第13章 瀬峰の恋人

 新潟県警本部会議室。新潟での、いろは殺人事件捜査本部が設営されている場所だ。私と理真りまは台車を借りて弁当を運ぶ。


「おお、理真くん、由宇ゆうくん、どうした?」


 会議室の入り口で城島じょうしま警部と鉢合わせた。


「差し入れですよ。皆さんで召し上がって下さい。二十個しかないんですけれど、足りますか?」

「ああ、十分だ。悪いな、気を遣わせて」

「いつもお世話になってますから」

「おいみんな」会議室に入った城島警部は大きな声で、「少し早いが飯にするか。ひと息入れよう。安堂あんどうさんと江嶋えじまさんからの差し入れだ」


 私と理真は台車を転がしながら、捜査本部にいるひとりひとりに弁当を手渡ししていく。


「お疲れ様です織田おだ刑事。何にしますか?」


 ちょうど反理真派の織田刑事も本部で仕事をしていた。理真に背中から声を掛けられ、ゆっくりと振り向く。


「あ、ああ」

「お勧めはカツカレーですよ。レトルトじゃないですからね」

「ああ、じゃあ、それを……」

「はい」と理真が両手で差し出したカツカレーを、織田刑事はペンを置いて両手で受け取る。

「あ、ありがとう……」

「捜査がんばって下さい」


 理真はそう言って微笑みかけて、次の捜査員の元へ台車を転がしていく。去り際、私もぺこりと頭を下げた。本当、理真は物怖じしないな。

 最後に城島警部に唐揚げ弁当を配り、本部にいる全員に弁当が行き渡った。ひとつ余ってしまった。二人は食べないでいいのか? と城島警部が聞いてきたが、遅いお昼を食べたばかりだからと答えた。一応口臭消しのタブレットを噛んできたが、なるべく息が飛ばないよう気を遣って言葉を発している。恐らく理真もだ。


中野なかののやつ、いなくて残念だったな」


 城島警部が唐揚げを割り箸でつまみ。口元に笑みを浮かべた。


「中野刑事は今どちらに?」と理真。

堀坂ほりさかに警備の指示に行ってる。あの辺りは建物が密集してるからな。通り一辺倒の見回りじゃ見落としが出る可能性がある」


『ほ』で始まる地名ということか。堀坂は『お弁当とらとりあ』の場所からそんなに遠くない。中野刑事、近くにいたのか。


「すみません警部、中野刑事を勝手に使っちゃって」


 理真は瀬峰せみねの周辺を探ってもらうのに中野刑事を使っていることを詫びた。


「何、それくらい。これも捜査の一環だからな。なるべく理真くんを理解してるやつを当てたほうがいいからな。それとも織田がいいか?」


 理真は、はは、と笑ってごまかした。その織田刑事は、資料に目を通しながら黙々とカツカレーを食べている。そこまでここの会話の声は届かないらしい。


「金沢にまた調べたい関係者がいるんだって?」


 瀬峰の彼氏、長谷川清高はせがわきよたかのことだ。


「そうなんです。また中野刑事に足を運んでもらうことになるかもしれません」

「いいさ、こき使ってやれ。正直、こっちは何も怪しい情報も動きもないからな。中野の動き、延いては理真くんの推理に期待してるんだよ、俺は」

「犯人からの郵便なども、何も?」

「ああ、何もない。結構な人数に職質も掛けたが、無関係らしいやつばかりだな。最後に仁藤にとうが殺されてからもう一週間以上経つ。その間にも、いろは殺人以外の事件や、やらなきゃならない仕事もあるからな。ちょっと現場でも士気の低下が起きないようにしないと。理真くん」

「何ですか?」

「犯人はもう殺人を犯さないと思うか?」

「それは……もう犯人は目的を達してると?」

「理真くんの考えが聞きたい。犯人が、その瀬峰という医師、ああ、臨床心理士? なら、誰がターゲットだったんだ?」

「それはまだ分かりません。ですが、六田ろくだの過去の悪行を瀬峰さんは知る立場にあった。中野刑事の調べで、芳賀はがもよからぬことをしていた過去があった。その事も瀬峰さんが知っており、そういった社会的制裁が目的だとすると、ここで終わり、という線引きは引きづらいものがあるのではないかと思います。『ほ』で始まる名字で、犯罪歴かそれに準ずる過去を持つ適当な『ターゲット』がいないだけなのかもしれませんが。単純に警察の目が厳しいため犯行に踏み出せないだけというのもありえます……しかしですね」

