【日常】鮎川羽龍【人狼の話 壱】


【弌 人狼の話】


                 ◇


 都市伝説というものは、何時の時代も子供達の噂の的だ。

 例えば無くしてしまった自分の顔を探し求めている殺人鬼の話だとか。

 例えば本物の吸血鬼が獲物を探して夜の街を飛び回っているとか。

 例えば出会ったら記憶も姿も奪い去られてしまうと言うドッペルゲンガーの話だとか。

 例えば願いを持った人の所に現れて、それを代償と引き換えに叶える悪魔の話だとか。

 ぼく達の町、中津国市なかつくにし幻燈町げんとうちょうでは、そんな胡散臭い話が流行っていた。

 大抵の噂ごとの正体はただの勘違いだ。恐怖心や夢見る心が現実に余計な装飾を加えただけの幻想だ。

幽霊の正体は枯れ尾花で、ネッシーの正体は蜃気楼で、口裂け女の正体はただの風邪を引いた女性に違い無い。

 こんな時代だからこそ、そう言った事を信じてしまう気持ちは解る。

 しかし、こんな時代だと言うのに、よくも気楽に語れるものだともぼくは思う。

 死んだだの、襲われただの、呪われただの。悲劇に嬉々として食いつく姿は、まるで死体に群がるハイエナのような気味の悪さ。異常が無いかと胸をときめかせる連中の姿は、血の匂いを嗅ぎ付けてやってくる狼のようなおぞましさ。

 他人の不幸は所詮は娯楽でしかないのだと、人間の悪性に軽い絶望を覚えてみたりする。

 などと善人を気取ってみたが、どうせこの思案すらも所詮はただのポーズに過ぎない、


「……偽物のくせに」


 さて、現実逃避を止めて前を見よう。

 現在時刻、午後十時五〇分。コンクリ塀に挟まれた街路は夜の闇に閉ざされて、光源と呼べるものは街灯がぽつりぽつりと並ぶだけ。音は無い。人影もない。空虚に沈む夜の世界。日常の延長線とは思えない、幽世かくりよを思う暗がりの中、


