第4話

 山本秀の身辺を調査することになった。というよりはすることにした。

 彼の言葉からは危機感が皆無であったことが主な理由だった。


 端的に言えば情報不足。無責任な大学生の警護を任されたとはいえ、流石になにも知らない状態で仕事をするわけにもいかない。そして大事なものを失うというのに悠長な態度と親に見放されているのに気にしない度胸。呆れてしまうほどの度量の大きさに犬飼はため息が出てきそうだった。


山本の生活は単調だ。朝に弱いのか一限の授業には出席せず午後になると取り巻きと飲み会を開く。そこには多数の女も集まっていて犬飼の頭痛の種だった。

彼女たちは山本の本命になろうと躍起になり牽制を続けていたのだ。詳しい話を聞けば女たちの機嫌を損ね気まずい思いをしたのは何度かある。


「これじゃ本業がなにかわからなくなるな」


ひとりごちるが誰も反応しない。


「今日はガールズバーでお楽しみか」


男がどこにいこうと口出しをするつもりはないが爽やかなルックスの山本がちやほやされたいのは意外だった。

黙っていれば美形で金持ちの御曹司ということで女には困らないはずだ。

それがどうしてと疑問に思ったがわざわざ面と向かって聞くことではないはずだ。


「あら犬飼さん、いらっしゃい」


ガールズバーの近くで山本の足取りを追っていたところを幸か不幸か従業員に見つかってしまう。山本は常連なので事情を説明して待機させてもらったところ気の毒がられたのかこうして話しかけられることが多い。


「ミキさん、すみません」

「いいのよせっかくだから入らない?秀君も中で飲んでるから」


彼女は扉を開けてくれるのでそのまま好意に甘えることにした。

といっても経費で落ちないので犬飼の自腹であったが。


「ユカちゃん、今日はどう?」

「どうってざっくりした質問だね秀さん」


山本はユカという名前の女子大生に相手をしてもらっていた。

どことなく幼い雰囲気のある女性だった。


「うーん今日は大学一限から出席するのが本当辛かった」

「あー俺もそうだったわ」


本当は出席してもいないのに適当に話を会わせる姿にため息が出てきそうだ。


「ねえ犬飼さんだっけ?今日は飲まないの?」

「仕事があるので」


途中店員が気を使って酒を勧めてくるがここは烏龍茶で我慢した。

なにもないよりはましだと自分自身を納得させる。


「まーた来てるよ犬飼さん」

「声が大きいよ秀さん」


わざとらしくこちらに視線を向けて茶々をいれる。

いちいち反応しているわけにもいかないので無視しておく。


「なんかあの人俺のボディガードかよってくらい近くで控えているんだよね」


そういうとユカは楽しそうに笑う。


「ちょっと秀さん言い過ぎ」

「いいじゃん。俺も結構ストレス溜まってるんだから」


どこにストレスのたまる要素があるのかは不明だが自業自得な気もする。

両親からは疎まれているのにのうのうと暮らしていける図太さは中々のものだった。


「なんかさ最近親父の会社の景気が悪いらしくてさ来月から仕送り減らされるんだ」


だから前みたいにこれなくなったらごめんねと謝っていた。

こうして甘えたようすで女性の母性をくすぐっているつもりだろう。


案の定ユカは心配そうな顔をする。


「本当に?秀さんが来なくなったら寂しくなるなあ」


すると山本がユカの手を握る。


「大丈夫だよ。今月はセーフだから」

「もう調子よすぎ」


あまりの能天気ぶりに店員にまで心配される始末だ。

てに終えないとはこのことだなと一人笑う。


「それよりさユカちゃん海外旅行いかない?」

「えーいつ?」


山本はなにかをごまかすように話をそらす。


「今年の夏休みとかどう?予定空けておくから」

「うーん店長に確認とれば大丈夫」


ユカは迷っているようだが彼はそれを無視して勝手に話を進める。


「場所はタイあたりはどう?高級ホテルで贅沢三昧楽しみだな」


その頃には仕送りが途切れているはずだからなんともしょっぱい話だ。

ちびちび烏龍茶をのみながら二人の会話に聞き耳をたてる。


相手をしてくれていたミキもさすがにあきれ果てて途中からお茶をたまに次いでくれるだけになっている。


「本当仕事熱心ていうのもどうかと思うわよ」

「すまんな」


ミキは小さく笑った。


「こっちとしては楽でいいんだけど一応客商売でしょ。なんだか申し訳ないのよ」


客に気を使わせないようにいってくれる姿から感謝の念が生まれる。


「ありがとうございます」


時計を確認すると夜の十一時だった。そろそろ山本も帰る時間だ。


「じゃあユカ旅行の件はよろしく」

「わかった。友達にも声をかけていくね」


名残惜しそうに別れを告げると犬飼のもとにやって来る。


「毎回いってるけどずっと密着取材みたいなのされてるみたいで気にくわないんだけど」

「一応護衛だからな」

「外で待っていればいいのに」


そのぞんざいな言い方に注意しようかと思ったがすぐにやめた。

この男の本性はつかめない。

反論するのならばそれがわかってからにしようと思った。


「じゃあ明日の朝もよろしく」


ニッと笑うとひらひらと手を振り駅までの道を歩いていく。


「結局詳しいことはあまりわからなかったな」


山本の本性をつかむのが先か事件が起きるのが先か。

気になることは山積みだった。


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