【日常】鮎川羽龍【お正月の話:二】


                    ◇


 手を振って彼らと別れた後で、ぼくと委員長は神社への行軍を再開する。

 あの時二人きりで歩いた道は、今日はちらほらと人影が見えて。

 晴れ着姿や和装の装いを見かけることで、ハレの日なんだと実感する。


「ありゃ、奇遇っすね委員長に鮎川くん」

「あけましておめでとうねっ」


 そして今度は道すがら、吸血鬼カップルと遭遇した。


「あけましておめでとうございますっ。二人とも服綺麗ですね」


 剣月さんの服装は、蘇芳色基調に紗綾形模様の着物姿。

 クリスマスの時のドレス同様の赤方面の色だけれども、洋装から和装への変化は印象がかなり別物になる。

 飛倉さんの方は漆黒地に白の模様が入ったタイプの着物。

 普段のパンクファッションからは遠い……と見せかけておいて、裾のあたりの模様がさり気なく髑髏柄。


「剣月さんと飛倉さんも初詣ですか?」

「まあこの道通るのはそのぐらいの理由っすよねえ」

「日本人として年始ぐらいは住んでいるところの神社に挨拶しに行っておくべきかしらって」

「えっ」


 驚きを漏らす。

 剣月さんがそういうことを考えるキャラだったことも意外だが、


「日本人……」

「あら、私は生まれも育ちもこの国よっ? それどころか眷月の家自体が平城時代ぐらいからの歴史がある家だし」


 疑われている理由をわかっているのか、金髪を摘み撫でながら剣月さんは言う。

 平城時代……一体何時だっけ。聞き覚えがない以前に、時代区分と西暦ってなかなか一致させて覚えられないんだよなあ……。


「別名奈良時代、だいたい千三百年程前でございますね」

「わんにゃ!?」


 後ろからかけられた声に、委員長がびっくりして叫び声を上げた。

 振り向くと、そこにはモノトーンカラーの服を着た、


「どうもニコニコ人類の皆様の側に侍るメイドさん、ベルヴァレイでございます」

「貴方は今日もメイド服なんですね」

「ええ。メイドさんですので。ハレの日もケの日も雨でも風でも極寒の地でも灼熱の砂漠であろうとも常にこの服装こそがアイデンティティでございます」


 そして一礼。

 話をしていたからというのもあるだろうけれども、全く気配を感じなかった。

 神出鬼没で主人の側に控えるのは悪魔の特権という奴か。


「いえ、隠形はメイドさん基本技能でございます。

 私の知るところであれば、文明開化の折に忍びからメイドに転向した一族などもおり、彼らなら私以上に高度な隠形を行えますよ」

「はわゎ……すごいですね鮎川くん!」

「そもそも明治時代まで生き残ってるものだったの? 忍者って?」


 ぼくの疑問に答える人は誰もいない。

 その代わりに剣月さんが話を戻し、


「この金髪や洋館住まいの元もその辺りの時代だって聞いてるわね。

 当時華族だった私のご先祖様が西洋風の生活様式にして、そして向こうの人を一族に組み入れたそうよ。だからこれはその遺伝ねっ」


 剣月まおり外国人説、ひょんなところで解決。

 でも吸血鬼って日本よりは欧州の概念だったはずで、それが遥か昔からこの国に居たって、一体どういう事なのだろうか。


 生まれながらの真性怪異。

 血縁ではなく吸血縁で繋がる一族。

 眷月。

 ……どうでもいいか、と、意識して疑問を断ち切った。

 おそらくそれを考えるべきは今じゃない。


「そんな出自だから日本文化には理解があるのだけれども、勿論それは建前で。

 ――ちぎりとデートがしたかったのよねっ」

「恋愛成就した後に買うべきお守りって何っすかねえ、安産祈願は流石に違うし」

「無病息災でいいんじゃないかな、それ」


 恋の病には落ちっぱなしだろうけれど。


                    ◇


 そうして四人で連れ立って、神社まで到着する。

 聞こえてくるのはがや騒ぎ。目に入るのは人の数。


「うわ、本当に人がいるもんなんだな……」


 呟く。ここまでの道のりでわかってはいたけど改めて。

 さっき登ってきた石段の雪が踏み荒らされて虫食い状態になっていたのを思い出し、今朝からの人の出入りを意識する。

 ハレの日ってこんなに効果があるのかと、驚きの思いを抱いてみたりする。


「ま、それもお正月か夏秋のお祭りん時ぐらいっすけどねー」

「理由もなしにくるようなところではないですしね」

「小学生の頃はそれなりの敷地があるところってことで友達と何度か行ってたりはしたんすけど、何時だったか本殿にサッカーボール叩き込んだ子が居たらしく学校にお叱りが飛んできてっすねー。そっからなんとなく行きにくい空気に」

