第7話
ヒントは得られた。
山本秀には腹違いの妹がいること。
ユカに旅行にいかないかと誘っていること。
そして他の人間にも同じような誘いを申し出ていること。
このすべてを組み合わせられれば真実にたどり着くだろう。
資料を集めに事務所へと向かう。
「あれ犬飼さん? 今日は早いですね」
普段は山本とガールズバーに行っているため事務所に寄ると深夜になる。
だが今日はユカと会っただけなので早かった。
灰屋は不思議そうな顔でこちらを見つめる。
「資料を探しているんだが」
「ああそれならこっちですよ」
分厚い紙の束が手渡される。このすべてに目を通したがまだ確認が済んでいないところがあった。
「山本の妹の唯について詳しく知っている人間はいないか」
「親御さんの話を聞いてみる気になったみたいですね」
灰屋は手早く資料から連絡先を探しだしてくる。
「住所はここからは結構離れてますね。二時間以上かかりますよ」
そうなると今日はガールズバーには付き合えない。
「山本に連絡するか」
「それがいいですよ。彼も期限が迫ってきて焦っているはずですから」
それには同意しかねるが彼の言うことには一理ある。
「今はちょうど授業終わりか」
腕時計で時間を確認して事務所の電話に手を掛ける。
これから同期と飲み会でそのあとガールズバーに行くはずだ。
そういうことで山本に電話を掛ける。
「もしもし犬飼だ。悪いが今日は警護に向かえない」
「ああ大丈夫ですよ。さすがにちっちゃい子供でもないので」
その言い方に若干腹が立ったが自分の行動が明るみに出ては山本に対策をとられてしまう。もしかしたらユカ経由でばれているかもしれないが一応念のためだ。
「しかし珍しいですね犬飼さんから連絡だなんて。今日は嵐でも来るかな」
どこか機嫌良さそうに答えるさまは相変わらず憎らしい。
だがこちらも大人なのでいちいち腹をたてるわけにはいかない。
「そういえばユカと会ったらしいですね」
何気なさを装って単刀直入に聞いてくる。
「ああ。それの何か悪いか」
「悪くはないですよ。でも俺に隠れてこそこそとしている犬飼さん想像したらおかしくて」
余裕綽々の彼に対していうことはなかった。これ以上反応したら彼の思う壺だ。
「ろくでもない男と付き合うとろくでもない目にあうらしいですね」
犬飼の言った台詞をそっくりそのまま言ってきた。
「別に俺の思ったことを素直に言っただけだ」
「ばか正直に話すユカもユカだけど」
どうやらあのあと山本に泣きついたらしい。
想像していないわけではなかったがいささか気まずい。
「ユカにはあとで謝っておく」
「もう二度と会いたくないそうですよ」
ふふっと愉快そうな口調でそう告げる。
精神的に幼いユカの発言とはいえ女性一人にこんなに嫌われるとは思わなかった。
「あんたに言いつけるくらいだから俺の動きぐらいわかっているんだろう」
「どうでしょう。俺は全く見当がついてませんよ」
のらりくらりとかわされる。
「とにかく今日はガールズバーには付き合えない。わかったな」
「はいはい。どうせユカも今日は出勤しないから大丈夫」
それはどういう意味だろう。
山本はそういうとすぐに電話を切った。
「あれ? 彼とは連絡取れましたか?」
「ああ。だが気になることが出てきてな」
事務員である灰屋に助けを乞うのは違う気がする。
犬飼は自分の考えを確かめるようにひとつの結論にたどり着く。
「脅しの期限まであと一週間だろう。そろそろ動き始める頃合いだろう」
それは考えてみれば単純なことだった。
山本を中心にして考えるから余計わからなくなるのであって別の人物を軸におけばすぐにわかることだった。
「大事なものを失う、か」
それは何かのシグナルのように思える。
「犬飼さん、俺にもわかるように言ってくださいよ」
灰屋は不服そうだった。
「悪いな。あとから確認したいことがある。俺は山本の妹の家に向かうからおいおい連絡する」
「まったく秘密主義者は困りますね」
やれやれと肩を竦める灰屋の頭を小突く。
「先輩の言葉はありがたく受けとるんだぞ」
「はいはい。わかりましたよ」
全然納得していない声音でそう告げる。
「くそう。羨ましいなあ。俺なんで事務員やってるんだろう」
「事務仕事も立派な仕事だぞ」
「でも犬飼さんが面白いことやってるのに俺は指咥えて待ってるだけってつまんないです」
頭をガシガシとかきむしりながら灰屋はこちらを見る。
「大丈夫だ。すべてが終わったら話してやるよ」
「それって今じゃダメなんですか」
「孫子も言っただろう。したっぱにはむやみに情報を与えてはいけないって」
「俺ってしたっぱ扱いなんですか」
「羨ましかったらこれから成長しろ」
「成長って……。これでも頑張ってるんだけどなあ」
犬飼はニッと笑って事務所を後にする。
種明かしはこれからだ。
その前にできることからやってみる。
それが解決への近道だから。
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