NAUGHTY DOG
野暮天
第1話
彼は一人だった。銃を携えて新宿のビルの屋上から景色を眺める。
「今日のお相手はと」
向かいのビルからは依頼された人間とその標的がいた。
依頼人によれば自分が真っ先に疑われることのないように、とのことだった。
「厄介な仕事だよな」
彼は一人ごちる。別にそれが仕事である以上尽力するまでだが心の片隅ではどこか荒んでいく気がしているのだ。
「ま、仏さんになってもらうって話だろ」
彼はためらいなく引き金に手を引き、銃弾が放たれる。すると向かいのオフィスでは窓が割れ、標的が床に伏せていた。床一面に男の血が溢れ、悲惨な現場だ。
依頼人は俯きがちになりながらも口の端をつり上げていた。心のなかでは今までの苦しみへの涙と喜びが訪れているのだろう。
「今日のお仕事終了だ」
淡々とした様子で後始末をする。もちろん依頼人には前払いで金をもらっているのであとは相手の自由だ。
被害者みたく振る舞うなり、恨みを晴らして高らかに笑うなり、次の動きに思考を巡らすなり色々やることはあるのだろう。
だが彼にはそんなことすら関係のないことだった。
「ただいま」
事務所に戻るとそこにいたのは下っ端の連中だけだった。つまり上司は不在。今日の仕事に関する報告もまだ終えてなかった。
「お疲れさまです犬飼さん」
事務員の女の子ではなくチャラい青年がお茶を出してくる。別に文句はないがいささか寂しい。もう少し華がほしいと思うのが男心だ。
「それで今日の仕事はどうでしたか」
「ぼちぼちだ」
「犬飼さんっていつもそれですよね」
彼はいつも通りにタバコをふかす。それを煙たがられるのは世の常で。
「またそんなキツいの吸ってるんですか」
「別にいいだろ」
自分では気に入っているのだから主義を曲げるつもりはない。だが彼の子供っぽい言動に青年は苦笑する。
「やっぱおんなじのが好きなんだ」
「いつも同じは一緒だろ、清貴」
「確かに俺も雑用ばっかで進歩がないですけど」
はあと形だけため息をついてからからりと笑う。
この灰屋清貴は見た目に反してなかなかっ気の利く青年だった。
「早く俺も天下の犬飼洋一みたいに名をあげたいですよ」
「世辞ならいい」
「半分本音ですよ」
青年は再びクスリと笑う。
「だって伝説の敏腕スナイパーに御目見えできる機会なんて滅多にないんですから早く仕事を覚えたいと思うのが自然でしょう」
「その代償は高くつくけどな」
「わかってますよ」
この事務所は半分ほど社会からのはみ出しもので構成されている。何も知らずにやって来たあわれな子羊はすぐにその場を去るか、数日もしないうちに使い物にならなくなる。
だから灰屋のように残る人間の方が少ない。しかもわざわざ望んで入ってくるなど物好きにもほどがある。
「俺だって有名になりたくてなったわけじゃない。ここの上司に拾われただけだ」
「それは自分も同じです」
行き場のない人間がすることは大体同じだ。彼も灰屋もいわば世間から見放された人種だ。だからこうして汚れ仕事を引き受けることになる。
使い捨てはごめんだが幸いここの上司はそのところは見極めがうまい。
「仮屋さんは今お偉いさんとこ行ってますからね」
「あいつもなあ」
仮屋というのが上司の名前だった。見た目は近寄りがたい強面の中年。体は鍛え上げてあり、若い頃は随分と有名だったらしい。
自分だったら扱いきれないような代物にすらてを出す辺りは感心しないが。
「捨て猫拾うヤンキーの進化系ってところがなあ」
「でもおかげで俺たちは食うに困らない」
「確かにな」
だがそれ以上に人としての何かを失っていく気がするのはなぜだろう。
感傷に浸るつもりはないが少しだけ上司とは反りが会わない。だが相手からするとそれが面白いらしい。
「まあそれを決めるのも奴さんの自由なんだよな」
「言い過ぎですよ」
「俺たちは鎖で繋がれた犬みたいなもんだよ」
そう。ただの馬鹿な野郎共の集まりだ。だから彼はノーティドッグと自称する。
犬飼洋一、それが彼の名だ。
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