第8話 一人じゃない 2/2
第二ラウンド。短中距離での攻防が続く。俺は体技とピザポテトを中心に攻撃を組み立てる。拳銃は近距離ほど精度が上がるが、懐は逆に不利だ。
俺は懐に入り込もうとする。氷雨はさせまいとしてエーテル弾を乱れ撃つ。距離が空けばピザポテトが目くらましを兼ねた攻防一体の弾除けになる。近距離対峙になると盾で弾を払い、足技を中心に攻める。だが追い詰めるまでには至らない。
氷雨の動きはまるでフィギアスケーターだ。自在に動き回り、跳躍し、流れるように射撃してくる。悔しいが、押されている。
何よりも氷雨がベレッタを出した事で、手数が圧倒的に違う。右腕が使えない事が歯がゆい。
しかし、氷雨の癖は掴めてきた。フィールドを背にし、半円を描くように右に、左に走りながら隙を窺うスタイル。俺は隙など見せない。時間が経てば経つほど、こちらの態勢は整う。次第にリズムが早くなる。顔は冷静だが氷雨が焦れてくるのが分かった。
3、2、1、今だ。
「メルティーキッス、フルーティー濃いちご!」
氷の蔦が氷雨を襲う。ただの氷ではない。絡みつき、そして付加した火炎系魔法の熱で焼く。左足を捕えた。だが手は緩めない。凛子とのタイマンとは違いこっちにも余裕がない。もう一度、今度は左手を封じる。左手のエーテル門を凍結し、エーテルを送り込んで破壊すれば俺たちの勝ちだ。
氷雨の左足から力が抜ける。だが氷雨は右手のニューナンブで左手の氷を打ち抜いた。
砕かれた。だが一発実弾を使ったな。ここで勝負を決める!
俺は更に左足を包む氷を厚くする。もう自力では抜け出せない。
足のエーテル門が完全に破壊されるのを感じた。そして、今壊したエーテル門から氷雨のエーテルを強制的に吸収する。これこそがメルティーキッスの真髄だ。
氷雨が勝負を捨てたのを感じた。制圧ではなく、目の前の俺個人を倒す目的に切り替えたと見える。
「レオマグナム」氷雨が構える。
瞬時に盾をかざし防御する。盾が軋みを上げる。圧倒的な火炎と実弾の衝撃。もうこの盾は耐久限界だ。
「まだだ」
マグナムの、連射? とっさに吸い取ったエーテルの全てを防御に回す。盾が、砕けた。
開けた視界の中、氷雨が薄く笑う。
「私の勝ちだ」
五発目、最後の実弾が来る。躱せ、ない。
「はあああ」
その時、至近距離に突如現れた太一が大剣で氷雨の右腕を払う。俺のすぐ横でマグナムが炸裂する。
氷雨がニューナンブを取り落とした。ベレッタの連射を太一は剣の腹で受け止める。
「テル!」太一が合図する。
振り向くと長距離狙撃体勢で地に伏すテルの姿。
発射から着弾までの時間はほぼ無いに等しい。
物質系の魔法弾が氷雨の左腕にあったベレッタのグリップを撃った。銃が空を舞う。
「うおおおおぉ」
俺は跳ね起きると素手になった左手に氷と障壁を張る。
「ガーナチョコレート!」
重い左フックが氷雨の右大腿部を捉える。
「くっ、ここまでか」
氷雨は両手で床に手を付いた。
「そこまで」
決着はついた。俺は横にいる太一と拳をぶつけ合う。
氷雨の治療が行われている。場所は保健室。
右腕の裂傷と、右大腿筋断裂、左足膝下の熱による火傷だ。
俺は横になり毛布を掛けられている氷雨に近づき声をかける。
「お前は強い女だ。尊敬に値する」
「ふん。負傷した手で私に勝つとは恐れ入った。見事だと言っていい」
「負傷はお前のせいだろうが。それにあまり褒めるな。俺はストレートに褒められると案外弱い」
「返事がまだだったな」
氷雨が下から俺を見上げ、離さまいとする視線で見つめてくる。
「仲間になってくれるのか?」
「その返事ではない。貴様が美しい女を好むように、私は強い男を好む」
「動物のメスか」
「改めて言おう。付き合ってもいい」
「ま、ま、ま、マジンガー?」
「グレートマジンガーだ」
「夢ではなかろうな」
「そうか。私と付き合えるのが夢のようか」
「違う。人間の女と付き合える事がドリームだ」
「まあいい。これより私は貴様のものだ」
「もうエンディングを迎えてもいいな。いや、待て。だが凛子はどうしよう」
「問題ない。強い男は不特定多数の異性を惹きつけるものだ」
「やっぱり思考が動物のメスだ」
氷雨が笑った。それはあまりに綺麗な微笑みで、ふざける事もからかう事も出来ずに横たわる氷雨の手を握った。小さく、華奢な手のひらだ。氷雨が強く握り返してくる。
俺が、カノジョ持ちだと? いつか来ると、信じていた。幾千の夜を、枕を涙で濡らし、耐えた。抱きしめた布団に腰を振った。ザーメンが布団につき絶望した。ここに今、俺は生身のカノジョを手に入れたのだ!