「アリバイがある」


 城島警部の言葉に、理真はこくりと頷いた。


「その金沢にいる瀬峰の恋人が実行犯?」

「その可能性も。それに、それ以外の被害者、伊藤いとうさんと仁藤さんには六田や芳賀のような、悪事を働いた過去がない」

「〈捨て殺人〉か? 六田と芳賀を殺すための」

「……殺しますか? そんな理由で、見ず知らずの他人や、自分のクライエントを。しかも、何の罪も犯していない人を」

「……もしそんなことが出来るとするなら、普通じゃないな」

「はい――」


 理真が言ったとき、出入り口向こうの廊下を走る足音が近づいてくる。足音は止まり、同時にドアが勢いよく開かれた。そこに息せき切って走ってきた様相の、


須賀すが、お前どうした」


 城島警部が声を出した。

 肩で息をしながらゆっくりと会議室に入ってきたのは、鑑識課の須賀鑑識員だ。汗まみれの顔を鑑識制服の袖で拭い、いつもは制帽に押し込まれている茶髪も汗で濡れている。


「どうした? 証拠品から何か新しい発見があったか?」


 色めきだって問う城島警部を無視して、須賀は理真の前まで歩いてきて止まり、


「り、理真ちゃんが……お弁当配ってるって聞いて……お、俺も……」

「紛らわしいんだよお前は!」


 城島警部は須賀の頭を平手で叩いた。須賀鑑識員も新潟県警内ではかなりの理真シンパだ。鑑識作業やその所見で何度も理真の力になってくれている。しかし、理真の探偵としての力を認めているというより、いや、それももちろんあるだろうが、その行動原理は中野刑事に近い、というか、そのまんまだ。二人はちょうど同い年ということもあり、よきライバル(?)なのだ。


「はい、最後の一個ですよ」


 理真はひとつだけ残っていた弁当を差し出す。これは、のり弁当、買った中で一番安いやつだ。


「う、うおぉぉ!」


 須賀はその場で弁当を抱え込み号泣した。いや、さすがに実際に泣いてはいないが、それに近い雄叫びを上げた。捜査員から「うるさいぞ須賀」「鑑識の仕事に戻れ」と野次が飛ぶ。その声を聞いてか、須賀はのり弁を抱きかかえるように持って、一礼してから会議室を出て行った。やれやれと横目に見る城島警部の懐から着信メロディが鳴った。警部は箸を置き携帯電話を取り出す。


「もしもし。……ああ、どうした。……そうか、まあ仕方ないな、向こうにしてみたら。……ああ、今ちょうど隣にいるぞ、代わるか?」


 城島警部は耳から離した携帯電話のディスプレイを一旦背広の裾で拭ってから理真に差し出し、


丸柴まるしばからだ。早速、瀬峰が警察に抗議してきたそうだ」

「丸ね――丸柴刑事、抗議って、瀬峰さんから?」電話を代わった理真。最初、『丸姉まるねえ』と言いかけたな。「……うん、そう、……分かった。あ、丸柴刑事、頼みたいことが。瀬峰さんの車の車種を調べておいてもらえませんか。それと、十一月四日のアリバイ。はい、その日瀬峰さんが車で通勤したかも知りたいんです。アリバイは一応保永ほながさんも。……はい、それでは。お疲れ様」


 話していくうちに段々と理真の言葉遣いが丁寧になっていった。捜査本部のど真ん中にいるということを意識したのだろう。理真は礼を言って城島警部に携帯電話を返した。


「瀬峰さんから抗議?」私の質問に理真は、

「うん、富山県警に抗議があったそうよ。東京時代の同僚や、長谷川って彼氏から話が行ったのかもね。警察があなたのことを調べにきてるよって。で、実際に動いてるのは富山県警じゃなくて、新潟県警の中野刑事だから。それで丸柴刑事に話がいって、謝りにいったそうよ」

「丸柴刑事も大変だね」

「そうだね。私たちの尻ぬぐいさせてるみたいで恐縮だわ。じゃ、私たちはそろそろ」


 理真は立ち上がった。私も同じに椅子から腰を上げる。


「おう、またいつでも来てくれ。ごちそうさん」ちょうど唐揚げ弁当を食べ終えた城島警部が手を挙げた。理真が本部内の捜査員たちにいとまの言葉を告げると、そこかしこから、お疲れ様、や、ごちそうさまでした、と声が上がる。織田刑事も座ったまま軽く頭を下げた。


