【日常】鮎川羽龍【クリスマスの話:本編 四】

                  ◇


 王様ゲームとは。

 神籤を模したくじを使って王様役とそれに付き従う騎士の役を決定。

 王様は配下の騎士に対して命令を下し、騎士達はその誇りにかけて命令を実行する。

 なおその時配下の騎士役は番号で呼ぶのが決まりであり、王様側からも誰が命令を実行するかはその時になるまでわからないというのがミソ。

 王様役は誰が実行するかわからない状態でどのように命令を出すかという王の器が問われ、一方騎士役はどのような命令でもこなすという王に対する忠義が試されるという、王権神授説と王に絶対服従する騎士道をモチーフにした由緒正しきゲームである。


 以上、宮雨と剣月さんの説明の要約。

 どう考えてもうんちく周りはデタラメだと思うが、とりあえずルールは理解できた。


「それじゃあ準備はできたわねっ? せーのっ」


「「王様だーれだっ!」」


 剣月さんの促しに合わせて、ぼく以外の全員が唱和しながらくじを引く。

 自分のくじの先端を見ると、記されていた番号は五番。


「はーい王様私ー!」


 跳びはねるかのようにひょこひょこしてアピールする名賀さん。

 上に伸ばされた右手には赤色のマークがついた棒ががっしりと。


「よーし、最初の命令をかがしさんざくっとみことのりっちゃってしまいなさい!」

「おっけー宮雨しょっぱなから全力でいくよー! ――三番と五番がキッス!」


 ……いきなり本当にレベル高い命令だな!?

