第6話 光、君は天才だ。

 とりあえず好きなだけどなり散らしあと、ようやくひげのおじさんがハウスから出て行った。残された僕らの間には、気まずい雰囲気が漂っている。善意の第三者でしかない僕にしたって、ここまで惨めな姿をさらしたおじちゃんに対して、なんとことばをかければいいのか迷うばかりである。

 そんななか、ようやくおじちゃんが重い口を開いた。「大人になるとね、いろんなことがあるもんさ」そう言いながら、照れくさそうに笑ってみせた。自分があまりにも下っ端だと僕らに知られたことが、よほど悔しかったにちがいない。同じ男として、僕にもその気持ちはほんの少し、わかるつもりである。

「おじちゃんってかわいそう。クビになったらどうするの。寝るところだってなくなっちゃうし、ごはんだって食べられなくなるんだよ」

 どうやら女の子である光には、僕のような優しさは皆無と言ってよく、まったく遠慮もせずに、好きなだけおじちゃんのことをいたぶった。そう言えば、ママにも似たような性質がある。女の人は総じて栄養の一部に欠落の可能性が大だ。カルシウムなら牛乳で補えるが、デリカシーはいったいどうやって取ればいいのだろうか。

「二人ともなにをしてるんだ。はやく奥の通路から入っておいでよ」

 カウンターの向こうからおじちゃんが僕らを呼んだ。僕と光はそれに応えて、奥の部屋に足を踏み入れた。そのとたん、思わずまゆを寄せながら、全身を硬くした。

 汚れやシミのたぐいが床のあちこちに付着している。しかも汚れているのは床だけではなくて、壁に描かれたダーリンの絵なんて、やりきれないほどくすんで見えた。しかも天井からぶら下がる電灯もほこりの餌食になっているらしく、狭い部屋を照らすだけのパワーでさえも、不足気味である。空気までがほこりまみれのように感じてしまい、僕はなんだか、息苦しくてしかたがなかった。

 部屋の広さは僕らの子ども部屋と、同じくらいである。正面には大きな窓が見える。汚れたカーテンがそれを覆っていた。壁際にはテーブルが設置してあり、その上には小型のコンピューターと、十七インチくらいの薄型のモニターが並んでいた。

「チョコレートのにおいがするよ」

 光が主張するとおり、部屋中に充満しているこのにおいは、まさしくチョコレートのものである。甘すぎる香りが鼻孔の辺りを刺激して、こらえきれずに僕は何度かくしゃみをした。

「似てはいるんだけど、これはチョコレートが発しているにおいじゃないんだ」

「じゃあいったい、なんのにおいなの」

 どうやら光の好奇心は全開である。相も変わらず、頭のてっぺんから怪しげな音を連発した。

「ダーリンにはなくてはならない物、それがこのにおいの正体さ」

「なんなの、それは」

「詳しく説明してあげるからさ、二人とももっと、こっちへおいでよ」

 おじちゃんは部屋の隅にある、プラスチックの容器の前に立ち、そこから僕らを手招いた。

「このにおいはね、ここにある物質から放たれてるものなんだ」

 おじちゃんの声は低かったが、動作のほうはやけに大げさで、ぐるりとまわした右手をふたにかけ、それを一気に持ち上げた。すると甘いにおいはいっそう強くなり、そのせいで僕のくしゃみは余計にひどくなった。

「なによこれ、やっぱりチョコレートじゃないの」

 光のやつは箱の中をのぞき込んだ。そのあと真っ赤な顔で訴えた。乳白色の容器には、チョコレートを溶かしたような物がいっぱい詰め込んであった。大きさはもしも空っぽだとしたら、光を閉じ込めるのにちょうどいいくらいの容量である。

「ひょっとして、ここってチョコレート工場だったの」

 光のやつは結構、楽しげな声を出している。目を輝かせながら、おじちゃんの顔をじっと見つめていた。その様子から判断する限り、おそらく光のやつは目の前にあるチョコレートを狙っているにちがいないと予想した。