「ついでに科捜研に寄っていこうよ」


 捜査本部からの帰り道の廊下で理真が言った。弁当を運んできた台車は、城島警部がそのままにしておいていいと言ってくれたので、捜査本部に置いてきた。


「科捜研? 何か気になることがあるの?」


 科捜研こと科学捜査研究所は、県警と同じ敷地内にある、ついで、と言っては何だが(理真もついでと言っていたぞ)立ち寄るのに不都合はない。


「犯行声明の手紙とかさ、色々調べてるだろうから、何か新しい情報がないかと思って。絵留えるちゃんの顔も久しぶりに見たいしね」


 絵留ちゃんこと美島みしま絵留は、科捜研で私たちがもっとも懇意にしている研究員だ。


「あ、絵留ちゃん」


 理真が声を掛ける。美島の部屋へ向かっていた私たちだったが、途中の廊下でその美島と出会ったのだ。


「おお、理真に由宇。どうした」


 私たちに気付いた美島は立ち止まった。細身のメガネに形のいいおでこが知性を感じさせる。彼女はいくつも髪型のバリエーションを持っているが、今日のそれは長い髪を後頭部でおだんごにまとめたものだった。彼女のもっともオーソドックスなスタイルだ。

 私と理真は美島に近づいていき、寒くなったね、などと当たり障りのない挨拶会話を交わす。

 こうして並ぶと、私と理真は視線を下げて、美島は視線を上げて話すことになる。相変わらず小さい。線も細く童顔で、とても三十歳を越えているとは思えない。頭を撫でたくなってしまう。

 年上なのに、理真も私も、ちゃん付けで呼んでしまうのも無理はないと言える。立ち話も何なので、と美島は自分の部屋に私たちを誘った。


「お茶でいい? 私、コーヒーあんまり飲まないからさ」


 美島は、マグカップにお茶のティーパックを入れ、ポットのお湯を注いだものを出してくれた。


「何かいい情報がないか訊きに来たんだろうけど、残念ながら何もないよ」


 美島は椅子に腰を下ろした直後、機先を制した。


「そんなこと言わないでさ」理真は自分のティーパックを摘んで振り、さらにお茶の成分をマグカップ内に拡散させながら、「何か知恵を貸してよ。絵留ちゃんの頭のいいところでひとつさ」

「本当に何もないって。犯行声明に使われた封筒も便箋も、国内で一番メジャーなメーカーの最主力商品で、そこから足を辿るなんて無理だし、切手もわざわざ舐めて張ったりしてないから、唾液も取れないし」

「死体からは? 何かおかしいことなんかなかった?」

「ないね。……うーん、じゃあ、頭のいい悪い関係なく、科捜研っぽい意見を言わせてもらうとね……」

「もらうと?」

「被害者から採取された、犯人の遺留物の鑑定依頼が全然来なかったから、今回私が言えるようなことはあんまりないんだよね」

「それはどういう?」

「被害者がただ何もせずに殺されるってことはほとんどないからさ、普通は何かしら抵抗するんだよ。ときには犯人を引っ掻いたりね。それでそういう場合、被害者の爪の中に犯人の皮膚片だとか、衣服の繊維片だとかが留意していることがある。そういったものが採取されて血液型やDNA鑑定に回ってくることが往々にしてあるんだけどね」

「今回はそういうことが一切なかった」

「そうだね。まあ、被害者の状況を聞いて納得するところはあるけどね。最初の主婦は背後から突き落とされたそうだから、抵抗する暇なんてなかっただろうし、第二の被害者も後ろからいきなりブスリでしょ。第三は睡眠薬で眠らされてからの絞殺。第四も突き落としでしょ。どれも犯人に抵抗できる状態じゃなかったと思われるからね」

「あ、でも」私は理真と美島の話に割って入り、「第四の被害者、仁藤さんは、確かに橋の上から突き落とされたと見られてるけど、犯人と争ったような跡があるって言ってなかったっけ?」

「そうだね、確か仁藤さんの体には打撲や擦り傷があったそうだよね」


 理真も思い出したように口にする。私たちの言葉を聞いた美島は、


「ああ、最初はそんな話だったね。でも、犯人に抵抗したんじゃなくて、犯人から逃げるときに転んだりして負った傷だよあれは。他人に付けられたというより、自分で転んだりして付くたぐいの傷だったから。他人にやられたか、自分で付けたかの傷の区別くらいはつくよ」