 自分の手に持つくじの番号をもう一度見る。奇跡の力で番号が変わることも無く五番。

 ひょっとしてまだ酔ってるままなんじゃないだろうか名賀さん。顔赤いままだし。


「……ぼく五番」

「ようっし、三番誰かなー? 名乗りでろカモーン!」

「わっ私ですっ」


 びくっと震えながら反射的に手を挙げる委員長。


「いぇーいナイスな組みわせキター! よしキース! キース!」

「きーす! きーす!」

「あの名賀さんちょっとキャラ変わってないですかっ!? 剣月さんも煽らないで……」


 震える委員長の姿は可愛らしくて、キスの相手がぼくでなければ煽る側に回りたいところ。

 よし。覚悟を決めて挑んでみよう。


「委員長、ちょっと目を閉じて」


 求めると、彼女は静かに目を伏せて、それに合わせて顎を上げた。

 差し出された唇は潤んだ艶やかな桃色で、ぼくに奪われるのを待っている。


 可愛い唇。

 健気な唇。

 けれどもぼくはそれを無視して、軽く額に口づける。


「今回はこれで我慢してね、委員長」

「わふぅ……」


 そのまま目を回して机に倒れこむ委員長。

 危うくお皿に顔を突っ込みそうになっていたが、メイドさんが直前にどかして回避。


「うっわー鮎川の野郎すごい甘っ」

「テクニシャンだね、ところで宮雨口元にご飯粒ついてる(ぺろっ)」


 おうこら君達の方がレベル高くないか。


「「王様だーれだ!」」


 気を取り直して第二ラウンドへ。今度はぼくも唱和する。

 手元の番号は三番。ならば王様は誰だろうと気になってあたりを見回すと、」


「今度の王様は私っすね」


 飛倉さんが胸を張って今回の当選を宣言した。


「一発目にキス取られちゃったっすからねー、今度は少しぬるめで――二番が七番をハグ」


「あ、七番俺だわ。よしカモーンカモーンレディの抱擁ーっ!」

「二番私私ー」

「ぎゅえっかがし!? 待って待ってお前のハグはもう食らい慣れてるというか」

「あーん、私に抱かれるのは嫌だっていうのかなー宮雨ー?」

「ああっそのセリフはもうちょっとエロい意味の方で聞きた、ダメ、わっ、」


 抵抗虚しく、ぐるぐると蛇体に全身を覆われていく宮雨。

 支えを失った二人の体はそのまま床にごろんと倒れこみ、そのシルエットはどこかで見覚えのあるものを彷彿させる。


 これは、


「……ウインナーロールパン」


「く、くくくく、ダメ、変なツボに入ったっす、くくくく」


「さあお望みの女の子による全身抱擁だ喜べ宮雨ー!」

「ひぎにゃーらめらめらめーっ!」


 とりあえず無事を祈るぐらいはしておこう。南無。


 三セット目。


「「王様だーれだ!」」


 適当に引いたくじの先端は番号なしの赤色で、つまりこれは、


「あ、王様ぼくだ」

「おめでとう鮎川くんっ。さあ、一体どんな命令をするのかしらっ?」

「はっ早く命令してください鮎川くんきゅんきゅん」


 命令、命令、命令かぁ……一体何を言えばいいのやら。

 さっきのキスとかハグとかはどうも定番命令っぽいのだけども、経験がないぼくはその辺のレパートリーも持っていない。だから次にいう言葉に詰まって、部屋の中をきょろきょろ見回した。

 机。まだ少し物が残っているお皿。テーブルクロス。そこから目を外すといつの間にか片付いていた床。空いた椅子。そうだ、


「一番、王様の椅子になって」


「ぐおおおおまた連続で被害者俺だー!?」

「さあ早く這いつくばれ宮雨」

「なんでいきなり命令形!?」


 それは命令だからに決まってるだろう。


 そしてその命令を下された騎士一番はなんかぷるぷる震えるだけでちっとも椅子になろうとしない。

 これは反逆罪なのではないだろうか。叛意を伺えないだろうか。


「いや、ちょっと待って心の準備がですね?」

「王様の命令は?」

「「ぜったーい」」


 ぼくの声に応じた名賀さんと剣月さんが反逆の騎士を取り押さえ、その四肢を曲げさせて椅子の形に整形していく。


「さあどうぞ王様お座りくださいなー」

「大義であるぞー」


 着席するとお尻に感じる人肌のぬるさと柔らかさ。


「ぐおお鮎川の重さ自体はそれほどでもないが女性陣からの視線が痛い……」

「動くな椅子」

「ぐえっ」


 ちょっと体重をかけてみると呻く椅子。

 うーん、安定しなくてあんまりいいものじゃないなあ、人間を椅子にして座るのは。


「というかたまたま俺だったからいいものの、もし他の女子に当たってたらどうする気だったんだ鮎川?」


 何を言っているのだろう、宮雨は。

 そういうゲームなのだから命令通りに椅子になって頂くに決まってるじゃないか。

 ぼくは酔ってない。


「「王様だーれだ!」」


 四回目。今回の王選の結果栄光を手にいれた者は、


「うっしゃー俺の時代が来たぁぁぁ!」

「これが後の時代に語られる宮雨の乱の始まりであった」

「乱ってなんだよ乱って政権とれず失敗扱いですか!?」


 猫耳と尻尾を逆立ててきしゃーと叫ぶ宮雨。よく気付いたな意味……。


「よーしちょっと俺鮎川狙いでキツめの命令出すわ、巻き込まれた奴はゴメンな!」

「宮雨くんのキツい命令……エロい命令を出す気っすねこの変態!」

「だから飛倉、俺の集めてる漫画はエロ漫画じゃないっつーの!」

「ホントかなあ」

「むきゃー!」


 宮雨は叫び、机に放置されていた空のグラスを手に取った。そしてその中にどぶどぶと惨劇を生んだ液体だとかその代わりに用意されたオレンジジュースだとかレモネードだとかウーロン茶だとかをミックスして醜怪なカクテルを作成していく。


