第一片 女騎士、かの地にてイケメンと邂逅す 6
〈酷いことするよね〉〈行き倒れたところを〉〈助けてくれた恩人に〉〈操心術をかけるなんて〉〈“報恩”と“報復”は――〉〈
「し、仕方がなかったのよ!」
やいのやいのと囃し立てる使い魔たちに、カリンはムキになって抗弁した。
「ああしなければ私の身が危なかったんだから。だいたい、あんたたちがまともな翻訳をしてくれさえすれば、ボロを出すこともなかったんだから」
〈やれやれ〉〈
ふだんは刺青状にカリンの背中に張りついている使い魔たちが、するすると彼女の脚をたどって床に降り立った。
カリンが父祖から受け継いだこの使い魔たちは、三匹の黒猫の姿をしている。
金色の瞳が《アード》。青い瞳が《ツバード》。瞳は緑で、足の先が雪のように白いのが《ドラード》という。
彼らは主人であるカリンと五感を共有し、口を動かさずとも思考を通じて会話ができる。
また、異世界でカリンが問題なく会話ができるのも、彼らの有する翻訳機能のおかげである。
しかし、この便利機能にも限界というものがあり、たとえばタイカに存在しないものを指す単語は訳しようがない。
先の会話で言えば「マンガ」や「クールジャパン」などがそれにあたる。
「警察」の意味がわからなかったのも、アビエントラントではその役割を軍隊が担っているため、使い魔がとっさに訳すことができかったからである。
「もういいでしょ。ヨーヘイに術をかけるのはこれっきりにするから。それと、私は外国から勉学のためにやってきた……留学生? ってヤツで、これからは通すことにするわ。いい?」
〈ほーい〉〈了解〉〈あいあい〉
留学生が現地の一般家庭に居候させてもらうのは、よくあることらしい。
聞けば、この家は陽平以外の家族が留守がちで、仮の住まいとするには都合がよかった。陽平はもう、カリンがなにを言っても信じてくれるので、残りの家族には順次対処していけば済む。
「ところで、この……お風呂とかいう入浴施設だけれど」
カリンは、ガラス戸で仕切られた小部屋の中を、やや途方に暮れながら見まわした。
床と一体になった、人ひとり分ほどの大きさの桶には湯気の立つ温水が張られており、壁際の棚には見たこともないかたちの容器が並んでいる。
旅の垢を落としてくるよう陽平に勧められ、風呂場なるところにやって来たはいいものの、どうしたらいいかわからない。
カリンの知っている入浴といえば、水浴びか、湿らせた布で身体をふくか、あとはせいぜい蒸し風呂くらいのものだ。
「なんでわざわざ、こんな大量に湯を沸かすんだろう?」
ためしに手を突っ込んでみる。最初はその熱さに驚いたが、熱湯というほどではなく、慣れれば気持ちよさそうだ。
〈ねえねえ、ご主人様〉〈この布きれ〉〈面白い生地でできてる〉〈爪がすっごいひっかかるよ〉
「ちょっと、わけもわからずいじりまわさないの!」
「大丈夫? なにかわからないこととかある?」
外から陽平の訊ねる声がした。カリンは感激に打ち震える。なんて気のつく少年だろう。
「よかった。やっぱり私、ちゃんと教えてもらわないと無理みたいで」
ガラス戸をあけ、脱衣所も抜けて、廊下に出る。
とたんに、悲鳴があがった。
「わあっ! カリンさん、服! 服!」
「そんなもの、脱いだに決まっているじゃない」
「そうじゃなくって!」
陽平は真っ赤になって、カリンから顔を背けている。
〈馬鹿だな、
「なにを言ってるの? 彼はまだ子供よ」
たぶん、アスターと同い年くらいだろう。年齢の割にしっかりしているところなども、よく似ている。
そのせいか、裸を見られても、なんとも思わない。
「ね、猫!? どうして家の中に……それに、しゃべって……」
〈なーんだ〉〈こっちの猫は〉〈しゃべれないのか〉〈たいしたことないね〉
ひと続きのセリフをかわるがわる話す《アード》たち。混乱する陽平に、カリンは「腹話術よ」といってごまかす。
〈よろしく〉〈よろしく〉〈よろしくね〉
「な、なんだ。腹話術……」
陽平はあっさり納得した。操心術の効果は抜群だ。
「そんなことより、ヨーヘイ。こっちでのお風呂の入り方を」
「そうでした!」
ふたたび赤面した陽平は、カリンを見ないよう、今度は身体ごと回転して壁に手をついた。
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