【日常】鮎川羽龍【人狼の話 弐】


【人狼の話 弐】


                 ◇


 中津国市なかつくにし。人口七万人程度の地方都市。

 街の北側には照葉樹林に覆われた山が位置し、南側には海と小さな無人島が広がる。

 市の花はスターチス。市の名物はフルーツ饅頭(果汁0%)などという怪しい物体。

 数年前に話題になった特定症候群対策開発支援金をまんまとせしめ、田舎とは呼べない程度の発展を手に入れたものの、人口や立地の問題から都会と言うにはほど遠い、そんな街。


 ぼくたちの通う中津国高校は、この街で最も新しく出来た学校だ。

 立地は小高い丘の上。見晴らしこそいいものの、毎年四月にはこれからの三年間の苦難に思いを馳せて軽い鬱状態になる新入生が多発している。

 校風は個性の育成とお互いの尊重。それが学校運営にどう関わっているかについては全く見当もつかないが、こういった校風を掲げる理由については大体の想像もつく。


「だからさ、俺は声を大にして主張してえんだよ。いつもいつも見かける度に思うんだよ。

獣耳尻尾スキーとケモナーは別ジャンルとして分ける事を徹底するべきだって!」

「はぁ」


 午前八時。授業が始まる前の教室は人もまばらで、休み時間程の騒がしさは無い。

 もう十分もすれば慌ただしく駆け込んでくる生徒の足音も響くだろうが、まだまだ焦る人も現れない、ゆったりとしたそんな時間。


 クラスメイトの宮雨才史みやさめ・さいしが、突然そんな主張をぼくにしてきた。

「一体何があったのさ」

「病院の隣に本屋あるだろ? あそこで獣耳尻尾アンソロジーに『ケモナー万歳!』ってポップがついてたんだよ。あそこの店長はその辺解ってる人間だと思っていたのに!」

「…………」

「迂闊に一般向けと深淵をごちゃまぜにしてさ、素人に覗き込まれても困ると思うんだよ。深淵の方だって、自分から無知な相手を覗き返したいとはきっと思ってない筈だろうに」


 正直宮雨が何に怒ってるのか良く解らないが、個人にしか解らない特有のツボというものがあったのだろう。

 そう思って無言を貫くぼくの前で、宮雨はどんどんヒートアップ。


「獣耳尻尾属性は割と大衆に受け入れられるジャンルだろうけどさ、やっぱ獣属性って言うのはひっそりと同行の士だけでやっておくべきだと思うんだよ。それを一緒くたにしたら、無知な新人さん入って来た時にうっかりディープなものに触れちゃって、下手すればジャンルそのものにトラウマを持ちかねないとは思わないか鮎川?」


「色々言いたい事もあるけど一つだけ言う。獣耳尻尾スキーは一般ジャンルじゃない」

「馬鹿なっ!」


 頭を抱えて、大仰な仕草で宮雨は崩れ落ちる。


「”普通”にカテゴライズされる範囲は、宮雨が思ってるよりもっと狭いと思うよ」


 追撃を喰らった宮雨は、床の上に頭を落としてぴくぴくと震えている。まるで蟲を連想させるような動き方だ。宮雨虫。種類は何だろうか、冬場で厚着だから甲殻類?


「それはそうかもしれないけどなぁ……。


 正直さ、そのジャンルの人間としてはそんな言い方されるとちょっと傷つくぜ……」


 のろのろと立ち上がった宮雨は、『頭の猫の耳をしゅんとさせながら』、がっくりと肩を落として項垂れた。



 ――計画都市中津国けいかくとしなかつくには、全国随一のクウェンディ症候群患者の人口率を持つ街だ。

 市の発展を支えている支援金は『特定症候群対策』の名の通りにクウェンディ症候群患者に対する福祉と支援の為に使われていると言う建前で支給されているものだ。

 その建前を守るため、この街の公共施設には申し訳程度に発症者向けの設備があったりするのだが、全国的に見ればそんな都市は結構な少数派であったらしい。

 そんな貴重な街だからか、近隣の県から必要にかられた発症者やその家族、それらを対象とした企業の店舗や大学の研究施設が続々と集まって来て今の中津国市があるのだという。


