小噺

村上水軍

未恋愛指南

美形✕平凡


僕、吉野 栄太の通う高校はお金持ちの人達が多く通う中高一貫制の超進学校だ。しかも場所は空気の良い山奥に建てられた全寮制の男子校である。

都心から完全に隔離されているにも関わらずその規模は大きく、ありとあらゆる設備が完備されたそこはまさに学園都市というに相応しいものだった。

唯一足りないモノがあるとしたら恋愛対象となる異性くらいだろうか。何せ教師を筆頭にそこに住まう従業員は全て男だけで構成されているのだから。

そのせいか学園内には同姓での交際がごく当たり前のように繰り広げられていた。まぁ、同姓しかしかいない閉鎖的な空間なのだからそれは仕方がないことなのだと、可愛く痴話喧嘩するクラスメイトを見ながら僕は結論づけていた。

そしてそういうのに全く興味もない僕には縁も縁もない事なのだとも・・・


ーーだけどそれは突然僕のところにやって来た。



「好きです。付き合って下さい。」



それはいつもの放課後。

一日の授業が終わり、いつも通う図書室へ先日リクエストした本を借りに向かうその途中での事だった。


「・・・・・・へ?」

これが「彼」に返した僕の第一声だった。

しかもすぐさま人違いではと思い自分の背後を振り返るという所業までしたのだ。しかし残念ながら廊下には僕と「彼」しかいない。僕が呆けた顔で「彼」に視線を戻すと、僕の間抜け極まりない答えを「彼」は真正面から受け止めてくれたのだろう、背を正しもう一度「好きです。俺と付き合って下さい。」と・・・真っ直ぐ僕の目を見つめながら言ったのだった。



ここで状況を説明すると・・・学園内に図書室は旧館と新館とで二カ所に設置されており、今僕が向かおうとしていた旧館のほうだった。この二つの図書室の違いは明白で、最新の書物とネット設備に個室ブースを併設させたネカフェさながらの新館と、古い蔵書をメインとした旧館とになる。僕も普通に新館も利用しているが、旧館に漂う静寂と寂れた雰囲気が妙に心地よくて特に用事のない放課後や休日は旧館に入り浸る事が多かった。

そんな状態なので基本旧館を利用するのは常連達だけで、その殆どは顔見知りばかりとなる。結果今ここの旧館へと続く廊下を使う生徒は少ない。

だからというか、多分・・・人間違いとかではないと思う。思うが・・・・・・はっきりと言わせてもらうと、僕は「彼」が誰なのか分からなかった。

分かりやすく言えば初対面ということだ。少なくとも僕は、だ。


ーーえっと・・・誰、だっけか?・・・・・・つか、えらいイケメンだな・・・。

目の前にいる「彼」は僕よりも上背があるため、そのイケメン面を見るには目線をかなり上向きにしないといけなかった。そのことを少し悔しく思いながらも、乏しい頭をフル回転させて脳裏に思いつく同級生や上級生、下級生の顔を照らし合わせては見たが、どの顔とも一致しない。もしかしたら先生とかかもと「彼」の均整のとれた全身を上から下まで見てはみたが、どう見ても着ている制服は僕と同じものだし学年バッチも同じ・・・つまり同い年ってことか。

「どうだろうか?俺ではダメだろうか?」

「彼」がその形の良い眉を僅かにひそめて言ったことで僕は我にかえる。

そうだった、なんでかよく分からないけど告白されてる最中だった。相手は同姓とはいえ人生で生まれて初めての、だ。

僕は何と答えたものか迷いながら口を開き、頭に真っ先に浮かんだ言葉を口にした。


「あの、その・・・えっと・・・失礼ですが・・・・・・どちら様、でしょうか?」


僕の言葉に「彼」は少しつり上がり気味の目を見開き、そして口元を緩めて笑みを見せた。それは男の僕から見ても男らしい精悍な笑い顔だった。




「俺は霧島。霧島 巽。吉野と同じ二年だ。」

「あ、はい、僕は吉野 栄太です。」


ーー旧館の陽の当たるテーブル席に落ち着いた僕達はお互い自己紹介しあった。

その名前はやは聞き覚えのないもので、知らない人という僕の見解は正解だったようだ。どうしようかと思ったがそのことを正直に伝えると霧島君は笑って返してくれた。そこの部分だけで僕の中の彼への心象は良い方へと一気に傾いたのは言うまでもない。・・・そこは、まぁ、恋愛初心者だという事で寛容にみてほしい。