 そこで僕は重要なことに気がついた。

 なんと今日の光は、一張羅の洋服を着込んでいる。もしも今の状態であの箱の中に両手を突っ込んで、目的の物をむさぼり食うような事態にでもなれば、残念ながらピンクのかわいい洋服は、色を変えるどころか、生地でさえも化学反応を起こすにちがいない。しかもそうなったときのママの顔が、むやみやたらと角膜の裏で点滅した。

「これはね、チョコレートみたいに見えるんだけど、実はそうじゃないんだ」

「チョコの親せきのシュガーちゃん?」

 二人は人の気も知らないで、能天気な会話を続けている。僕はたまらず抗議した。

「ねえおじちゃん、もうそれくらいでばかな冗談はやめてほしいんだけど」

「ごめんごめん、少し調子に乗りすぎたかな」

 おじちゃんには反省の色も見えたが、光のほうは相変わらずで、口をとがらせながら、なおもおじちゃんに食らいついた。

「はやく白状しなさいよ」

「わかったよ。ただしね、これは一般の人にはあまり知られていない事実だし、それを知る機会に恵まれたのはすごく幸運な体験だと思うんだ。だから君たちは、いつまでも未知の物への興味を失わないでほしい。約束だよ。それだけが僕の望みだ」

 本当におじちゃんの人間性を知れば知るほど、がっかりさせられる。だいたい、感謝の押し売りっていうやつが一番、始末が悪い。それを平気で口にできる、おじちゃんの性格には明らかに傷があった。

 光のやつは素直な態度で、おじちゃんの言うことにうなずいている。こちらも予想どおりである。やつは目的のためならなんでもする。僕は多少の抵抗もあったんだけど、しかたがないので光を真似て、おじちゃんのことばに同意した。

「よし、じゃあ教えてあげるよ。実はね、これはダーリンのエサなんだ」

 目の前にあるチョコレートに似た物質の正体が、ついに明かされた。普通なら、この事実で僕の心配は消えうせるはずだ。いくらなんでもダーリンのエサだと聞かされれば、光のやつだってあきらめるだろうと思うのが、常識的な考え方である。ところが僕の場合は少しちがっている。隣のマンションで飼われている、ミケという猫が食べているキャットフードを、光のやつが狙っていることを知っているからだ。

「ほらほら、こっちに来てあれを見てごらん」

 おじちゃんは窓のカーテンを開け放ち、そこから見えるダーリンの檻を指さした。

「檻の横に丸い注入口がついてるだろ」

 そんなことを言いながら、腕を伸ばして引き出しの中を探り出す。そこから牛乳ビンのような容器を取り出して、それを顔の横に据えたままでにたりと笑った。

「これにエサを詰め込んであそこに差し込めば、檻の中にダーリンの食料が流し込まれるような仕組みになってるんだ」 

 確かに檻の横には金色に輝く突起物が見える。どうやらそこに、太い注射器のような物を差し込んで、檻の中にダーリンのエサを注入しているらしい。

「だけどあっと驚くのは、まだまだはやいよ。これからが本番さ」

 おじちゃんは部屋の隅に置いてある段ボールの箱を、こちらへ引きずってくる。

「さあ二人とも、ここに座ってごらん。もっとびっくりするようなことがあるんだ」

 言われるままにそこへ腰かけた。するとおじちゃんは乳白色の容器を指さしながら、得意げな表情を隠そうともせず、僕らの前で熱弁をふるい出した。

「では始めるよ。これはいったいなんだった?」

「双子のチョコレート」

 光はいまだに、能天気な頭しか使おうとはしない。しかたがないので、僕がかわりに答えてやった。

「あれはダーリンのエサだろ」

「惜しい」

 おじちゃんが意外な反応を見せたから、今度は僕が唇を突き出しながら抗議した。

「だって、さっきそう言ったばかりじゃないか」

「確かにそれはそうなんだけど、厳密に言えば少しちがう。例えばね、大根は人間の食べ物だよね。だけどそれを大根とは呼ばずに、あれは人間の食べ物だと呼び続ける人がいたとしたら、やっぱりそれはおかしいだろ」