 当然、そんな街にある中津国高校も、生徒の異族率は結構高い。

 全校生徒六百人の内七十二人。発症率が十代の〇・二%であると言う統計から見ると、生徒の一割以上という数値はもはや異常とも言えるだろう。

 教室の中を見回すと、人型に混じって異形の影が幾つも見える。

 全員一人の例外も無く、この二年六組の仲間達だ。



 扉が開いた音がして、ぼくは視線をそちらへ向けた。


「……おはよう。委員長」


 我らが委員長オブ委員長、眼鏡っ娘少女、真神まかみはずきは今日も元気に登校して来た。

 いや、元気にと言うのは語弊があるか。手を振るぼくに気付いた委員長は怯えたように一瞬震え、しかしそんな事無かったかのように慌てて姿勢を戻していたから。しゃんとする彼女の頭の上、存在しない筈の犬耳がぴくぴくするのを幻視した。


 ……昨日のことについては、また後で問いつめればいいだろうかな。


 心の予定帳にメモを書き留めて、ぼくは宮雨との会話に戻る事にする。


「そもそも何か違いあるの? それ」

「断固として言わせてもらうが全然違う。イモリとヤモリを一緒にするぐらい違う」


 突然と宮雨は立ち上がり、ばん、と机を叩いて演説ぶる。


「ケモナーとはそもそもどういうジャンルかというと、ケモノ、を愛すると言う人種の集まりだ。

そこで問題になるのがケモノとは何かと言う事だが、俺的にはそれは『人間の特徴を持った動物キャラ』であると定義したい。そう、動物成分の方が主なんだよ。それでは動物成分というのは何処から来るのか?

 それは顔の形だね。ケモノ属性に分類されるキャラクターは大体人間とは違う顔つきをしている。

けむくじゃらだったり鼻がとんがっていたりとかな! つまり見るからに一目で人間とは別ジャンルと解る物を愛好しているから彼らは特殊性癖に分類される訳だ。その点獣耳尻尾キャラと言うのはメインが人間、サブパーツが動物であってまるで真逆の存在だ。人間を愛好するのは人間として至極普通で当然の性的嗜好であり、眼鏡っ子が好きだとか彼女に裸エプロンを着て欲しいとかそれと同じ部類なんだよ!」


 拳を握り、天を仰いで熱弁する宮雨。

 この熱は何処からくるんだろうか。


「とにかく猫耳尻尾属性の代表として俺は、ケモナーと言う異常性癖と一緒にされる事を徹底抗議しぶぎゅるもごぉ!?」


 宮雨の心の叫びは、後ろからの締め上げによって中断された。


「みーやーさーめー? また学校でエロい話してるのかなー?」


 名賀ながかがし。

 高い身長と神社の娘と言うパーソナリティから、学内知名度も高い二年六組の名物生徒。

 去年の夏頃までは陸上部員を務めていて、若干一年生ながら県の大会に出場する程の実力者だったらしい。残念ながらぼくがその事を知った頃には、病気によって引退していたため彼女が走る姿を見た事は無いのだが、当時を知っていた人たちが口を揃えて「勿体無い」と言う辺り、相当なものだったのだろうと予想する。