さらに詳しく聞けば、霧島君は同じ二年とはいえ特進クラスの生徒だと言うではないか。

特進組クラスというのは学園内でも特に優秀で成績が各学年の上位の人達だけで固められたクラスの事だ。この学園の生徒の殆どは社会的に地位のあるご子息の人達なので、学力偏差値も当然の事ながらその容姿レベルも羨ましい事にかなりのハイスペック・・・・・・分かりやすく言えばテレビの向こう側に居るべき人種がこちら側に普通に生息している、という状況だ。そんな中で見た目も頭の中身もずば抜けた人達が集められたのが特進クラスであって・・・つまり僕の目の前にいる霧島君はその学園カーストの頂点にいる人達のうちの一人だという事なのだ。

実際、霧島君の顔立ちは男の僕から見ても男らしい・・・昨今流行りの中性的なキレイさとは違う、とても端正な顔立ちをしている。さっき対面した時も思ったけど肩幅も上背もある、いかにもな体育会系の体つきだ。何から何まで本当に羨ましい。

・・・というか、これだけのイケメンならむしろ告白され放題なんじゃないのかな?

学力も容姿も平凡そのものの僕からしたら目の前の彼は正に雲の上の存在で・・・・・・正直なところそんな霧島君と平凡を地でいく僕との接点は何もない。いや、あろうはずがない。

もしかしたら騙されてるのではとの考えも過ったけれど、霧島君から向けられる視線はどこまでも真っ直ぐで、何というか誠実さに溢れている印象だ。・・・とりあえずイタズラとかではないようだけども・・・

「えっと・・・」

答えを出しあぐねている僕の様子に霧島君はまた目尻を弛ませた。

「答えは今でなくてもいい。急いでないし、むしろ真剣に考えて欲しい。これからの事も踏まえてな。」

そう言って霧島君は席を立った。その一挙一動が優雅でかつ無駄のない動きで僕の目は釘付けにされてしまう。さらにそこへ窓から入る陽射しがまた霧島君の均整のとれた全身をいい感じに浮き立たせてくれるもんだから迫力がまた凄い。そこへ止めとばかりに破壊力抜群の笑顔。

ーーありとあらゆる意味で打ちのめされた僕は暫くの間立ち上がることすら出来なかった。



次の日、僕は事の顛末をクラスで一番仲のいい宇都宮君に話した。そして予想通り爆笑された。

・・・よかった教室じゃなくて裏庭にしといて。宇都宮君はわりと声が大きいほうなので内緒話とかする時は教室なんかじゃ出来ないんだよね。

「ぶっは!なんだそれ、どんな願望の夢だよ。つか白昼夢?」

「まぁ、そうなら良かったんだけどね。」

しかしこれは現実におきた事だ。あの後何度か腕をつねったり何故か時間を確認したりと無意味なことを繰り返してみたが現実は覆されなかった。むしろあの告白の台詞が霧島君の声でエンドレスに脳内再生され悶え死にそうになったくらいだ。

「しっかし、よりにもよって霧島とはねぇ。えらくでっかのが釣れたなぁ!」

「釣れたとかそんな言い方しないでよ・・・」

「だってあの霧島だろ?特進でも成績は常に上位をキープ、空手に合気道なんかも師範クラスの腕前だっていう噂だぜ?それってまさに文武両道って事じゃん。おまけにあのイケメン面だろ?どこにも死角なしって感じで、なーんか腹立つよな。」

後半の宇都宮君の本音はそのまま流して、さらに聞くとなんと霧島君は時期生徒会長とまで噂されてるらしい。それは凄い。生徒会長といったらまさに全生徒の頂点だ。ピラミッドの天辺、学園カーストの一番上に君臨するって事ですよ。


そんな彼が何故僕に告白を?

それに答えってどう答えればいいんだろう?そういうのって何かタイミングとかあるのかな?

え?でもその場合、今度は僕が待ち伏せとかしないといけないのかな?それは無理だよ無理。大体、特進クラスって特別棟にあるから僕みたいなのが行ったら悪目立ちしちゃうよ。うわぁ、絶対無理!というか絶対イヤだ。

じゃあどうすんの?

