現実以上、幻想未満。〜人外少女とのつきあい方

貴金属

1巻目

【まえおき】繰り返すような夏の終わり

【プロローグ】


                 ◇


 半年前、だるような暑い夏の日々。

 当時自分が何をしていたのか、実ははっきりとは覚えていない。

 確か夏休みが始まったばかりで、高校二度目のその時期を宿題もせずデートにも行けず目標の一つも持たずにだらだらと過ごしていたような気がする。朝は午前が終わる頃に起きて録画していた番組を眺めて空腹を感じたら戸棚から菓子を引っ張りだして気がついたら日が暮れて眠くなったら布団に入るような語る事の一切も無いルーチンワークを過ごしていた気がする。

そしてその日々を憎んでいたような気がする。

 いずれ来る受験や就職と言った破滅の時から目を逸らすモラトリアムを終えたその先で、生きると言う戦いの中で、無能たる自分が生き延びれるとは思えなかったし、生き延びる為には何を手に入れれば良いのかの手がかりすら思いつけなかった。


 まるで進歩の無いローテーション。

 余りにも緩慢かんまんすぎるネクローシス。

 おぞましき終焉しゅうえんまでのカウントダウン。


 食い尽くされて食い潰されて、街を歩く塵の欠片に、システムを廻す歯車の一つに、何が幸福かも忘れてしまった灰色の男に作り替えられてしまう可能性を恐れて、輝ける者になりえる可能性を掴めないであろう自分を嫌って、地獄を自分に強いる社会を憎んでいた。

 破滅の兆しが見えているのに、何もするべき事を見いだせない自分に酔っていて、踏み出せる機会が空から女の子のように降ってくる事を怠惰にも願っていた。

 そんなものは幻想に過ぎないと解った振りを続けていて、自分はいつか社会に囚われてしまうのだと言う妄想を確定事項と信じ込んで、目と耳を塞いで外界からの情報を遮断して、最高と最低の未来が交差する幻想の光景を描いて脳裏で無限ループをさせていた。

 幻想になりたかった。現実の全てのしがらみから解き放たれ、純粋な願望と夢想の中だけに生きる存在になりたかった。


 気の狂うような渇望の中――ぼくはそれに出会ったのだった。


                 ◇


 ”グレゴール・ザムザがある朝、何か気掛りな夢から目を覚ますと、

  自分が寝床の中で一匹の巨大な毒虫に変わっているのを発見した。”


 この一文を知らない人は少ないだろうが、その物語の結末が救いようの無いものであることを知っている人は、それほど多くはないだろう。


 これから語られるのは、ずれてしまった少年少女たちの物語だ。

 毒虫でこそ無かったが、人間以外になってしまった彼女達の話だ。


 と書いてしまうとまるで悲劇の幕開けに聞こえるが、別にそんなことは無かったりする。

 例えば席替えがあった程度で人生が変わってしまったと思うだろうか? 髪の毛を切った程度で自分はもう駄目だと喉に物が通らない程嘆いたりするだろうか? そんな事を考える奴は間違いなく誇大妄想狂で、そんな事があったりしたら、それは最早つまらない冗談だ。

 悲劇の幕は、そんなに簡単にあがらない。



 なにかの変化があったところで、日常が続けられる限り人は変われはしないのだと言う、

つまりはそう言うお話だ。


 日常。それを一体君はどう思っているだろうか。

 唾棄すべき停滞の象徴、繰り返される退屈の腐敗連鎖、破壊したい凡庸の代表?

 すこし年齢を重ねて自分の矮小さを過剰に知覚しているのであれば、揺らいで欲しくない安寧のゆりかごとして考えているかも知れない。

 どちらだって構わない。重要なのは認識だ。定義だ。安穏無事故予想されきった既知の周回という概念であると言う事だ。強固な不変さを持ったルーチンワークだと言う事だ。自力破壊の困難なループだと言う事だ。

 内側からでは変えられない円環運動を破壊してくれる異常を、超常を、不条理を、奇跡をぼくはかつて求めていた。

 それさえあれば世界は輝けるものになるのだと言う幻想を信じきっていた。

 だがしかし。実際に世界に不可思議が顕現したことを知った今でも、願いが叶ったとは思わない。


 それでは物語を始めよう。

 世界が変わって七年目。不自然なまでに変化の鈍い社会の中で。

 多分どこにでもあるような、日常の話をぼくらは語ろう。

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