 狼がいた。


 約一メートルの体高は、犬とは違うと如実に告げる。

 消えかけのライトに照らされた毛並みは、灰被りのようなホワイトグレー。 

 ふとすれば見落としてしまいそうなぐらいごく自然に、さりとて存在自体が不自然に。

 その狼は、ぼくの眼前に佇んでいた。


「……偽物だよね?」


 呟く。そんな都合のいいことは無いと、しかしぼくの感覚は告げていた。

 冬の風に揺れる体毛。冬の風が運ぶ獣香。否定の出来ない現実味。

 脳裏に都市伝説の一つが浮かぶ。

 満月の翌朝に見つけられた、まるで獣に食い荒らされたかのような惨殺死体。

 聞いた時には煽り過ぎだと思っていたが、ここで考えを改めよう。あの体躯は振り払えないだろう。

あの牙なら食い千切れるだろう。ただの人間なら、きっと生き延びることは出来ないだろう。

その未来を想像して、背筋に熱が籠るのを感じた。


 狼の顎が開く。

 牙の生えたその顎が、ぬらりと唾液を光らせてその顎が、開く。

 反射的に身構える。何ならば防げるかを、何ならばあれを打倒出来るかを考えて――


「……鮎川あゆかわ、君?」


 その顎から放たれた、覚えのある声をぼくは聞いた。


                 ◇


 茹だるような夏が過ぎ、熱意も枯れだす九月の日。

 ぼくが真神まかみはずきと出会ったのは、そんな秋の始まりの頃だった。


「鮎川君、あの……いい、天気ですね?」


 新学期も開始早々。机に伏せて眠っていたぼくに対して話しかけてきたのが彼女だった。

 他のクラスメイト達は遠巻きで腫れ物に障るような距離を取っていて、あまり関わられたくないぼくにとっては丁度いい孤立感を演出してくれていた。

 そんな浮いているクラスメイトに対して話しかけようとすると言うのは、相当な物好きか御節介焼きの類に違いない。


「……そーだね」


 正直どうでもよかったので、適当な受け答えだけしてぼくは眠りを続けようとした。

 しかし彼女はその場を離れず、机の傍に留まって、おろおろと足先をふらつかせている。


 その行動になんとなく興味を持ったので、ぼくは彼女を横目で見上げた。

 セルフレームの眼鏡をかけ、ちょっと灰色がかった髪をゴムで結んだ外見は、まるでジュブナイルの委員長。

その印象に違わずに、ぼくのクラスのそれは彼女だ。

 この数日間観察してみて解っている事は、性格は臆病だが積極的だということ。いつでも心の底ではびくびくしている癖に、それを隠そうと振舞う彼女の姿には、ちょっぴり好感が持てたりする。隠し切れずに漏れている事の方が殆どではあるけども。


 それはぼくだけでは無いようで、休み時間には色々なクラスメイトが彼女の周りに集まっている姿を多く見かける。その愛され方は専ら弄られキャラとしてだけど。


「どうして」


 その声に、彼女は少しびくりとして、そしてこっちに視線を向けた。


「どうして話しかけようと思ったのかな」


 その質問に答えあぐねるように、委員長は視線をさまよわせた。


「自分で言うのもなんだけど、かなり面倒くさい存在じゃないかな。ぼく」


 少なくとも同じ立場なら、ぼくなら絶対に話しかけないに違いない。

 その裏にある事情を知らなかったとしても、浮いているクラスメイトには触るまい。

 日常に紛れ込んだ異物。自分のルーチンワークの障害物。

 いつも通りに差し障る、触りたく無いアンタッチャブル。

 そんなものに関わる理由を、彼女は一言でこう答えた。


「日常の為、ですかね」


 予想外の答えに、ぼくはあっけにとられてしまった。恐らくは驚きの表情を浮かべ。

 それは動かない事で継続するもののはずなのに。

 日々に鈍麻し異常を無視し、ローテーションを形成する事で守護する筈の存在なのに。

 ぼくの驚愕に気付いていないように、委員長は言葉を続ける。


「気になるものを放置しておくって、何だか嫌じゃないですか。だったら早く解決して、

憂い無い日常を過ごしたいって思うのはおかしいことじゃないでしょう」


「……へぇ」少しだけ声が出た。


 ぼくにとって、日常と言うのは動かないことで変えずに慣れる事で保つものだった。

 自分から動いて変える事で、居心地善いものに日常を作り直す。その発想はぼくにとって斬新で、そして尚且つ傲慢に聞こえて。


「そこは『寂しそうにしてるように見えたから』とか偽善を口にする場面じゃないかな? 

その言い方だと自分本位な人間に受け取られるよ?」

「鮎川君はそういうの好きじゃないと思って。少なくとも夏休みの前の鮎川君は」


 人のことを良く解っているのは、流石委員長と言った所か。


「それに、鮎川君と仲良くなり直したいって人も結構いたりするんですよ? 

だから私が口火を切ろうかなー、って考えたのも嘘じゃないです」

「物好きだね」

「クラス委員長ですから」

「だけど流石に、天気の話は無いと思う」

「あう」


                 ◇


「で、どうしてそんな姿になってる訳なのかな、委員長」


 回想は終わり、冬の夜へと意識が戻る。

 冷たさの染みる静寂の中で、ぼくは狼に問いかけた。

 狼に話しかけると言う行為だけでも間抜けっぽいのに、つったって答えを待っているぼくの姿は輪をかけてきっと輪をかけて滑稽だ。思わず笑いが出そうになるのを顔を真面目にする事で我慢する。


