【非日常】鮎川羽龍【お正月の話:四】

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 【空想守護聖団】。

 ぼくと入れ替わりに非日常の世界に旅立った元・鮎川羽龍こと真性怪異フォークロアが率いる、人ならざる者の集団。ワイルドハント。

 彼曰く、その目的は「世界に夜を、非日常を届けること」らしいが、具体的な活動内容は不明。

 ただし。その活動は少なからずぼくたちの日常に食い込んで壊しかけてきたのは確かだ。

 先月の間だけでも委員長が巻き込まれた人狼事件や、飛倉さんを中心とした吸血鬼事件、それらに対してフォークロアが関与していることがわかっている。

 だからきっと、無視し続けるなんてことは出来ないのだろう。

 少なくとも彼を解き放った共犯者であり、対極の存在であるこのぼくには。


 目の前の全身アクセサリだらけの少女、ペトロヴナはその一員を名乗ってぼくの前に立つ。

 フォークロアとは電話で話はよくするものの、あの夏が終わって以来、直接会ったことはない。

 彼の仲間であるという聖団の面子に至っては、声を聞いたことすらない。

 だからこれこそがファースト・コンタクト。

 非日常の世界の住人は、ぼくに一体何をするのか。


「前から会いたいと思っていたにつきなクロアの代替。君が外に出ているということはそちらの憂里も近くにいるのだろう、紹介してくれないか」

「いないよ。あいつは引きこもりだからこういう場所には出てこない。聞いてない?」

「そうでありしか、気になっていたのだが残念だ」


 家を出た時には水槽の中ですやすやしていたし、不定形な生活リズムをしているような奴だから何時に起きるかもわからない。

 第一こんな怪しい人間、憂里へ取次を求められたところで家に連れて行きたいとは思わないし、会いたいと思うのならば向こうから勝手に来るだろう。


「しかしクロアが代替に選ぶような存在だというから、どれだけ【こちら側】に詳しい存在かと思っていたのだが、我が名を聞いても無反応ということは買い被りすぎていただろうか」

「そうだね。一体あいつをみててどうぼくに期待を持つことがあったかは知らないけれど、ぼくはちょっと裏事情を抱えているだけの一般人だよ。夜の世界なんて興味もないしそんな大して知りもしない。そもそも有名人なの? 君?」

「非常識の世界では名前ぐらいは知られているつもりなのだがな。厳密に言えば私ではなく私の前世のようなものがだが。聞き覚えはないか?」


 前世。

 また怪しさが強いワードが出てきた。素直に言って、電波を感じる。

 そもそもペトロヴナって外国人っぽい名乗りをしておきながら、見た目完全に日本人だし。

 しかしフォークロアの名前を出している以上、それは本物なのだろう。

 けれども、


「いや、全然わからない」

「えっ。【オカルトの女王】という称号に聞き覚えは? この二十一世紀に溢れるオカルティクス、その源流たる【秘匿経典】を纏めた十九世紀の才女のことを耳にしたことは? この偉大な隠秘学者オカルティストH・N ・ペトロヴナを知らないと!?」

「いや、さっぱり」

 正直な答えを返すと、ペトロヴナは大きくショックを受けた顔になり、

「え。ちょい待って、チョベリバありえない。予想外につきしてどうすればいいか解らない」

 そしてそのまま頭を抱えて唸りだしたので、宥めるのに苦労した。


 そもそもオカルトって一般人が知らないからこその「秘されたものオカルト」で、その世界の有名人と言われても普通の人には馴染みがないはずで。

 せいぜい今じゃすっかり下火になったノストラダムスぐらいが限度じゃないかなあ一般知名度。

 ……と、その辺のことをやんわりと伝えたところで彼女は落ち着き顔を上げ。

 何事もなかったかのように話を再開し始めた。


「気を取り直して聞きなおしにつき。

 鮎川羽龍、君は一体どこまでを知らないのでありきや?」

「どこまでと言われても、それが指し示しそうなものことごとくをとしか」


 ぼくのようなものが真性怪異と呼ばれていることだとかはかろうじて。

 しかし、ペトロヴナのいうような、フォークロアが身を置くような、そして憂里が時々ほのめかすような【あちら側】の世界のことなんて全く知らない。

 日常と離れすぎた世界のことなど、日常偏愛者が知りたがるようなことではあり得まい。


「……マジで? 警戒して真実を語ってないとかではなく?」


 露骨に眉根が下がった表情でこちらを睨んで来るが、知らないものは知らないのだ。

 そもそも知る機会もなさそうな名前な気もするし。


「警戒はしてるけどもここで嘘ついておく理由がないかな」


 正直に答えたことを告げると、ペトロヴナは、はぁ、と気が抜けたような息を吐き。


「なんとまあ、と落胆を漏らさせてもらうにつき。

 あの【憂里機関】の【鳥籠姫】を匿っていると言うから、【幻異殺し七つ名】に属する誰かであるとか、支配者たる石工【毒林檎】に抗する者であるとか、まさか【マグナ・リバリス】・【ナグルファル暗夢船団】のような【奉神団体ヘレティクスレギオン】からの脱退者だったりしたら面白きかなーと思っていたが、よりにもよってこんな無知蒙昧な少年だとは。このオカルトの女王を知らない時点で隠秘学の知識はないものと思っていたが、まさかの一般市民であるとは想定外につきよ……」