 病気にかかったとは言ったが、それに反して彼女の印象は健康健全元気溌剌そのものだ。

 およそ病弱さと呼べる要素は、外見言動性格の何処にも存在してはいない。

 むしろ姉御肌と言うべき性格で、教室のムードメーカー的役割を担っているキャラだ。


「おはよう。名賀さん」

「ぐっもーにーん鮎川くん! ちょっとこのエロ猫締め上げるから借りてくよー!」

「待て待て待て待て、別に今回はエロい話とかじゃなかった筈だ! 性的要素一切無し! 弁護してくれ鮎川! ギブミーレスキュー!」


「その時宮雨が買おうとしてた本のタイトルは?」

「『ドッキン☆犬耳っ娘パラダイス』」

「ギルティ」


 おのれ裏切ったな鮎川ぁぁと叫びながら、宮雨は締め付けられた獣の様な呻きをあげる。

 と言うか現在進行形で全身を締め上げられている。


 ――クラスメイト、名賀かがしは人蛇ラミアである。


 さっき高身長と言ったけれども、尾を含めて七メートル超過はむしろ全長であらわすのが正しいだろう。

鱗に覆われた下半身は蛍光灯の光を照り返し、マリンブルーに輝いている。


「ぐおおお折れる折れる折れる人蛇のリアルコブラツイストはまず、まず、あば、ば、ば、助けてくれ鮎川ー!」


「コブラツイストってそういう技だっけ?」

「うわウルトラ他人事ですよこの男! 痛、折れ、死ぬ、ああでも胸が当たってがみゅ!」


 迂闊な一言事故のもと。


 宮雨が崩れ落ちたのを確認して、ぼくは視線を窓の外へ向けた。

 ――今日もまた、代わり映えの無い日常が始まる。


                 ◇


 記憶に残るような出来事も無く、淡々と授業は過ぎて時計は進む。

 素晴らしきかなルーチンワーク。日常は今日も穏やかに変化を見せず輪転している。

 時刻は昼過ぎの午後零時半。冬の太陽は正午過ぎでも低い角度で横日となり、学校の中庭のベンチを照らしていた。

 足音が耳に届いたのを合図に、ぼくは手にしていた教科書を閉じる。


「早かったね。委員長」


 揺れる灰色がって結ばれた髪。息を切らせて駆ける少女。

 今回のゲスト、真神まかみはずきが向かって来る。


「もっと遅くなるかと思ってた」

「今日は特に何もなかったですから。いつも忙しい訳じゃないんですよ?」


 そう言って彼女は軽くウインク。気軽さはこれから深刻な相談をしようとする場面には似合わない。彼女の悩みは偽物ではない、本物だとは解っているのに。


「随分と軽いノリだね。これからする話は重要なんじゃなかったのかな」


 だから素直に口に出してみた。

 すると委員長は急速にしょげて項垂れて顔を押さえて、どんよりオーラを醸し出した。

 こういう反応するから委員長はもう、と色々な衝動が沸き上って来るが、話を進める為に我慢をする。昼休憩は無限では無いのだ。


「話をしたいから顔を上げて、委員長」

「はい……」


 おずおずと委員長はこちらへ向き直す。あ、ちょっと頬に指の跡が残ってる。


「話をする前に鮎川君、本当にここでするんですか?」

「何か問題でもあるのかな」


 ぼくは周囲をぐるりと見回す。今居る場所は学校の中庭で、北校舎と南校舎に挟まれたH型の大体下側に位置している。正門は東側だから、反対側のこの場所は、夕方には裏通りに面するフェンス越しに西日が差し込む場所にある。


「あ、あの、誰かに見つかったりとか……」

「へぇ、委員長は人に見られるの嫌なんだ」

「わ、解ってるんですよね鮎川君?」


 うん、可愛い。


「結構ここで時間を潰すけども、この半年間で誰かに出会った記憶は無いかな。

校舎の窓から覗いても、丁度死角になる場所だし。大声さえ出さなければ多分気付かれないと思う」


 ベンチの他にここにあるのは、せいぜい掃除用具倉庫と大桜ぐらいだ。昼休憩に掃除用具を取りに来るようなことはまず無いだろうし、ロマンスを求めて告白するにも今は開花の時期じゃない。


