第4話 光の鼻は低くてサクランボみたいに丸い。
明くる日の学校は半ドンで、お昼過ぎにはマンションに戻ってきた。光はもうすでにリビングにいる。木のテーブルの前にある、ゾウさんのいすに腰かけて、どうやら昼食の真っ最中であるらしい。
「はやかったんだな」
そんなことばを浴びせながら、光に近寄った。だけどやつは返事をしないばかりか僕を完全に無視、手に持つ固形の栄養フードを、下品な動作でせっせと口もとへ運んでいた。
平日の僕らの昼食はたいてい学校の給食で、休みの日には、冷蔵庫の中にある固形フードが主食となっている。ローズとかなんとか、パッケージには食品名も記されてはいるが、呼び名は固形フードでたくさんだと思う。チーズそっくりの形をしているのは確かなんだけど、呼び方まで似せる必要なんてまったくない。
光のやつは髪の毛を後ろで一つに束ね、白くて大きなリボンを後頭部に載せている。だけどあの格好はどう考えても逆効果である。身内である僕の目から見ても、リボンが似合うかどうかは微妙なところだ。
光の鼻は低くてサクランボみたいに丸い。おまけに肉づきのいいほおは少し赤みが差し、都会ではほとんど見かけないような果物を連想させた。その上、太いまゆが特徴的で、太鼓橋のようにうねりながら、丸い目玉の上でべったりと寝ころんでいる。唇はまるで、たらこを千切りにしたような感じである。しゃべるときにはすき間だらけの前歯の上で、フラダンスを踊るみたいにくねくね動く。
リボンをつけたくらいでは、それらすべての印象を改ざんするのは、とても無理だと証言したい。
「お兄ちゃんもはやく、食べたらどう?」
そう言われたのでしかたなく、光の顔をにらみつけながら、やつの隣に腰かけた。そのあと黙ったままで、テーブルの上に置いてある固形の栄養フードを手に取った。
「お兄ちゃんは中学生になったら、ママから携帯電話を買ってもらえるんだよね」
「なぜ急にそんなことを言いだすんだ」
光のことばには、なにからなにまで魂胆がありそうで、どうしても僕は身構えてしまう。
「だって、うらやましいんだもん。わたしにも貸してよね」
「いやだ」
即座にそう答え、必要以上にまゆに力を込めた。なおかつそれを、中央へ寄せる努力も怠らなかった。
「けちんぼ」
ほんとにこいつは口が悪い。
「言っとくが、お前に携帯電話を貸さないのは、近ごろモバイル経由の詐欺が増えているからだ」
「さぎ?」
「そうだ。個人情報が盗まれて、ある日突然、悪用される。それで迷惑を被るのがお前だけなら、僕は一向に構わない。望むところだ。だけど今度買ってもらえるのは、言っとくが僕の名義なんだ。つまり、お前のせいで僕に被害が及ぶ。だから小学生の間は我慢しろ」
かんで含めるように、相当、詳しく説明したつもりである。
「ママには内証にしてあげるからさ、ちょっとだけ貸してほしいの」
ため息をついたあと、もはや光がなにを言っても答えるのをやめ、素っ気ない態度を取りながら、むやみやたらと固形フードをほおばった。緊張感でいっぱいのこの部屋においても、時計が時間を刻むことだけは避けられず、お昼過ぎになってようやく食事を終えて、僕と光はZOOに向かっていよいよ出発することになった。
外はもうすっかり春の陽気と言ってよく、日差しは容赦なく僕らを料理した。光の頭上でうまそうな湯気が立ちのぼる。皮膚にたまったはずの汗は、流れることもなく蒸発した。
それにしても、おかしい。どう考えても変だ。光のやつが妙にオシャレをしている。
僕なんか、ひざのところがすり減ったジーンズに白いポロシャツ姿である。なのにこいつはすその広がったワンピースを着用し、しかも色はどうやらピンク系、おまけにアクセントとして、白いフリルがあちこちにぶら下がってたりするんだから、普通の神経の者から見ると、ふざけてるとしか思えないような服装だった。
その上同じ生地の、顔中すっぽり収まってしまうかのような帽子までかぶっている。おチビのくせに、日焼けをいやがるなんて、本当に生意気なやつだ。だけどあの洋服は、確かお出掛け用の一張羅だったはずで、むさ苦しいZOOへ行くときの格好とはとても言い難い。
――ひょっとして、こいつはおじちゃんのことを意識しているのだろうか。
ひらめいたとたんに、すぐさま考えを改めた。それはやっぱり、あり得ない。光だけでなく、女の人がおじちゃんに対してトラウマを感じることがあったとしても、男性として意識するなんて、どうころんでも考えすぎだと反省した。
どちらにしても、僕にとっては迷惑な話である。
ZOOは思いのほかアウトドアなわけだし、そこへあんな洋服を着ていけばシミやほこりの餌食になるのは目に見えていた。しかもあの洋服を汚したときの、ママの顔を思い浮かべるだけで、僕はどこまでもホラーな気分になった。
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