くそぅ、LINEの交換とかしとけば良かった!でもあの状況じゃ無理だよ無理!


考えれば考えるだけ胃の辺りが重くなる。・・・あぁ、こんな事聞くんじゃなかったと今更ながらに後悔してしまう。

「でも面白いよなっ。吉野は霧島のこと全く知らないってのに、その初対面の相手から告白されるとかさ、普通ならあり得ないって!」

言いながらまたツボにはまったのか宇都宮君が肩を揺らして笑っている。相談しておいて何だけどちょっとムカついてしまった。

ーー言われなくてもそんな事、自分が一番よく理解しているよ。



「ハァ・・・」

放課後、僕は旧館にいた。

昨日の今日で途中にまた霧島君がいるのではと考えちょっとドキドキしたがそれは肩透かしに終わった。だからなのか、いつもと変わらぬ静まり返った館内が妙に物悲しく思えてならない。なんだか無性に誰かと話したい気分に陥った僕は話し相手を求めて館内を彷徨いてみた。

「あ、こんにちは吉野君。どうしたの、何か落とし物でもした?」

眺めていた本棚の脇からひょっこり柴田先輩が顔を覗かせた。この旧館の常連組の中では比較的話しやすい先輩で、お互いの本の趣味も似ていることもあってよく一緒にいる。人見知りで人付き合いの下手な僕には数少ない友人といえる存在だ。

「そうだ、時間あるなら一杯どう?新しいお茶仕入れたんだ。でもまだ自分も飲んでないからどんな味かは不明なんだけどね。」

・・・少し残念なのは趣味が世界中のお茶を試し飲みすることで、当たりだと良いが外れだととてつもなく不味いものを飲まされるという事だ。因みに一番の大外れを引いた時は口に服した瞬間二人して全速力で流し場へと向かったものだ。あの苦い記憶を思い出しながら僕は内心両手を合わせ良い結果を心より祈った。


結果から言うと、旧館の隅にある給湯スペースで振る舞われたお茶は外れではなかった。当たりというには酸っぱさがあったけども。何だろう小さい頃にどこかのお店で飲んだレモンスカッシュとかいうのを思い出した・・・でも今飲んでいるお茶の色は澄んだ赤色だ。

酸っぱいお湯に肩から力が抜けていく。無意識のうちに僕はため息を吐いてしまったようだ。

「吉野君、何か悩みごとでもあるの?あんまり役に立たないとは思うけど俺も一応先輩だし、相談にのるよ?」

縁のない眼鏡の中にある目が優しく僕を見ていた。よく見るとこの先輩も整った顔立ちをしている。本に向かっているときはあまり表情がないせいか能面みたいだと宇都宮君は言っていたけど、こうして表情をみせている時の柴田先輩は優しい雰囲気があって海外で働いている年の離れた兄を思い出させた。

そういえば柴田先輩は図書委員会でこの旧館の委員長をしている。先輩自身は特進クラスではないけれども、委員会の絡みで何か情報を持っているのかもしれない。それに確か柴田先輩にも恋人がいると誰かから聞いたのを思い出した僕は思いきって例の事を相談してみた。


「えっ?霧島っ?!あの堅物がか?あの、勉強する鍛練するしか能がなくて、他人に興味ないわ人の感情を裏か表かでしか判断出来ないわとかいう、どうしようもない唐変木がかっ?・・・吉野君に告白って・・・・・・えっと、その吉野君・・・夢の話じゃないんだよね?」

言っている内容も表情も宇都宮君と似たり寄ったりだけど、霧島君に関する部分だけはまったく正反対のもので・・・ていうか何か酷い評価だ。まぁ、柴田先輩自体が笑顔でズゲズゲ言うタイプだし・・・そこは上級生と同級生とじゃ見解って随分違うものなんだと納得しておいた。

「もしかしたら何かイタズラとかって考えたんですけど、そんな感じはないし・・・」

「ああ、それはない。奴の性格上、それは絶対にないよ、絶対にね。だから余計にその話が信じられないというか・・・・・・あっ、別に吉野君が告白されるわけがないって事じゃないからねっ!ねっ!?」

「そんなに必死にフォローしなくてもいいですよ・・・」

「いやいや、だって吉野君いい子だし。そういうのに疎いってのはここの悪い風習に染まってない証しで俺はいいと思うよ。もし俺がフリーだったら多分吉野君に告白してたな。そのくらい気に入ってるしね。」

そう言った柴田先輩の笑顔は驚くくらいキレイに見えてドキッとした。今までそういうのを意識したことなかったけど、同性を意識するってこういう事なんだろうか?

