【日常】鮎川羽龍【お正月の話:三】


                    ◇


 新年元日の神社の社務所。

 今年一年の安泰のため、霊験あらたかなお守りを求めに、多くの人がやってくる。

 家内安全学業好調。身体健全恋愛成就。

 こういうときだけ信じる人にも、年中祈りを捧げる人にも、届くご加護はお布施に応じて平等に。

 彼らに加護を届けるのは、神社で働く巫女さんだ。

 紅白服に身を包んだ、見目麗しい少女たち。

 輝く笑顔は無償のサービス。新年早々いいもの見たなと笑顔になって帰ってく。


「こういう光景みるとさ、コスプレっていいもんだと思わないか鮎川」

「仕事でやってるんだから、プレイではないと思うよ宮雨」


 遠巻きに眺めるぼくらの視線の先にいるのは、巫女服に身を包んだ名賀さんとその友人達。

 彼女たちがどうして揃って巫女バイトなんてしてるのかについて、回想シーンを始めよう。


                    ◇


「あのさ、みんな────ちょっと巫女さん手伝って!」


 真剣な顔で名賀さんが切り出したのは、そんな時節に即したお願いだった。


「どしたのかがしさん。確かここの神社そっち以外は毎回バイト雇ってたはずだけど」

「いやあ、それがさあ困ったことにね?」


 名賀さんが語る話を要約すると、つまりはこういうことらしい。

 神社の巫女バイトを頼んでいた人たちは、ここにやってくる前の間に、ひったくり事件に遭遇した。


「その人たちのものが盗まれたって訳じゃないんだけどさ、うん」


 目の前のおばあさんのバッグが盗られたのを見た彼女たちは、持ち前の正義感を発揮してひったくり犯を追跡。そしてマウントをとってフルボッコにしつつ奪われたものを回収し警察に引き渡したそうだ。

 けれど、


「ちょっとやりすぎちゃったらしく、警察に連れて行かれてお話だってさ」

「それは仕方ないっすかねー……」


 そもそもお話自体はやりすぎなくともしてただろうけど。

 ともあれ、今日来るはずだった巫女の人たちが来れなくて、名賀さん一人でお守り求めに来る参拝客を捌ききるのは無理だろうから手伝って欲しいのだという。


「まだ午前中な今の時点でそこそこ人いますしねえ」

「そーそー、今はおじいちゃんに任せてるんだけど、境内の掃除だとかお賽銭箱の見張りとかやっとかないといけないからさ本来は」


 ふと社務所の方に目をやってみる。

 ちょうど出てきた人がいた。

 彼の表情は何故だか期待外れだったと言わんばかりに沈んでいて。


「…………」

「もちろんタダでとは言わないからさ! 具体的にいうと一人頭五千円出してくれるって」

「これは一肌脱がないといきませんねっ!」

「脱いだあとまた着るわけっすけどねー」


 現金な人たちだった。


「なあそれって俺も参加しちゃダメですかかがしさん」

「ははは宮雨、それやって誰が得するか考えようか?」

「そりゃ当然俺の懐が」

「残念だけど、宮雨のサイズに合う宮司服はウチにないし、そもそも募集してないから」


 宮雨の身長は160センチ前後と、男性にしては小柄な体躯だ。

 社務所の中にいる名賀さんの祖父は、ぱっと見るだけでもそれより20センチは大きい。


「そ、それなら巫女服で参戦してもいいんだぜ!? 五千円には代えられないから!」

「そんな変態的なことさせられるわけがないでしょーがこのバカ猫がぁぁぁ!!!」

「ひぎぃらめえそれもう本日二度目ぇぇぇーーーっ!」


                    ◇


 女性陣が名賀さんの家で巫女服に着替える間、神社の裏手で待ってるぼくたちである。

 具体的に言うとぼくと宮雨とメイドさん。

 この組み合わせ、確かクリスマスでもあった気がする。


「メイドさんは巫女服着ないの?」

「メイドさんです故」


 きっぱりだった。


「そもそも巫女さんとは擬似的な神との契約関係。主人に仕える身であるメイドさんがそれに身をやつすなど、二君に仕える背徳行為に他ならないでしょう」


 それに、


「メイドさんと言うものは巫女さんよりも遥かに古く長い歴史を持つ存在。

 その誇りがあることを思えば、メイド服以外の服装などどうして出来ましょうか」


 ふーん、と納得しているぼくと裏腹に、宮雨はこめかみに指を当て困惑ポーズ。


「いやちょっと待てよ、巫女とメイドさんだと巫女の方が圧倒的に古いはずでは?」

「え、そうなの?」


「メイドの誕生をメイド服の確立からとすると、十九世紀イギリス、上流階級以外が使用人を雇うようになった頃からだから、メイドの歴史はせいぜい2世紀ぐらい。流石に使用人全般をメイドに含めるのならもっと古くはなるけれども、家事を任されるのが奴隷ではなく使用人・奉公人になったのは中世頃の話になるな。