 それだけではない。ケチャップ、ソース、とにかく机の上にある液体をかたっぱしからグラスの中に注いでいく。

 出来上がった液体の色は毒々しい褐色。

 人間どころか味覚を有する生命体が摂取すべきではないものだというのが如実にわかる。


 それを掲げて宮雨はいう。おぞましい命令を堂々と。


「三番にはこのゲキマズドリンクを飲んでいただくっ!」


「そんな……宮雨、それは遥かの昔に封印した禁呪……!」

「恨むなかがしさん、恨むならこの封印を解かせた鮎川を恨むんだな……!」


 邪悪な笑みを浮かべる宮雨の持つその液体は、生半可な真性怪異よりも恐ろしい。

 宮雨本体は別にそうでもないが、しかし彼は王様だ。この液体を誰かの口に流し込む権利を、今の彼はその手に持っている。


 ごくり、と喉がなる。それは恐怖か緊張か。


 手に持ったくじの番号を、実はまだぼくは見ていない。

 確率はたったの五分の一だ。外れる可能性の方が圧倒的に高いとわかっていながら、それを見るのが恐ろしい。

 観測したら運命が固定化されてしまうような気がぬぐえず、どうしても答えを確認する勇気が湧いてこない。


「ふふふ誰だ犠牲者はー、怯えて声も出ないようだな……!」


 宮雨が周囲を睥睨する。それはまさに王の威容。生殺と与奪を統べる絶対権力。

 王の視線が向かう先、少女たちが怯え身をすくめていく。


「――ええい」


 覚悟を決めて、手にしたくじを裏返す。

 そこに刻まれていた番号は――二番。

 なんだ、緊張して損した。


「とりあえずぼくじゃないみたいだね、犠牲者」

「えっマジで?」


 宮雨は驚くけれど、そんな簡単に目的の相手に当たるわけがないだろうに。


「じゃ……じゃあ誰? これに当たっちゃった不幸な人」


 うってかわってそろりそろりとなる伺う視線。

 ぼくもそれに合わせて目を動かし、見つけてしまった。

 堂々と三番と書かれたくじを掲げている、剣月まおりのその姿を。


「あの、まおりさん、やっぱり無理しなくてもいいんですヨ……?」

「あら、怯えなくてもいいのよ? 王様の命令は絶対ですもの」


 なんともなしに言うけれども、その細目から発せられる圧力は普段のよりも心なし増して。

 怯えて動けない宮雨の手から、汚濁の詰まったグラスを強奪する。


 そしてそのまま一気飲み。

 細い喉をごくごくと鳴らして、邪悪な液体が嚥下されていく。


「…………」


 それを見守るぼくらの前、剣月さんは顔色一つ変えたりせずにグラスの中身を飲み干して、


「美味しかったわっ」


 そんなことまで言い放った。


「あの、本当に大丈夫ですかまおりさん? 味覚おかしくなったりしてない?」

「ふふ、このぐらいでおかしくなっちゃうほどヤワじゃないつもりよっ」


 だけど、


「――ちょっと私も本気で命令考えていくことにするわねっ?」

「ひぃっ」


 自業自得とはいえ同情しておこう。南無。



「「王様だーれだ」」


 段々と混沌が再臨してきた第五ゲーム、今回王様に選ばれたのは、


「早速私の番ねっ」


 本気を出す宣言を告げた剣月さん。

 六分の一の偶然だろう、偶然なんだろうけれども、速攻引き当てたそのことに何か運命らしきものを感じたりするような結果である。


「本気の命令……一体どんなものが出てくるのかな」

「本気になったまおりはスゴいっすからね。うーん、これは覚悟がいるっすよ……」

「あのー飛倉さん? その本気とはいかなる場面のものなのでせう?」


 怯える宮雨に視線を向けつつ、吸血鬼の唇が開く。

 固唾を飲んで見守る中、彼女が出した命令は。


「これから命令する人、五分だけ私の犬になってちょうだい?」


「レベル高っ!」

「まおり、私という子猫ちゃんがいながら更にペットが欲しいんすか……?」

「(わくわくどきどき)」

「ねえ委員長、その期待してるような視線は何なのかな……」


 なかなかいい趣味してるな剣月さん……。

 だけど自分はどちらかというと飼い主側にいたいので、できれば当たりたくない命令だ。


 手元の番号を見る。一番。縁起がいいのか悪いのか。

 一方狙われているであろう宮雨は、そわそわがくがくと震えながら、


「大丈夫、俺に当たる確率は五分の一……ルールに従う以上簡単に反撃は食らうまい……」

「そうね、宮雨くんが持っていそうな番号は――四番」

「ジャストクリティカル!?」

「やっぱり剣月さんは予知能力者……」

「いいやお姉ちゃんは心眼持ちを推すね」

「願望実現能力というセンもあるかもしれないっすね」


 なんらかの特殊能力者であることはもう大前提なのか、それ。

 いやぼくもその意見には全面的に同意するけれどもね?


