第13話 光は嘘つきの悪魔。
子ども部屋が真っ暗になり、僕と光はベッドに横たわった。それでようやく一息ついた。ふぅ、なんだかこの部屋に戻ってくるとほっとする。振り返ってみれば、精神的にハードな一日だったと思う。寝返りを打つと、窓の外には丸い月が浮かんでいる。今ごろは鉄格子のすき間から、同じ月をおじちゃんも眺めているにちがいなく、それを思うと感無量としか言いようがなかった。僕はやっぱり、感受性が強すぎる。
そのうち意識が遠のいて、僕はおじちゃんの存在を、記憶の中から消すためのおまじないを考えた。『あなたはだーれ』仮に夢の中におじちゃんがしつこく現れたとしても、このことばを浴びせてやることにした。
迷わず成仏してほしい。その代わり、夜空の星に向かっておじちゃんの幸せをただひたすら祈ってあげる。
「お兄ちゃん」
そんな円満な考え方を選んだ僕に対して、遠慮なく光のやつが声をかけてきた。僕は聞こえない振りをして、わざと大きな寝息を立ててやった。それなのに何度、無視しても光のやつはあきらめようとはしなかった――言っとくが、お前の言いたいことはすべてお見通しだ。だけどおじちゃんを見捨てたことを、お前にだけは責められたくないと思っている。
「なんだ」
あんまりしつこいもんだから、しかたなく返事をした。
「ほんとにダーリンとお話をしたんだよ」
――またその話か。
「そうか、よかったな、じゃ、おやすみ」
光はおじちゃんのことなんか、もうすっかり忘れている。おそらく、罪悪感のかけらもないにちがいない。
「うそじゃないんだよ」
「ほんとにしつこいやつだ。いつも言ってるだろ。あの檻に入ってる限り、鳴き声なんて聞こえるはずがないんだ」
僕は早く眠りたい。
「鳴き声なんかじゃないの。ちゃんとお話をしたの」
「わかったから、少し静かにしろ。うるさくて近所迷惑だ」
「だってお兄ちゃんが、信じてくれないんだもん」
「じゃあ、どんな話をしたのか、事細かく説明してみろ」
光のうそをあばくのは簡単だった。しばらくほうっておけば、ありもしないことを他人に信じ込ませるために、光のやつは何度もうそをつく。そうなるとたいてい話は矛盾してくるし、それを指摘すれば言い負かす必要もなく、自分でこける。
「最初にあいさつをしたの。はじめましてって言ってくれたから、これからもよろしくねってわたしも言ってあげた」
それは当然のことだ。あいさつはやっぱり大切だと思う。
「それからね、パパの元へ早く帰りたいよって、ダーリンがいきなり泣き出したの」
――全く意味がわからない。
「お前にもやっと友達ができたわけだ。これで安心した。今度、僕にも紹介してくれ。さあ話は済んだ。もう寝るぞ」
今夜はとにかく眠かった。早めに光との話を切り上げたいと思っている。
「信じてないんだね。それならあしたもう一度、ZOOへ行ってみようよ」
こいつの魂胆がようやく読めた。
「言っとくが、なんでも自分の思いどおりになると思ったら大まちがいだぞ」
「そんなことはわかってる」
「もう二度と、今日のような一日を過ごすのは絶対にごめんだ。お前には耐えられるかもしれないが、こんなことが再三続けば、僕の内蔵にはなんとかという名前のしこりができる。はっきり言うが、僕は吹き出物のできやすい体質なんだ。なんと言われても、絶対にZOOへは行かないからな」
固い決心が、悪性しゅようのようになって僕の体中に広がっていた。
「わかった――」
ようやく光は引き下がった。ちょっとかわいそうな気もしたが、こんな場面で同情するほど僕は甘くない。
「それにしても、おじちゃんって、かわいそうだったよね」
――うっ、いきなり光のやつが交渉のしかたを変えた。
「お兄ちゃんから教わったとおりに言い訳をしてたのに、それもやっぱり無駄で、結局、警察に連れて行かれちゃった」
――ううっ。
「お前は悪魔か。おじちゃんの背中で寝てたはずだ。なのに、なぜそんなことまで知ってるんだ。とても人間業とは思えない。あまりにもひきょうだ」
「お兄ちゃんは心配じゃないの。わたしたちにも責任があるんだから、おじちゃんの様子を見に行くべきだよ」
光のいつになく常識的なことばを聞かされて、いきなり僕は、やつがフュースのウンコを食べたことを思い出した。
光の悪魔のような性格に、フュースの外見をプラスすれば、完ぺきなものができあがる。なんだか急に、部屋の暗闇が濃くなったような感じがした。しかもすぐそばで、僕のことをひきょう者とののしる小型の光が現れて、なんの遠慮もなく、腕の辺りで存分に血をすする。吸われたあとが赤く腫れ、かゆくてかゆくてたまらなくなった。なんとなく蚊のたぐいに似ているような気もしたが、あれは紛れもなく、小型の光である。ここまでくると、僕の神経は強迫観念などと大合唱を繰り返す。
とにかく僕は明日もう一度、光をZOOに連れて行く約束をするしか他に、すべがなかった。
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