【日常】宮雨才史【忘れ物の話】

                    ◇


 唐突だが、人間とケダモノの違いについて考察してみようと思う。

 地球が生まれて四十六億年ぐらい、この惑星は霊長というものを生み出した。

では彼らは他の無数の地に満ちる者たちと比べ、一体どこに決定的な違いがあるというのだろう。


 道具を使う? アリクイだってアリをほじり出すのに木の棒を使うぞ?

 言葉を話す? イルカだって超音波でコミュニケーションをとるらしいぜ?

 直立で二足歩行する? いやいやそんな生物学的な話をされても困る。


 旧約聖書で知恵の実を食べたアダムとイヴが真っ先にした事はその葉で自らの陰部を隠す事だったという。すなわち人間が今の人間になるにあたって第一に必要とされた機能が羞恥心。それこそが神が人に与えるのを拒んだ禁断の果実の効能だと言えよう。


 そう、人と動物の違いは恥という概念を理解する事ができるかどうか。

 恥を感じるからこそ人は服を着て、己を高め、進化成長する事ができるのだと。

 恥を投げ捨てた人間はもはや人間足りえずに、三大欲求に従う獣の権化となるだろうと。


 それはともかく、俺の眼の前に委員長が脱ぎ捨てていった下着があるのだけども、


「うーん……」


 一体これをどうすればいいんだろうね、俺。


                    ◇


 数日前の話である。

 俺は怪物に襲われた。

 凍えるような夜の街。人の影すら無い道で。

 御伽噺から現れたような、そんな怪物に襲われた。


 詳しい話については省略する――というかそもそもよく解っていない。

今でも正直手元の証拠物件が残っていなければ夢か何かだったんじゃないかと疑うぐらいだ。


 在り得ざるものファンタジー。

 幻想のようなミスティック。

 信じ難いようなモンストラム。


 こんな時代でも常識の力というのはこうも強固であるのだと、自分の理性を確認して。


「さて、」


 証拠物件に目を向ける。

 下着である。

 ピンク色をしたフリフリのぶらじゃーとおぱんてぃーである。


 ……うん、なんか単語を脳裏に浮かべただけでちょっと引いた。自分にドン引き。

 どうしてこんな男の部屋にあるまじきものがここにあるかというと、まあ、拾った。


 怪物――ウェアウルフとの邂逅と攻撃と逃走の果て、俺は大敗北を喫した。

 完全無欠の敗北だった。若気の至りとかその場の衝動に任せる事の危険性を思い知った。

 例えそれでも後悔なんてものだけは、決してしたりはしないけれど。


 怪物に対する敗北は伝統的に死だと決まっている中で、無謀のツケを払わされることになったその場面で、俺を助けてくれたもの。

 それがこの下着の持ち主で、うちのクラスの委員長、真神はずき嬢であったのだった。


 あの夜の果て、半裸で現れた委員長は俺の眼の前で狼に姿を変えて怪物を追っ払った。

 いわゆる人狼という奴だろう。

 委員長がそうであることは知らなかったけれど、概念自体は知っている。

 そしてこの時代において、それは驚くべきことでも別にない。


 ――クウェンディ症候群という病気がある。

 イギリスかどっかで発見された最初の患者から名前をとったらしいその病気の症状は、

一言で言ってしまえば『人間で無くなる』ことである。

 蛇の尻尾が生えたり、猫の耳を有したり、人の血を吸う牙を生やしたり、そんな感じで御伽噺の亜人と化した、異形の少年少女たち。

 猫耳少年であるこの俺を筆頭として、うちのクラスには人間でなくなった連中なんてのはかなり目立って存在している。今更人狼程度でビビれる程の精神状況してないぜと。


 隠してたことの理由についても、まあ大体の予想はつく。

 つい最近までのこの町、中津国市幻燈町なかつくにしげんとうちょうは、連続猟奇殺人事件に平和が脅かされていた。

 まるで獣に食いちぎられたような、あまりにも無残な惨殺死体。

 肉食獣という存在自体に恐怖の目が向けられているような状況だったんだ、発症のタイミングによっては言い出すことが恐ろしくて、そのまま機会を逃しても仕方ない。


「人狼、かあ――」


 呟く。

 俺とかかがしとか、クラスの連中はなんだかんだで超能力じみたものとか持ってないタイプの変異だったけども(自前で持ってそうなまおりさん除く)、物理と科学に反せないナッシングオカルトだったけど、そういうファンタジックな人外もこの世にいたりしたんだなと――