「というか犬になれって一体どういうのを想定してるんですかねまおりさん?」

「大丈夫よ、その辺も考えてるわっ。ベル」

「はい、お嬢様」


 いつの間にか背後に控えていたメイドさんが、その手に持ったものを掲げ見せた。

 銀色に鈍く輝く金属と、つやつやとした光沢を持った革製品。

 ぼくの自宅にも置いてるそれは、


「鎖と首輪をお持ち致しました。これがあれば安心して十分に身も心も犬へと堕せるかと」


「ぎゃああああああ!!! この人ガチだあああああ!? 

というかなんでそんなもの事前に用意してるんですかまおりさん!?」

「乙女には秘密がいっぱいなのよっ。ね、ちぎり」

「いやいやあんたたち一体どんなプレイしてるの!? ねえ、ねえ!」

「……あんま言わせないでください恥ずかしいっす」

「大丈夫ですよ宮雨くん。慣れればとても幸せな気持ちになれますから」

「ノーコメント! 委員長の感想にはノーコメントを貫かせていただきます! 

俺はそんなこと知らない! 頭から消した!」


 騒ぎ立てる宮雨。その後ろにいつの間にか剣月さんが回りこんでいて。


「えいっ」


 足払い一発。バランスを崩して倒れこむ宮雨の上に座り抑え、そのまま流れるような手つきで首輪を嵌めていく。


「誰かに椅子にされるの本日二度目ですか俺ぇ!?」

「ほら、ワンちゃんが喋ったりしたらダメでしょう……?」

「わ、わんっ」

「きゃんっ」

「……なんで委員長まで反応してるのかな?」


 名賀さんの疑問を全力でスルーするぼくらだった。


 一方でペットを調教中の剣月さんは、宮雨犬に向けて手を差し伸べていて、


「さあワンちゃん、こういうときは何を求めているかわかるわよねっ」

「くっ、くぅ……」


 宮雨犬は最初は屈辱の呻きを漏らしていたが、プレッシャーに耐えかねたのか諦めて右手をゆっくりと上にあげた。

そしてがっくりと力の抜けた勢いで、剣月さんの手の上に落とす。


「ふふ、いい子ねっ」

「宮雨だけずるいっすずるいっす、私もまおりに可愛がられたいー」

「ふふ、安心して子猫ちゃん。また後でベッドで優しくしてあげるわっ」


 わー仲睦まじい光景だなー。

 と、気づくと委員長がぼくの袖口を引っ張っていて、


「鮎川くん鮎川くん、私たちもやりましょうやりましょう!」

「やりましょうって今はリードも鎖も持ってないんだけど」

「問題ありませんお客様。こちらに予備のものが一本」


 いつの間にか後ろにいたメイドさんが、委員長の首輪に鎖を接続していく。

 そのまま差し出されたので反射的に握ってしまったが、これをぼくにどうしろというのだ。


「やーやーやー楽しいことになってきたねえみんな。あー、お姉ちゃんもここで相方欲しかったなー、ちょっと剣月さん宮雨のこと譲ってくれない?」

「だーめ。あと二分待って頂戴?」

 鎖でつながれたペット二人とその飼い主二人。そしてそれを羨ましがるのが一人と、それを眺めて笑ってる人蛇が一人。


 ……なんの集まりだろうこれ。


 サバトと言ったら信じる人とかいそうだ。人外多いし悪魔もいるし。


「せっかくですので記念撮影をいたしましょう。後日郵送させて頂きますのでお楽しみに」

「まって、それだけは勘弁して! お願い!」


                    ◇


 そのあとも、楽しい(?)王様ゲームはしばらく続いた。

 以下、混沌の宴第二弾を台詞だけのダイジェストでお送りしよう。


「三番は二番にこのジュースを口移しするっす!」

「へーい宮雨カモーン」

「……っぷふう、これやんの小学生のときぶりだなあ」

「いやもうちょっときゃーきゃー言おうよ命令した私がいうのもなんっすが!」


「二番は五番にこのお肉をあーんって」

「剣月と鮎川かー、珍しい組み合わせ来たな」

「はい、鮎川くんあーんっ」

「ん。……むぐむぐ」

「うぎぎぎ羨ましいっすー」


「よし今度こそいい思いをしてやる、一番が王様に膝枕!」