柴田先輩の言葉を何故だが嬉しく思う反面、先輩の恋人の存在を確信させられた僕は不謹慎にも問い質したい衝動に駆られてしまう。でもそういうのはいつか柴田先輩からちゃんと聞けたらいいなと思って止めておいた。

「それで、吉野君は何て答えるつもりなの?・・・って、それが決まってればそんな顔しないか。」

「えぇ、そうなんです。・・・この場合ってどうすればいいと思いますか?正直、どうしたらいいか全く思い付かなくて・・・」

言いながらもまたため息が出る。これが今日何度目なのかも分からない位だ。

それを紛らわすように赤いお茶を口に含むと、冷えたそれはさらに酸っぱく思えた。何だろう、何もかもが面白くない感じがしてきて・・・

「・・・嬉しくなさそうだね。」

「え・・・?」

その言葉に反応した僕と柴田先輩との目線が合う。気のせいか先輩は何だか楽しそうだ。

「だって普通はもっと浮かれる状況でしょう?同性とはいえ告白された、人に好きだって言われた・・・しかもこれが初めてのことなら尚更・・・ね。でも今の吉野君は明らかに、迷惑がってるって感じ・・・・・・どうかな?」

「・・・・・・」

ーーどうかなって・・・。


でも、何でだか先輩の言葉はストンと僕の胸中におさまった。パズルのピースがはまるように。


「・・・・・・そう、なのかも・・・しれません・・・」

そう、口に、言葉にすると胸の奥のモヤモヤが薄れていった感じがした。でも・・・

「でもこれって、相手に失礼ですよね・・・・・・告白された返事がこんなんじゃあ・・・」

「いいんじゃない?」

「えっ?」

「こっちの都合関係なしに勝手に想いをぶつけてきたのは向こう。ましてやほぼ初対面・・・っと、吉野君はそうなんだよね?・・・・・・それで即OK出す方がよっぽどだと思うけど?」

想像以上の毒舌返しに開いた口が塞がらない。しかしさらに続く柴田先輩の言葉に僕の顔から一気に血の気が引いた。

「いっそ霧島を呼ぶか・・・まぁ、そっちの方が手っ取り早いしな。・・・・・・あ、霧島?今何かしてる?つか暇か?・・・んじゃあ、こっち来れるか?・・・あぁ、そうそう、旧館。・・・ん、頼む。・・・・・・あぁ、吉野君、霧島こっち来るって。これで一気に問題解決だね。」

多分10分もかからないだろうと結論付けた先輩はもう一度お茶を淹れるため給湯室へと姿を消した。途方に暮れる僕を置き去りにして・・・


ーーそれから本当に10分も経たないうちに僕は昨日と同じ状況に陥る羽目となった。


違う点と言えば柴田先輩という保護者というか審判が間に割り込んでいる事だ。

霧島君は昨日と変わらない落ち着いた雰囲気でいる様子だが、僕はといえばこの急展開に着いていけず昨日以上に頭が真っ白状態にあった。だから霧島君に呼ばれた瞬間、椅子からお尻が浮きかけ口から出た声は見事に裏返る始末で・・・・・・見かねた柴田先輩が霧島君に「お前のせいだぞ、何とかしろ」と無茶ぶりしてた。

・・・・・・いえ、この状況の原因は限りなく柴田先輩のせいです。

僕は何とか心を落ち着かせようと先輩の淹れてくれたあの酸っぱいお茶を口に含んだ。

「ところで吉野、昨日の返事は貰えるか?」

「ぶっ!」

「おい、霧島。」

「その為に連絡をくれたのではないのか?柴田先輩経由だったのには些か驚きはしたが・・・この旧館を利用しているのだから当然か。ところで、柴田先輩はいつ席を外して頂けるんですか?」

「ぶぶっ!」

「・・・俺が居なくなって何するつもりだよ。」

「勿論、昨日の返事を聞きます。」

ーー即答。・・・・・・どこまでもブレない霧島君に何でだか笑えてくる。イケメン面と特進クラスのことばっかり先行してて混乱してたけど、今のこの霧島君には凄く親近感が持てる・・・気がする。