「それはまあなんとも災難で」

「んー、でも俺らの世代はともかく、下の世代はそれなりに来てるっぽいぞ? この前も境内にサッカーボール落ちてたし、禁止令知らんか撤回されたっぽい」

「近頃は遊べる場所も希少だって聞きますしねえ……って宮雨くんっ!?」

「やっ」


 振り返る。

 そこには愉快な賑やかし、猫耳少年宮雨才史の姿があった。


「やーやーみんなお揃いで。やっぱあれですかい、お前らもかがしの巫女服姿見に来たクチ?」

「も、ってことは宮雨の狙いはそれである、と」

「べっ別に勘違いしないでよね、俺はかがしのことなんて全然心配じゃないんだからっ」

「ふーん」

「そこは反応してくれよ鮎川ぁ!?」

「いや男にテンプレツンデレごっこされてもあまり楽しくないし」


 そもそもバレてないとでも思っているのだろうかこの男は。

 冬の初めの殺人事件では気落ちしている名賀さんのことを気にかけすぎて唸っていたり。

 クリスマスパーティの時はちょっとした言葉選びの失敗を気にしたり。

 殆ど常時いちゃついていることを差し引いて考えるとしたところで、その意識し具合は相当だと、本人は気づいてないのだろうか。


「しかし今更な話だけども、ツンデレってもいろんな種類があるよな」

「そうねっ。初めは取りつく島もないツンツンが時間をかけてくにつれてデレデレになっていく──が原義で、そこからいつしか素直になれない女の子とかも含むようになったって聞いてるけど」

「まおりはツンデレとは無縁っすよねー。私も速攻でめろめろにされてしまったっすし」

「そうね。私の子猫ちゃんは従順で素直で可愛いところが素敵だわっ」


 そう言って艶かしく唇を舐める剣月さん。

 そのまま睦みあい始めそうだったので、軽く咳払いで止めておく。


「どのタイプのツンデレもいいものだと思うけれど、俺の一押しはやっぱりその素直になれないタイプだな。あいつを見ると胸がドキドキ、この気持ち一体なんだろう。胸の疼きに従ったならなぜだか言葉がうまく出てこず、いっつもやりすぎちゃうばかり。やめて違うの勘違いしないで、あなたのことはすすすすダメぇー!ってな具合に」

「うんうん萌え要素っすよねえ。うまく言えない恋心が非常に美味しくて素敵っす」

「ここで重要なのはうまく言えない”恋心”の部分だよな。大好きって気持ちが溢れ出しちゃっているのを見てわかるからこそ、出力が嫉妬や攻撃であっても可愛いなあって見て思える。逆に言うと好きの気持ちが伝わってこない似非ツンデレなど豚の餌! 大事なのは愛! ラブ! 素直になれない嫉妬や攻撃は可愛らしい恋心の発露としてちゃんと描いてもらいた、うわ」


「人ん家の敷地内でなに長口上垂れてるのかなこのバカ猫はぁぁぁぁぁ!!」

「うわぁぁぁかがしさんいつの間に痛たたた折れちゃう折れちゃう背骨デレってなっちゃうらめえええええ!」


 なるほど、これが実例という奴か。納得。


                    ◇


 宮雨が解放されて一息つき、名賀さんの服装を見る余裕が生まれてきた。

 オーソドックスな巫女服スタイルだ。真っ白い服に赤の袴。

 普段結ばれている髪の毛は、今は解いて降ろされていて、背中にばさっとかけられている。

 彼女の髪は赤色がかっているものなので、そこもコントラストが効いて。


「おやーん? 鮎川くん見とれてるのかなー、お姉ちゃんの艶姿!」

「うん。綺麗すぎて言葉を失ってた」

「えっ、えええ、待って待って冗談だよね? いきなりそんなことを言われても心の準備が」

「うん。冗談だよ」


 軽く舌を出して答えると、名賀さんは照れ隠しなのかしっぽをびたんびたんとさせて。


「うわー、うわー、うわー、なんか恥ずかしいと思ったのにんもー」

「かがし可愛い!」

「美人っすよ名賀さん」

「綺麗よ名賀さん」

「すっ素敵ですっ名賀さん」

「あー、もうー、やーめーてー!」


 びたんびたんびたんびたん。

 ふと気づけば周囲の視線がこっちに向いて。


「ちょっと人のいる場でいじりすぎたかな……?」

「ええ。間違いなくそうねっ」


 流石に少しは反省する気持ちになるぼくたちであった。


「あ、そうだ、大事な話があるんだったよお姉ちゃん!」


 状態異常:恥ずかしさMAXから回復した名賀さんは、真剣な目でこっちを見た。


「あのさ、みんな────ちょっと巫女さん手伝って!」


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