 そう言えばそうだ。

「ここにあるチョコレートに似た物質は、確かにダーリンのエサではあるんだけど、本質的な呼び名と言うのか、本来の識別名は別に存在するんだ」

 引っかけ問題みたいな論法だった。常識的な事柄はたいてい足もとがもろく、意外とすぐにひっくり返せるし、僕は人間だけど相川卓という名前も持ってるわけで、そんな誰もが知っているようなことをわざわざひっぱり出して、子どもをだますような論理を展開するなんて、とても大人のやることじゃない。

「おじちゃんの意地悪、はやく教えてよ」

 光がこらえきれずに叫び声をあげた。それに応えておじちゃんがにんまりと不気味な笑顔を作る。どうやら僕らのじれた態度に、ひどく満足している様子だった。

「実はね、このダーリンのエサは――んーっ、なんだと思う?」

 おじちゃんはどうやら、一種の興奮状態である。その態度をつぶさに見せられて、僕は少し心配になった。ひょっとして、この人は大人が相手でもこうやって小出しに話を進めるのだろうか、だとしたら、友達は極端に少ないタイプだと思った。

「君たちにはこのエサがいったいなんであるのか、まるで想像もつかないだろうなあ。ただしそれも当然の話さ。詳しいことを知っているのは、世界中でも限られた人間だけなんだ。しかもこのエサの中には数学で言えば無限が存在し、科学では不可能を解く鍵が隠されている」

 訳がわからない。

「おじちゃん、いい加減にしないと、ほんとに怒るよ」

 さすがの光でさえも、おじちゃんの態度には我慢できなくなったみたいである。

「ごめんごめん。それじゃもったいぶらずに、そろそろ教えてあげるね」

 いいや、これだけもったいをつけたら十分だと思う。

「なんとこの物質の正体は、月に住むもう一種類の生物、フュースの排せつ物なんだ」

 それを聞いたとたん、僕は不覚にもあっと驚いた――排せつ物と言えば、ウンコのことじゃないか。

「どうだい、すごいだろ。彼らの食料にはまだちょっとした秘密があるし、現在のところ、一般の人には漏れないようにマスコミが自主規制してるんだ」

 今の話を聞いて、僕の中でダーリンのイメージはこれでもかって言うくらい失墜した。ウンコにだけは手を出してほしくない、というのが僕の正直な感想である。

「驚くべきことなんだけど、ダーリンやフュースには、大気に含まれる酸素なんて必要ないんだ。フュースの臓器は自ら光合成を行うことによって、酸素に似た物質を作り出すことができる。学者たちはそれに治癒素という呼び名をつけた。しかもそこには栄養分まで含まれてると言うんだから、われわれ人類の科学なんて仰天ものさ。生きるために必要不可欠なすべての物を、フュースはなんと、自分の体内で製造してる」

 僕にはおじちゃんがなにを言いたいのか、さっぱりわからなかった。だけどおじちゃんの様子から判断して、話の腰を折るのは気が引けた。浅黒い顔の中でこぢんまりと光る二つの目は、僕らに注目しているように見えて、実は視線がちがう場所へやたらと飛んだ。自らの世界に浸りきったその態度からは、おぞましいほどの迫力すら感じさせた。

「いいかい、彼らが実に神秘的、かつ合理的な生物だと断言できるのは、フュースの排せつ物が、治癒素の塊でもあるという事実だ。だからそれを食べるダーリンも、酸素や栄養分をまったく必要としない。と言うよりも、エネルギーを直接、食べてるようなものなんだ」

「じゃあ、フュースはいったいなにを食べるの」

 不思議なことなんだけど、僕でさえよくわからない話に割り込んできて、光のやつが無謀にもおじちゃんに対して質問をした。

「う、うん、それが――」

 しかも光のことばを聞いたとたん、おじちゃんの態度が一変し、僕らから顔を背けて後ろを向いた。

「どうしたの、おじちゃん」

 光が呼びかけても、そわそわと落ち着かない素振りを繰り返すのみである。そのうち「うぅん」なんてうなり声をあげながら、腕を組んで考え込んだ。

「君たちにはやっぱり、明かさないほうがいいんだろうか――」

 ここまでくるとおじちゃんを見直すしかなかった。もったいぶる演技も堂に入ったもので、今なら誰もが話の続きを聞きたくなるにちがいない。

「ぜひ教えて下さい」

 思わず声に出して訴えた。

 ダーリンがフュースのウンコを食べるんだから、僕の予想では、そのダーリンのウンコをフュースが食べるというのがきわめて濃厚である。だけど自分のウンコを食べる可能性にしたって、まったくないとは言い切れず、そこまで栄養分のあるウンコなら、おそらく貴重であることはまちがいないし、超えてはいけない一線を、むやみに犯している可能性も十分にある。

