オリエンテーション

リードホッパー

第1話 リードホッパー 1/2


「入ってもいい。だが、俺がリーダーだ」

 そう言うと女は目を細め、男二人は声には出さず口を「お」にした。

「説明がいるだろう」

 何だか分からない、とでも言うように男の一人が頷く。だから教えてやる。

「俺は昔からリードホッパーと呼ばれていた。みなは略してこう呼ぶ、『L・H』だ。ウソだ。とにかく俺はホッパーとかリードホッパーと呼ばれていた。略して『L・H』だ。ウソだ。もういいか。狼の群れには、獲物に跳びかかる最初の一頭というのがいる。それがリードホッパーだ。兵士で言えば大将で一番槍だ。ちなみにこれは俺が考えた造語だ。得意そうに人に語ってはいけない。とにかく俺はリードホッパーで、購買のパンは最初に俺のところに来る、そんな男だ。ついでに餃子が好きだ。タレに酸味のあるお酢を入れるとなお好きだ。そんな訳で実家は餃子屋さんで皆さんのおかげでなんとかつつがなく過ごせております。ちなみにリードホッパーと呼ばれていた事実はない。何か質問はあるか?」

 そう言うと三人は奇妙な顔をした。俺が演説をすると、人間は大抵こういう顔をする。どういう感情表現なのかは分からん。なぜなら俺はこういう顔をした事がないからだ。強いて言うならば憧れに近いのだろうか。照れるな。

「つまり、麻生くんは、その、要するにリーダーならうちに入ってくれるって事?」

 気弱そうなチビの方が俺の顔を下から見上げる。

「さっきからその話をしている。ちなみに最初に覚えた魔法はホイミだ」

「うーん。どうする?」

 背の高い方の男と、背の高い女が顔を見合わせる。だがしかし、俺は結果を知っている。クラスにはもう俺と、こいつら三人と、残りの二人しか余っている奴がいない。残り二人の奴らは知らんが、とにかく圧倒的に主導権を握っているのは俺。

「いいんじゃない、もう」

 背の高いポニーテールの女が投げやりにノッポくんを見て目を閉じた。性格異常者だな、こいつは。

「分かったよ。麻生くんがリーダーで良い。とにかく、これであと二人だ」

 話はまとまったらしい。なんだ、こんな物なのか? 歓迎会とかはないのか? 思ったが、口に出して言うと歓迎会をして欲しがっているように見えちゃうから我慢する。

「ところで俺は有名人だが、名も無きお前たちは完全にパンピーだ。名を名乗れ」

 ポニーテールは完全にお疲れらしい。タレ目で体つきもふっくらとしているから一見優しそうだが、目尻は細いがすっきりとしている。髪は後ろで結い上げられ、シャープな印象を受ける。加えてそのバストだ。制服の中からはちきれんばかりにその存在を主張し、ウエストは生地のよれ具合からでも、細く引き締まっているのが分かる。優しさと鋭さ。両方を兼ね備えている。タイプだと言っていい。