「――、っつ、なんか急に頭キンときた……」


 話を戻す。

 怪物から助かった後、気づくと委員長の姿は消えていて。狼の姿もそこにはなくて。

 唯一証拠として残っていたのが、この桃色をした下着類だった。


 なんで持って帰ってきたかというと、忘れてしまいたくなかったからだ。

 怪物と戦ったという非日常は、あまりにも夢の中の出来事のようで。夜が明ければ朝日と他人がこぞって否定してきてくるような、ありえない幻に近すぎて。

 なんでもいいからあの夜は実在していたのだと、その証拠が欲しかった。


「欲しかったんだけど、何バカなことやってんだよあの時の俺……!」


 頭を抱える。幾ら何でもこりゃねえわと、今更ながらに後悔全力。


 何と言っても下着である。よりにもよってそれである。

 いやさ俺だって好きか嫌いかで言ったら好きだよ? だけどこんなもの集めて持って大事にするのは変態以外の何物でもないわけだよ? 背後の本棚にある半裸の少女がキャッキャウフフする本の山は無視しろ。二次元と三次元は別物だ。それを理解できずに二次元は危険だとか騒ぐ連中こそ二次と三次の区別が付いていないと学ぶべきだと思うのだが閑話休題。


 とにかく健康的な男子高校生の部屋において、女性の下着というものは一種の生物兵器にも等しい。生理現象の暴発を招いたりしかねない。バイオハザードマークをつけて、コンクリートに漬けこんで、海の底へと沈めておきたいシロモノである。


 一人で持っていてもそうだというのにこれが家族に見つかった時にはもはや終末の喇叭が鳴り響く。家族会議で冷めた視線を向けられ続けたその後で、ヒエラルキーが最下層まで急低下。果ては家から追い出され、一人暮らしを余儀なくされたりしかねない。料理ができない俺にとっては死刑宣告にもほぼ等しい。


 だから処理する必要があるのだが――どうすりゃいいんだろうねコレ!(二度目)

 こんな危険な物体を持ち歩くとか俺の精神絶対持たねえ。まだ爆弾を持ったままで歩き回れと言われた方が精神的にラクだと思う。このご時世人の目かなり厳しいからなー……!


「とりあえず、仕舞いなおすか……」


 恐る恐るそーっと、危険な薬品の入った試験管を摘もうとするように手を伸ばした時、



「兄貴ー、ちょっといいー?」

「ごっばああああああああっ!?」



 弟襲来。死ぬかと思った。


                    ◇


 とっさの動きで危険物の上へと移動して、体を張って弟の目から隠すことには成功。

 心臓をバクバクさせながら、ブラザー相手に会話である。


「いいい一体どうしたんだよ我が弟ー?」

「や、漫画の続きを借りに来ただけなんだけど……どうしてそんな半裸で雪原に出たかのような微細動してるわけよ兄貴」

「冬だからな! 寒いんだよ!」


 ごまかす。実際俺は寒いの苦手な方なので、あながち嘘でもなかったりする。

 猫だからな! 童謡で歌われているようにこたつで丸くなりたい結構!

 一方でかがしの方は雪とか降ると喜び駆け回るタイプで、寒さで朝起きれなくなるクセに一度目覚めると寒中マラソンとかよくやっていた(そして俺が付き合わされた)。

 ……この辺は多分もう全て、過去形で語るべきことなんだろうけど。


「ふーん。とりあえず探してる巻取ってくよ」


 おーう、と適当に声かけて見送ろうとして、ふと気づく。


 ――そこの本棚、秘蔵のえっちな漫画適当に挿したままだった。


「うらっしゃぁぁぁぁぁ!!!!!」


 だから跳んだ。

 全力で飛び跳ね着地しスライディング。

 勢いをちょっとつけすぎて、足がぐきりとなったけど、涙を堪えて我慢する。 


「おおっとォォォォー! 次は7巻でよかったんだよなーっ!?」


 ありがとう猫の瞬発力。一瞬で本棚のとこまで移動できたよ。


「いや確かにあってるんだけどどうして今日はそんな親切なんだよ兄貴?」

「親切な兄心だよ言わせんな!」


 照れ隠しを装いながら、首をかしげる弟めがけ7巻を投擲。受け止めた直後の隙を狙って速攻で秘蔵のブツを本の列の裏にしまいこむ。隠蔽完了。ミッションコンプリートっ……!


