第三片 混乱、混沌 3

 自宅から登校してきた央霞は、まったくいつもどおりに見えた。

 あれから菊池とも会っていないとのことだったので、みずきはひとまずほっとした。

 放課後、生徒会室に現れた央霞は、最初に目が合った千姫に笑いかけた。

「やあ、遠梅野。頑張ってるか?」

「………」

 しかし、千姫はすぐに央霞から目をそらし、居心地悪そうに身体を揺すりながら作業にもどった。

 どうも彼女は、友人である茉莉花とちがい、央霞に対してあまり好印象を抱いていないらしい。

 人の好みはそれぞれだから、仕方のないことだとは思うが、みずきにしてみれば、なんで央霞ちゃんのよさがわからないの? などと思ったりもする。

 央霞は気にしたようすもなく、隣にいる茉莉花に話しかけた。

「大紬は、倉仁江とおなじクラスだったな」

 みずきは、囓っていたポッキーを噴きそうになった。

「休んでいると聞いたが、今日も来ていないのか?」

「はいー。風邪で寝込んでるって話ですー」

 雰囲気を暗くすまいとしているのか、軽いノリで茉莉花は答える。

「ちょ、ちょっと! 央霞ちゃん!」

 みずきは央霞の袖をひっぱった。

 周りでは他の生徒会メンバーが作業をしているので、小声で会話する必要がある。

「なんで、あの娘のことなんか」

「敵の動向を気にしたらまずいのか?」

「そうじゃないけど……」

 みずきは口ごもった。

 央霞がカリンを気に懸けること自体が嫌なのだとは、さすがに言えない。

 央霞に撃退されて以来、カリンは学校に現れていない。いっそこのままいなくなってくれればいいと思うが、そうもいくまい。

「実はな……」

 悶々とするみずきに央霞が告げた内容は、とんでもないものだった。

「なんですって!?」

「馬鹿、声が大きい」

 思わず声をあげてしまい、手で口をふさがれる。やだ、大きい。男の人みたい。

「ご、ごめん……でも、あのおん――倉仁江さんが、央霞ちゃんのうちで暮らしてたなんて言うから……」

 幸い向こうはまだ、央霞と陽平が姉弟だとは知らないようだが、もし気づかれたらと思うとゾッとする。

 陽平が人質に取られれば央霞も手が出せなくなるし、もっと酷いことだって起こり得たかもしれない。

 なにより、央霞のテリトリーに敵が入り込んでいたという事実そのものに、激しく胸の内を焼かれるような不快感を覚えた。

「彼女の行き先に心当たりは?」

「ないな。陽平が言うには、高飛車コウモリ女とマザーロシア? みたいな大女の二人組に連れていかれたそうだ」

「なあにそれ……でも、まずいわね」

 十中八九、そのふたりはタイカから新たにやって来た奈落人アビエントだろう

 しかも行方がわからないとなると、こちらはいつ来るかもわからない襲撃に怯え続けなければならない。

アイツカリンひとりならな」

 ぼそっと呟かれたひと言を、みずきは聞き逃さなかった。

「どゆこと?」

 声を尖らせ、央霞のネクタイをつかんで引き寄せる。

 このあいだから気になっていたが、だなんて、ずいぶん親しげに呼ぶではないか。

「カリンなら、まず私に勝負を挑む。あの約束があるからな」

「信用してるのね」

 言いながら、みずきは嫉妬の炎が再燃するのを自覚した。

「なんで、いつもいつも央霞ちゃんは……」

 子供じみていると思し、心配すべきはそこではないこともわかっている。

 それでも気持ちが抑えられない。

 小さくて、みっともなくて、こんなんじゃきっと嫌われる。そうしたら、央霞はカリンのところへいってしまうかもしれない。

 それだけは絶対に嫌だから――だから、こうしてグチグチと繰り返すのだ。

「みずき」

 央霞が、真剣な声音で名前を呼んだ。

「そんな顔をするな」

「………」

 無理に口をつぐめば、苦しい心情が顔に出る。みずきは、黙り込むことしかできずにうつむく。

 女性としては大きな手が、ふれるかふれないかという距離で髪を撫でた。

「すまん。不安にさせたな」

「ううん、わたしこそごめん。……イヤだよね、こんな娘」

 みずきは目許をぬぐう。

「馬鹿だな。お前は昔からそうだろ?」

「……うん」

 大丈夫。央霞は変わっていない。昔とおなじように、みずきのことを見てくれている。

 誰よりも強く、誰よりも優しい。

 そんな彼女が、守ってくれている。

 自分にできることがあるとすれば、それは彼女を信じることだけだ。

「さっきから、なにこそこそしてるんですかー?」

 逢い引きの現場を発見した小学生のように、茉莉花がニヤニヤ笑っていた。

「べ、べつになにもしてないわよ」

「なにもしてないとは聞き捨てなりませんね。我々が一生懸命働いているというのに」

 副会長の蓮宝寺が、険しい視線を投げてよこした。

 堅物の彼は、部外者である央霞が生徒会室に出入りするのを快く思っていない。

「ごめんなさい。こっちはだいたい終わってるから、残ってる分をまわしてちょうだい」

 央霞のことや、異世界絡みのあれこれで大変なのに、学校行事の準備も進めなければならない。

 生徒会長のつらいところであった。

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