「…………」


 狼(?)は頭を下げて、しゅんとしたように黙り込む。耳がぺたりとたれ下がってちょっぴり可愛い。思わず嗜虐心を煽られそうだ。


 だから衝動に身を任せた。


「もしもし保健所さんですか? ちょっと街中に狼が」

「わふぅ!?」

「いや、この場合は猟友会の方がいいのかな。肉食動物相手だし」

「きゃいん!?」

「それともやっぱり動物園かな? 確か最近雄狼のケージが出来たって聞いたしもう一匹」

「わんにゃー!?」


 犬だか猫だか解らない叫びとともに、狼がこっちに飛びかかって来た。

 そしてぼくらはもつれ合うように路上に倒れ込む。


「で、電話なんてさせません許しません許して下さいお願いだから黙っててー!」


 慌てる反応は楽しいけれど、狼がじたばたしててもあんまりそそらないなぁと不満感を覚えつつ、取り出した携帯をポケットにしまいなおす。そして空の手を見せて服従ポーズ。


「それにしてもいきなり押し倒してくるなんて、随分と積極的なんだね。猛獣みたい」


 客観的に見たならば、みたい、とかじゃなくて完全に「少年へ襲いかかる猛獣」の構図で正直嬉しくもないのだけど。海外だったら思わず射殺してしまっても許されそうな光景だ。

 体に感じる重みを堪能する事十秒程。流石にそろそろ疲れて来たので、右手でどいて、と意思表示する。具体的にはしっし、とするような感じに手を振って。

 狼は従順に引き下がり、ぼくは冬の寒気を肺一杯に吸い込んだ。少しだけ気持ちいい。


「……で。落ち着いた?」

「慌てさせたのはどっちですか!」


 ごもっとも。

 さて、そろそろ本題に入るべきだろう。ぼくは姿勢を起こして、狼の方へ向き直る。

体は少しかがませて、彼女に視線を合わせるようにして。そして一つの問いを投げる。


「それで、委員長でいいのかな。中津国高校二年六組、クラス委員長の真神はずき」


 狼は、小さくこくりと頷いた。


                 ◇


 彼女の言を纏めると、事の始まりは三ヶ月前らしい。

 熱気が消えぬ、残暑厳しい秋の夜。生き苦しさに眠りが覚める。

 真神はずきが目にしたものは、獣と化した腕だったと言う。


「始めは見間違いだと思っていたんです。次の朝には人の腕だったし」


 だけど、その侵蝕は日に日に進んでいって、誰にも言えないままに侵蝕を続け。

 一週間進んだ頃には、殆ど全身が獣の姿に変わっていたらしい。

 バレませんようにと布団の中で縮こまり、日の出まで怯えて過ごす日々。

 朝になればいつの間にか人に戻っていた為に日常に支障は無かったのだったが、それも長くは続かなかった。


「昼間にも、気付いたら腕が毛に覆われていて」


 丁度衣替えの時期と重なっていたのは幸運だったのか。腕だけだったら長袖で隠せる。

 でも脚は? 尻尾は? スカートで隠しきれない部分を隠すため、靴下は膝丈ぐらいのロングをはいて、スパッツの裾はなるべく伸ばして。それでも隠せない素肌が変化しないようにと祈るようにして日中を過ごしていた。


 そうやって隠し続けていて、次に気付いたのは感覚の変化。

 気がついていなかった悪臭が、意識を起こす度に襲って来て。

 こみ上げてくる嘔吐間を処理するのを見つからないように繰り返して。

 始めは嫌で嫌でしかたなかったそれも、いつの間にか平然と慣れていて。

 匂いに敏感になったことよりも、それを自覚した時の方にめまいがした。


「終いには朝起きた時に、手足が泥で汚れてたりする事があって」


 変わって行く体。

 変わって行く世界。

 変わって行く現実の捉え方。


「窓には何時の間にか開けた形跡があって、時々口元が血で滲んでいて、変な味がして、それが段々と美味しいと感じるようになっていって、何を食べたのか知るのも怖くて吐き出せなくて、」


