第3話
依頼人は大学生だった。なんでも父親が有名企業の幹部らしく、金と女両方にだらしがない人間のようだ。これが仮屋から渡された資料の内容だった。
山本秀、依頼人は何者かに脅されているらしい。脅迫内容は今月末までに金を振り込まないと大事なものを失うとのことだった。
だが彼のような人間にはそんな脅しも無駄であり、かなり強気だった。
「別に警護はいらないんですけどね。ただ親が心配するので」
「そうですか」
実際に両親が心配しているかどうかは明白だ。連絡を入れようにも電話はすぐにきられてしまう。地元まで出向いても相手にされなかった。
つまり犬飼とは似た者同士と言うわけだ。
「それで心当たりはありませんか」
「いやまったく」
へらへらと笑う姿に危機感は感じられない。これで悠長に構えているだけならただのバカな学生だ。依頼を受けるにしてもこちらにも限度と言うものがある。
「女ですか、金ですか」
「いきなり直球だね」
山本は低く笑った。どうやら彼自身が状況を楽しんでいるようだ。
「そのどちらでもないといったら」
「警護の対象に隠し事をされたら業務に支障が出る」
内心の苛立ちを露にして犬飼はぼそりとつぶやく。
「でも人間誰しも秘密ってもってるものじゃないですか」
「依頼主の危機感があまりにもないから」
噛み合うようでまったく噛み合わない会話。
「俺、苦手なんですよね。正直に生きるのって」
彼は後頭部の襟足をいじり始める。
「別に正直がすべてだとは思わないんですよ。嘘だってたまには必要でしょ」
「それで」
「今の状況見ると嘘をいっているわけでもないし、ただ話していないことがあるってだけじゃないですか」
山本は作り笑いで話を続ける。
「すべてを打ち明けるほど親しいわけでもないし」
「それは同感です」
「ははっ面白い人ですね」
彼はなぜだか愉快そうだった。
「正直な人って俺嫌いじゃないですよ。だけど自分がそうなるのはごめんだな」
「どうして」
「だってそれやったら全部崩れ落ちてしまいますよ。それこそ砂上の楼閣って感じ?」
若さゆえのおろかさなのかそれともただの傲慢さなのかは定かではなかった。だがこのとき犬飼は彼の表情に陰りのようなものを感じた。
「崩れ去ったものをもう一度築き上げるなんて面倒なことってしたくないし」
くすりと山本は笑う。
「人生楽しく生きるのがよくないですか」
楽しく、というよりはどこか退廃的な風情を漂わせた男だ。
「じゃあ、君の大切なものを教えてくれ」
「それもできない約束だな」
「依頼しているにも関わらず?」
「はい」
山本はくっきりとした輪郭に二重のまぶた、目鼻立ちも整っている。これで女ならくらりと来るはずだ。
だがルックス以外にもどこかあどけなさの残した顔つきが女性の庇護欲をそそるのかもしれないと漠然と犬飼は思った。
自信に満ちた表情でうなずかれると犬飼も内心戸惑う。
「大丈夫ですよ。期限まであと20日だし、実際そうなると決まった訳じゃないし」
「そうのんきに構えられても」
「とにかく探偵さんは俺が大学に居るときだけ注意してくれればいいから」
煩わしげに髪を撫で上げてから山本はしっしと犬飼を追い返す。
やはり今回も予想通りややこしくなりそうだった。
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