何となく落ち着いてきた僕は今まで気になっていていた事を聞いてみようと思った。・・・ずばり、どこで僕を知ったのかを、だ。

そもそもこの学園は生徒数も半端ないので同学年だとしても知らない数の方が多い。先生の中にも名前は聞いたことがあっても直接会ったことはないという先生だっている程だ。そんな中で、どこをどうやったら僕と霧島君とに接点ができたのか、それを聞きたくて仕方なかった。

正直なところ、この時点で昨日感じてた淡い感情よりも好奇心の方が圧倒的に勝っていたといえよう。

僕と・・・多分柴田先輩も固唾を飲む中、霧島君は一言いった。

「購買だ。」

この答えは僕もだけど柴田先輩にも予想外だったようで霧島君を茶化すことはしなかった。むしろもっと詳しく話せと僕の代わりにせっついてくれたくらいだ。

・・・で、その先を続けさせたまとめがこうだ・・・


ーー昼休み。何気に通りかかった購買で人気の惣菜パンに集る人垣から外れたところで、一人真剣にパンを選んでいる小柄な生徒が目についた。生徒は悩みに悩んで一つのパンを選んでレジに並んだ。何となくそのまま眺めていると会計を終えて歩き去る彼は口許を綻ばせていた。その笑顔がちょっと目についた。

何日かしてまた購買にあの生徒がいた。やっぱりまたパンを選んでいるようだったが、前回と同じパンを手にとってレジに向かっていった。また笑っていた。

次の日購買に行くと彼は居なかった。仕方ないので彼が買っていたパンを買ってみたが普通のくるみパンだった。

それから何回か購買で彼を見つけた。

パンならくるみパンかたまにコロッケパン。オニギリなら鮭か明太子チーズ、飲み物は大抵お茶。コーヒーだと微糖が好みのようだった。

校内を色々回るとたまに購買以外でも見かけるようになった。同じ位の背の生徒とよくいる。彼は「ヨシノ」と呼ばれていた。やっぱり笑顔が目についた。

同じ二年だった。図書室の・・・旧館の常連らしく、あちらに向かう渡し廊下で彼の姿を確認した。



霧島君の話というか報告というか観察日記というか、とにかくそれら全ては間違いなく僕の行動そのものだった。聞いてる途中で恥ずかしさに両手で顔を覆ったほどだ。それを見かねた柴田先輩が霧島君を止めてくれなければ、僕はこの場からダッシュで逃げ出したことだろう・・・いや、今もかなり本気で逃げたい気分だ。

僕の目の前にいる霧島君という人物はかなり・・・そう、かなり変な人だという事は分かった。柴田先輩なんかはズバリ「それストーカーだろ」とまで断言してくれたので間違いないと思う。

「・・・それで、どうだろう?」

物凄く真顔でとにかく結論を迫ってくるイケメン・・・中身はかなり変人。横から「大丈夫、断るのも勇気だ」とこれまた真剣に・・・でもよく分からない助言をしてくるメガネの先輩。

ーーここまでくると昨日のときめきは何だったのか、とか、今日抱えた胃痛をどうしてくれるんだ、とか・・・・・・とか・・・何か・・・どうでもよくなってきた・・・。

どうしよう、昨日から感じていた甘酸っぱいものが胸の中から一欠片もなく霧散していったよ・・・


でも、と思う。


「あ、の・・・霧島君。」

「なんだ?」

「昨日のこと・・・・・・あれは・・・」


ーー好きです。俺と、付き合って下さい。


「ああいうの・・・・・・僕は初めてで・・・」

自分ではだいぶ落ち着いたと思っていたのに、あの言葉を思い出しただけでまた心拍数が上がってくる。

「あの、あの・・・僕には・・・・・・よく分からないんです。だから・・・」

「ああ、それなら俺にもよく分からない。」

「へ?」

何それ?と、顔を上げた僕の視界には霧島君のやはり真面目一辺倒の顔があった。

「でも、気が付けば吉野の姿を捜しているんだ。自分でもどうかしていると思う。しかしそれを止めることが出来ないし、出来れば面と向かって話したい。出来れば笑った顔が見たい。俺に笑いかけて欲しいと思っている。・・・駄目か?」