「本当は屋上の方が良かったんだけどね。しっかり鍵がかかってるから」

「少し前までは解放されてたらしいんですけどね。半年前のあれで――」


 そこまで言うと、委員長は失言にでも気付いたかのように黙ってしまった。


「別に。気にしても無いし興味も無いから」

「その言い方はとげとげしすぎだと思います」


 つん、とそっぽを向かれてしまった。流石にオブラートに包まなさ過ぎたか。


「うん、それじゃあそろそろ本題に入ろうか。

 ――委員長の抱えている問題を、解決する方法について」


                 ◇


『変身とはね、ようするに現在の自己の否定なんだよ』

 昨晩の憂里との会話の後、鮎川羽龍あゆかわ・うりゅうの自室にて。

 委員長の話を切り出すと、電話の相手はそう答えた。

「今更わざわざ言われるようなことかな、それ。先に解決法から答えて欲しいんだけど」

『くっくっく、せっかくの非日常の話なんだからそれっぽいムードが必要だろう? 大切なのは雰囲気だ。幻想を幻想のまま尊いものにしておく為には、それを語る側が貶めないようにする敬意が必要なんだよ。努力ではない、敬意がね」


 こうやって回りくどい話を始めるから、ぼくはこいつのことがあんまり好きでは無かったりするのだ。頼る事が出来るのは彼だけだと言うのが、実に悲しく腹立たしい。


『だからしばらく回りくどい俺の知識のひけらかしにつきあってくれよ。それが答えを教える為の条件だって思ってくれないかな』

「人助けをしようって動機では動けないのかな」

『人助け? はっ、馬鹿な事を言うんだね。どうして俺が「人」の事なんて考えてやる必要があると思うんだい? 俺からしてみれば君が人助けをしようと言う方が違和感さ。「鮎川羽龍」。俺と同一にして対極の日常偏愛者。一体どういう風の吹き回しさ』

「……別に。ただの気紛れ」


 説明したくも無かったし、説明出来もしなかったので、ぼくは正直に答えをぼかした。


『そう。……まあいいか。君は人狼について何を知っている?』


 人狼。吸血鬼と並ぶ西洋における怪異の代表。

 満月、もしくはそれを連想するような球体を見ると狼型の獣人へと変わるクリーチャー。

 その異形性は噛み付きによって伝染し、被害者を己の仲間へと引きずり込む。

 そして彼らの肉体は鋼の如く、銀の銃弾以外では殺せない。


『その情報のソースは映画かな?』

「うるさいほっとけ」


 言い返すが、実際に何処でそのイメージを得たのかについてはよく思い出せない。

 気がついたら頭に入っていた固定概念。文明文化の一部として、人狼像は根付いている。


『原初の人狼像において、その内後者二つは存在していなかった概念なのさ。それらの原型は人狼について描いた映画が源流で、つまりはそこから世間に広まり流行した設定だ。発生時期としては二十世紀の中盤と言うのが定説。まだ百年も経っていない、歴史の浅い要素』


 だが、


『だからと言って人狼の伝承が出来たのもその時期かと言えば違う。ヘロドトスの「歴史」には年に一度狼の姿になって過ごすネウロイ人の伝承が存在しているし、プリニウスの「博物誌」にはアルカディア湖に飛び込む事で狼となるアントゥスの一族の事が記載されている。他にも北欧神話のシグムンドやフィンなど、狼と化す人々の伝承は欧州各地に存在している。かなり歴史の古い怪異なんだよ。人狼と言う要素自体はね』


「人狼の伝承がある範囲についてはどうでもいいよ。ぼくが聞きたいのはそっちじゃない」


『そうだね。狼を人間に戻す方法の話だったか。それについても色々な伝承は無くもないが、それは大抵において狼に”なる”方法の逆回しに過ぎないことが多い。現代のテンプレートである満月によって変身する人狼は夜が明ければ人に戻るのかな? この方法で変化する人狼というのは、実は過去においてはフランス南部の伝承に過ぎずマイナーなものだったりするんだ。例えば北欧の人狼伝説は専ら狼の皮を被る事によって変身するし、狼の足跡に溜まった水を飲む事で狼化するという伝承もある。魔女の軟膏と言うパターンもあるね。そのように”なる”方法については色々な話があるが、”戻る”方法についての話はそれに比べて非常に少ない。人狼とは狼つき、と言う狂人の事だから、戻った例自体が少なかったんじゃないかと俺は分析している。発狂を治癒させるのは時間の経過しかないからね』


