第8話 ずいぶん、軽くなったもんだな

 昼食を食べ終わり、今は午後二時を少し回ったところだ。

 まだ充電完了まで少しかかりそうで、虎太郎はソファーにてその〝AZ〟の眠る姿をチラチラと見ていた。


「気になるかやー?」


「うわっ。姉ちゃん! いきなり出てくんな」


 後ろから顔を覗き込まれ虎太郎は大きく飛び跳ねる。


「……もう少しだね」


「ああ」


「怖い?」


「そりゃ、まあ」


 起動した時にこの〝AZ〟がどういう行動をとるかは二人には想像ができなかった。

 人を傷つけることができるようになっているのはあのダリアだけの特徴なのか、あるいは第四世代アンドロイドすべての特徴なのか。不安はいろいろとある。


「――ってやべ!」


「どしたの?」


「テレビ! テレビつけて姉ちゃん!」


 碧はその言葉にハッとしてすぐさま言うとおりテレビをつけた。そしてニュースをやっているチャンネルを探す。


「あちゃー。こんな大事なこと、色々あってすっかり忘れてたでよ。アースヴィレッジ……なんかわかったことはないのかやー」


 タイミングよくアースヴィレッジ及び〝AZ〟製造工場の火災についてのニュースをやっているチャンネルを見つけ、二人はそれに見入る。


「怪我人、死傷者なし……か」


 どちらの建物も怪我人はいなかったようだが、建物自体はあのまま全焼したようだ。    

 あの時間帯は基本人はいないはずなので、当然といえば当然なのだが、何故あそこまでの火災になったかは不明だそうだ。強力な爆弾や火炎放射器でも使ったのだろうか。


「工場の〝AZ〟は全部だめ。火災の原因は現在調査中だとー」


「死者どころか怪我人すらいない……なんなんだろう。事故ではないとは思うけど、それにしてもなんの目的があって……」


 碧は腕を組み黙り込んだ。虎太郎はネクケーでネットに接続し、火災について他になにかわからないか調べ始めた。

 すると、たまに目を通す掲示板サイトに気になることが書き込まれていた。


「社長、そして社員数名が行方不明?」


「え?」


 碧は虎太郎のネクケーを覗き込んだ。その情報に信頼できるソースがあるのかは不明だが、とある社員がそういった情報を流したということらしい。


「これが本当なら、完全に事件だね」


「公式の発表があるまで待つしかないか。それにしても雫さんが心配だ」


「そだね……あっ、そろそろ充電が終わりそうだよこたろー」


 箱型のベッドには、頭部のすぐ右に充電状態がわかるメーターがある。そこには《九九%》と表示されていた。そしてその三秒後、ピピピッという音と共にその表示は《一〇〇%》に達した。


「えと、どうすればいい?」


「まずは起動するか確認しようか」


〝AZ〟は音声で起動する。起動専用音声は『アクティベーション』だ。虎太郎は碧に起動方法を教えてもらい、「アクティベーション」と唱えた。

 起動のための言葉を発してから一〇秒ほど待ったが、なにも反応がない。


「あれ? やっぱダメか」


「むふぅ。やはり中身が空っぽなのかやー。となるとOSを入れるしかないかもしー」


「すぐできる?」


「うむ。電源自体は入るようになったからすぐにできるよ」


 OSをインストールするため、A106を虎太郎の部屋に移動させることになった。


 虎太郎は〝AZ〟を箱型ベッドから取り出し、お姫様だっこの形で連れて行こうとする。

 顔が目の前に近づくと、アンドロイドだとわかっていても恥ずかしい気持ちになった。今まで嫌悪感を抱いていた存在を抱きかかえるとは昨日の時点では想像できないことだ。


「……


 目を細めながら意味深に虎太郎は呟いた。持ち上げてみると、とても柔らかく、重量まで普通の女の子と変わらないことに驚いた。四〇キログラム半ばといったところか。

 虎太郎が〝AZ〟を自室のソファーまで運び終えると、すでに碧はOSのインストール準備を終えていた。


「んじゃ始めるでよ」


 PCと〝AZ〟を繋ぐケーブルを先程充電にも使用した部分に差し込み、碧はマウスをクリック。PCの画面を見ると、インストール完了までのメーターが表示された。


「どんな子なんだろうねー」


「さあね。俺が手がけたのは外見だけだし、そもそも性格って……そうか、ダリアは人格ってのを持ってたんだもんな。あんなころころと表情が変えられるなんて、未だに信じられないな」


 現行の第三世代〝AZ〟は感情、あるいは性格というものがない。ある程度の表情を変えて会話をすることはできるが、怒ったり、笑ったりといったように感情豊かに話すことはできない。そもそものアースヴィレッジの〝AZ〟に対するコンセプトはあくまで家政婦であり、友達というわけではないのだ。


「感情を与えて、人を傷つけることができるプログラムまで搭載して……一体なにをしようとしてるんだよ、アースヴィレッジ……!」


 虎太郎はそう言うとベッドに腰掛け、ソファーに座る〝AZ〟の横顔を眺めながら今後のことを考えた。


 碧はダリアに対抗するためこの〝AZ〟を起動すると言った。そして虎太郎も、理由は少し違えど起動に賛成した。もしもこの〝AZ〟もダリアと同じで人を傷つけることのできる存在だったとしたら、果たして自分はそんな存在を許すことができるのだろうか。


〝あの事件〟を自分自身で肯定することにならないだろうか。


「――ろー。こたろーや」


「――っ。えと、なに?」


「そろそろ終わるでよ」


「結構早いんだな」


「やはり高性能。読み込みがものすごく早いねぇ。普通は一時間はかかるんだけどー」


 ふーんと相槌を打ち、虎太郎は立ち上がった。

 その時、普段あまり鳴ることのない美島家に、突然ピンポーンと来客のチャイムが鳴った。

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