「・・・っ!」

イケメンの最終兵器はオブラートにも包まれない豪速球なのだろうか・・・昨日の告白より破壊力のある言葉に、僕はさっき以上の羞恥にみまわれてしまう。でもその中身はさっきとは違う類の熱の籠った気恥ずかしさにだ。それは僕だけじゃないようで柴田先輩のいる方からは盛大なため息が聞こえてきた。

ーー正直、異性との恋愛もしたことない僕には何をどう答えればいいのかが全く分からない。・・・でも・・・霧島君もそうだとさっき言っていた。だけど、それでも霧島君はちゃんと言葉にして僕に伝えてくれている。ちょっとだけ目線を上げてみれば霧島君とばっちり目線が合った。これって自惚れなんかじゃなくて・・・霧島君はずっと僕を見てるってことだよね。

だったら・・・僕もちゃんと答えないといけないよな・・・。

「・・・霧島君。」

「なんだ、吉野。」

僕は自分の中の根性みたいなのを総動員させて椅子から立ち上がる。そして顔も上げる、出来るだけ目線を合わせるようにして・・・ふっと息を吸うと。

「と、と友達からで、どうでしょうかっ?!」

よろしくお願いします!と勢いついでに頭も下げた。


気持ちに答えるとか答えないとか、そういうところまで僕の気持ちは来ていない。だって僕が霧島君を知ったのはつい昨日のことなのだ。かといって霧島君の真剣な気持ちにどうにか答えてあげたいと思う自分もいる。どっちつかずと言われても良い、自分勝手なことだけど・・・これが今の自分の精一杯の答だった。

ーー今は何も答えることは出来ないけど、霧島君のことを知りたい気持ちがあるので、それだけの時間を下さい。


そのまま霧島君の返答を待ってみたけど何故か一向に声が聞こえない。僕が恐る恐る顔を上げると・・・表情はそのままなのに顔面はおろか耳まで真っ赤になった霧島君がいた。・・・・・・え、何これ?

どう云うことかと柴田先輩を見れば、先輩も僕以上に驚いているのか唖然としている。

「吉野!」

「あ、はいっ」

そこに突然の呼びかけが来た。反射的に答えると同時に両肩を霧島君に掴まれていた。

え?あれ?霧島君ってテーブル挟んだ向かい側に座ってなかったっけ?瞬間移動?・・・なんて思ってたら、がしぃっと凄い力で締め上げられた。いや、抱き締められた。

「吉野、ありがとう!」

そう言う霧島君の腕の力がさらに増した。よくマンガとかで見る、ぎゅっ、てもんじゃなく、ぎゅううぅぅーって感じで・・・万力で閉められるって感じだ。おまけに痛い。苦しい。息苦しい。霧島君がさらに何か喋っていたが僕の耳には入ってこなかった。むしろどうでもいい。どうでもいいから僕を解放してくれ!

何とか隙間に腕を捩じ込んで霧島君の固い胸板を押し返そうとするも、逆により密着せんとばかりに締め付けが強くなる。埒があかないと顔を上げると今度は顔面にガチんと衝撃がきた。主に前歯に。

何がおきたのか混乱する僕から突然万力の腕が剥がされた。やったのは柴田先輩だった。あの細身の身体のどこにこんな馬鹿力が?

「落ち着け、霧島。がっつくにもほどがあるぞっ!・・・吉野君、大丈夫?」

僕を背に庇った柴田先輩が心配そうに覗きこんでくる。口元に手をやってみたが前歯に痺れが若干残ってるくらいだった。・・・いったい何が?と思ってると、僕と同じように口元を押さえている霧島君が見えた。そこで僕は、あれ?と思い、まさか、と思い当たる。・・・それは十分妄想の部類に入るはずなのに、目の前の霧島君の表情が真実であることを伝えていた。

「・・・次は失敗しない。」

ーーそれが決定打だった。




「面白そうな事になりそうだったから霧島を呼びつけてみたんだけどなぁ・・・」

ほとんど追い出される形で霧島君が去った後、ぐったりと柴田先輩が呟いた。普段なら「酷いなぁ」と思うところだろうが、何もかもが燃え尽きた状態の僕には右から左へ聞き流しするだけで・・・。返せるとしたらため息くらいだった。

