第10話 アクティベーション

「アクティベーション認証――起動します」


 するとA106は自らの口でこのように発声し、目を開けた。


「どきなさい!」


「きゃっ!」


 ソニアは足にしがみついた二人を引き離すべく、乱暴に足を振り回した。壁や床に叩きつけられるが、それでも二人は必死にしがみついた。


「チっ。あれを起動されてはわたしが困るんですよぉ!」


「メインオーナーの登録を始めます。網膜認証――完了。続いて、オーナー希望者はDNAを含んだ物質を口内に投入してください」


 A106はそう言うと、口を少し開いた。


「でぃ、DNA!? なにを入れれば」


「兄さん! 早く!」


「こたろー! キスでもなんでも早くしちゃえ!」


「は!? キス!?」


〝AZ〟のオーナー登録は網膜認証とDNA認証の二種類ある。この二つの認証はオーナーであることを証明する鍵であり、必ず行わなければならない。


 虎太郎は碧の発言を聞いて振り向くと、ソニアはダリアがやったように左手の指から青白い光線を出し、盾と剣を兼用したような大きな武器を造り始めたのが目に入った。


 ソニアはとうとう碧と蒼穹を力任せに振り払った。とても対人用とは思えない、天井に届きそうなサイズのその武器を片手で軽々と持ち上げ、虎太郎のもとに歩き始めた。碧と蒼穹は頭を打ったのか、今の衝撃で気絶してしまったようだ。


「クソっ」


 アンドロイドが怖い。胸が苦しい。だが虎太郎は夜中のようになるのを必死で堪えながら動いた。

 本来自分のDNAを採取するだけであれば髪の毛一本でいいはずだが、混乱している虎太郎には簡単なことも頭が回らなかった。ただ碧の〝キス〟という単語が頭の中を駆け巡った。


 目の前にいるのはアンドロイド。人間ではない。自分が嫌悪している存在だ。

 虎太郎は何故か自分を見つめているA106の両肩を掴むと、深く深呼吸し、自分の唇を相手の唇に押し付けた。そして唾液を少量流し込む。


「完了。メインオーナー登録を終了します――続けてサブオーナーの登録が――」


 A106の声が突然途切れた。

 虎太郎はなにかと思いA106の視線の先へ振り向こうとした。だが振り返る途中で心臓が跳ねた。


「な……!」


 自分の首のすぐ脇に先程ソニアが出した武器があり、それをA106が掴んでいたからだ。


「チッ……。A106……!」


「オーナー登録くらいちゃんと最後までさせてくれないかな」


 ソニアはA106を睨みつける。A106は初期設定時と口調が変わり、眉間に力を入れながらソニアを見上げていた。


「お前、A106か?」


「そうだよ、メインオーナー」


 突然の雰囲気の変化に戸惑う虎太郎の質問にA106は肯定する。


「で、あなたの名前は?」


「俺は、虎太郎。美島虎太郎」


「了解コタロー。あたしの登録名はAnN‐A106〝アルメリア〟。で、こいつは姉妹機らしいけど敵? 今起きたばかりだから状況が全然わかんないんだけど」


 起きたばかり――つまり生まれたばかりでここまでのコミュニケーションが取れることに驚いた。恐怖にも近いかもしれない。それにしてもオーナーに対してタメ口の〝AZ〟など聞いたことがなかった。


「お前は俺の元に送られてきた。そしてこいつはお前を回収しようとしている。俺はお前がなんのためにここにいるのかがわかるまでは、お前を手放したくない」


「わーお。いきなり告白チックだね」


「なに言って――」


「ま、それは敵という解釈でオーケーってことね。了解コタロー」


 アルメリアの言葉に頬を赤らめながら虎太郎は頷いた。


「万が一不測の事態――どうしてもあなたを奪えない時は、破壊を許可されています。それでもいいんですかA106」


「残念だけど、オーナーの言うことは絶対服従。拒否できる権限がないのは自分が一番よくわかるでしょ?」


「では、あなたのOSだけ持って帰ることにしましょう」


 アルメリアはソニアの挑発に「やってみれば?」とにやけながら答えると、虎太郎の襟を掴み後ろに放り投げた。


「うおッ」


「邪魔だから下がってて」


 アルメリア、ソニアの二人は広いリビング内にて五メートルほど距離をとった。


「武器のないあなたに勝ち目があるとは思えませんが」


「え。武器ないの? えい、えいっ」


 武器を出そうとしているのか、アルメリアは右手を何度か前に突き出す。だがなんの反応もない。

「残念。デフォルトでは装備はありませんよ」


 そう言いながらソニアは右手で持つ盾兼用の巨大な剣をアルメリアに向けた。

 その後三秒の静止の後、ソニアは動いた。


 正面足元のテーブルを足で蹴り上げ、それをアルメリアの目隠しにしながら突進。そのままテーブルに剣を突き立てる。その間わずか〇・三秒。


 標的が人間だったなら、なにが起こったかわかないまま、ここでテーブルごと体が突き刺さっていただろう。現に見ていた虎太郎は瞬きを一回したと思ったらこれである。


「チッ」


 ソニアは剣先を見るが、テーブルの先にはアルメリアはいなかった。センサーが一瞬で避けたアルメリアを捉えるが、


「ぉぉおおおりゃあ!」


 下に避けていたアルメリアはそのまま浮かんだテーブルをくぐり、両腕を使って真上にジャンプ。ソニアの顎を目掛けて両足を突き上げた。

 ソニアは未だテーブルに突き刺さっている剣を一旦手から離し、冷静に一歩後退しながらそれを回避。飛び出してきたアルメリアの横腹を力いっぱいに蹴飛ばした。


 アルメリアはテレビ台に突っ込む。五〇インチを超える大型テレビは無残にも破壊された。休むことなくソニアは剣を持ち直し、テレビ台の上に倒れ込んだアルメリアに振り下ろした。


「うわっ」


「ちょこまかと」


 体操選手のようにリビング中をアクロバティックに動き回り、アルメリアはその後も何度もソニアの攻撃を回避していく。その度に家具などは破損していくのだが、虎太郎はそんなことを気にする余裕もないくらいに二人の戦いに見入っていた。


 人間の反応スピードでは到底回避できない敵の猛襲を躱すアルメリア。三六〇度すべてを見渡し敵を近づけさせないソニア。虎太郎は足が震え動けなかった。


「これで終わりです」


 回避のため宙を浮くアルメリアにとうとうソニアの攻撃が入る。下からの攻撃に対し両腕でガードするアルメリアだったが、ソニアはそのままゴルフのスイングのように力強く剣を振り上げた。


「――ッ」


 アルメリアを天井に叩きつけた時の一瞬の静止の隙に、ソニアはジャンプし同じようにもう一度剣を振り上げるような攻撃を繰り出す。

 直撃する攻撃――すると天井は粉々に砕け、アルメリアは屋上へと一気に吹き飛ばされた。

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