船出

第13話 船出 1/2


 朝か。ああ、生きてるって素晴らしい。おけらだってあめんぼだって生きているんだ。まあ友だちじゃないが。

 自分の口が酒臭いのが自分で分かる。完全に二日酔いだ。隣には氷雨が寝ている。おや? 気がつけばいつの間にか俺と氷雨にタオルケットがかかっているな。

 まさか、時雨か? 部屋を見渡すと確かに時雨の姿はない。

 とりあえず水が飲みたい。ふらふらと台所に向かうと、軽快な音で包丁を使っている時雨の姿が見える。ウソだろ? 昨日あれだけ飲んで朝には速攻お台所か。ゾンビよりタフで怖いな。

「あら、おはようございます。ふふっ、よく眠っていたわね」

「ああ、今日も晴れているな。図らずも泊まってしまったようだ。申し訳ない」

「いいのよ。体調は大丈夫?」ちょっと皮肉のつもりだったが時雨は普通にスルーする。

「水を飲んだら風呂を貸してくれ。と言うか、時雨は全然酒残ってる感じしないな」

「私は水飲めば大丈夫な人だから。それに私二日酔いってなった事ないの」

「ふむ。酒豪だな。不安にさせたかよ、俺はもう二度と負けないから、と言うやつだな」

「それは剣豪だ。ゾロとサンジどっち派?」

「俺は断然シャンクス派だ」

「根強い人気ですよね」

 どうでもいい話をして水を飲み、シャワーを借りる。

 それから氷雨を起こし、釜揚げうどんを食って時雨に別れを告げる。これしか作れんのか、こいつは。

「世話になった。今日は俺の実家の餃子屋さんで氷雨の歓迎会がある。夜には戻るつもりだが、戻らなかったら若い力が爆発したと思って諦めてくれ」

「母様。それでは行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい。二人とも気を付けてね」


 駅に着く。氷雨を待たせて実家に電話をかける。

「もしもし。ああ、俺だ。昼に学校の仲間とそっちに行く。大量の餃子を用意して待っていてくれ。いや、酒はいらん。と言うか、今酒の話はするな。ああ、そうだ。その時にカノジョと妻を紹介してやる。アケミ? ああ、マリちゃんの事か。いや、心配はいらん。マリちゃんの事はもうみんな知っている。え、自分が恥ずかしい? 根性だ、開き直れば人生に怖いものはない。強いて言うなら酒飲んだゾンビくらいだ。まあいい、とにかく頼んだ。それじゃあ切るからな。また後で」

 電話を切る。

「ダーリン。母様と話している時にも思ったんだが、実の父親にその口の利き方はないんじゃないか?」

「えっ、ああ、そうか。今の電話は父親ではない」

「ご家族、他にもいるのか?」

「そうか。そう言えば話してなかったな。まあいい、せっかくだから会った時までのお楽しみにしとけ」

「むう。気になるな」

 しばらく待っているとテルと太一が一緒に到着した。太一が口を開く。

「おはよう、将、碓氷。ところで何でお前制服なんだ?」

「おはよう。いや、実は昨日氷雨の家に泊まったのだ。着替えに戻るヒマがなかった」

「えええっーーー。それって、それって、つまり、そういう事?」テルがテンションを上げる。

「いい人キャラのお前の頭の中で、今卑猥な妄想が膨らんでいるのだな。知り合いの性欲ってちょっとハートにくるな。俺も気を付けよう」

「お前は規格外だろうが」

「湯本。勘違いするな。ダーリンは母様と酒を飲んで潰されただけだ。だが酒が好きなくせに弱いダーリンも可愛かったぞ」

「ひ、氷雨さんが惚気のろけるとちょっと迫力あるなあ」

「それはともかく、碓氷の私服ってなんだか新鮮だな」

「そうか? 普通だと思うが」

「ううん。すっごく可愛いよ。僕びっくりしちゃった」

「よ、よせ」

 確かに、氷雨の私服は意外と可愛い。濃緑のふわっとしたワンピースの腰にデニムジャケット。フェミニン、プラス、ボーイッシュ。オシャレし慣れている感じだ。

 話していると、遠くから凛子が駆けてくる。その姿を見て凍りついた。

 下はダメージ加工のジーパン。靴はニューバランスのスニーカー。上はビレバンのTシャツで、その上から龍の模様のスカジャン。その上にさらにユニクロのダウンベストを着ている。爪にはネイル、指と胸元にはアクセサリー。どうしたいのだ。

「盛り過ぎだろっ!」

「えっ、おはよう。何の話?」

「ダサいわ! せめてどれか一つにしろ。全部が主役過ぎてアンバランスだ!」

「将、あんたオシャレ初心者だね。見てよ、街の人が振り返ってる」

「完全に変質者を見る目だろうが。そんな恰好、いにしえのシャーマンでもしないぞ」

「失礼だな。本当はラジカセも背負ってこようと思ったけど重いからやめたんだ」

「もう何も言えんな」

 電車に乗り込み各々に座る。凛子はまだ怒っている。

「ほんと失礼だよね。大体うんこハスラーの方がよっぽどかっこ悪いでしょ」

「おい、ハスラーの事は言うな。氷雨に聞かれる」

「いや、ハスラーはある意味格好いいですよ、ねえハスラー」太一が意地悪な目をしている。

「うん。普通じゃできないよ、ハスラー」テル、ちょっと邪悪な顔つきになってないか?

「くっ、まさかお前たちにイジられる日が来るとはな」

「ハスラーとはどう言う意味なのだ、ハスラー?」

「分かんないのに使うな」

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