 その女は、眠いのかダルイのか、「須藤凛子すどうりんこ」とユルい口調でそう言って背を向けると教室を出ていった。性格異常者だと改めて思う。

井上太一いのうえたいち」ノッポが言う。

湯本照美ゆもとてるみ」チビが言う。

 愚にもつかん名前だ。だがそこはリーダー。

「いい名前だ」

 二人は感激で泣き出しそうに見えた。


「リーダー会議を始めるっ!」

「分かったよ、もう」

「大声出さなくていいから」

 放課後、背の低いブサイクと背が高いだけが取り柄の男二人がさっそく俺に懐いている。リーダーとはそういう物だ。凛子は机の上で足を組んで窓の外を見ている。

 アウトローを気取っているのだろうか? やんちゃな女は嫌いじゃない。むしろ好きだ。もしかして凛子は俺の事が好きなんじゃないだろうか。胸が高鳴る。

「凛子、席に座れ。リーダー会議だ」

 凛子は濡れた目をして俺を見つめ返し、そして席に着いた。

「あと二人、勧誘しなきゃだね」

 チビが言う。

「そう思うか?」

 俺はおもむろに尋ねる。

「だ、だって、グループは六人一組だし、そりゃ一人でも良いって先生は言ってたけど。どんな仲間でも、仲良くしなきゃ。グループは絶対だよ」

 チビよ、恐れ敬うな。俺たちは仲間じゃないか。俺はなぜか校門の桜木にもたれて口笛を吹きたくなった。

「俺は逆に思う。群れぬ奴らこそが一等くじだと。見合うものがいない。分け合うものがいない。故に一人を選んだ」

「なんで武将口調なの?」チビは飼い主を見る目で俺を見た。

「気分だ。とにかく、誘われぬクズはひとまず置いておこう。そこそこ優秀かどうしようもない無能か、そのどちらかだ。とにかく一旦我々は洞窟に向かう」

「なんで洞窟なの?」

「気分だ。冒険者は洞窟を目指す」

「もういいから。自己紹介、俺からいくね」

 ノッポが場を仕切る。それは俺の役目だと言いたい。

「改めて。井上太一だ。リーダーには悪いけど、中学の頃はキングをやっていた」

「なんだ、疲れてんのか?」

「何で疑うんだよ。まあいいや。凛子とは中学が同じで、まあ腐れ縁って言えばいいのかな」

「待て、凛子は俺の嫁だ」

 凛子は照れて俯いている。可哀想に、手が震えてるじゃないか。だが言った俺も内心ドキドキだ。これが相思相愛というやつなのか。照れるな。

「もう、もういいや。とにかく、せっかく仲間になったんだ。これからよろしく」

「お願いしますを付けろ。親しき中にも礼儀ありだ」

「お、お願いします」

 場は和やかに推移していく。

「じゃあ、次は僕だね。名前はさっきも言ったけど湯本照美。中学の頃はテルって呼ばれてたよ。ポジションはナイト」

「なんだ、疲れてんのか?」

「それ、言わなきゃダメなの?」ノッポが失礼にも会話を遮る。まあただのクラスメイトなので良しとする。

「う、うーん。なんか、もっと話したい事色々あった気がするんだけど、もう、もういいや。これからよろしくお願いします」

 ここは「よろしく」からの「親しき中にも礼儀ありだ」の流れだろう。ユーモアのセンスはないものと見える。

「じゃあ、凛子」ノッポがまた仕切る。あまり度が過ぎるようだと一度ガツンと言わねばいかんな。まあ良い。今は仲間意識の醸成からだ。

「須藤です。よろしく」

「いや、以上かよっ!」

 いかん、思わずテンションを上げてツッコんでしまった。

「凛子、分かるけど…」

「分かったわよ。ポジションはルーク。特技は…」

「なんだ、疲れてんのか?」

「いい加減にしろっ! ふざけんな! リーダーだか何だか知らねーけど私には関係ないからなっ! こんなやつ仲間なんかじゃないっ!」

 いきなり場は静まり返った。実に突然だ。チビは怯える目で凛子を見て、ノッポは沈黙を守る。モブのようなクラスメイトがこっちを見る。俺は言う。

「怒ってんのか?」

「怒ってるんだよ! 見れば分かるだろ!」

 なるほど、見かけによらず沸点が低いな。

「凛としたルックスで名前も凛子なのに性格は案外おてんばだな。まあ乳がデカいので良しとするか」

「あ、麻生くん、声に出てる」

「失礼。だが勘違いしないでほしい。おっぱいはそれだけで神聖だ」

「どうでもいいわ!」思わずノッポが口を挟む。

「勝負しろ!」と妻が言う。

「なんだ、早口言葉の挑戦状か?」

「林原めぐみは関係ない!」ノッポ、ブギーナイト聞いてんのか。仲間意識が余計に深まる。

「お前、ポーンだろ。獲物は、剣か、槍か。得意分野で叩き潰してやる!」

「ポーンではない。リーダーだ」

「もう、ほんとイライラする」

「ちなみにローマ字でポーンと検索すると海外のエッチなサイトに行けるぞ」

「知らんわ!」

「落ち着け凛子」

「名前で呼ぶな!」

「じゃあ、ハニー」

「殺すぞ」

 タメたあと、俺は言う。

「俺は強いぞ」

 少しだけ威圧する。凛子を見る。圧に怯まないな、それとも頭に血が上っているだけか? まあいい、勝負事は好きだ。

「いいだろう。勝負は素手だ。得手不得手が関係ない」

「私も強いぞ」

「見れば分かる」

 正直見ても分かんなかったがとりあえず言ってみる。

「ついて来な。演舞場でやろう」

「待て。自己紹介が俺だけまだだ」

「麻生くん。それ以上凛子を刺激しないでくれ」

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