第12話 JOY 2/2
石段をおんぶ&ケンケンパで登る。疲労する。いくらスタミナお化けの俺でもさすがにシンドい。俺の背から下りた氷雨が松葉杖をつき先へと進む。
本堂の方ではなく、裏の僧坊の上がり框で靴を脱ぎ廊下を闊歩する。
「ただいま帰りました」
「誰か、すすぎの湯をもて」
「なんで武士なんだ?」
「気分だ。俺は結構歴史好きだ。真田丸見てるか?」
「興味ない」
「お前家では普段着、着物ですみたいな…」
「ない」
「そうか」
廊下を抜け、居間らしきところに案内される。「しばし待て」と武士っぽく言われて座布団の上にあぐらをかく。せっかくだ、今のうちにワークマンのCMのブレイクダンスの練習をしよう。関係ないがあれ、絶対面白いよな。
頭を支点にくるくると回っていると、足音が聞こえた。早いな、そう言おうとしたら色気のある三十代半ばくらいの女が俺を見て固まった。これが例の氷雨の母親か。尼装ではなくカーディガンとフレアスカートのいでたちだが、若く、綺麗だ。タイプだと言っていい。
「邪魔をしている。一方的だが、俺は今忙しい。挨拶なら手短に頼む」
「あなた、もしかして氷雨のお友だち?」
「友だちではない。俺の
「ごめんなさい。ちょっと意味が…」
「簡単に言えば膣と陰茎の関係だ」
「ああ、例の恋人さん」
「まだキスもしていないが将来的には俺の凸にキスさせる予定だ」
「凸とか凹とかやめろよ」
「相すまぬ」
ふむ。そこそこツッコミできるな。流石に氷雨の親だけの事はある。
「昼食をタカりに来た。今日の飯は何だ?」
「釜揚げうどんです。お嫌い?」
「いや。貧乏くさいが構わん。ただデザートにはチョコレート的なものを頼む」
「分かりました。あなたは、確か将くん。そうでしょう?」
「ああ。申し遅れた。麻生将だ。実家は餃子屋さんをしている」
「母の時雨です。あの子、最近良い顔をするようになったの。あなたのおかげかしらね」
「俺の前では良い声で鳴くがな」
「下ネタから離れろ」
話していると私服姿の氷雨が居間に顔を出した。そして、超キレた。
「母様の前でワークマンするなっ!」
左フックが脇腹に決まる。い、息が出来ん。しかもめっちゃ痛い。関西に来て、ツッコミしなきゃって思った大学生が、力の加減分かんなくて嫌われる、みたいな威力だ。
「ひ、氷雨。ツッコミとは愛なんだぞ」
「そんな初対面があるかっ! 趣味はサーフィンですくらいタチが悪いぞ」
「ちなみに俺の趣味はウノとタロット占いだ」
「聞いてないわ!」
何はともあれ時雨が昼食を作る。俺はくるくる回りながら氷雨とウノをする。ドロ4が三枚。ギッタギタにしてやろうと思ったら、氷雨が2を三枚重ねて上がりやがった。しまった、1ターン遅かった。
「できましたよ」
時雨が持つおぼんには湯気を立てる丼が三つ。なるほど、いい香りだ。
「かまぼこが一番大きいのを頼む」
「はい、じゃあこれですね」
「いや、待て。やっぱ麺が一番多いのを」
「母様に絡むなっ!」
氷雨、結構マザコンだな。麺を啜りもぐもぐする。うむ、溶いた卵に加えてゆで卵か。贅沢エッグだな。幸い右手の指は結構動く。しまった、動くと食べさせてもらえない。
「氷雨。あーんだ。お前のゆで卵をくれ」
「し、仕方ない。特別だぞ」
氷雨が照れている。うむ、可愛いな。ここはあれだ。もう一歩踏み込もう。
「時雨。酒を持ってこい」
「旦那か」氷雨がツッコむ。
「将くんは知らないかしら。昔はお寺でもお酒を造っていたのよ。今でも爺様が趣味で造っているの。パイパンマンコという銘柄なのだけど」
「ジジイのセンスが凄まじいな」
「ちょっと待っていて。氷雨、チョコレートが冷蔵庫にあるから」
時雨が席を立つ。氷雨も続いて台所に行き、アルフォートミニチョコレートプレミアムカカオ70を持ってきた。
「おお、新商品ではないか」
「母様もチョコが好きなのだ」
「そうか。親子丼も夢ではないな」
しばらくチョコを齧っていると時雨が蔵から酒を持ってくる。大いに飲む。酒は好きだ。他人のオゴリだとなお好きだ。
「お味はいかが?」
「うん。美味だ。ライブチャットでわざとらしく喘ぐ素人女のような艶がある」
「良かった。包茎の父も喜びますわ」
「そのくだりいるか?」
「ちなみに重度のカントン包茎です」
「気の毒過ぎる。ああ、酔った」
「あら。お酒は弱い方?」
「強くはない。すまん、ベッドを貸してくれ」
「ふふっ。おねむですか」
「いや、氷雨とセックスをするから使いたいのだ」
「カノジョの実家で性交するんじゃねーよ」
ああ、性交したいが何より眠い。
俺は氷雨に手を引かれ、あんよが上手しながら二階に上がった。
数時間後。
「お前なぁ、氷雨はオレの大事な娘だぞっ! それをおめーは本当に。う、ううぅ、良く、良く付き合ってくれたなぁ。氷雨はまるでJOYくらい清らかなんだ。その氷雨を、をぉ、時雨は嬉しい」
「母様、飲み過ぎです」
「ふむ。除菌もできちゃうな。と言うか、完全に酒乱だな」
空にはもうオレンジ色の月が浮かんでいる。
春の夜の、いとをかし空に月が映える。これでアル中の母親がいなければさぞ良い夜だったろう。
「夫の、
「誰もそんな事は言っとらん」
すごくめんどくさい。だが、帰ると言ったら間違いなく命を絶たれる。
明日は実家でパーティーか。マリちゃんは元気かな? 俺は現実逃避をする。
パイパンマンコの空き瓶が部屋に転がっている。その数六本。六升飲んだのか、このアル中は。
帰らせてくれ。部屋に戻って、録画した真田丸を見させてくれ。
だがアル中の語りは止まらない。
「あの、ボク、そろそろ…」
「ああん?」
「いや、何でもないです」
俺は諦めた。真田丸はともかく、世界まる見えはもう諦めよう。
氷雨が困ったように微笑みかけ、そして俺の手を握った。
温もりが手を伝う。
俺はその手を握り返し、牛乳を飲んでおけば良かった、と胸の中で思った。
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