【日常】真神はずき【お正月の話:五】


                    ◇


 アルバイト開始から一時間ぐらい、お守りの販売、もとい受け渡しにも慣れてきました。

 表情はなるべく笑顔笑顔、参拝客の皆さんがご利益あると思えるように、幸福を引きだす顔でお相手を。


「学業成就のお守り一つ」

「ご、五百円のお納めになりますっ」


 なんとか今度も間違えずに言えてお守りを手渡し。

 お守りを受け取った参拝者さんは、明るい笑顔で去っていく。


「頑張ってるっすね委員長。そろそろ交代する?」


 並ぶ人が一旦途絶えたタイミングで、箒を構えた飛倉さんがやってきて提案。

 今店番をしているのは私と名賀さんで、飛倉さんと剣月さんは神社の神主さん(=名賀さんのおじいちゃん)と一緒にお掃除の手伝いです。


「ん。もう少しぐらいは大丈夫だと思いますから、あと十分ぐらいで」

「そうっすか。ならお任せするということで。

 しかし今日1日のバイトとはいえ、私たちみたいなのが巫女やってるって本当にいいのかなあって気になってこないっすか?」

「……?」

「ほら、髪の色。巫女といえば黒髪ロングが定番だっていうのに、ここにそんな髪色髪型一人もいないじゃないっすか」

「あー。確かに私は灰色ですし、剣月さんは金髪ですしねえ」

「私も地毛は黒だけどメッシュ入れてるっすしねえ。まあ当の神社の娘が赤系なので気にすることじゃないんだろうけれど」

「はーい赤毛の蛇巫女名賀かがしさんですよー。

 その辺は別に問題なくて、バイト巫女さんには髪色規定は特にないからね」

「そうなんですか?」

「うん。出来れば黒髪ロングの方がいいとはされるけれども、決まってるのは未婚の出来れば若い女性であればオッケーってとこぐらいかな」

「あー、巫女といえば純潔っすからねえ。……あれ、となると私とまおりは」

「そ、そっちの方も一応規定という形ではないから! まあ男性経験ないなら大丈夫じゃないかなあ……?」


 頭の後ろを掻きながらあやふやな答えを返す名賀さん。一体どういう意味か気になるけれど、聞かない方が良さそうなことは何と無くわかります。

「しかし掃除まで手伝ってもらっちゃって悪いね。お姉ちゃんこの体だと箒使いにくいからさあ」

「……歩きにくいから?」

「んにゃ、そうじゃなくて尻尾が集めたゴミにぶつかって散らかしやすいから」


 下半身が大きい人特有の悩みです……!


「まあ別に雑務手伝いも構わないっすけど。なんせアルバイト代! アルバイト代があるっすからね!」

「現金だねー。まあお姉ちゃんもありがたいからそれでいいんだけど……っと」


 名賀さんが何か気づいて顔を向けた先、新しい参拝者さんがこっちにやってくるとこでした。


「あっあけましておめでとうございます。どちらをお受けになりますか?」

「ああいや違う違う、そういうんじゃなくてね。私こういうものです」


 彼は手を横に振って否定を示すと、ポケットから小さい紙切れを取り出しました。

 どうやら名刺らしいそれにはこう書かれてました。


 フリージャーナリスト

           盾祭 道則(TATEMATURI MITINORI)


「ジャーナリストさん……?」

「ああいや灰色髪の君のことはどうでもいいんだ、隣の巫女さん、そう人蛇の君に話があってね。人蛇が巫女さんやってる神社があるって聞いて是非記事にしたいと思って」

「帰ってください」


 遮るように強い口調で名賀さんは言った。


「えー、ちょっといきなりすぎやしないかなあ。別に悪いことをしようってんじゃなくて、ちょっとインタビューに答えてもらいたいってだけなんだけどなあ。あと写真を2、3枚」

「そういうのはお断りしています。お守りや破魔矢をお求めになるならお渡しいたしますので帰ってください」

「えー、雑誌に載れるよ? 有名になれるよ? いらない?」

「いりません」

「蛇の巫女さんとか珍しいし、きっと話題になるに違いないって。ついでに幾つか質問に答えてくれたりしたら人気も急上昇でお賽銭もさらにがっぽがっぽかもよ? 例えばほらさあ……そのカラダで感じるとことか……好きなヒトとかさ……」