「はっはいっ、どうぞ……」

「委員長の膝枕とかなんか普通に羨ましいっすね。もっとウケ狙いましょうよウケ」

「いや俺そんな芸人みたいな生き様してねえからな!?」


「四番の鮎川くんは二番の真神さんの頭を撫でる!」

「もはやくじ見る前から番号を言い当てた!?」

「はい、なでなで」

「わふぅ……」


 ダイジェストでもそれなりに愉快なことになっていたのが解っていただけるとは思う。


 そしてそろそろみんなも疲れてきた頃に、


「よし、王様俺だな」

「どしたの宮雨、なんかニヤニヤしてるけど」

「いやなかがしさん、ちょっといい感じの命令を思いついたんでな? 機会がきたぞと」


「それだけでなんか不吉な予感するっすね」

「飛倉さんに賛成」

「さんせーい」


「お前らなあ!!

 それはともかく命令行くぞ! 二番と五番が今着ている服を交換する!」


 胸を張って命令を叫びあげる宮雨。


「考えたっすね宮雨……対象二人で行えば確実に一人は女子が引っかかると」

「ふふふそして俺は男装女子にも喜べるクチだから鮎川を引いても問題ないという寸法だぜ! もちろん女装した鮎川の方は知らん」

「でも鮎川くん線細いし意外と似合うかもしれないわよ?」

「いや俺女装子も嫌いじゃないけどさあ、中身鮎川って考えるとなー」


 おいこらどういうことだ宮雨。いや、いけると言われた方が困るけどね?

 それはそうとして、今回のぼくの番号は一番だから無縁だけど。


「えっえっと、私が五番ですね」

「そして二番は私のようねっ」


「ふっふっふ委員長と剣月か、見目麗しいとこにぴったり当たったなあ」

「ちょっと宮雨ー、それどういう意味かなー?」

「私じゃ見目麗しくないって言うんすか?」

「いやかがしのは見慣れてるし。飛倉についてはノーコメント」


 人蛇と飛倉さんの刺すような視線を受けながら、しかし宮雨はにへにへと笑って、


「さあそれじゃあ着替えてもらいましょうかお二人さん! ハーリィ!」

「それ自体はいいんですけど、宮雨くん、その前にすべきことがあるんじゃないかしら」

「ん? 何よ剣月」


 疑問符を浮かべる宮雨に、名賀さんと飛倉さんがじりじりじわじわ詰め寄って。


「女の子が」


「着替えるんっすから」


「「出てけー!」」


                    ◇


「くっ、真の狙いに気付かれるだなんて……」

「当たり前じゃないかなあ」

「それを見落とす訳がないでしょうお客様」


 追い出された後の廊下にて。

 見通しの甘すぎた宮雨に対し、ぼくとメイドさんが左右から同時にツッコミを一発入れた。

 部屋の中からは言葉としてはわからない程度だけども楽しそうな声がきゃっきゃうふふと聞こえてくる。

 そのことを悔しんで両手を握りしめている宮雨のことは無視をする。


 女の子の着替えは長いというのは知ってるけれど、一体何でそうなるのだろう。

いや、多分途中で話し出したりだとか、宮雨が喜びそうなスイートトークとか、そういうことをするせいだろうが、着替え終わってからやればいいじゃんと思うのは、ぼくの使ってる性格のベースが男性寄りだからだったりするんだろうか。

 特に動いたりせず為すがままになる憂里とか、多分相当楽な部類なんだろうな……。


「……はあ」

「どしたの鮎川」


 なんでもないよ、と軽くあしらう。


「ところで丁度いいタイミングだしちょっくらトイレ行ってきたいのだけど」

「お手洗いでしたら玄関ホールまで戻って頂いて右側ですね」

「せんきゅー」


 軽く手を振り駆け出していく宮雨。その後ろ姿を見送って、メイドさんはこちらを向いた。


「――さて」


 真剣な眼差しだった。

 いや、真剣というには嘘がある。この瞳の色は好奇心だ。憂里が頻繁に浮かべる色だ。

 そんな興味を引くような行動をしていただろうか、ぼく。

 そもそも剣月さんのメイドがぼくに浮かべる興味とはなんだ?