「そうなんですか」


 私は納得したが、それを聞いた理真は、何か考え事をするように黙ってしまった。


「理真が長考入ったね。――由宇、どう、最近」

「変わりないですよ。今日、あれさんのところに行ってきたんです」

「あれさん。久しぶりに聞く名前だね。元気だった?」


 美島も丸柴刑事同様、あれさんとは顔見知りだ。


「うん、相変わらずだった。あ、お弁当、絵留ちゃんの分残しておくの忘れてた」

「お弁当? あれさんとこの?」

「うん、最後のひとつを須賀さんが持っていっちゃったから」

「須賀……今度高いランチ奢らせるか」


 最後に残っていたのが一番安いのり弁当だったとは言わないでおこう。


「よし、じゃあ今夜は理真と由宇の奢りで飲みに行こうか」

「どうしてそうなる」


 美島はこう見えてかなりの酒豪だ。その見た目から軽い気持ちで酒に付き合った男性警察官が、何人も彼女より先にアルコールの海に轟沈している。


「私と由宇は事件に関わってる間は禁酒だからね」


 いつの間にか理真が長考から回帰していた。


「ああ、そうだったね。じゃあ、事件が解決したら、とことん飲むよ」

「うん、あれさんも飲もうって言ってた」

「いいね。しおりとか、本部の女性警官も呼んで賑やかに行こう」


 「栞」は丸柴刑事の名前。美島は丸柴刑事のことを下の名前で呼ぶ数少ない人物だ。


「年内に解決させて、忘年会と行きたいね」


 美島の言ったことに頷くではないが、事件が早期解決をみることは警察官誰もが願っている。もちろん探偵とその助手もだ。



 その翌日。お昼ご飯に何を食べるかとの相談をする頃合いの時間に、丸柴刑事から理真に電話が掛かってきた。例によってスピーカーモードで受ける。内容のひとつは、瀬峰の車は、十一月四日に亜麗砂あれさ炉端町ろばたちょうで見かけた車種と一致していたこと。もうひとつは、その日、瀬峰も保永もアリバイが確認されたこと。


「それでね、十一月四日の瀬峰の通勤方法なんだけど、憶えてないって言われたわ」

「憶えてない?」

「そうなの。瀬峰は基本自家用車で通勤してるんだけど、たまに保永に送り迎えをしてもらうこともあるそうよ。夜に知人と飲む予定がある日なんかに、そうしてもらうんだって。保永のアパートは瀬峰の家の近くだから」

「飲み会を開いたなら、本人じゃなくても、参加者の誰かしらが憶えてるんじゃない?」

「私もそう思って、瀬峰の飲み仲間を聞き出して聞いてみたんだけど、その日に瀬峰と飲んだという人はいなかったわ。仕事場の看護師や職員にもね」

「十一月四日、瀬峰さんは自分の車で通勤した? あれさんが見た車は、偶然?」

「いや」私の考えを聞いた理真は、「飲み会に関係なく、保永さんに迎えに来てもらえば済む話よ。保永さんにも余計なことは喋るなと釘を刺しておいたんでしょうね」

「ああ、なるほど。じゃあ、その日瀬峰さんの車はやはり新潟の炉端町に来ていた。六田殺害現場の下見に。運転していたのは誰?」

「中野くんが突き止めた瀬峰さんの彼氏? 長谷川さんて言ったっけ」


 丸柴刑事の言葉には、それは分からない、と理真は答えた。中野刑事のアリバイ調査結果待ちだ。


「そうだ丸姉、あれさんが飲もうって言ってた」

「あれさんが車を目撃したんだってね。これが事件解決の鍵になったら、何か奢らなきゃ」

「絵留ちゃんにも話したら、ぜひ行こうって」

「絵留、あの子が来るとワリカンじゃ絶対負けるからね」

「私が食べるほうで取り返すよ」

「根本的な解決になってないからね。まあ、飲みの話はまた追々に。じゃあ、私はこれで。また何かあったら連絡する」

「うん、ありがとう」


 炉端町で目撃された車が瀬峰のものだったかどうかははっきりしなかった。しかし、車種、色、富山ナンバー、これだけ揃って偶然などということはあるだろうか? そして、運転していたのは瀬峰でも保永でもないことは確実だ。では一体誰が? その答えを持つかもしれない中野刑事からの電話は、さらに夕食の相談をする時間になって掛かってきた。


「安堂さん、アリバイありです」


 スピーカーモードにした携帯電話から聞こえる中野刑事の言葉だった。そうですか、と答えた理真の声のあとに、さらに中野刑事は続ける。


「長谷川は北陸支店に移ってしばらくしてから、副支店長という役職になったそうで、段々と社外に出ることはなくなっていったそうです。今は、たまに市内か県内の取引先に足を運ぶ程度で、業務のほとんどは社内で行っているそうです。一連の殺人の死亡推定時刻に金沢にいたことは間違いないです。十一月四日もです」


