第2話 リードホッパー 2/2


 演舞場は畳だ。当然素足で入る。凛子がルーズソックスを脱ぐ仕草に、勝負する事も忘れ押し倒したくなった。もういっそ、対戦中にやってしまおうか。

 バイトの監督官がフィールドを作る。青白い粒子が部屋を包み、背筋がぞくぞくとした。見ると隣のスペースでは団体の模擬戦が行われており、隅っこの方でチビとノッポが俺たちを見守る。

「確認です。五分一本勝負。フィールドはレベル5固定」

「ジャッジメントですの」

「レベル5に反応するな」バイトにツッコまれる。

「レベル3以上の魔法の禁止」

『ジャッジメントですの』バイトとハモる。俺たちは握手する。

「えー、続けます。加えて初級模擬戦用の腕輪装着。それ以外は校内規則遵守で」

「よかろう」

「了解」

 エーテル制限のかかる腕輪を付けて向かい合う。目の前に凛子が半身で構える。どうなってしまうのだろう、どうなってしまうのだろう。期待と興奮と怒りと悲しみのために俺はもうギンギンである。妻よ、俺は今からお前をめとりに行く。

「ハジメっ!」

 声と同時に凛子が身にエーテルを溜めるのが分かった。展開が速い、が抜き手で腹を突く。入った。だが凛子は体勢を崩さない。突いた場所になかなか強い障壁を感じた。

 凛子の障壁の展開が早くなってくる。なるほど、ランダムの障壁を身体の前面に加速させて、防御。防御に最小限の力を使ってその分を攻撃に集中する訳か。強いポーンと組んでいたのだろう。戦術としては悪くない。

 どこを打つ。迷う。迷うのは久しぶりだ。一心する、凛子が僅かに身構える。フェイクだ。左足に力を込めて巻き込むように払う。右肘でガードされる。だがそこまでだ。かかとの後ろにエーテルを送り薙ぎ払う。凛子が地に転がり、しかしすぐに態勢を立て直そうとする。

「そういう時は面防御だ」

 言いながら、右の脇腹に一発入れる。追い打ちはまだかけない。楽しみたいからだ。飛び退いた凛子がすぐさま一心に入る。

 火炎系魔法か。右手に障壁を展開して突っ込む。幅の広い火が迫る。右手で跳ね除けた瞬間、炎の残滓で凛子を見失った。

 いないなら、上。瞬時に顔を上げると跳躍した凛子が見える。腕には雷撃系の魔法。どっちがメインだ? 遠距離の後に打撃か、そのまま打ち込むのか。

 そのままだ。そう読んで俺も凛子を迎え撃つ態勢になる。

「くたばれ」

 凛子の右腕が振りかぶられ、数瞬後に雷撃が眼前に迫る。空中に障壁を展開して、それを足場に飛んで躱す。一瞬で凛子の上まで来ると身体を縦にひねってかかとを落とした。凛子の肩に綺麗に決まった。彼女の身体が床に叩きつけられる。着地しながら凛子を見ると片膝を付いたまま前傾姿勢で腹に左手を当てている。

「言っただろう。その態勢の時は面防御だ」

 あえて同じ場所に蹴りを入れようとして、違和感を覚える。なぜ、腹を押さえていた? 落下して腹を打つとは考えにくい。

 戦闘中の思考は一瞬。言葉が甦る。「分からないなら、全力で圧倒しろ」

 一心で溜めたエーテルを火球にして連続で打ち込む。距離は詰めない。これは狩りだ。

 後方に回転して火球を躱した凛子の腹に、避けられない速度でもう一発火球を放つ。

 焦れた顔をした凛子が左手で火球を跳ね返す。そして雄たけびを上げながら突っ込んできた。

「うおおおぉ」

 そういう事かと思う。左手は隠蔽魔法でエーテルの流れを隠した雷撃に包まれていた。カウンターを狙っていたって事か。バレたら、終わりだ。

 氷結魔法に切り替える。俺の一番、得意分野だ。

 冷気が漂う。この感じだ。この感覚のために俺は生きている。

 凛子の足元から、氷柱を迫り上げる。左手に高濃度の雷撃を蓄えた凛子は腕で氷柱を砕く。かかった。

「メルティーキッス」

 お菓子の名前ではない。まあお菓子の名前からとったんだが。砕けた氷が絡まるように凛子の身体を包み込んでいく。蔦のように四肢の自由を奪い、絡まった先から直接エーテルを叩きこむ。

 エーテル制限があるから、もしかしたら破られるかもしれないな。そこを警戒してまだ近づかない。

 氷にひびが入った。少し侮っていたな。まああの速さでエーテルが練れるなら当然か。

 俺のメルティーキッスは氷で自由を奪い、相手のエーテル門を凍結し、さらにその門自体をエーテルで破壊する。そういう技だ。そしてもう一つ、決定的な意味があるのだが破られた今は関係ない。