「へーそう。サンキュー兄貴」


 感謝の意を表すためにか、弟の頭が下に向く。

 当然目線も下に向く。

 順当に下げていったら、その直線上にはもう一つの危険物パンティーが………!


「うらっしゃぁぁぁぁぁ!!!!!」


 だから跳んだ。

 全力で飛び跳ね着地し腰を落とす。

 勢いをちょっとつけすぎて、挟んだ尻尾がかなり痛むが、涙をこぼして我慢する。


「ハ、ハハハ、兄の優しさに感謝感激するといいわマイブラザー」


 ありがとう猫の瞬発力。弟が気付く前にポジションランバックできたよ。


「感謝はするけどなんで今日そんなに挙動不審なの兄貴?」

「体温で温めてたところに戻りたかったんだよ! 寒いからな!」


 しかし体で温めてた下着の上に陣取るとか言葉にすると凄い変態感パないな今のシチュ! その熱発生源が自分の体温であるところにはエロスの欠片も全くないけど!


 ……いや、これはちょっと新しいシチュエーションかもしれない。

 『君の熱で私の服を温めて……』と潤んだ目で見上げる少女――うん、萌える。


 ときめきかけたところで、この状況信長と秀吉の逸話じゃねえかと気づいて我に返った。

 一体どこまで俺たちの萌えを先取りしているんだ歴史の偉人……!


 歴史の奥深さに打ちのめされている間に弟は部屋を出て行って。

 それを確認した俺は、一人大きくため息を吐いた。


 ……とっとと返そう、これ。あまりにも危険物すぎる。


                    ◇


 というわけで翌日の学校である。

 危険物体アンタッチャブラーは古新聞とガムテープで厳重に縛って全力で存在隠蔽。

 あとはこの謎の小包を委員長に届けるだけ、だったのだ、が……



(タイミングがねええええ!!!)



 叫ぶ。もちろん心の中で。

 登校時にかがしさんが傍にいたため危険物を取り出すチャンス無し。

 授業中は以ての外で休み時間の間も本日は移動教室多めで機会無し。

 昼休みはいつものメンツと弁当を食っていたので渡せる可能性無し。


 あっれー、特定の相手と二人きりになるのってこんなに難しいことだっけ……?


 首をひねりながら時計を見る。

 時刻は六限目終了で、残すは掃除の時間ぐらい。掃き掃除のために机を動かす音が教室のそこかしこから聞こえて来る。床と机の足が擦れる音が猫の耳にもやかましい。

 委員長の方へ視線を向ける。今週掃除当番でない彼女はてきぱきと教科書類を片付けて、帰り支度を進めている。自分も当番ではないので今から話しかけに行けばいいんだが、


 ――やべえ。切り出し方がわからねえ。


 学校という空間において異性に対して話しかけるのは非常に高い精神力とテクニックを有する。

 これはもはや太陽が東から昇るぐらいの一般常識。知り合いしかいない共有空間という場所では、一挙手一投足がどう思われるかを意識して動かないといけないハードモード。


 普段よく話すかがしさんは関係周知されてるんで誤解されないから問題ないが、委員長はまだそこまで近い関係って程でもないんだよな……かがしの友人って位置づけだから結構まだ間接的。そのぐらいの距離感の相手に対してワンオンワンで話しかけ、しかも怪しい小包をプレゼントパスとか、ちょっと立ちかねない噂が怖い。