 ぼくの方からしてみれば、ここであいつの知り合いに出くわす方が想定外なのだが。


 まず、ぼくは日常の住人なのである。フォークロアが何をやっているのか知らないが、ペトロヴナのいうあちら側へ行った時点で、あいつとぼくは殆ど関係ない存在であるはずだ。

 それなのにこういうのに絡まれることがあるとか、これはもう理不尽では。


 ついでに言うなら憂里機関とか鳥籠姫とか知らないワードを使って喋らないで欲しい。なんとなく憂里とその実家のことなんだろうな、と言うことは察せるけれど、あいつが閉じこもっているのは鳥籠よりも水槽だ。人間時代の呼び名だろうか?


「そんなことをいう君たちは一体何をしているのさ。学校にも行かずにさ」


 半分は嫌味。半分は気の迷い。少しは好奇心も混ざっているかもしれない。

 夜の住人を自称する彼らは、一体何をしているのか。


「簡単に言うのであれば、うぅむ────人助けでありしかな」

「人助け?」


 おもわず聞き返した。

 確かにフォークロアもそんな感じのことを言っていた気はする。

 この前の吸血鬼事件だって、結果的には彼女たちのためになっただろう。


 けれどそれは独善ではないのか。おせっかいではないか。大きなお世話でありはしないか。

 そんなものを想像していただけに、率直な答えには面食らって。


「そう。人助けなりきよ」


 目玉が親父のあの漫画の妖怪ポストみたいなものだ、とペトロヴナは言った。


「真性怪異の力だとか、超常現象を引き起こせる類の魔術だとか、そのようなスーパーパワーを手に入れたなら何がしたいかと言う問いの答えではメジャーな一つにして正しい回答とは思わなきか? 人助け」


 想像よりも立派な答えが返ってきて、ぼくは沈黙する。

 確かにそれは凄いんだろうと聞いてて思う。偉大なことだ、と常識が語る。

 きっとテストよりも宿題よりも大事なことに違いないと、倫理道徳が言っている。

 けれど。

 ぼくは。それがなんだか認められなくて。


「例えば学校中から迫害されていて死を一度は望んでいた者だとか。

 例えば家庭に居場所がなくて『花売り』をしていた少女だとか。

 例えば借金を負わされて内臓を五体引き裂かれようとしていた人だとか。

 そういった、親も社会も救ってくれないような人間が、我らが救うべき愛子たちだ。

 そちらも知る人狼事件の如き失敗もありしけれど、それでも私たちは人を助けているよ」

「…………」


 助ける。

 救う。

 それは上位者としての傲慢の発言で。

 しかし彼女の言う属性たちは、確かに救われるべき人間だ。


「そう、日常の中では救われない人間たちを、生きること自体が苦痛の少年少女を。

 彼らの知らないオカルトで、夢想に描くしかなかった非常識で以って救い出す。

 それが彼が語った理想で使命で楽しみで、私たちはそれに魅せられた」


 ペトロヴナは語る。

 冗談めかして、しかしうっとりと。


「クロアはオカルティストの弟子として最高の一人につき。

 自らを高めることで他人を救おうという崇高な意思。

 代替を置くという形で身内と社会に果たすべき義務を放棄しない責任感。

 犯してしまった罪を悔やみながらもしかし道を誤らない強い信念。

 彼こそきっと”ペトロヴナ”や私が求めた真なる弟子チェーラ、彼となら今度こそ【真正光輝オリジナルルシファー】を掴めるかもと、そうした希望を抱けるほどに────」

 ペトロヴナは陶酔して呟く。

 私たちは今生の価値を掴んでいるのだとでも言うように。

 街を歩く塵の欠片にもならず、システムを回す歯車にもならず。

 何が幸福かも忘れてしまった灰色の男ではないのだぞと、そう高らかに誇るように。


「さて、この辺りで別れるとするかクロアの代替。

 思ったより話すこともなかったようであるし、私はもう少しこの神社の中を見て回りたいし、な」

「そういえば狛犬に頬ずりとかしてたね。ああいう真似は神社の管理者とか参拝客とかに迷惑だからやめといたほうがいいと思うよ」

「うわ常識的なお叱りが来た。善処しようー。

 オカルトやその住人を知らないであろうそちらに言っても通じないだろうが、この神社は実に興味深いことになっているにつきな」

「…………?」

「原型である獅子に近い形をした狛犬が二体、祀る神は豊穣神、そして死と再生の象徴である蛇の記号──くっくっく、おそらくこの神社の実態は──」

「ねえ、それってどういう」


 こちらの問いを無視して、歩き出すペトロヴナ。

 そのまま人混みの中へ消えて行き、闇の中へと去って行きそうに。


「ねえ、ペトロヴナ」


 彼女の背中に、ぼくは問いをもう一つ投げかける。


「フォークロアの仲間でいることは、きみにとって楽しいのかい」


 振り返らず、しかし満面の笑みと感じられるような声で彼女は答えた。


「ああ、とてもとても楽しきよ」


【NeXT】

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