 いや、自分をごまかすのはやめよう。そんなもの、ただ一つしかないだろうに。

 ぼくがこっそり抱えている、秘密一つ以外にないだろうに。

 ぼくが向こうを気づいているように。

 向こうだってぼくのことを、わかっているに違いないのだから。


「思っていたよりも、怠惰な人でなしなのですね。鮎川羽龍」

「なんですか一体いきなりに」


 

 なんでもないようにとりなしては見るけれども、当然そんなのは偽物だ。


「あなたは怠惰ですねと言っています」

「そんなにだらけた姿を見せてましたかね、ぼく」


 さっきからぼくがしていた行為と言えば至極常識的なものばかりだったと思うけれども。

 まともに宮雨にツッコミを入れて、まともに酔っ払った女子たちに辟易して、まともに王様ゲームに参加していたはずだ。人間として全うな態度を取っていたはずだ。


 しかし。


 それこそがまるで間違いだとでも言わんばかりに、眼前のメイドは肩をすくめる。


「ええ。ご自覚なかったのですか? 先ほどまでの態度を見ていただけでも瞭然ですが。"鮎川羽龍”というキャラクターは果たしてそういうものであったのかと」

「…………」


 このメイド――知っている類の存在だったのか。ぼくがなる前の”鮎川羽龍”を。


 確かにあいつから受け継いだのは”鮎川羽龍”の立場と、何故か家にいた憂里のただ二つだけで、その持っていた知識だとか人間関係だとか、そもそも鮎川羽龍がどういう人間だったのか、そう言った事柄に関しては一切ぼくの頭の中には入っていないことなのだけど、これは相当意外だった。


 一体どういう交友関係を持っているんだあいつは。

 メイドさんなんてものと知り合いだとか。

 ただ一つの点を除いては普通の高校生だと思っていたんだが。


「ここ最近、あなたのこともお嬢様からよく聞いていたのですよ。

 人間を寄せ付けなかったクラスメイトが最近よく話すようになってきたと」


「…………」


「おそらくはお嬢様が話題に出す中では最も多い異性ではないかと。

 ああ安心してください、人間にまで枠を広げればそれは飛倉様ですから」


 冗談めかしたような口調でメイドさんは言う。

 しかし。彼女は微笑まない。

 当然。ぼくも笑わない。


「七年前。七年前に起こった【黄昏回帰トワイライトフォール】――神秘の復活現象以来、私たちのような存在は大分暮らしやすくなりました」


 暮らしやすく。

 生きやすく、ではなく。

 今や異形や人外ですら、社会で時代なのだと。彼女は経験を告げていた。


「隠す必要はあれども隠れる必要は無くなりました。しかし。それでも。

隠されるべきものではあるままなのですよ。私たちは」


 隠されるべきもの。

 それがあるということすら社会に知られてはいけないもの。


 オカルト。


「私たちは本質的にオカルトの住人です。

 本質を見せたままで人間や社会と関わるべきではない存在です。

 それでも日常の住人であることを望みたいのであれば、その本性は秘められるべきです」


「なにを、言ってるんですかね」


 すっとぼける。

 けれど、相手が何を言いたいのかは解っていた。


「口先だけで誤魔化していれば十分であるとでも?

 あなたのその怠惰ベルフェゴール、名を冠する者としては嫌いではないのですが――」


「…………」


「私はあくまでお嬢様の怠惰をお手伝いするメイドサーヴァント。傲慢のような説教趣味ではないつもりですし、残り五体のように他人を弄びたがる放埓趣味でもないのですが、お嬢様の近くに置いておくには、お嬢様に注目される者としては、好ましくない怠惰ですから」


