第一片 女騎士、かの地にてイケメンと邂逅す 4

 当たりだ――カリンは思った。

 きらびやかな街には、かすかではあるが、邪神の気配が漂っていた。

 カリンの頭髪には、邪神限定の探知能力が付与されている。

 用途が限定されすぎる上、目的が達成されればそれまで。しかも戦闘力の向上には寄与しない。それゆえ、他の騎士は見向きもしなかった能力である。

 しかし、一介の貧乏貴族に過ぎなかったカリンにとっては、一発逆転の切り札となり得る。

 これも、貧しい暮らしをしている家族や領民のため――カリンは、なけなしの蓄えをはたいて改造医フォルベトラーに手術を依頼し、この能力を手に入れた。

 目論見は見事に的中し、カリンは神殺しの英雄となった。

 実際はとどめを刺し損ねたわけだが、あらためて追討の役に任ぜられたのも、その能力を買われてのことであろう。

 少なくとも、ロウタス一世の考えはそうだろうし、グローリアーナもそう言って少年王を説得したにちがいない。

「ふ……ふふ……」

 思わず笑みが込みあげる。

 この能力が、《こちら側》でも有効とは、ありがたいことこの上ない。

「待っていろ、邪神め。ぜったいに逃がさん……!」

 気配をたどって歩く。それにしても、なんという人の多さか。

 強烈に発光する看板は、建物だけでなく通りのそこここにも置かれ、絶えずこちらを威圧してくる。

 すこし、足許がふらついている。

 人混みに酔ったか。それとも、知らない土地で、見慣れぬものをいっぺんに見たせいだろうか。

〈あっ〉〈危ない〉〈ご主人様マイスター!〉

「えっ?」

 人混みを抜け、すこし広い通りに出た瞬間。

 大きくて黒っぽい塊が、物凄い鳴き声をあげながら突進してきた。

「お、乙種……!」

〈ダメだよ!〉〈目立つのはダメ!〉〈よけてよけて!〉

 とっさに剣を取り出そうとしたのを思いとどまり、カリンは横に跳んでその塊を避けた。

 怒ったような声を響かせて、塊は走り去る。

「危なかったな、あのメイドさん」

「なんかフラフラしてない?」

「酔っ払ってんのかな?」

 通行人が遠巻きにこちらを見ながら、そんなことを言っている。

 はて。メイド?

「それにしても、いまのはなに?」

〈なんだろね〉〈牛かな?〉〈馬かな?〉〈それにしては〉〈堅そうだったし〉〈目も光ってたね〉

 まったく、恐ろしい生き物がいるものだ。

 よろよろと道の端まで移動し、そこにぺたんと腰を下ろす。

「よう、大丈夫?」

「キミ、どこの店の娘?」

 顔をあげると、若い男が三人、カリンを取り囲んでいた。

「体調悪いの? なんか、車に轢かれそうになってたけど」

「クルマ……そういう名前なのか、アレは」

「あれ、外人さん? 日本語うまいね!」

 なにがおかしいのか、男たちはいっせいに笑い声をあげた。

 カリンを見る彼らの目には、好色な光がある。

(こういう手合いはどこにでもいるわね)

 心中密かにため息をつく。

 男たちは、なれなれしくカリンの身体にふれたかと思うと、腕をつかんで強引に立ちあがらせ、明かりの届かない路地までひっぱっていった。

「疲れてンだろ?」

「ゆっくり休めるところ、知ってっからさ」

 また、下卑た笑い声。

 この胸のムカつきは、きっと体調のせいばかりではあるまい。



 路地から通りへともどったとき、カリンはいくぶん晴れやかな気分になっていた。

「あれがこの世界の男? だらしないったら」

 ぱんぱんと手をはたきながら言う。

 路地のほうからは、三人分の呻きが聞こえてきた。カリンに叩きのめされた男たちだ。

「まるで素人。欲望に目が眩んで、私の力量をはかることもできないなんて。お話にならないわ」

〈まあねえ〉〈ゆっても〉〈最強の騎士様ですから〉〈むしろ大人げないともゆう〉〈ゆうねー〉

「黙りなさい」

 こめかみを押さえつつ、壁によりかかる。

 戦闘自体はどうということはなかったが、緊張を解いたとたん、疲労感が襲ってきた。

 次元回廊を渡る際にもどすことになるからと、食事を抜いたことも響いている。

 どこかでなにか口に入れたいところだが、知識にない物を食べるのも不安だった。

 使い魔たちの声も、さすがに気遣わしげになる。

〈大丈夫?〉〈探索はボク達でやろうか?〉〈休んでたほうがいいんじゃない?〉

「平気よ。また不測の事態が起きるかもしれないから、バラバラにならないほうがいいわ……なにより、探知能力まではあなたたちと共有できないでしょ」

 両手で頬を叩いて気合を入れ直す。

 大丈夫。まだ全然大丈夫。

 一刻も早く邪神を倒し、愛する家族と再会するのだ。

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