「しかたがないね。ここまで話してしまった以上、君たちだって、あとの説明を聞かずに引き下がれるはずがないだろうし、軽率にも知識欲を刺激した僕の責任は、やっぱり重大だ。こうなったら全部、話してあげる。だけどこれは絶対に内証だよ。誰にも言わないと誓ってほしい」

「うん、約束するよ」

 光はあっさり一言で片付けた――うそをつけ。

 やがておじちゃんは僕らの前で直立不動、口もとの笑みもすっかり消えて、力なくまぶたを半分、閉じた。黙ることおそらく十数秒の猶予があり、今度は僕らを強い視線でにらみつけた。

「フュースが食べるのはね、実は、ダーリンなんだ」

 それを聞いたとたん、光はすかさず開いた口を両手で押さえ、横にいる僕に至っては、まゆを寄せて不快な気分を表情ににじませた。

 ――残酷なことは、あまり好きじゃない。

「でもね、ここからが大事な話だから、よく聞いてほしい」

 おじちゃんは申し訳なさそうな顔をしながら、あとを続けた。

「月には二種類の生物しかいないんだ。フュースとダーリン。調査の結果、この二種類の生物は何万年も前から月に生息していることがわかった。でもそうだとしたら、おかしいだろ。フュースはダーリンを食べる、つまり天敵なんだよ。それなのにダーリンは滅びることもなく、現在もなお月で暮らしている。考えられないことだ」

 確かにそう言われてみればそうだ。

「フュースがダーリンを食べ尽くせば、フュース自身も絶滅するしかないだろうし、普通なら、彼らはとっくに月からいなくなっていてもおかしくない。なのに、この二種類の生物はなぜ、今も月に存在しているのだろうか」

 おじちゃんは顔を真っ赤にしながら、熱弁をふるった。その勢いに押されて、僕はほとんど相づちさえも打てず、聞き入るしか他にやることがなかった。

「学者たちはこの疑問に対して、何十年も挑み続けた。けれど残念ながら、いまだに真相が解明されることはなく、そればかりか謎はいっそう、深まるばかりだ。まさに宇宙の神秘だと言える」

「どっちがママで、どっちが子どもなの」

 また光のやつが意味不明なことを口走った――フュースがダーリンの天敵だと言ってるんだから、やつらが親子であるはずなんてないじゃないか。

「お前は少し黙ってろ」

 すぐさま光に注意をしたが、光のことばを聞いたおじちゃんが、予想外にもおかしな反応を見せた。

 僕らの前にひざまずき、両手で顔を覆ってしまう。次にその手を天に向かって突き上げる。「君は、天才だ」感極まったようにそう叫び、まなこを充血させながら、体を小刻みに震わせた。それを間近で見つめる光のやつは、僕のほうに一瞬、顔を向けてから、不気味な笑いを振りまくのみ。確かにある部分だけならば、僕もたまにこいつのことを天才だと思うことがある。

「光ちゃんの言うとおりだ。フュースとダーリンとの関係は、まるで親子のようだ」

 おじちゃんが突然、立ち上がって、僕らに背中を向けた。その様子がなんだか少し心配になったもんだから、身を乗り出すようにしながら、おじちゃんの横顔をのぞいてみた。

 そこで僕はぞっとした。

 どうやら口もとが不自然な感じで震えている。それに合わせて訳のわからないことばを口走っていた。「そうだったのか――いや、ひょっとして、でもまさか」意味がわからない。ただしこうなったら、僕も黙ったままではいられなかった。どうも光のやつが目立ちすぎ。