「…………」


「そう、名無しのあなた、鮎川羽龍ならざる鮎川羽龍」


 メイドさんの目が細められる。

 悪魔の視線がぼくを射抜く。

 そして彼女は、ねじくれた角を持った真性怪異は、



「あなたは一体、?」



 とどめの一言を口にした。


「…………」


 ぼくは何も言い返さない。

 言えるものなど何もない。

 そんなもの――ぼくだって知りたいぐらいだ。

 名前のなかったシェイプシフターに対してお前は誰なんだなんて問いかけ。

 そんな無意味は鏡にでも向けていればいい。きっと同じものが返ってくるはずだから。


「非常識の存在でありながら常識を気取る」


 誰でもない存在でありながら誰かを気取る。


「鮎川羽龍になりながら鮎川羽龍に興味を持たない」


 本来の自分自身というものを持たない癖に今演じているキャラクターに自覚がない。


「そんな在り方は――」


 誰に指摘されるまでもなく知っているけれど――


「偽物ですね」


 偽物だよね。


                    ◇


「んにゃ、どうかしたの鮎川? 浮かない表情だけど」

「なんでもないよ」


 トイレから戻ってきた宮雨はのんきな声で、張り詰めた空気が一瞬で解けた。


「丁度いいタイミングでしたねお客様。そろそろお嬢様達の着替えも終了です」

「ほーん、ちょっと長かったなー。ところでなんでわかったのメイドさん?」

「メイドの嗜み一〇八の奥義が一つ、メイド心眼の力です」

「なんでもありだなメイドさん!?」

「いえ、私などまだまだ。序列第三位はこれを超えるメイド千里眼を有しており、例え地球の裏側にいてもご主人様の行動を把握予知できるとの触れ込みです故。人間の可能性の無限大さにはこのベルヴァレイ、感服せざるを得ないものです」


 それは本当に人間なのだろうか。

 疑問を抱くぼくの前、メイドさんは扉のノブに手をかけて。


「それではどうぞご覧くださいお客様。精一杯の賞賛を彼女達に贈ってくださいな」


 開かれた食堂のドアの向こう、そこで待ち構えていた少女達の服装は、


「さあ、どうかしらっ?」


 みんな、きらびやかなドレス姿だった。


「うわぉ……」


 それっきり言葉を失う宮雨。

 隣のぼくも正直似たような反応だ。


 まず剣月さんのドレスはさっきまでのヒラヒラがついたものから、肩を出して体のラインを強調したタイプのものに。色だけが同じ深紅色。


 飛倉さんは剣月さんと同型だけども黒の色違い。多分恋人同士のペアルックを意識しているのだろう。


 名賀さんは青色のチャイナドレス。下半身の蛇体の色と揃えられていて、細身だけども出るところが出ているスタイルをことさらに強調している。


 そして委員長は、


「あっあの、あんまり見つめないでくださいっ……」


 白百合を模しているのだろう、輝くばかりの純白のドレス。


 照れる反応が面白くて凝視する。じーっ。


「ごめんなさいね宮雨くん、命令完全には守らなかったけれども許してくれないかしら」


「確かにこれは王様権限で絶対恩赦以外ねえけど、一体どこから持ってきたのよ服?」


「締めの命令で着せようと思って最初から部屋の中に隠しておいたのっ」


「しれっと最後のクジは自分が引くことを確信していた物言いですねまおりさん」


「いいえ、ただの主催者権限を使うだけよ? それは別に超能力やインチキとかじゃないわ」


 それは、と言うことはそれ以外は一体どうなんだろうか。

 そんな疑問が脳裏をよぎったが、きっと聞いてはいけないだろうというのは解る。


「さあ、何かコメントはあるかなー宮雨ー?」

「んー、あー、あー、良いんじゃねえの? 中華風? うん初体験の感覚で、うん、良し」


 そういう宮雨の視線はちらちらとスリットの方へ向かっていて。

 それに気づいた名賀さんの眼の色が、みるみるうちに変わっていく。


「……宮雨のえっち」


「いや違う違うんですよかがしさん、これは境目がどの辺なのかなって学術的興味で!」

「この前ハダカ見たでしょーがぁぁぁぁー!」

「あんなもんまじまじと観察して記憶に残してられる訳ねーだろぉぉぉ!?」


 うん、楽しそうで何より。


「どっどうですか鮎川くんっ」


 委員長が瞳を輝かせ、こちらの返答を期待している。

 その目の光を見ていると少しからかいたくなってくるけれども、流石にこれは冗談で返しちゃいけないだろう。

 向かい合い、瞳を合わせて。真正面から、ぼくは委員長に素直な感想を告げてみた。


「似合ってるよ」

「わふぅ……」


「委員長がまた倒れたー!?」

「今日ちょっと倒れすぎじゃね?」


 こうして騒がしく、お祭りの夜は暮れていく。

 その騒がしさを何時の間にかぼくは、嫌いじゃないと感じていて。


「あれ、鮎川くん、ちょっと笑ってませんでした?」

「……そう?」


 言葉にできない感情が浮かび、それをジュースで押し流した。

 日常愛好家である”鮎川羽龍”らしくない、気の迷いだと思ったから。


                    ◇


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