 ついでに言うとその場で小包を開けられてしまう恐れだとか、誤解した委員長が急に大声でお断りの表明をしてきたらどうしようだとか、不安は山ほど積み重なって。

 ああ、なんでこんなに悩まなきゃいけないんだろうね。


 まるで呪いのアイテムだ。装備したら教会に行って解呪してもらわないと外せないタイプのカーストラップ。神社の方じゃダメですか。それなら近くにあるんだけども。


「あ、」


 俺がアホなことで悩んでいると、委員長が机を離れた。

 まずいこのままだと帰られる、と思ったのもつかの間で、彼女が次に取った行動は、俺の予想外のものだった。


 こちらの方へと早足でつかつかと歩いてきて、そして、


「み、宮雨くん、ちょっと話したいことがあるんですけどついてきてくれませんかっ」

「……へ?」


                    ◇


「この前の事、宮雨くんは覚えてますか」


 連れられてきたのは学校の中庭。

 フェンスから差し込む西日を背負い、委員長は俺に問いかけた。

 周囲に人の気配はない。学校という空間の中において、ここは間違いなく特異点。

 日常から一歩外れた場所で、ジュブナイルの始まりを幻視した。


「……てことは、やっぱりあの夜は夢とか嘘とかじゃない訳か」


 呟く。それに反応して、委員長も小さく頷いた。


 心臓が高鳴る。

 俺だってやっぱり少年だもの、オカルトワークを夢見ることはたまにある。

 街を脅かす異界の住人、詠唱から放つ光弾、闇夜の帳に隠された、世界の秘めた真実を。

 これこそが俺の人生のスタートなんだと、大きな話の始まりを、否が応にも期待する。

 連続怪異殺人事件だとか、二足で歩く狼だとか、あんなものはただのプロローグにしか過ぎなかったのだと、そんな高揚を胸に抱いて。


 だから尋ねた。


「それで委員長は一体何者なんだ? 世を守る秘密機関の超能力者!異世界から怪物を追ってきた魔法少女! それとも代々妖怪を狩る使命を持った旧き家系の末裔とか!」


「すいません、どれでもないです……」

「えー」


 うん、なんとなくわかってたさ。


                    ◇


「なんつーか、知らないとこで色々あったんだな」


 一通り話を聞いた後で、俺はしみじみと感想を漏らした。


 悩み続けていた秋の日々。

 救いがやってきた冬の始まり。

 夜道での出会いに救われた事に、ウェアウルフとの対峙と覚醒と。

 委員長の語ったここまでの話は、なるほど確かに大変で。

 語る言葉の一つ一つ、見せる表情一つ一つ、様々な感情が乗っていた。


 特に鮎川に相談に乗ってもらったくだりは、綻ぶような笑顔を見せて。

 これはフラグは無さそうだなと、わかっちゃいたけど寂しくなって。

 寂しいけれど悔しくないぞと、自分で自分に言い聞かせてみる。


「なんつーか、気まずいな……」

「?」

「ああいやなんでもないこっちの話」


 まただ。また、これでいいのかという思いが、心の中から滲んでくる。

 誰もが誰もで大変なんだという常識は、言葉の上ではわかってる。

 けども実際に聞いてみると、自分なんかの毎日とは、比べ物になんてならなくて。

 自分の普通を平穏を幸福を、引け目に思うこの罪悪感は。

 人狼と戦った経験程度じゃ、やっぱり振り払えなんてしなかった。


「てか、委員長もあれがなんだかよく解っていないのか」

「そうですね……倶猛先輩だと気付いたのも、直感のおかげみたいなものですし」


 二人で同時にため息一つ。

 非日常の夜の出来事はこうやって謎を残して過ぎ去ってく。

 なんていうか巻き込まれた一般人Aの思い出みたいな展開で、お前は主役でないのだと、天のどこかで見下ろす誰かに笑って宣告されるような、そんな不満がわだかまる。

 そういうものが現実なんだと、知ったふりした大人たちは諦めたように言うかもだけど。


「で、委員長は俺に何をして欲しいわけ?」

「わにゃっ?」


 俺の訊ねに、委員長は眼鏡の奥の瞳をぱちくりさせて。


「わざわざ人目を避けてこんな場所に連れてきたってことはなんかあるんだろ、頼み」

「そ、そうですねっ。本題はそっち、そっちでした」


 あたふたする委員長を前に、腰に手を当て胸を張り、


「さあ望みを言え委員長ー、どんな望みでも聞くだけだったら聞いてやろうー」

「き、聞くだけなんですか!? 叶えは!?」

「いやまあそりゃモノによるとしか言いようが。ギャルのパンティぐらいなら渡せるけど」

「も、貰っても困りますっ」


 本気できゃーとか叫びそうな反応を返された。

 おっかしいなあ、このネタひょっとして女子には通じないのか……?