外は陽が暮れ始めたのか少しだけ館内が薄暗くなっており、そろそろ閉める時間だということを僕らに教えてくれている。しかし、ここの鍵は委員長である柴田先輩が管理しているので少し位の時間的余裕はあった。そこに甘える形で僕はテーブルに突っ伏す。

「お疲れ様でした。」

僕の頭を柴田先輩が優しく撫でる。

「・・・何かゴメンね、こんな事になっちゃって。」

「いいえ・・・多分どういう状況でも、この結果だったでしょうから・・・むしろ先輩に感謝してます・・・」

そこで顔を上げた僕と先輩は何とはなしに笑いあい・・・そして同時にため息を吐く。

「・・・あいつ・・・昔っから頭は良いんだけど、根っこの部分は多分バカのままなんだよな。だから悪気とかは一切ないんだよ。だけどさぁ・・・・・・」

柴田先輩はその先を続けなかったけど、その同意を求めるように視線を送ってきた。もちろん僕は無言で頷く、・・・頷くしかなかった。


嘘みたいな話だが、霧島君は僕の答えを「イエス」と取ったのだ。・・・これは曖昧な言い方をした自分にも非があると思うけど、それだけでもないような気がする。それは柴田先輩のあの言葉・・・霧島君は「人の感情を裏か表かでしか判断できない」って・・・。つまりその両極端な判定で「イエス」を導きだした、と。

そういう結果の果てにあの暴挙・・・即ち、感激のあまり俺を抱き締めキスしようとして、失敗。目標からズレてしまい前歯同士をぶつけてしまったという事だ。

ーーまぁ、ここまではいい。問題はそこから先だった。



柴田先輩を間に挟んだ状態であっても霧島君は霧島君のままで、やはり真っ直ぐ僕に視線を向けたままで・・・こう言い放った。

「学園を卒業したら結婚しよう。」

「・・・は?」

「霧島?」

ぶっとんだ発言に僕と先輩は固まった。え?このイケメン、今なんて言った?

「同性婚も認められるようになったんだ。卒業した後なら年齢的にも何ら問題はない。」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「お互いの気持ちもはっきりしたんだ、何を迷う必要がある。そうだろう、吉野?・・・幸せにする、結婚しよう。」

完全フリーズした柴田先輩をぐいっと押し退け、やはり固まったままの僕の両手を握り微笑むイケメン。そして然り気無く僕の唇にキスを投下・・・さっきの失敗を踏まえてなのか、その動作は少しゆっくりしたものだった。


ーーここで一旦僕の記憶は途切れている。

気が付くと目の前の霧島君の身体が上下逆になって宙を舞っていた。その向こうに柴田先輩が見えたので、多分、先輩が何かしらの手段でやった事なんだろう。

そして再度僕を背にかばうポジションに戻ると、霧島君に向けて恐ろしく低い声で「今すぐ出ていけ」と言ったのだ。

霧島君は「呼んだのは先輩ですが」と反抗していたけど、結局先輩の言うとおりにした。・・・多分、上級生という事もあるんだろうけど実力的な部分でも柴田先輩の方が上なんだと思う。柴田先輩って思いの外、凄い先輩なのかもしれない。

でも去り際、僕に放った「また明日な」いう言葉に僕は普通に頷いてしまったけども。



「・・・・・・で、どうするの?あいつと結婚する?」

「いやいやいや、無理でしょう!」

「でもあいつ本気だぞ。・・・昔から付き合いがあるから知ってるけど、あいつがはっきり口に出したってことは絶対そうするって決めた時だ。」

・・・もの凄く真面目な顔で断言しないで下さいよ・・・。

でも柴田先輩の心配はちゃんとわかっている。ああも本気な相手に中途半端な対応はもうできない。いや、しちゃいけないだろう・・・一人の人間として。

しかしここで承諾すると、それは結婚までの道程を指すことにもなるわけで・・・どうしたもんかと悩む・・・・・・ん?悩むところなのか、これ?

「さっきも言ったけど、断るのも勇気だよ。」


この言葉に「そうですよね」と頷けない自分は、この学園の悪習に染まりつつあるのかもしれない。





《捕捉》

吉野(受)→普通に恋愛に憧れるノンケ。基本流され体質のため同性同士の恋愛に嫌悪感なし。

霧島(攻)→初恋。この日の夜に家族にカミングアウト、外堀から作戦敢行。属性は後発的ヤンデレ。


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小噺 村上水軍 @sengoku-ranbu

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