第5話

「で、犬飼さん今月までに坊っちゃんのトラブル解決しそうですか」

事務所に戻ると清貴が話しかけてくる。

「毎日大学とガールズバーをはしごするだけの生活で解決には時間がかかりそうだ」

「それは苦労しますね」

青年はささっとコーヒーの準備をしてくれる。

「さあさあお疲れなんだから早く飲んでください」

「悪いな。お前も仕事があるのに」

そういうと清貴はニッと笑う。それを見て山本の表情がダブる。

「お前くらい真面目なやつだったら今回の件も苦労しないんだろうけどな」

「俺珍しく誉められたかも」

犬飼の言葉に喜びを隠せない清貴だった。

「それで山本の資料、まとめてくれたか」

「もちろんですよ。こちらをご覧ください」

興信所の真似事ではないが人となりは調べてある。親が大企業の幹部であること以外に中学・高校の人間関係や過去の女問題まで幅広くまとめてあった。

「しかしあれだけ派手に遊びまくってトラブルが少ないっていうのも意外だな」

「その辺はきれいに片付けたようです」

親が交遊関係でトラブルを起こしているらしく山本はそれから学んだらしい。

「しかし山本家は荒れてますね」

勝手に部外者に資料を見せていいか迷ったが清貴のことだ。見た目のチャラさに反して根は真面目だ。彼なら見せても構わないだろう。

「父親は二度の離婚を経験しているし山本の現在の母親はたったの十歳違い。これじゃ彼が遊ぶのもわかる気がしますね」

「ん?その辺りを詳しく教えてくれ」

山本家の男女関係の派手さは聞いていたがそこまでとは知らなかった。

「山本の父は三回結婚しているんですよ。それで一番最初の奥さんとの子が秀ってことですよ」

「じゃあ他の兄妹はいるのか?」

もしかしたらこれが解決の糸口になるかもしれない。

「はい。二人目の奥さんとの間にはもう一人妹がいます。年はそんなに離れていないはず。最初の奥さんに浮気がばれて離婚したみたいですから」

それだと思った。山本はなにかを隠している。それを暴くにはまず周辺に探りを入れるしかない。

「妹の名前は唯だそうです。今年で十八才になるそうですよ」

彼女がなにか大切な情報を握っているとしか思えない。

「ありがとうな灰屋。これで攻略できそうだ」

「感謝されるのは嬉しいけど犬飼さんも体に気を付けて」

そういうと清貴はまとめた資料のコピーをとってくれた。

「とっかかりができたのはいいけどこの資料俺がまとめたんですからちゃんと読んでくださいね」

あまりの分厚さに驚いたがこれも仕事だと思えばなんとかなりそうだった。

とそんなときだった。あの男がやって来る。

「仮屋さんチーッス」

「ああ灰屋か。それに犬飼まで」

男はにやりとする。犬飼の直属の上司でありつかみどころのない男はコーヒーをすすりながら二人を眺めている。

「今回の件はややこしいことになりそうだな。金を支払わせた方が丸く収まるはずだぞ」

「ですが依頼人がそれをする気がさらさらないようだ」

犬飼が報告すると男は愉快そうに笑った。

「そいつはおかしい。父親からは息子はどうなったかと俺に相談が入った」

自分が担当なはずなのに上司に仕事をされるとはふがいない。

犬飼は複雑な気分になったがすぐに切り替えることにした。

「なんでも仕送りを減らすとか言っているそうですよ」

「それは今回の件で息子に金を前もって渡していたそうだ」

見放されていると思っていたがトラブルを避けたいのか山本の父は早めに対策を高じていたらしい。

だが山本がその感を別のことに使っていたとしたら。

「その話聞いてないですよ」

「俺も今話したからな」

飄々とした様子で犬飼の不満を無視する。こういう人間が出世するのだろうなとひとりごちる。

「これからの山本の動きに気を付けろ。あいつなにか企んでるぞ」

「言われなくても気を付けますよ」

犬飼が反抗的なのがおかしいのか仮屋は楽しそうだった。

「お前のふだんしている仕事とは違うから戸惑うはずだがちゃんと始末はしてくれよ」

今月末までに金を支払わなければ大切なものを失う。

それがなにかわかっていれば苦労はしないのだが。

「じゃあ俺はこれから仕事があるから。お前たちは資料の読み込みがんばれよ」

そういうと素早く去っていった。

「なんだか嵐が来そうだな」

「俺も同感です」

仕方がないので山本の女性関係を改めて調査してみる。

だが数があまりにも多いので怨恨の線は弱そうだった。

彼はつきあう女性の数は少なくどちらかというと軽く遊ぶような関係を好んでいるようだった。

「この間のガールズバーのユカに話を聞くか」

そうと決まれば事前に交渉して山本の動きをチェックしてもらうことも出きる。

「犬飼さんガールズバーですか。羨ましい」

「バカ、ただの仕事だよ」

清貴が茶々をいれる。犬飼としては若い女性の話につきあうのは疲れるのであまり薬毒とは感じなかった。清貴もそれを念頭にいれているのだろうが。

「これから仕事だ。事務所は任せたぞ」

「はいはい」

今日は雨が降る。濡れ鼠になる前にユカと会えればいいが。

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