 長谷川は、炉端町で車を運転していた人物ではなかった。殺人の実行犯でもない。


「それから、これは事件と関係があるかどうか。多分関係ないと思うんですけど、ちょっと変な話が」


 中野刑事の声が続ける。何ですか? と促す理真に、


「それがですね、その長谷川って人、どうやら近々結婚するんじゃないかと噂されてるんですよ」

「えっ、瀬峰さんと?」

「ところが、相手はエイチスティール社長の娘だって言うんです。長谷川と社長の娘は、会社の懇親会で知り合って、親密な仲になっていったというんですよ。おまけに長谷川は営業時代の成績がよく、社長の憶えもいいらしいと。それで、もし結婚となったら、婿入りすることが条件だそうですよ。何でも社長には娘しかいないから。もしそうなったら、北陸の支店長から一気に本社重役の椅子も用意されるって話です。時期社長も夢じゃないとも」

「そんな話が?」

「はい、女性社員の噂話の域を脱してはいませんが、社長令嬢と長谷川が何回か食事に行ったことは事実のようです。どうですか、関係ないっぽいでしょ」

「うーん、まだ分かりませんが、ありがとうございました。中野さん、今日は金沢に泊まりなんですか?」

「いえ、富山県警にお邪魔して、丸柴刑事と合流します。。もう向かってる途中なんですよ。何でも瀬峰から抗議がいったそうですね。実際に捜査をしていた僕の口から謝ったほうがいいいんじゃないかと思って」

「あ、もうひとつ。その話、長谷川さんが社長の娘と付き合っているっていう話。瀬峰さんは知ってるんでしょうか?」

「さあ、そればっかりは。でも、長谷川は大学時代から付き合っている恋人を振って社長令嬢に乗り換えたんだ、なんて言っている社員もいましたね。社長の手前、二股というのはまずいんで、社内では長谷川はもう昔の恋人とは縁を切ったという話になっているらしいですけれど」

「瀬峰さんに長谷川さん以外の恋人がいるという話しは?」

「うーん、色々当たりましたが、そういった人物は出てこなかったですね」

「そうですか。ありがとうございました。瀬峰さんに安堂理真も謝っていたと伝えて下さい」

「いえ、安堂さんの名前は出しませんよ。それじゃ」


 電話はそこで切れた。


「瀬峰さん、知ってるのかな。さっきの話」


 私は、理真が中野刑事にしたのと同じ質問を理真に浴びせた。


「保永さんが瀬峰さんのことを好きなんじゃないかって話の時に、自分にはもう恋人はいるって答えたんだよね。それが長谷川さんを指してたんじゃないって可能性もあるけど。中野さんの調べではそういった人物はいないようだと」

「もう振られてたけど、虚勢を張って言ったのかな。瀬峰さんらしくない気がするけど」

「それか、まだ知らないかだね。長谷川さんと社長令嬢の関係を」

「そうだとしたら、かわいそうだね」

「その長谷川って男がさ、はっきり言ってやったらいいんだよ。ごめんなさい、僕は将来のことを考えて、あなたから社長令嬢に乗り換えますって。綺麗な別れ方を模索して、ずるずると時間だけが過ぎ去っていくってパターンね。変にやさしくしたらさ、社長令嬢のほうにも、まだ昔の恋人に未練があるのかなって思われるじゃん。どうして男って全女性にいい格好したがるのかね。君以外の女性には一切興味ない、くらい言ってやれって。紳士として女性にやさしいってのとは、また別でしょ、そういうのは」

「ま、まあ、でも保永さんにはチャンスだね」

「そうだよ。そんなふわふわした男はこっちから切り捨てて、保永に乗り換えちゃえ」


 うん。あの二人ならお似合いなのではないかと思った。ただ、瀬峰への疑いが拭いきれない今は、素直に応援する気にはもちろんなれないのだが。


「ねえ、私たちももう一回富山に行こうか」と理真。

「え、何かあるの?」

「何かあるってんじゃないけど、やっぱり私の口から瀬峰さんに謝ったほうがいいかと思って。それに、もう一度瀬峰さんと話がしたい。あれからこっちも随分と情報を掴んだからね」

「そうだね。あと、行くんだったら、タイヤ替えたほうがいいね」

「そうだった」理真は頭に手をやった。


 もう十一月下旬だ。例年でも新潟市内の平野部はまだ積雪する時期ではない。全国的に今年は暖冬のようで、山間部にようやく雪が降り積もり始めたばかりだとニュースで言っていた。しかし、向こうに行く道中や帰りに雪に降られたらたまらない。理真はさっそく馴染みのディーラーにタイヤ交換の予約の電話を入れていた。

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