 凛子を包むオーラは完全に臨戦態勢だ。

 だが凛子の左手はもうエーテルが練れない。三分は無理だ。そこで俺は左回りの戦術から右回りの戦術へとシフトする。

「ピザポテト」

 火炎系と物質系の技の融合だ。いわば隕石。質量を持った火炎だ。凛子、ピザポテトの意味に気付いているか? これは狩りだ。ピザポテトは絶え間なく食らいつく狼の群れだ。

 流星のようにピザポテトが凛子を取り囲む。そのうちのピザポテトの散弾が凛子の右腕に触れた。衝突と熱で水蒸気が上がる。目くらましの仕返しだ。

 どう攻める? 精霊魔法は禁止されている、今回はそういうルールだ。基本魔術の応用のみ。ならばこれだ。再び氷結系の魔法を展開する。今度は小細工がない。氷の重さと固さを拳に纏い弓を引くように引き絞る。

 安易に腕には当てない。凛子の防御の弱点はもう見えている。ランダムの障壁が通過した、その一拍あとだ。一対一の近接戦闘には向いていない。

 身を屈め、腰骨のあたりを打った。氷の砕ける音がした。さすがに障壁を強化したな。つまり、攻撃が薄い。

「はあああぁ」

 右からの、障壁を纏ったブロー。凛子の左頬を捕えたかに思えた。

 輪舞曲ロンド

 まるでそんな感じだった。回転した凛子が右腕でブローを跳ね返す。態勢が崩れそうになる。それくらい、重い。ルーク、前衛だけの事はある。

 回転は速く、そして見えているのだと思った。踊るように舞う凛子の一撃一撃が、喉に、鳩尾に、体の中心線に沿って叩き込まれる。

 速い。捌ききれない。肩と腿に一撃ずつ食らい、とっさに出した氷の壁で物理的に距離をとった。

 攻撃の嵐が止んで再び対峙する。凛子の身体が、わずかに浮いている。なるほど、雷撃系の魔法をこう使ったか。恐らく足元に展開した雷の反発力で浮いている。これがさっきの、あの爆発的な加速力を生む訳か。凛子の防御を思い出す。この速さがあるから防御は軽かったのだ。そう思った。だが、磁場が安定していない。俺のメルティーキッスは絶妙のタイミングだったようだ。繊細なエーテル操作が必要な技であるにも関わらず、左手のエーテル門が使えないのは致命的だ。

 さて、しかしあの速度だとピザポテトは躱される可能性が高いな。風雲系で速度に対抗するか、雷撃系で遠距離攻撃か? そこで面白い発想が浮かんだ。これで行こう。

 氷を錐状にして飛ばす。弾かれる。予測済みだ。エーテルを練るこの一拍が欲しかっただけだ。腕輪のせいで、本来身を焼くようなエーテルの奔流が弱々しい。だが、今の臨界点まで気を高め、雷撃を凛子の頭上に落とす。力は七割、目的は磁場を乱すためだ。雷撃が凛子を襲う。乱れろ。そう思った瞬間、凛子が突撃してきた。あまりの速さに目で追いきれない。嵐に吹かれたのかと思った。凛子の狂暴な右脚の、横殴りの甲が俺のガードを弾いた。左手の感覚が消える。

 ぶっ飛ばされるとはまさにこういう事だろう。上半身に下半身が引っ張られる。フィールドにぶつかる柔らかい感触がした。

 凛子は、どこだ?

 焦点が合った瞬間、ヤバいと思った。光の矢のような速度で凛子が突っ込んでくる。

「バニラモナカジャンボ!」

 間に合えっ! 氷結系と風雲系の盾を目の前に張る。

 ぎいいぃーん。

 凛子の身体が止まった。だが衝撃でバニラモナカジャンボが砕ける。

 ここしか、ない。

 白く煙るバニラモナカジャンボの破片を手に取る。冷気の刃が彼女の眼前に迫り、凛子が思わず目を閉じる。俺はそこで動きを止めた。

「勝負あったな」

 ビーーー。

 ちょうど五分か。思ったより、遥かに強かった。これがタイマンの実戦なら必ず勝てると断言できるが、また同じ模擬戦だったら、次も勝てるとは言い切れない。

 こいつらここまでやれて、何故まだチームの人数すら揃っていない? 興味があった。他人に興味を持つのはどれくらいぶりだろう。兄貴の、あの優しい顔が思い出される。

「立てるか?」

 俺は笑顔を作り、座り込んでいた凛子に手を差し出す。凛子は恥ずかしそうな、悔しそうな複雑な顔で、笑った。

 差し出した手で、凛子のデカい乳を掴み引き上げる。

 ああ、何が起こるかは分かっている。だが俺に後悔はなかった。

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