第2話
仮屋の事務所は表向きはクリーンなカード会社だ。ときどき洒落にならないレベルの修羅場を経験することになったがそれも借金取りの真似事のようだった。
犬飼洋一が承っている仕事の多くはきつい取り立てや、時折入る特殊な案件で自他ともに認めるトラブル請負人なのだ。
そして今日は上司の仮屋にたまたま逢うことができた。この刈谷と言う男はつかみどころがなく、どこか飄々としている。
犬飼が拾われたのも彼のお陰だった。
「それでこの間の案件ですか」
「ああ殺しか」
何とはなしに口にする単語はどこか淡々としている。犬飼にはいまだに理解ができない。
「報酬もらったならそろそろ俺に渡してください」
「お前は優秀だがあんがいがめつい男だな」
「かねの切れ目が縁の切れ目なんていいますから」
一応給料日には振り込まれていることを期待する。物事は早いに越したことはない。それに対して仮屋が苦笑する。
「俺って信用されてないんだな」
「一応上司ではありますが、いささか信用に乏しいようで」
「面白いことを言うな」
仮屋にしてみれば小さな犬が吠えているのと変わらないのだろう。
ばかで小さな獣が文句をいったところで仮屋は笑うだけだ。
「新宿の事務室にて依頼された案件、あのあとどうなったんですか。
「どうやら社長が恨みを買っていたようだな。今は補佐に回っていた男が牛耳っているそうだ」
先日の以来主のことだ。あのときの泣き笑いのような表情が忘れられない。
「これから万々歳だそうだ」
「嫌な連中ですね」
「それが俺たちの仕事だからな」
都合の悪い人間を排除する。それが彼らのやり口だ。自分の力でできないから人に依頼する。こうして犬飼たちの生活が成り立っているのだ。
矛盾しているようで成立する仕事。犬飼は仮屋に拾われてから多くを学んだ。
刃物や銃の扱いから組織で生き残る方法まで。言わば恩人と言うことだ。
だが納得いかないのは人を使い捨てにすることだ。自分の利益になる存在は囲い混み、役立たずはすぐにその場を去ることになる。
それは仮屋の気まぐれでおちおち気を抜くことすらできない。
「それでお前には新しい仕事が来た」
「今回は面倒じゃないですよね」
手元の資料を眺めると今回は比較的安全な仕事のようだ。
重要人物の警護を担当することになっていた。
「財閥の御曹司のおもりねえ」
「減らず口の多いやつだな」
「なかなか減ってくれないんですよ」
再び仮屋が笑う。
「お前を拾ってよかったと思ってるよ」
「どこがですか」
「そのぎらついた瞳にストイックそうな面立ち、冷静でいて時折激しいその性格。たまらなく欲しくなる魅力がお前にはある」
仮屋は紫煙を燻らせる。煙がこちら側まで来て若干煙たい。
「だから今回の仕事もお前向けだろう」
つまり厄介な仕事と言うわけだ。本来ならば避けたいところなのだが。
「せいぜいなにも知らない坊っちゃん相手に粗相はするなよ」
「わかってますよ」
上司の命令に従うことにして犬飼は今後のことを考える。蛇の道は蛇というわけではないが殺しの専門家に警護を依頼するのは珍しい。
よほど後ろぐらいことをしているのかそれとも人には言えない事情があるのか。下端の犬飼が知るすべはない。伝説のスナイパーなどと評判を受けたことがあるが自分ではその自覚はない。やるべきことをやっているだけなのだ。
周囲からは淡々としていると思われているのは仕事に対する思いなのかもしれない。あくまで冷静に綺麗な形での仕事にこだわっているのだ。
そんな気持ちを知ってか知らずか以来主は老若男女がやってくる。それぞれ小さいものから大きなものまで種類は多いが、彼らだって悩みを抱えているのだ。
一人一人が苦しみこの事務所までやってくる。それが復讐であれ、逃げるためであれ。
今度の以来は生活に困っていないボンクラのようだが実態は深く調べるまでわからない。これではまるで探偵だな、と一人苦笑した。
「今めんどくさいと思っただろ」
「いえそんなことは」
案の定仮屋に笑われる。体格に恵まれ頭も切れる男からすれば犬飼はほんの子供だ。それがもどかしくもあり時に鬱屈を抱えることがある。
だれかこの感情に名前をつけてくれないか。誰に向かうわけでもなく唇の動きだけで呟いた。
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