 知らない所で、止められない所で、どうしようもない理由によって自分が自分でなくなっていく。

それはとても生きた心地がしなかった日々なのだろうと、資格も無いのに同情してみようとして、出来ない自分に気付いて止めた。


「夜の街を歩いている事に気付いて慌てて家に飛び帰る事だって繰り返して、誰かに見つかったらどうしようとばかり考えて、」


 それでも少しだけ想像してみようと思ったが、自分にはあまりにも無縁過ぎて、己を恥じる結果に終わる。

 完全に他人になりきることも出来ないのに、他人の気持ちを思い測ろうなんて傲慢だ。

 そんな薄っぺらい同情なんて、おぞましい偽物以外の何でもない。


「今だって、最後の記憶は家に帰って倒れ込んだところで、意識だって全くなくて、

鮎川君の声を聞いて目が覚めたようなもので――」


 だから、ぼくは何かを言う代わりに、


「わふっ」


 狼の頭を撫でてみた。


「いっ、いきなりいったいどうしてなにを」

「んー、なんとなく。ここで泣かれてもどうすればいいか困るだけだし」


 体温の暖かさが、寒気にやられた肌によく染みる。

 委員長がどんな気持ちでいるのかを理解する事は多分ぼくには出来ないだろう。

 だけども、解らなくても解らないなりに思う事だってあるのだ。

 少なくとも、見て見ぬ振りが出来る程、人でなしではいたくないので、


「ぼくが必ず何とかする、なんて無責任なことは言えないけど。

 委員長の味方になることぐらいは出来ると思うから」


 そんなことを言っていた。


                 ◇


 その後。ぼくは委員長を彼女の家まで送っていった。

 柵を飛び越えて自分の家に入るときにまで、委員長は言った。


「このことは、このことは絶対に絶対に言わないでくださいね!」と。


 それ自体は別に構わないことだ。

 秘密を明かされたくないという気持ちは、ぼくだって十分理解出来る。


「だけどなぁ、」


 ……味方になるとか言っちゃったけれど、一体何をどうすればいいんだろうか。

 正直な所、その手の知識には物凄く疎いのだ。同居人にそんな事を言ったら大笑いされてしまうだろう、と言うか既に何度か笑われた。


 ただ、自分に知識が無かった所で、情報を得る手段が無い訳でもないのだった。

 一人、知り合いがいるのだ。生活柄でこういう事にやたら詳しいであろう相手が。

 正直性格とかお互いの貸し借りとかの色々な事情で頼りたくないけれども、自分が安請け合いしたのが悪いと思おう。


「ただいま」


 鮎川家の扉をくぐる。自動点灯のライトが光り、フローリングの廊下を照らし出す。

 廊下の奥、居間へと続く扉の前に人影があった。

 車椅子に乗ったそれは、片手を上げてぼくに対して微笑みかける。


「お帰り鮎川君。ボクが頼んでいたアイスは買って来てくれたかな」

「残念だけど、色々あってそれどころじゃなかった」


 憂里ういさとみくに。鮎川家の居候。地上を諦めた人魚姫。

 紅葉の色をした髪の毛をボリュームのあるツインに纏め、黒縁プラフレーム眼鏡の下の目には、常ににたにたとした笑みを浮かべている。お気に入りの服装は薄黄色に橙斑のパジャマ。歩けない下半身は薄手の毛布で覆われている。

 職業は引き蘢り。ぼくが見ている限りでは、パソコンの前と寝床を往復してるだけで毎日を終えている。見ていない間には何やらやっているような様子があるが、それが何かを知る事は無い。互いのプライバシーには必要以上に干渉しない。それがぼくらの間のルールだ。