 性別間ギャップに頭をひねる俺だった。


「それでですね、お願いなんですけど、このことはみんなには黙っていてくれませんかっ」


 半分泣きそうになりながら懇願してくる委員長。

 鮎川が結構ドSな対応してる理由、あー、これなんとなくわかっちゃいそうだわ。


「別に構わねえけどさ。どーせ信じてもらえそうにない話だから言いふらす気にゃなれねえし。

もちろんネットに書き込んだりもしねー」


 だけど、


「『このこと』ってどこまでの話のつもりよ委員長」


 ウェアウルフに襲われた夜のこと。それを誰かに話すつもりは、当然俺には毛頭ない。

 あの特別な時間のことは、迂闊に語って誰かの笑いで汚されたりしたくはないからで。

 しかし、そう思うのはその事だけだ。

 委員長が人狼であることも秘密にしなきゃならないのかと、そういうことを聞いている。


 何故ならクウェンディ症候群は、幻想の病であっても病気だから。

 食生活が変わったり、出来てた事が出来なくなったり。気づかない問題はあちこちに。

 夢希望だけではできていない、日常を蝕むただのイルネス。

 病を押し隠し生きるのが美談の形をとれるのは、ただ物語の中だけで。


 だからこそ問う。黙っていてほしいのは、一体どこまでの範囲なのかを。


「……全部です。私が人狼であることも、鮎川くんに相談に乗ってもらったのも、全部」

「そっか」


 頷く。

 そういうことを黙っておきたい気持ちの方は、俺にはよーくわかるわけで。

 秘密の一つや二つぐらい、心に抱えておきたいよなと。非常識であるなら尚更に。

 少なくとも、あの夜の闇を駆け抜けた経験はちょっとぐらいは俺の心の支えになりそうで、それは汚されたりしないまま、自分の芯として持っておきたい記憶なのだ。


「それじゃあ委員長に応援を兼ねて一つプレゼントを送ってやろー」


 カバンの中に手を突っ込んでごそごそとし、危険物体の包み紙を取り出す。

 そしてそいつをそのまま委員長の方へパス一つ。


「?」

「この前の忘れ物。具体的に言うとギャルのパンティー」


 それを聞いた委員長は、顔を真っ赤に染めながら、小包と俺へ視線を交互に動かして、


「ななななんで持って、忘れ、あの時、あっ、わふぅ……」


 処理能力が暴走したのか、爆発してぽけーとした顔になる委員長。

 うん、ごく自然な流れでミッションコンプリートである。


「一応ここで開けたりすんなよ? 誰かに見られたら死ぬ。俺が」

「あ、ひゃい大丈夫れす!」


 処理能力が回復しきっていないのか、舌ったらずな口調で返答する委員長。

 さっきから相手の嗜虐心をくすぐりまくってるけども本当に変な人に目をつけられたりしないか心配になるなコレ……。


「んじゃあこの辺でまた明日と行こうじゃない委員長。内緒話は自分の心の中に抱えてさ、

日常の中で生きる力に変えておこうぜー」


 軽く手を振る。

 委員長は何度も頭を下げながら振り返り振り返り去って行って。

 中庭に一人残された俺は、小さい声で呟いた。


「……人狼、ねえ」


 狼っていうよりも、駄犬って言った方が近いよなあ委員長のキャラ。

 気高さよりも愛らしさ。野生性よりもペット性。愛玩動物。チワワやプードル。

 だけど俺は知っている。

 あの時に町を襲う怪物に立ち向かった、彼女の格好いいとこを。

 友人のそれを自分一人だけが知ってるなんて、なかなか素敵なシチュエーション。


「……ん? ……ペット?」


 思い出すのは数日前の会話。

 かがしが言っていた鮎川家の犬。

 狼は犬の仲間という一般的な常識。

 会わせるのを執拗に拒否していた鮎川。

 人狼。

 気づいてはいけない何かの答えが、脳裏で像を結びそうで。


「――よし! 考えるのやめよう!」


 声に出す。

 出てきた答えは忘却に沈める。

 日常を平穏に回し続けるためには、考えてはいけないものもあるのだと。

 一つ学んだ俺なのだった。


                    ◇


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