第9話 ソニア
「見てくるよ」
虎太郎はそう言ってリビングに移動し、リビング入口の横に備え付けられているインターフォンのモニターを見た。
「ん? ドアの前に来てんのか」
モニターに映っていたのは見覚えのある人物だった。虎太郎はゆっくりと深呼吸してから応答のボタンを押した。
「雪……さん?」
「あ、美島さんですか? こんにちは。さっそく遊びに来ちゃいました」
「遊びに……って、確か昨日帰ったんじゃ」
「そのつもりだったんですけど、ちょっと予定が変わりまして」
虎太郎は画面越しだが雪の姿を見て硬直した。昨日碧が言っていたことが解決していないからだ。
――雫に家族はいないよ。親戚も同様にいない。
ニッコリと微笑む雪。その笑顔に戸惑いながらも会話を続ける。
「ごめん雪さん今日はちょっと……妹の体調が悪くてさ。俺も看病で学校休んでるんだ」
疑いたくはないのだが、雪の正体がわからない以上家の中に入れてはいけない。咄嗟に考えた理由だったが、これで帰ってもらえるだろうか。
その時虎太郎に一つの疑問が浮かんだ。
「――って待てよ……。雪さん、俺高校生だって言ったよね。今日は月曜日、普通なら今の時間は学校にいるはずだ。なんで俺がここにいるってわかったんだ? それにこの階に住んでるとは言ったけど、部屋番号まで教えてない……ぞ」
「…………えーと。あれ、何故でしょう」
とぼけたように笑い人差し指を口に当てる雪。
「聞いてるのはこっちだよ雪さん。あんた、一体何者なんだ。雫さんには家族も親戚もいないって……そう、聞いた。あの部屋で一体なにをしてたんだよ。雫さんは、今どこにいる?」
「…………それは」
勇気を出して問う虎太郎。画面越しでは現在の表情が十分に確認できない。
「もう一度聞く。雪さん、あんた――」
「ふふふふふあははははははははははははっはは」
「!?」
突然の甲高い笑い声。虎太郎は驚きからその場から半歩後退した。
「高性能と言われてもまだまだ欠陥だらけではないですか。馬鹿ですねぇわたしって。いえ騙されるあなたも馬鹿ですけど」
「雪……さん?」
ガチャ。
玄関のドアがゆっくりと開いた。開くはずのないオートロックのドアが。
虎太郎はモニターからドアへと視線を移す。
「こたろー。誰だったー?」
なにも知らない碧の呑気な声が部屋から聞こえてくる。だが虎太郎に返事をする余裕などなかった。
「に、逃げ……」
「こたろー?」
キャスター付きの椅子を移動させ、顔だけ部屋から出す碧。しかし虎太郎は自分の方には見向きもせずに、ただ前方のなにかを見据えていた。
虎太郎の部屋は玄関とリビングのちょうど間に位置する。つまり今碧が向いている方向のちょうど後ろが玄関だ。碧は虎太郎の視線の先へ目を移す。
「え……誰?」
「こんにちは」
「姉ちゃんッ!」
一瞬だった。瞬く間に雪は碧の腕を掴み、自分の方へ引き寄せた。
「う……」
碧は両腕を後ろで掴まれ動けない。
「なにが……目的だ」
虎太郎の問いに雪は目を細め、にやりと笑った。
「A106の回収です。まあそれよりもOSの回収の方が優先度は高いですが」
「な!?」
「夜中に来たでしょう。ダリアっていうのが。なんか失敗したみたいですけど」
「なんで……それを……」
「まだわかりませんか美島さん」
言葉が出なかった。虎太郎はそう言われて雪の顔をよく観察した。
「特徴的だった泣きぼくろを隠し、ブロンドの長い髪を切りましたからね。昨日、あなたが突然やって来た時に」
「……あんたも……なのかよ」
「はい。わたしは第四世代アンドロイド――AnN‐A102〝ソニア〟と申します」
そう言って雪――ソニアは左目の下をこすり、化粧で隠していた泣きボクロを見せると、虎太郎に深く頭を下げた。
「
そう言ってソニアは碧を前方へ突き飛ばすと、碧は廊下に叩きつけられるようにして倒れた。
「姉ちゃん!」
「……ここですか」
虎太郎はすぐに碧に駆け寄りソニアを睨みつけるが、彼女はそれを無視し、虎太郎の部屋を覗く。
A106は未だケーブルが繋がったままソファーに腰掛けており、目を閉じていた。
「回収します」
ソニアはA106の首に繋がったケーブルを勢いよく引き抜くと、そのまま身体を右腕だけで軽々と抱えた。
「ご丁寧にOSまで入れてくださって。やはりここにあったんですね」
クスッという嘲笑にも似た笑いを虎太郎に向けると、ソニアは部屋から足を踏み出した。
「待てよ!」
「さようなら美島さん」
ソニアは玄関に向かって歩き出したと同時に、突然バンっという大きな音を立て、虎太郎の向かいの部屋が開け放たれた。
「ぅあああああああっ」
「蒼穹っ!?」
蒼穹は急に部屋から飛び出したかと思うと、叫びながらソニアに向かって思いっきり体当たりした。そして倒れていた碧もそれに参加。膝付近を掴まれたソニアは思いがけない場所からの介入に反応が遅れたのか若干体勢を崩す。
「兄さん!」
「こたろー!」
「ああ!」
虎太郎はこの隙にソニアからA106を引き剥がし、抱えたままリビングまで走った。
「アクティベーション!」
OSはインストールを完了しているだろう。そう信じながら虎太郎は起動用音声を叫ぶ。
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