 一方で巫女さんは古代末期の古事記・日本書紀の時代から原型である神がかりが描かれている。最古の巫女は天の岩戸伝説のアメノウズメだとも一説にはあるな。巫女服の白い部分──千早というんだけどな? も古代の貫頭衣の名残とされていて、そう考えれば1500年は歴史があると考えてもおかしくない訳だ」


 何処かの誰かを思い出す勢いで、メイドと巫女の雑学を語る宮雨。

 それを見てメイドさんはよくできましたと褒めるかのように微笑んで、


「よく存じておりますね。しかしそれはあくまで表の歴史。メイドさんというものが支配者の影の特権ではなくなり、ちょっとした上流家庭でも手が届くようなものになった以降の話です」


 いいですか、


「…………、?」

「ご主人様を操ることで世界の歴史を陰ながらコントロールしてきた超人間、それがメイドさんというものです。

 歴史上の数々の戦争や革命、それらの裏側には当時の支配者の側に控えていたメイドさんの暗躍があったことは、裏の世界を生きる者にとっては常識といえるでしょう」

「…………………?」

「メイドさんの痕跡は歴史のいたるところから見て取ることができます。

 例えば古代中国で行われていた宦官。従者になるにあたり男性器を切除するという過酷な通過儀礼は、メイドさんの理念の一つ『えっちなのはいけないと思います』を貫徹するための試行錯誤の一つだったということは、専門家の間では定説となっているのです」