「どう考えたって、親が子どもを食べたりするのは、おかしいんじゃないですか」

 天敵でありながら、親子関係まで結んでいる可能性があるなんて、僕は絶対に認めたくなかった。

「卓君の言いたいことも、僕にはよくわかる。でもね、今までの調べによると、ダーリンはネズミのように繁殖力の高い生物ではないようなんだ。それでも彼らが何万年も生き続けてきたということは、数が減ってくれば、フュースはダーリンを食料化しないということになる。つまりフュースっていうやつは、ダーリンが絶滅すれば、自分たちも生きていけないことを、本能的に知っているとしか考えられない」

 おじちゃんの今の話からすれば、フュースはどうやら、食いしん坊万歳的な性格ではないらしい。

「そこになんらかの愛情があったとしても、不思議なことではないと思うんだ」

 おじちゃんはようやく、少し落ち着いた表情を見せた。僕らに向かって笑いかけてくれる。

「ねえねえ、フュースって怪獣なの」

 光のやつがまた、おじちゃんに向かって質問した。しかも両手の指を体の前でもてあそび、すごくだらしない格好をしながらだ。

「そんなことはないさ、フュースは怪獣なんかじゃない」

「だって、とても怖い顔をしてるんでしょ」

「生物っていうのはね、住む環境によって、暮らしやすい体に進化していくものなんだ。それからすると、みんな合理的な姿をしているもんだし、僕たち人類の美的感覚なんかで、フュースの外見を判断したりはできないというわけさ」

 確かにそのとおりだと思う。光やママを毎日、見ている僕にとって、今の説明はとてもわかりやすかった。

「フュースの体長は三メートル以上もある。その上、一般的に言えば、やはりグロテスクな姿だと言えるかもしれない。でもただそれだけで、フュースのことを怪獣だと決めつけるのは、よくない考え方だ――あっそうだ。フュースに興味があるんなら、彼の姿を収めたディスクを持ってるから、なんなら今から見せてあげようか」

「見たい見たい見たい」光がそう叫び、両手を胸の前で交差した。僕は落ち着いた素振りを崩さなかったが、内心は光とまったく同じ気持ちである。謎の生物フュース、まさか彼の姿を拝める日が来るなんて、信じられない、というのが正直な感想だった。

「いいよ、見せてあげるとも。ただし何度も言うようだけど、友達どころか、パパやママにもこのことは絶対に内証だよ」

 そう言いながら、おじちゃんは背後にあるテーブルに手を伸ばし、そこにあるディスクのような物を抜き取った。

「わたしたち、パパなんていないよ」

 せっかくことがうまく運ぼうとしているときに、光のやつがまた余計なことを口走った。

「死んじゃったのかい?」

 おじちゃんがまぶたをせわしく振りながら、光のそばに駆け寄って声をかけた。対する光のほうは、まゆを寄せながら両手で顔を隠し、そのあとのどの奥で変な音を連発した。

「うそをつけ、パパはちゃんと生きてるじゃないか」

 光をどなりつけてから、おじちゃんのほうへ向き直った。

「――離婚しただけです」

 それを聞いたおじちゃんはひどく驚いた様子で、こぢんまりとした目をぱちくりさせながら、僕と光の顔を何度も見比べた。

「だって、ちっとも会いに来てくれないんだもん」

 光のやつは口をとがらせて文句をひとしきり。それを見たおじちゃんは、光の肩に右手を載せて、やつを懸命に慰めようとしている様子である。

「その話はもうなし。そんなことよりも、これからみんなでフュースとご対面だ」

 おじちゃんが取りなしても、光はいまだに膨れっ面を収めようとはせず、それを見ているとなんだかすごく腹が立った。

「じゃあ今から始めるよ。このディスクを研究所以外の者に見せるのは、初めてのことなんだ。だから僕だって興奮してるよ」

 研究所って、いったいなんのことだろ――おじちゃんの何気ない一言が、とても気になった。だけどおじちゃんは周囲の様子には構いもせず、テーブルの上に置いてあるコンピューターに歩み寄った。そのあとパソコンにディスクをセットした。

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