第16話 初めての精霊魔法 2/2


 放課後、俺は居残りを命じられた。

「反省文だと? ふざけるな。俺はこれでも結構反省しているのだぞ。反省し過ぎて反省文を書く気分じゃない」

「いいから書けよ。今回は完全にお前が悪い」太一が言う。

「ごめん。僕はこの後ちょっと用事があって。悪いけど待ってられないよ」テルが席を立つ。

「おい、テル。予定があるフリをするな。ブサイクなお前に予定がある訳ないだろう」

「酷いなあ。今お姉ちゃんが入院してて。お母さんも働いているからこの時間行けるの僕しかいないんだ」

「テル。お姉さん病気なの?」凛子が聞く。

「うん。まあそんなとこ。だからできるだけ傍に居たいんだ」

「湯本。もともと貴様は何も悪くない。私たちが監督してるから気にせず帰ればいい」

「ありがとう、氷雨さん。じゃあ僕はこれで」

 テルが教室から出ていった。しばしの時が流れる。

「できたぞ」

「えっ、もう?」凛子が驚く。

「なになに? えー、拝啓、まだ見ぬ君へ。マジで勾玉まがたま、ラーメンの妖精。プードル似の笑顔が俺を苦しめる。割り箸を綺麗に割れ、悲しみと共に。ビックベンで笑い合ったあの頃。シマウマ猫かぶった、シマウマ猫かぶった。何なんだ、これはっ!」

「タイトルは悲しさと切なさと心強さとだ」

「な、涙が止まらない」氷雨が感涙する。

「ふざけんな! 誰がポエムを書けと言った! 将、あんた本当に反省してるのか?」

「すまん。だが反省文など書いた事がないのだ」

「まったく、もういいよ。俺が代わりに書いておくから」

「太一、悪いな」

「お前の尻拭いは慣れてるよ」

 またしばし時が経つ。

「できた」

「えっ、もう?」凛子が驚く。

「なになに? えー、怖がらないでよ、準備はいいかい? もう一歩が踏み出せない君は、華奢な手をしてるから、臆病なのかもしれないね」

「タイトルは、明日もし空が晴れたらだ」

「太一っ! あんたもかっ!」

「まったく。男連中はこれだから。私に任せろ」氷雨が名乗りを上げる。

「悪い予感しかしない」

 再度、時が経つ。

「できた」

「えっ、もう?」凛子が驚く。

「なになに? えー、上根荒れ、遠浅沼はかさかさ、マニアには野卑な墓さ。真家もハマる遊馬に尼泣き叫ぶ闇。夕菜に夜は幸薄き紫かな。致死綾羽や窯。柳赤間にともしびは夜雛す。鈍れ寝間靴。魔、雅挿す清和。幸来ぬあはれ鸚鵡おうむ。贄は花、花さ」

「我ながら会心の出来だ」

「精神病んでんのかっ!」

「タイトルは、にゃーにゃートレインだ」

「ねこ要素皆無だろうがっ!」

「ならばりんりん、貴様も作ってみろ」

 また時が経つ。

「できた」

「早速聞かせてもらおうか」

「さよならのキス、離したくない唇。重なった影が細く伸びてく。君を呼ぶ声、少し照れて震えてる、繋いだ手が少し火照ってきてさ。1センチそばで、これからいつも一緒にいようね。素敵な恋が続きますように」

「タイトルは、ジャムトゥモローだ」

「だ、ダッセー」

 あまりの寒さに震える。

「りんりん。雷撃加速だけじゃなく氷結魔法まで使えたのか」

「どこが氷結やねん! こう、乙女の恋心が切ないだろう?」

「切な過ぎてトンネルの向こうにお花畑が見えた」

「おっ、その表現良いね」

「ぶっころ」


 翌日、事件が起きた。

「おい、あいつらあんな顔してたか?」

「昨日殴り過ぎたのだろうか?」

 氷雨と囁き合う。昨日テルにカツアゲしていたモブ二人組が、ミイラ男のような恰好をしている。包帯と、ギブス。つまり骨折もしている。いくら制裁を加えたと言ってもあんなケガをさせた筈はない。

 朝のホームルームで、担任が口を開く。

「昨日の帰り、うちのクラスの人が何者かに襲われたみたいなの。二人の話ではどうやら人間ではないらしい、という事なの。この近辺にモンスターが出たって話も聞かないし。みなさん、何か知っている事があれば先生に話してください」

 担任の説明が終わると、クラスが静まり返る。やがてモブたちから口々に昨日の諍いについて説明がされる。

「あら、そうだったの。麻生くん、碓氷さん、一限目の前に生活指導室まで来てください」

「待て。確かに俺たちはトムとジェリーを殴ったがそれ以上の事はしていない。大体昨日の件は明らかに奴らが悪い。俺たちが話せることなど何もないぞ」

「念のためです。それに麻生くん、昨日精霊魔法で問題を起こしたそうね。それについてもじっくり聞かせてください」

「ああ。それについては仕方ない。正人とめぐ美には悪い事をしたと思っている」

 そう言うとガヤが起こる。「口だけなら何とでも言えるよな」「奇人、ほんとに退学しないかな」「あいつ昨日すごい精霊魔法使ってたし、今回も奇人の仕業じゃないの?」「あんなやつが何で碓氷と付き合ってるんだ」うむ、すごい人気だ。

 その時、氷雨が立ち上がった。

「貴様らっ! 勝手な憶測でダーリンを疑うなっ! ダーリンは昨日、反省文を書いていて遅くまで学校にいた。トムとジェリーを襲うヒマなどなかった」

 続いて、太一と凛子も席を立つ。

「俺たちが保証する。二人が襲われたのは帰り道だろう? 俺たちはその後七時ごろまで駅前のジョナサンにいた。店に聞けばわかる」

「将は、確かに変人だけど、卑怯なやつじゃない。熱くて優しい気持ち、ちゃんと持ってる人だよ。仲間を、テルを大切に思ってる将が、そんな事する訳ない! 私は将を信じてる」

 お前ら…。俺は、どうやらいつの間にかこいつらに受け入れられていたらしい。

 嬉しかった、テルに目を向けると、座ったまま、目で頷いてくる。

 俺は、裏切らない。こいつらだけは、何があっても俺が守る。

 ざわついた教室の喧騒の中、俺は密かに拳を握った。

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