 どれだけ口で言っても退こうとしないどころか、いやらしい口調になって話を続けようとする記者さん。

 さすがに物理的実力行使するわけにはいかないし、隣で見てるだけの私もどうしていいかわからなくてあたふたし始めたところで、


「うちの神社に何か用ですかな」


 名賀さんのおじいちゃんがやってきました。

 身長は180センチ超え、80代とは思えないぐらいにがっしりとした体格。

 以前宮雨くんが「ありゃ神主というより退魔師の体格だ」みたいなことを言ってたり。

 普段は出会うとぎょっとしてしまうのですが、こういうときは頼もしくて。


「取材などはお断りしているつもりなのですがな」


 記者さんがちっと舌打ちをしたのを、私は聞き逃しませんでした。


「ああいや、お守りを買いに来ただけです。この安産祈願を一つ」

「五百円のお納めになります」


 感情のこもってない声で応じる名賀さん。それにまた小さく舌打ちする記者さん。


 彼が去って行ってから、名賀さんは大きく息を吐きました。


「ふう……たまにいるんだよねあの手の人。

 人蛇の巫女さんがいる神社だってこの辺じゃ知られているからって、それを取材して全国報道しようって考える報道関係者が。

 たいていの人はああやっておじいちゃんの威圧感で逃げていくんだけど」

「いやぁ威圧感だけなら全長カウントする人蛇も結構なもんだと思うっすけどねえ」

「ははは、わかってるけど言われたくないこともあるからねお姉ちゃん」

「けども雑誌に載ったりテレビに出たりって、ちょっと憧れたりもしますよね。

 確か名賀さん、一回地方紙に出てましたよね。陸上部時代」

「あー、そういう話でだったら別によかったんだけどね……過去形だし。

 けどもあの記者が求めてたのって、蛇巫女さんがいる神社の話題だろうし。

 陸上部時代を知ってたとしても絶対に『陸上部エースの悲劇! 少女を襲った奇病とは!』みたいな見出しがつけられて消費されちゃいそうだし」

「あー……」


 確かにそれは扇情的で、あんまり触れられたくなさそうなもののようで。


「それにね、広く話題になるってのも困る話かな。

 今の規模でさえ年始と祭りの時にはバイトを雇うぐらいには人が来るのに、話題になったら参拝客のキャパシティ超えちゃう可能性だってある訳で」

「あー、確かに急に一時的に人が増えると大変って聞くっすからねえ。これはお店とかの話だけど、話題になったことで増えた客に対応するために人手を増やしたりすると、人がいなくなった時に増やした分の人件費とかが一気に負担になって潰れる! とかよくあるそうで」

「へえっ」

「それに私という個人の話だもん、酷い人だと家や学校まで押しかけてきそうで怖いかな……って剣月さんいつの間に来てたの!?」


 声の方に振り向くと、箒を持った剣月さんとメイドさんが。


「あら、さっきからいたわよっ? ちょうどおじいさんが記者さんを追い払った頃辺りに」

 そろそろ交代する時間ですものっ、と剣月さん。

「先ほどの盾祭氏ですが、日本のメイドさんネットワークの中でも知られた迷惑記者ですので追い払いは正しい選択だったかと。主にゴシップ記事を書いてその手の雑誌に卸している男で、話題に出来るのであれば真偽やプライバシーなど関係ないとばかりの内容であると」

「ひ、ひどい人もいたものですね……」


 話題にできることがあるに越したことはないのかもしれませんが、そうまでして話題を作り出したいのでしょうか。怖い話です。


「それにしてもさっきの話、確かに共感できる話ではあるわねっ。

 最近は何かあるとすぐに『大きな社会』に接続されてしまうけれども、その中では私たちの『特別』は大したものではない。三面記事で消費される程度のものでしかない。

 『私たちの秘密』は拡散され、公然になり、消費され、そして飽きられ忘れられていくものでしかない。神秘性がない。

 私は私のお友達がそういうものになってしまうの、確かに嫌ね」


 そう語る剣月さんの目は、どこか遠くを見てるような気がして。


「あー、なんとなくわかるっすねー。好きだったマイナーバンドがメジャーデビューしたときの寂しさというかなんというか。私の手を離れて行ってしまったーって思うんだけども、そもそもお前のものじゃねえよっていうか」

「私にもあるある、応援してたウェブ漫画作家がプロデビューを果たした時とか。ネット上では人気があったんだけどもプロの方ではあんまり話題にならなくて、載せてた雑誌が潰れたのと同時に筆を折っちゃったみたいでお姉ちゃんすごく悲しかったかな……」


 けども、


「それはその人が戦いに出たって選択だったんだよね。

 私だって、病気によって夢を断たれた悲劇の少女、では広まりたくないけれど、陸上部のエースだった頃なら、そこでどこまで行けるか試したかったこともあるし。

 人がみんな戦いたい分野で戦えて、そしていい成績を残せたらいいのにね」


 戦う、と聞いて思い出すのは、この前のウェアウルフ事件のことで。

 人食いの獣に立ちふさがったあの時、私は勇気を出せてたでしょうか。

 そして、人食いの獣が相手でなくとも、勇気を出さないといけない時もあるんでしょうか。

 できれば勇気を出さないといけない時は、そんな多くなければいいなあと。

 私はほっとけないくせに、と、囁く内心の声を聞かなかったことにして。

 そんな弱気を思う私でした。


【NeXT】

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