬られた……みたいだ。でも大丈夫、傷は深くない」


 虎太郎は胸の辺りを抑えていた。大丈夫とは言っているが、胸からぽたぽたと落ちる血液がどんどんコンクリートを汚している。


「人間は弱いものです。たった少し剣先が当たっただけなのにこれですよ」


「……コタローを殺す気だったな」


「なんです? 抵抗したらどうするか、ちゃんと言ったじゃありませんか」


 アルメリアは据わった目でソニアを睨みつけた。ソニアはその視線にやれやれといった感じに両肩を少し上げると、剣を肩に担ぎ、爆発的な勢いで虎太郎たちの元へ突っ込んでいく。そして声を荒げてこう言った。


「わたしは! あなたが起動しオーナー登録した時点で本当は任務を失敗してるんです! これじゃ、これじゃあ――〝今度〟はわたしが壊されてしまうッ」


「今度は――?」


 アルメリアはその言葉に疑問を抱きながらソニアの突きを正面から受け止めた。しかし手のひらが裂け激痛に顔を歪ませる。


「だからせめてあなたのオーナーを抹殺し、登録がなかったことにする! そしてOSを持ち帰る! それだけでわたしは救われるかもしれない!」


 じりじりと切っ先がアルメリアの胴体に近づく。どれだけのパワーを二人が出しているのかは、徐々に足元のコンクリートに入っていく大きなヒビからも窺える。


「ああああああッ」


 気合いを入れてアルメリアは吠えるが、素手ではやはり敵わなかった。痛みに負け受け止めていた手を離すと、ソニアはアルメリアの肩に向かって剣を振り下ろした。


 剣と骨格フレーム同士がぶつかり合い、辺り一帯に金属音が高らかに鳴り響く。

 アルメリアが地に膝を着くと、ソニアのかかと落としがアルメリアの頭部に炸裂する。地面に顔面がめり込んだ。


 そしてとうとうアルメリアは沈黙した。


「そんな……」


 いくらアルメリアが機械といえど、一方的な暴力を受けるのを見て虎太郎は胸が苦しくなった。そして同時に自分を守ってくれる存在がいなくなり、絶望感が増し加わった。


「さあ美島さん。あなたには申し訳ありませんが、わたしのために死んでもらいます」


 逆光で虎太郎の目に映されるソニアは不気味だった。尻を付きながら後ずさりするが、その距離は徐々に縮まっていく。


「俺は、こんなところで死ぬのかよ……。どうしていつもいつも、俺の危険にはアンドロイドが関わってくるんだよ……! こんなのはもう、たくさんだ」


「さようなら美島さん。部屋にいる二人には手を出しませんのでご安心を」


 そう言ってソニアは虎太郎の首元に剣を添える。


「《ドミネートモード》――起動」


「――っ」


 突然発せられた声の方へソニアは素早く振り返った。


「アルメリア……?」


 声を発したのは倒れたはずのアルメリアだった。

 アルメリアはゆっくりと起き上がり、無表情で抑揚なくこう言った。


「AnN‐A102〝ソニア〟に命じます。あなたに動くことを許しません。オーナーとの契約を解除し、すべてのことを忘れなさい」


「はい? なにを言って――――――」


 馬鹿にしたような表情でソニアはアルメリアのことを見るが、次の瞬間――


「ああ……あああがぁああ」


 ソニアは突然頭を抱え苦悶の表情を浮かべる。


 すると――


「システム停止――オフライン」


 苦しそうだったソニアはそう言うと、目の輝きを失い、その場に受け身もとらずに倒れてしまった。


「……は?」


 突然の出来事に虎太郎は混乱した。目を閉じ倒れているソニアに恐る恐る近づいて触れてみたが、なんの反応もなかった。まるで死んだかのように――


「なにが……起きたんだ?」


「――わっ、なにコレ。どうしちゃったの?」


 後ろから顔を覗かせるアルメリア。


「お、お前がやったんじゃないのか? 今なんかおかしかったぞ」


「いやー一瞬記憶がない」


 アルメリアは表情が戻り、ソニアが倒れていることに驚いていた。どうやら自分がやったということは覚えていないようだ。


「電源が落ちたのか? すぐに起きてはこなさそうだけど」


「そうみたいだね」


「姉ちゃんに見てもらうしかない、か。放置もできないし」


「コタローは怪我大丈夫なの?」


「なんとか。ちょっと痛いけど」


「そう。良かった」


 本当に心配していたとでも言うように、アルメリアはボロボロの体でニッコリと微笑んだ。


「……その感情は作り物なんだよな」


「え?」


「なんでもない。行くぞ。雪さ――ソニアも連れてきてくれ。その武器もな」


 虎太郎はそう言うと、一人でさっさと戻っていった。

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