優しさ
第3話 優しさ 1/2
桜花高校。正式名は、私立桜花魔法大学高等部。俺が二週間前から通っている高校の名前だ。今はいいが桜の季節以外はどうするんだと思う。
遥か昔、剣の腕が立身出世の道である時代があった。それが学問にとって代わられ、やがて大学の名前がそこに名を連ねる。しかし、それも今や遠い過去。
精霊が、天使が、悪魔が、突如として現世にその存在を現す時があった。理由は簡単だ。神の子が人間界で生まれたからだ。その詳細は省くが、それ以降の時代を新時代と呼ぶ。その新時代の幕開けから一世紀ほど。神、空にしろしめす。なべて世はこともなし。
つまり退屈って事だ。
教師が喋っている声がまるで聞こえない。講義などどうでもいい。俺は眠いのだ。
実際、魔法の歴史は好きだが高校程度の教育に興味はない。今更魔法の知識で俺に教える事があると言うのなら頭をなでなでしてやりたいくらいだ。もう一度言おう。俺は眠いのだ。
「麻生、今のところ説明してみろ」
ほう、強気な教師だな。
「いいだろう。なんの話だ?」
「聞いておけ。魔法生物の誕生の経緯だ」
俺は立ち上がろうとしたが、勃起していたので微妙な態勢になった。
「なるほど。簡単に言おう。お前たち、良く聞いておけ。百年前、精霊たちの出現のせいで大気のエーテル含有量は爆発的に増えた。その力が人間には魔法を、他の生物には更なる進化を促した。加えて、思念、願望、あらゆる感情とエーテルを餌に無機魔法生物が誕生する。そこら辺にいるモンスターの発生も同じ理屈だがやつらには肉がある。そこが違う。無機魔法生物は言わば形無き物質の具現化だ。想いや宗教に具体的な力が無いと考えていたかつての人間には良い面の皮だったろう。
何の話だったかな、そうそう魔法生物の話だったな。無機魔法生物の力は巨大だった。なにせ神話の生き物に人間が敵うはずもない。そこで非力な人間は人工的な力で無機魔法生物に対抗しようとする。そのうちの一つが魔法生物だ。対比して人口魔法生物とも言う。奴らは生命を構成する肉と、エーテル制御装置の応用理論を駆使したオーバーテクノロジーの産物だ。開発を独占した『アトモスフィア・インダストリー』の企業利益の優先で肝心なところは未だにブラックボックスのままなのだが、自社利益優先主義としては正しい。
そのスピンオフに良い例がある。俺の父親はしがない餃子屋さんだが、母親が病で死んで以来、一つの夢を胸に生きてきた。『ASK―
「ああ、もういい。もう充分だ」
「そうか? ここからが本題なのだが」
俺はしぶしぶながら座る。クラスメイトの羨望の視線が痛い。特に女子は眩しい物でも見たかのような顔をしている。見つめるな、モブに興味はない。ウソだ。モブにもたまに可愛い子がいる。
そうこうしているうちに授業が終わった。
「後半はともかく、無機魔法生物の話なんて良く知ってたね。僕感心しちゃったよ」
チビ、もとい湯本照美が俺を見る。
「普通だ。知識など知っているかいないか、それだけだ。あ、間違えた。リーダーなら当然だ」
「麻生くんは、ちょっと変わってるけど、筆記も実技も凄いと思う。どこで覚えたのか知りたいな」
ノッポ、もとい井上太一が俺を見る。
「強いて言うならば英才教育の賜物だ」
「餃子屋の息子なのに?」
おっぱい、もとい凛子が俺を見る。
俺はキレる。
「ちょ、おま、餃子屋さんバカにすんなよっ! そう言うのマジムカつくし。まず餃子屋ってゆーな。ちゃんと餃子屋さんって言え。だいたいやる事ないからって乳ばっか揉んでヒマつぶしてたお前にそんな事言われたくないもん! ヤダもん。訂正しないと泣くからなっ!」
「分かった。分かったから落ち着いてよ。こっちが恥ずかしい」
いかん、一瞬我を忘れた。
「おほん。と、言うのはジョークだ。だが忘れないでくれ。餃子屋さんの事は、いつも俺の胸の中にある。俺はいたく傷ついた。お詫びにパイパイを揉ませてくれ」
「死ね。アケミの胸でも揉んでろ」
「アケミではない、マリちゃんだ」
窓から入る日差しが眩しい。爽やかな春と言っていいだろう。だが俺の心は天気とは裏腹に、暗く沈んでいる。それを忘れるように、ただはしゃいだ。
何故誰も、俺の下の名前を聞かないのだ。
麻生くんってなんか距離あるし、そろそろ誰かが気付いてもいい頃なのになと思う。
ちなみに、歓迎会もまだしてもらってない。
「ところで、今月末にはもうオリエンテーションがある。みんな、準備はいいかな?」
井上太一がまた仕切る。そんな事を考えているヒマがあったら歓迎会用の居酒屋の手配をしろと言いたい。
「私は、いつでも」
「俺もエレクト大丈夫だ」
「僕もオーケーだよ。ただメンバーがね」
「それについては俺も同感だよ。一人はダメ元でこれから勧誘するけど、もう一人は厳しいと思う」
「何故だ」俺は疑問を口にする。
井上太一は微妙に表情を曇らせ、続ける。
「不登校なんだ、その子」
「不登校ね。入学してからまだ二週間くらいだろう。何か理由でもあるのか?」
「僕も入学式の時に見たきりだから分からない。でも理由はあると思う」
湯本照美が視線を落とす。
「あの子は、繊細なんだよ」
凛子のおっぱいが揺れる。
「知り合いか?」
「私と太一の中学の同級生。回復魔法のエキスパートって呼ばれてた」
「回復って事はビショップ?」
「なんだ、疲れてんのか?」
「それもうやめて。傷つけるのも、傷つくのも嫌な子だった。誰よりも優しいから、いつも自分が傷ついていた」
「
「なんだと」
井上太一の声が据わる。だが俺は気にしない。
「魔法は、万能じゃない。人間はもっと陳腐だ。その人間が神の愛を説いてどうする。
「いくらお前の言葉でも、許さない」
「ならばどうする? 力で従わせるか?」
「そのつもりだ」
井上太一の目には、純粋な怒りが灯っている。羨ましい、そう思う。怒りとは、他者が怒りを向けた対象への無限の優しさだ。だが俺はそれを口にしない。
「太一。ダメだって。ここで麻生くんとケンカしてどうするのさ」
湯本照美が狼狽する。
「井上太一」
「なんだ」
「俺を倒したら何が変わる」
「え?」
「その子は学校に来るのか」
「………」
「怒りは否定しない。だが、その怒りは他者の肯定でなければ意味がない」
「何が言いたい」井上太一の顔が歪む。
「その子に会わせろ。そいつに世界がどういう物か教えてやる」
「戦うのか」
「違う」
俺は真っ直ぐに井上太一を見る。
「戦わせるのだ」
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