「きゃっほーい。ヨーロレイヒー、ヨーロレイヒー」
「ふふっ、変わった男だ」
「氷雨よ。だがお前はその変わった男のカノジョなのだぞ。もう一度言おう。お前は、俺の性奴隷だ」
「待て、ニュアンスが違う」
「君が、泣くまで、ピストンをやめない!」
「なんだ、性交がしたいのか?」
「イエス、ユアハイネス」
「構わん。存分に男を示せ」
「おっしゃーーー!」
ブリブリ、………、ぷりっ♪
い、いかん。喜びに力み過ぎてうんこが出てしまった! しかもパンツにうんすじなんて可愛らしいものではない。完全にフルチャージだ。アスタリスクのその先で、
「ひ、氷雨、すまん。急用を思い出した」
「待て。私はもっと貴様の手の温もりを感じていたい」
「男には行かねばならぬ時がある」
「なるほど。それを止めるのは無粋と言うものだな」
「サラダバー」
「さらばだ、だと思うが」
早足になりたいが、なるとこぼれる。もういっそ、マルセイユルーレットしながら駆け抜けようか。よし、それでいこう。決意した時、声がかかった。
「待ちなさい」
振り返ると女医がいる。
「これを持っていきなさい」
ウェットティッシュの筒が投げ渡される。
「あなたが神か」
「麻生。後の事は私に任せて行きなさい」
そう言うと女医は俺に背を向けファブリーズをまき散らし、それから氷雨の治療に戻る。
言い忘れていたが、保健室には女医のほかに凛子と太一とテルもいる。
奴らとは視線を合わせず、俺は国会の牛歩戦術のような足取りで保健室を立ち去った。
氷雨は将の後姿を目で追い、それからまた天井を見上げる。白い壁と蛍光灯が映る。
思い出すのはあの時の事。あの時の想い。あの時の、あの人の、あの顔。
「父様…」
気がつくと唇から言葉が漏れていた。保険医の女がちらりと私の顔を見る。私は目を閉じる。
あの男は、麻生将は、どこか父様に似ている。見た目ではない、性格ではない、だがどこか、芯にある強さが、似ている。芯にある優しさが、重なる。
麻生将の手は暖かかった。人の温もりに心をほだされるとは思いもしなかった。
父様。氷雨は高校生になりました。もうすぐ十六歳です。そして初めて、恋人ができました。そしてもう一つ。父様が言っていた物をもう一つ、これから掴みたいと思います。
瞳を開けて、ベッドサイドに置かれたニューナンブを見つめる。そして声に出した。
「井上。須藤。湯本」
身を起こして三人を見る。怖い。だが私はもう決めたんだ。
「な、な…」唇が震えた。こんなにも、怖いんだ。一人でいた時間が長すぎるから。
「どうした」須藤が私の目を見つめ返す。
「な、仲間に、仲間にして欲しい。頼む!」
頭を下げた。恥ずかしい。怖い。逃げ出したい。
肩に須藤の手が添えられて思わず身体が引きつる。
「当たり前でしょ」須藤が微笑みを見せる。
「ああ。将の仲間は、俺たちの仲間だ」井上が頷く。
「氷雨さん。氷雨さんはもう、一人じゃない」湯本が頬を染める。
「ありがとう…」
涙が溢れた。止まらなかった。安心して、心が満たされて、堪らなかった。
「あぁ、あああっーーー!」
西日の差し込む保健室で、真っ赤な光線に包まれながら、私は子どものように声を上げて泣き続けていた。
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