「……?」

「二度の大戦を経て、メイドさんは社会の支配者の座を追い落とされました。

 しかし彼女たちは決して滅びた訳ではありません。今でも世界中でご主人様の側に控え、社会に関わり続けているのです。────お分かりに、なられましたか?」


 流石にここまで話が膨らむと、トンチキであるとぼくにも解る。

 多分このメイドさんは退屈を紛らわせるために作り話をしてくれたんだろう。

 そのはずだ。

 そうだよね。

 その通りだと言って欲しい。

 すがるかのように視線を向けたが、メイドさんは微笑むだけで答えなかった。


                    ◇


「さて、そろそろお嬢様たちの着替えも終わる頃でしょう」


 メイドさんがそういうので、指差した方を見る。

 巫女服姿に着替えた彼女たちが、こちらへやってくるとこだった。


「あっあのっ、似合ってますか大丈夫ですかっ」

「んもー、さっきもよく似合ってるって言ったじゃないっすか」

「おっ男の子たちからも聞きたいんですっ」


 紅白姿に身を包んでも、委員長はいつもの調子で。


「うん、大丈夫。似合ってるよ」

「そーそー、ナイスおっぱいだぜ!」

「そうっすよ、おっぱいと身長だけは完璧なまおりにも足りないポイントなのだから、それは誇っていいんすようんうん」


 ぼくが簡単に褒めた後で、続けて危ないことを言う二人。

 確かに巫女服の白色が胸の膨らみとそれが作る影を普段以上に強調してはいるけれど。

 補足として言うのであれば、名賀さんも同等かそれ以上を持っている。


「ちぎり?」

「ああやめてやめてここで吸われたら紅白カラーが赤色一色モノトーンになっちゃうっすああーっ」

「その芸風、宮雨のものじゃないかなあ」

「俺別にこれ芸風のつもりでやってる訳じゃねえんだけどあいたたたたたた本日三度目ー!」


 自業自得にかける言葉は、ぼくは特に持ち合わせていないのだった。


                    ◇


「あ、そうだ。カンペ渡しておかないと」

「カンペ?」


 名賀さんの言葉に、ぼくらはそろって首をかしげる。

 店番の仕事なんて指示された商品を受け渡しすればいいだけ──なんて思うのはきっと社会経験の不足からであって、部外者の知らないいろんなしきたりがあるんだろう。


「気をつけて欲しいのは例えばこれね。

 お守りは売り物ではないって話」

「……?」


 売り物ではないって、お金を出してやりとりするのにおかしな話で。

 そもそもバイトを頼んだ理由自体が、お守りを買いに来る人を捌くためだったような。


「形式上ね。お金を出して売り買いするんじゃなくて、お布施をするのと神様からご利益を授かるもの、ってことになっているから。

 だからお守りを渡す時には「お買い上げありがとうございました」とか「何円いただきました」とかじゃなくて「お納めください」って言うしきたりなの」

「ほへー、色々面倒なんすね」

「ほら、神社って信仰の場だから」

「そうね。信仰というのは儀礼の形から。特別なものとして扱おうというその態度こそがそれを尊く特別に足らしめる源泉だもの。ハレの日ぐらいはそうでいたいと思うのは、ある意味当然の話よねっ」


 剣月さんのその言葉は、誰かの思想によく似ていて。


「…………」


 あいつは一体どれだけのものを残して、彼女たちの前を去ったのだろうか。

 偽物のぼくには、それは決してわからないけれど。


                    ◇


 そんなわけで、彼女たちが店番もとい巫女さんをしているのを遠巻きに見ているぼくと宮雨なのだった。


「かがしの奴は毎年見てる訳だけども、やっぱりいいよなあ女の子の巫女服姿……」

「宮雨は女の子の可愛い姿だったらなんでもいいよねって言うんじゃないの?」

「そりゃ当たり前だろ可愛い姿だぞ? 悪いものである訳がねえだろう。

 それでも巫女服はやっぱり特別の一つだな。

 鮎川、巫女さんとはなんなのかわかってるか?」

「神社の女性職員でしょ?」

「ハイいつものように淡白な回答アリガトウ!

 しかし聞きたい答えはそういう事務的な話ではなくて、宗教的な扱いだ。

 巫女さんとはな、古来は神と婚姻した女性として扱われていたそうだ。

 つまりあの紅白服はいわば神婚さんのウエディング・ドレス。

 可愛い女の子、働く女性、それ以外にもそんな見方まで出来るとなると新鮮だろう?」

「宮雨は名賀さんを神様に取られたりしていい訳?」

「取られるも何もそういう心配とかするもんじゃねえだろ別に?」

「はいはい」


 果たしてどういう意味で取られる心配をしてないのかまで聴きだすつもりは特にない。

 さて、ちょっと手持ち無沙汰になることだし、ちょっとその辺歩いて来ようか。


                    ◇


「獅子! 獅子獅子! おっと三つはいらなきにつきな、獅子と獅子が二つ並んで狛犬!」


 変な人がいた。

 ……と一言で済ましてしまうのは容易いが、その程度で語り尽くしてしまうのも勿体無いと思う変な人だった。

 周囲の視線を物ともせずに、狛犬に対し頬をすりすり擦り付けている女性だった。

 身長は高校生の平均ほど。

 外見年齢もそのぐらいであるが、ファッションスタイルが特長的だった。

 両手には数珠、首には十字架、足にはミサンガが付いているし指輪の方もじゃらじゃらと。

 宗教的なシンボルを節操なしに全身に身につけており、神社という場には似合わない。いやこんな格好浮かない場所は路地裏の不良の集まりとかその辺だろうが。

 服装の方はまだ真っ当と呼べるべきもので、女子高生の私服といったようなもの。

 しかしスカートは極端に短く、靴下は逆に大きすぎてだるだるになったルーズソックス。

 全体的に、話に聞く九十年代とかそんな感じの格好だった。

 ……流石にガングロ化粧まではしていなかったのは救いだろうか。


「狛犬、実に神社らしいオブジェクトだがここの狛犬はだいぶ原型たる獅子に近きにつきて、しかも二体でダブルでツイン、まあ狛犬なので当然なのだが奇跡的に素晴らしい偶然の一致、さらに祭神は豊穣神と来たもので成る程成る程確かに確かにこれは霊地として適している。


 ……


 視線が、あった。

 あってしまった。

 そして彼女はあいつの名前を口にした。

 クロア。真性怪異フォークロア。

 本物の鮎川羽龍にして、世界に夜をもたらす者。


「ワイルドハント【空想守護聖団】第三席。H・N・ペトロヴナ。

 以後よろしく頼むぞ、鮎川羽龍」


 日常を少し外れた祭りの場で。

 非日常の住人が、ぼくの前へと現れた。


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