「注文一つ聞いてくれないなんて、居候しがいの無い人だね全く」

「すねたように言われても困るよ」


 第一、こんな深夜にアイスを買って来てと命令する方が居候失格なんじゃないだろうか。

 かく言う自分も外に出るぐらいまではしたのだから、この不満も偽物じみているけれど。


 居間へと続く扉を開くと、暖房の熱気がむき出しの顔を茹でた。

 ぼくは憂里の車椅子の取っ手を握り、部屋の中へと押し込んで行く。 


「それで。一体何があったんだい?」

「別に。大した事じゃないよ」


「嘘だね」


 足が止まる。


「…………」

「キミがボクの命令を忘れて来るような事なんだ。気にならない訳が無いだろう」


 憂里の顔を覗き込む。変わらない笑顔と言うものは、ポーカーフェイスと大差ない。

 無人の水槽のエアポンプが、コポコポと音を立てる。

 憂里の嗤う声のように。偽物のぼくを嘲笑うように。


鮎川羽龍あゆかわ・うりゅう。ボクの道具。ボクのしもべ。ボクと繋がる一蓮托生。

 キミの自由意志をボクは認めているけどね。ボクに黙っている事があるのは許せない」


「干渉しあわないがルールじゃなかったっけ。プライバシー」

「干渉はしないさ。ただ聞かせろと言っているだけだ。――命令だよ」


 ちろちろと、紅い舌が唇の間から覗く。蠱惑的な声がぼくを嬲る。


「黙っていろと言われてるんだけど」

「ふーん。ボクよりもそいつの方が大事と言う訳なんだ。鮎川君」

「残念ながらね」


 憂里はただの居候で、向こうはぼくの日常だ。

 どちらが大切かと言われれば、ぼくは後者を選ぶだろう。

 ……どうせ一人には伝える事になるのだけども、出来れば約束を破るのは少なくしたい。

 酷く偽善もいいところだと、自分の不甲斐なさに思わず一つ溜息が出た。


「くっくっく。居候よりも外の他人か。この日常偏愛者。相変わらず正気じゃないね」


 憂里は声を立てて苦笑を漏らし、


「まあいいさ。キミのそういう癖、ボクはもう解っている。今更気にしたって無駄だろう。

 ――だけどそれだけじゃ許せないなぁ」


「明日。改めてアイス買ってくるよ」

「高級カップ。今日の分も合わせて二個だ。いや、買収料込みで三つ貰おう」

「了解」

「許した」


 それでまた、いつも通り。

 ぼくと憂里の間の問題は、だいたいこんな風にして終結する。


「ところで鮎川君、今日のボクはちょっとお風呂に入りたい気分なんだが」

「湧かせって。水に浸かるだけなら毎晩やってることだよね」


「水とお湯だと気分が違うんだよ。お湯の方がなんだか人間的な気がするんだ」

「人間的、ねえ……」


「皮肉っぽくてきまっているとは思わないかい?」


 シニカルに嗤って、憂里は下肢を跳ねさせた。

 彼女の下半身を覆っていた毛布が、はねあげられて床に落ちる。


「もはや人間ですらないこのボクが、人に未練すらないこのボクが、人間的なんて

言葉を使うなんて、とても滑稽だとは思わないかい?」


 露になった憂里の下肢を見て、ぼくは委員長の事を思い出す。

 人狼となった事を隠してくれと頼んだ彼女。知られたく無いと叫んだ彼女。


「……どうでもいいよ」


 憂里のを見つめ、ぼくは思う。

 人魚や猫人、吸血鬼までもが実在となったこんな時代だというのに、


 ――今更人狼であることぐらい、隠す必要があるんだろうか……?


                 ◇


 クウェンディ症候群と言う病気がある。

 イギリスで発見された第一発症者C=L・クウェンディからとって名付けられたその病気の症状は、一言で言ってしまえば『人間で無くなる』ことである。


 蛇の尾が生えたり、猫の耳を有したり、人の血を吸う牙を生やしたり、かつて幻想と呼ばれた亜人種達の特徴を手に入れた、異族と呼ばれる異形の少年少女達。


 原因は不明。解っているのは思春期の子供だけに発症することただ一つ。

 もはや大抵の幻想の正体はただの病気になった。原因は解らなくとも現実にある、日常を阻害するただの病気にだ。


 魔法が使える訳でもなく、寿命が延びる訳でもなく。異常なだけの邪魔なイルネス。


 人狼はただの発狂者で、人魚はただの不具者で、御伽噺の住人はただの病にかかった人間と相違ない。そんなものに、何の幻想を抱けるものか。


 こんな時代だからこそ、ジュブナイルの始まりを信じたくなる気持ちは解る。

 しかし、こんな時代だと言うのに、よくも気楽に信じられるものだともぼくは思う。

 幻想を奪われた現実の日々が、ぼくたちを取り囲む日常だった。

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