第14話 船出 2/2
やっと地元に着く。
駅前を抜け、橋を渡り、商店街の中ほどで足を止める。
「ここだ」
小さな店の看板は黒く、店の名の文字が金で書かれている。
『スーパーマリオブラザーズ』
「何の店か分からんわ!」我らがツッコミ部隊の二人が声を揃える。
「待て、よく見ろ。小さい文字で何か書いてある」氷雨が気付く。
『スーパーマリオブラザーズ ~クッパとピーチがシャランラン~』
「意味が分かんないよ」テルが呆れる。
「良し、掴みはオーケーだな。ジブリに続いて任天堂まで敵に回した気がするが。早速入るぞ」
戸を開けて、中に入る。
「あっ、お兄ちゃん」
『お、お兄ちゃーん?』またみんなハモる。
「なに、妹いたの?」
「違う。亡き兄の精子と兄嫁の卵子が受精したものだ」
「アホか。つまり姪っ子ってことだろ」
「こんにちは」
「こ、こんにちは。あなたお名前は?」凛子が腰を屈める。
「北川景子です」
「いやっ、厚かましいわ!」
「こいつの名前は桃だ」
「ピーチと繋がっていたのか」氷雨が冷静に分析する。
「桃ちゃん、今何歳なの?」テルが聞く。
「なんだ、この一人だけけた外れにブサイクなやつは」桃が言う。
「ひ、ひどくないかな」
「待て。テルは見た目は残念だが本当は気の良い怪物だ。ほら、ジャミラに似てるだろ」
「お兄ちゃん。円谷プロはマズすぎる」
「ディズニーより遥かにマシだ」
しばらく入口で騒いでいると、二階から親父が下りてきた。
「おい、店の前で騒がしいぞ。ヤるなら中でヤれ」
「ふむ。普通に話しているのに中出しを連想させるとは。親父、相変わらずヤるな」
「お前も我が息子ながら今日も格好いいな。それで、どっちがカノジョでどっちが妻だ?」
「申し遅れました。ダーリンとお付き合いをさせて頂いている、碓氷氷雨です」
「うん。美人だ。俺の名は麻生ビビンバだ」
「そこはクッパじゃないんかいっ! ある意味惜しいっ!」凛子がツッコむ。
続けて、マリちゃんが下りてくる。
「みなさま、ようこそおいで下さいました」
「アケミ、上に居ろと言っただろ」親父が怒鳴る。
「待て。アケミではなくマリちゃんだと言っただろう」
「お前が待てっ!」
「いや、親父こそ待て」
「大体なんでマリちゃん亀甲縛りのまま下りてきてるんだよ」太一が顔を真っ赤にしている。
「しかもセーラージュピターのヅラだな」氷雨が感心したように頷く。
「あ、私が妻の凛子で~す」凛子、完全に目が死んでいるじゃないか。
「うむ。たぬき顔で可愛いな。しかも巨乳だ。ビビンバはこっちの方がタイプだ」
「いや、だがこいぬ顔で貧乳の氷雨もイイ女ではないか」
「整いすぎていると嫌なんだ。女優モノより素人モノの方が興奮するだろう。凛子くらい崩れてた方がいい」
「いや、あれ素人って言ってもセミプロだからな。ちなみに凛子もセミプロだ」
「なんか私バカにされてんのか」
「あの~、僕は湯本…」
『男子は黙ってろっ!』親父とハモる。
「何なんだ、この家族は…」我が家にはツッコミがいない、頑張れ、太一。
何はともあれ、餃子が出てくる。超旨い。やはり親父は天才だ。みんなも気に入ったようでがつがつと浅ましく食べている。
「おいしいです。でもこれブタのひき肉だけじゃないですよね」太一聞く。
「ああ。マリオが入っている」親父答える。
「怖すぎるわ」凛子ツッコむ。
「トリの軟骨が入ってるの」桃言う。
「おい桃、企業秘密をバラすな」
「この店は餃子だけなんですか?」テルキョドる。
「いや、コクッパのソテーとかある」
「おい、そこのビビンバ殺していいか」凛子再びツッコむ。
「じゃあコクッパ一つ」氷雨注文する。
俺は盛り上がる仲間を尻目に、今のうちにマリちゃんと二階へ上がった。
気がつけば街は夜の
店を出て五人で駅へと歩く。川の上にかかる橋で俺たちは立ち止まり、下流の流れを眺める。
「餃子だけで腹いっぱいってなんか贅沢だな。将、今日は本当にありがとな」
「礼などいらん。どうだ、旨かっただろう?」
「あのビビンバ親父が作るからどんなかと思ったけど、ほんと美味しかった。またみんなで来たいね。桃ちゃんも可愛かったし」
「僕も。コクッパのソテーは結局、鶏肉の創作イタリアンだったけどね」
「うむ。裏メニューだ。餃子一本では何かと苦しいのだ」
「ダーリン、みんな。その、嬉しかった。私なんかが仲間として歓迎されて、あんな楽しい時間を過ごせるなど。絶対に、この想いは忘れない」
「大げさすぎ。ねえ、碓氷?」凛子が笑顔で氷雨を見る。
「何だ?」
「氷雨って呼んでもいい?」
「いや、プリンセスさめさめと呼ばれるのを希望する」
「自分でプリンセスゆーな」
「なんか碓氷、将に似てきたな」太一が呟く。
「あ、あだ名で呼んで欲しいのだ。特に、私は女友だちと言うのが居なかったから、ちょっと、そう言うのに憧れていてだな…」
「じゃあさめさめに決定っ! 私のことは名前でもあだ名でも好きなように呼んで」
「じゃあトラフグで」
「ケンカ売ってんのか」
「なるほど。外見的特徴に加えて毒を持ってるとこまで加味されているな」
「おい、将。あんた私のことそんな風に見てたのか」
「勘違いするな。氷雨を褒めたのだ」
「じゃあ、りんりんで良いか?」
「パンダみたいだな。外見的特徴に加えて笹を食うとこまで加味されているな」
「笹は食わんわっ!」
「もうなんか考えるのメンドイからりんりんでいいや」
「疲れんなっ!」
凛子、ツッコミフルスロットルである。
車が通るたび、街路灯のない橋がライトに照らされて、消える。夕暮れは夕闇に変わって、だが、誰も帰ろうとは言わない。
風は微かに湿気を含んだ春の夜の、踊りだしたくなる感覚を俺に与え、無性に胸が高鳴る。
「改めて」太一が口を開く。
「改めて、俺たちは仲間だ。この一年、長いようで短いこの時間、一緒に、力を合わせてやっていこう。俺たち五人だけど、きっとどんなオウカにも負けない。実力だけじゃない。碓氷が入って、将がいて、でもそうじゃなくて。なんだろう、俺、このチームを最強にしたいんだ。実力だけじゃなくて、絆も、誰にも負けたくない」
俺は答える。
「当然だ。オウカとは、もう一つの家族だ。どんな苦難も、俺たちなら乗り越えられる」
「私も負けないよ。将にも、さめさめにも、負けない。最強のルークに私はなる」
「あらゆる血路は、私が切り開くと約束しよう。碓氷の名の全てに賭けて、ここに誓おう」
「僕は、大した事できないけど、でも、でもその分気持ちで返す。出来ない事なんて、きっとないんだ。僕たちなら、きっと僕たちなら、出来ない事なんて、なに一つない」
それから輪になって隣の人と手を繋ぐ。
見つめ合い、呼吸するだけで伝わるものがある。
新しい、まだ未完成で危うい俺たちの船は、その日最初の一掻きを、浮かぶ水面の上にこぎ出した。
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