「いいから早く答えを教えてくれないかな」


 そう急くなよ、と軽く受け流す電話の相手。


『俺の知っている中で数少ない元に戻る方法と言えばこれかな。ドイツの伝承。

変身した者に洗礼名で三回呼びかける。特にアイテムとか必要無くてお手軽でお勧めだぜ?』


「キリスト教徒に改宗させろと?」


 確かに準備は要らないだろうが、一般的な日本人は洗礼名など持っている事は稀だろう。

そもそも洗礼のやり方どころか洗礼とは何かまで知らないことだって少なく無い。一体何処がお手軽だ。


『はっはっは。ジョークだよジョーク。そう言う伝承があるのは本当だけどね。他にも前述のアントゥスの一族の場合は九年間人肉を食わなければ人間に戻って帰って来ると言う。時間が解決してくれると言う訳だ。

無論彼女がまだ人間を襲い食っていなければだけどね』


 電話の向こうの声は縁起でもないことを言う。やっぱり頼ろうとしたのが間違いだと思って、何時でも通話を切れるように親指のポジションを移動させる。


『縁起でもないって、それはどういう理由での憤慨かな? 「鮎川羽龍」』

「……別に。答えるまでもない当たり前の理由だよ」


『へぇ。――さて、そろそろ蘊蓄語りを止めて素直に答えを教えようか。

 今まで語って来たのは人狼と言う概念に関しての話であって、今ここで起きている現象とはぶっちゃけあまり関係がない話だ。この病んだ現代において人狼とはただの病人であって、幻想の中の彼らと夢も希望も無いただの病気たるクウェンディ症候群罹患者との間には概念モチーフ以外の一切何の関係もない』

「…………っ」

『じゃあなんでそんな事をぺらぺらと喋ったんだ、みたいな舌打ちだね? 最初に言ったじゃないか。

ただ知識をひけらかしたいだけだって。まあ無益ではないはずだぜ? 女の子とトークする時の話題作りとして活用出来ると思ってのプレゼントだよ、俺からの』


 随分と大きなお世話だ。この言い分だと彼自身はよっぽどの充実した日々を送っているのだろう。

羨ましいかと言われれば解らないと答えるが、知りたいかと言えばどうでもいい。

『クウェンディ症候群と言うのは、本質はただの精神病だ。精神の問題が肉体を変質させているに過ぎない。

精神のありようを安定させてやれば、それが暴走する事も停止する。

 変身を制御出来ないと言うのは、ようするに現在の自分を認められていないからだ。

 異形の要素を受け入れられず否定しようとする理性と、狼であることを肯定する本能が対立してコンクリフトを起こしている。だから理性の部分が弱まり、怪異の部分が共鳴する夜になってから暴走するんだ』

 つまり、解決策と言うのは簡単なこと。


                 ◇


「狼でもあることを、認めるようになればいい」


 あいつから聞いた事を口にすると、それを聞いた委員長は意味が分からないとでも言うように、眼鏡越しの瞳をぱちくりさせた。


「ようするに、嫌だ嫌だって思っているのが問題だってこと。溜め込んでいるから勝手に漏れ出て来ると言うのなら、適度にガス抜きをすればいいんじゃないかって提案」


 つまりは、


「勝手に変身してしまう前に、時々自分から変身してみれば、寝てる間に暴走することはなくなるんじゃないか……ってぼくの知り合いはそう言ってた」


 なおあいつはこの事を生理現象で喩えて表現していた。それも女性の前で言えない類の。何時か再び生身で出会う事があったなら、一発殴っておくべきだろうか。


「だから委員長、今日の夜はさ――ぼくの家に来てくれないかな」


 まるでデートにでも誘うような口ぶりで。

 そんな好意など何処にも込めていない偽物の口ぶりで。

 それを見抜いて嫌って欲しいのか。それで騙し切って好かれたいのか。

 自分でも解らない感情を込めたその誘いに、委員長がとった反応は、


「……よろしくお願い、します」


 こくりと小さな、頷きだった。

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