2巻目 〜ヴァンパイア・クリスマス〜

【まえおき】【春の終わりと年の終わり】

                    ◇


 私は私の虚無を知っている。


 夢がない。願いもない。昨日が今日で今日が明日、代わり映えしない退屈な日々。

 魂は日に日に膿んで行き、人生の意味など感じられない。

 輝けるものなど私には縁遠いと思っていて、愛おしいものなど自分に出来るとも思っていなくて、自分自身が何者かになれるという思いさえこの手の中には存在しない。


 いずれ来る将来だとかいう時間に対してビジョンなんてものは微塵もなく、このまま街を歩く塵の欠片たち同様に、システムを廻す歯車たちと一緒に、何が幸福かも忘れてしまった灰色の大人たちになってモノクロームの社会を生きていくんだろうなと感慨もなく信じていた。


 隕石が落ちてきたり生きる屍たちが徘徊するようになって、ぱーっと終わってしまったりしないかなあなんてそんなスーシディアルな気持ちを抱いたりもしていた。


 価値があると思えるものが、この世界のどこかにあるだなんて信じてなかった。

 生に意味なんてないように、死にも意味なんてないと思っていた。


 なんて滑稽なおめでたさ。

 どこまでも虚無的な薄っぺらさ。

 あまりにも冒涜的すぎる愚かしさ。


 擦り減らされて擦り切れていて、ただうっすらとぼんやりと、意味ある終わりだけを希求していた。抱いた虚無に飽き飽きしていて、終末を告げてくれる何者かを求めていて、しかし求めるだけで手を伸ばしたりするような行動に移すことは微塵たりともしなかった。


 運命から見放されているんだろうなと勝手に思い込むような真似していて、奇跡に出会ったりすることなんて最初の最初から諦めていて、リビングデッドのような毎日をただ漫然と過ごす循環機械のような日々を送っていた。


 終わりが欲しかった。私の存在に意味はあるのだと思わせてくれる、最期の瞬間まで自分の価値を信じさせてくれる、そんな輝かしく幕を引いてくれるような本物に出会いたかった。

 そんな自殺志願にも似た贅沢を諦めていたある春の終わり、


 私は――本物である彼女と出会った。


                    ◇


 冬が始まり、近づいてくる年の終わり。

 その時ぼくらが何をしてたかというと、なんてこともない、日常を普通に過ごしていた。

 普通に学校に行って、普通に授業を受けて、普通に家に帰って宿題をして普通に寝る。

 それをしているのが蛇の尾が生えていたり猫の耳を有していたり、人の血を吸う牙を持っていたりする異形の少年少女たちというだけで、日々の中身の内訳は、全国各地津々浦々、わざわざ探すまでもなくあらゆる高校の周辺で見て取る事ができるだろう。


 あまりにも常識的なステレオタイプ。

 どこまでも見慣れ果ててるテンプレート。

 自然に毎日行われていてぐるぐる回るルーチンワーク。


 しかしどこででもある事だからといって、代わり映えがしないと言うわけでは無い。

 ハレとケと言う言葉があるように、続くケの先にハレはある。

 それは人が意識を改めるための区切り線。騒がしい祭りが待っているからこそ人はそこを目指して日々の退屈に耐える事ができるんだよと、フォークロアなら言うだろう。


 つまりは年末年始が来る。


 聖人の生まれた祝いから始まって、年越しの祭りに年明けの祈願。七草を啜り鏡を開き、走り回るようなハレの日々が、立て続けにこの国に押し寄せる。

 それは一種の非日常。ぼくと対極のあいつが望んで、つまりぼくが疎むもの。


 年の巡りに意味を見出すのは人間だけだ。

 人間以外の生き物は、獣も虫も植物も、西暦の数値なんて気にするまい。

 ならばそれに意味価値を抱かないぼくは、ああ、確かにこれは人でなしかもしれなくて。

 偽物だよね、と呟く自嘲も、きっと年の瀬とともに流れてく。


 それでは物語を始めよう。

 舞台は師走の終了間際。騒がしく回る冬空の下。

 多分どこにでもあるような、年末年始の話をぼくらは語ろう。



                    ◇


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