第6話

ユカと会う約束をした。場所は都内の喫茶店。よくあるチェーン店ではなく古くからある純喫茶だ。

小さくて堅い椅子に腰掛け相手が来るのを待つ。

「お待たせ犬飼さん」

露出の激しい服装をした少女が手を降る。どうやら待ち人のおでましらしい。

「それで聞きたいことって」

「山本秀のことだ」

当然と言えば当然だが一応それが目的なので単刀直入に言う。

「彼が君の勤めているガールズバーに入り浸っている理由を聞きたいんだ」

「ああそれねえ」

ユカはグロスのついた唇でカフェオレを飲む。

「私が知っていることはあんましないよ」

あんなに親しげにしていたのだからそれは嘘だ。山本に口止めでもされているのか。

「ううん。秀さんに直接聞いた方が早いと思うけど」

「彼と付き合っていると埒があかないから君に当たったんだよ」

「意外と直球だねえ」

犬飼がまっすぐに彼女の瞳を見つめるとユカは笑う。

「犬飼さんはどこまで知ってるの?」

「彼が大企業の幹部の御曹司ってことと腹違いの妹がいるってことくらいか」

「ふうん」

彼女の視線が鋭くなるのを感じた。まずい。仮に妹とはいえ他の女の話はいけなかったか。

「そういえば君は家族は?」

「急に話を変えるね」

ふふっと笑いユカはストローをいじり始めた。

なにかをごまかすときのしぐさだ。

「そのようすだとあまり聞かれたくない内容か」

「うーん別にそういう訳じゃないけど」

なにかを考えているのかどこか上の空だった。

「いるにはいるけど仲は良くないかな。私ってこの性格でしょ。だから親とは喧嘩ばっかり」

確かにガールズバーで働いているということを知ったら両親も喜びはしないだろう。

「地元を出るときはこんなところ出てってやるって感じだったけど急に懐かしくなったりするんだよね」

そうやって笑う姿はどこか寂しそうだった。

彼女はまだ子供だ。一丁前な口を利いて自分で食いぶち稼いでいたとしてもまだ精神的に幼いのだろう。

「私も自分のこと話したんだから犬飼さんも話してよね」

意趣返しとばかりに話の矛先を自分に向けられる。

「参ったな。俺の話なんて聞いたって面白くないぞ」

「大丈夫大丈夫」

仕方がないので自分の身の上話を話す。地方出身で18歳となった年に上京したこと。その後ふらふらと生活していたこと。最終的に今のカード会社に勤めていること。

「ふうん。結構波瀾万丈って感じだね」

ユカは飽きると思ったら意外と熱心に話を聞いていた。

「俺の話なんてつまらないだろう」

「そんなことないよ。それに私秀さんから探ってこいって言われているし」

どうやらユカは犬飼と会うことを彼に報告していたらしい。

「山本はどう言ってたんだ?」

「内緒」

口の前で人差し指をたてるしぐさでこれ以上は探れないなと悟る。

「まあ口では文句言いつつ犬飼さんのことは認めているみたいだよ」

それは喜ぶべきことなのか。内心複雑だったが話の続きを聞く。

「あいつ人をなめた態度だから誤解されないか心配だな」

「へえ犬飼さんでも人のこと心配するんだ」

ユカは意外そうな顔をする。人を冷血漢のように言っている山本が憎くなる。

「一応護衛対象だからな」

「本人に言ってあげな。喜ぶから」

山本のことだから気持ち悪いとかいいそうだ。

「喜ぶはずないだろう。いつも野良犬でも見るような目で見てくるんだぞ」

「それはポーズだよ」

どういうことだろう。

「秀さん人あしらいがうまいから普段は人とぶつからないことの方が多いよ。それをわざわざ文句言うんだから気に入ってるんだよ」

「好かれても手の内明かしてくれなきゃこっちは仕事にならない」

「それを探すのが犬飼さんの仕事だよ」

年端もいかない若い女になだめられるのはいささか居心地が悪いが仕方がない。

「嫌な仕事についたもんだ」

やれやれとため息をつき懐からタバコを取り出そうとする。

「ストップ。私タバコ嫌いだから」

喫煙家には肩身の狭い世の中になったもんだ。

「今ちょっとムッとしたでしょ」

「してないよ」

手をヒラヒラとふる。まるで山本になったかのようでシャクだが相手の機嫌を損ねるわけにもいかない。

「だんだん秀さんににてきたね」

「類は友を呼ぶとかいうんじゃなぞ」

山本の同じカテゴリーには入りたくない。

「ははっ。犬飼さん、秀さんとあの娘以上に仲良くなれるかもね」

あの娘? どういうことだろう。

犬飼が疑問に思っていると彼女は失言に気がついたのか急に慌て出す。

「今のナシ。忘れて。私が秀さんに怒られちゃう」

彼女が指している女性の名前が気になったがそれ以上は詮索できそうになかった。


「それよりさあ。秀さんがタイに旅行にいこうって言ってるけど犬飼さんおすすめある?」

「寝釈迦仏のワットポーとか初心者にはいいんじゃないか」

犬飼自身行ったことはなかったが知り合いに行ったやつはいる。当時は適当に話を聞いていたのでうろ覚えであったが。

「出店で買い物もいいよね。秀さんと旅行楽しみだな」

わざと明るく振る舞っているがその顔にはどこか不安の色があった。

「そういえばその旅行って何人で行くんだ?」

「……二人きりだよ」

よどんだ口調でそう告げる。

「そうなる……はずだって信じてる。秀さんああだからいろんな人と旅行に行こうって誘ってるみたいなの。仲のいい男友達だけじゃなくて全然知らない女友達まで」

不安の原因はそこにあったのか。犬飼にしてみれば彼の行動は不思議ではないが山本にぞっこんのユカは不安で仕方ないのだろう。

「ろくでもない男とつきあうとろくな目に遇わないぞ」

「秀さんはそんな人じゃないよ」

犬飼が注意しても恋は盲目。効き目ナシだった。

「もう帰るっ」

先に店を出ていってしまった。

まさかこんな些細なことで怒るとは思わなかった。

だけどヒントは得ることができた。

「支払いは……自腹だよな」

犬飼は自分の寒い懐が更に寒くなるのを感じながら会計を済ませた。

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