クイーンとの対決

第5話 クイーンとの対決 1/2


「どうするのだ。オリエンテーはもう明日だぞ」

「テーションまで言え」

「略したのだ」

「略し方がおかしいよ」

 四月最終週の火曜日。明日のオリエンテーを前にクラスも浮足立っているように見えた。桜は散った。いよいよ桜花高校の名に疑問を感じる。

 俺はから揚げ弁当をかき込みながら三人に質問をぶつける。

「お前たちが柴田鏡花を待っていてオウカ結成が遅れたのは分かった。だがもう一人はどうしたのだ。お前たちは俺が入って以来一度もそいつについて語った事はないな」

 俺は太一に視線を向ける。

「別に意図的に口にしなかった訳じゃない。ただ、前に彼女を勧誘した時にはっきり言われたんだ。一人で戦いたいって」

「なんだ。また女か。読者サービスも度が過ぎると破綻するぞ」

「意味不明だよ。それにオウカは男三、女三って決まってる。知ってるだろう」

「なるほど。それは盲点だったな」

 六人一組のチーム、通称「オウカ」は、小学生から軍隊に至るまで幅広く使われているチームの呼称である。特に学生の期間はオウカを男女同数で組織する場合が多い。そして、そのメンバーの役割に応じてチェスの駒の名前が与えられる。

 キング。クイーン。ビショップ。ナイト。ルーク。そしてポーンの六種だ。

 キングは頭脳だ。我が部隊では太一の担当である。戦況を観察して他の仲間に適切な指示を出す事が求められる。加えて誰かが脱落した場合に備えて全ての駒の役割を平均以上にこなす能力がなければならない。

 次いでクイーン。攻守の要となる存在だ。攻撃においては面制圧能力が期待され、広範囲魔法の取得が絶対条件であるのが近年の主流だ。守備ではとにかく、キングやビショップ、ナイトを守る盾としての機能が期待される。

 ビショップ。回復役だ。身体の治癒はもちろん、長期戦では各々の減ったエーテルを補充する、いわば部隊の母親の様な存在だ。反面、戦闘能力は低い場合が多い。我々には今、ビショップとクイーン。その両方の駒が足りていない。

 ナイト。遠距離攻撃の覇者だ。担当はテル。遠距離攻撃、と一口にいっても前衛のサポート、対人戦では相手キングやビショップへの奇襲、敵駒の足止めなど戦略において最も重要な価値を担う。戦闘中に花形であるクイーンの生存よりナイトの生存が優先される事はままある。

 ルーク。俺の妻の担当だ。それ以上でも、それ以下でもない。一応説明するか。部隊の前衛で、ポーンと組み敵前衛と直接ぶつかる役割だ。ただ、ポーンとの違いは、同じ前衛でありながら後衛寄りのスキルが要求される事だ。前衛に立つクイーンと言ったところだろう。加えて一芸に秀でた者をこの任に充てる場合が多い。

 最後にポーン。近接戦闘のスペシャリストだ。当然俺が担当する。ポーンの固さが、部隊の防御力と言っても過言ではない。ポーンが崩れれば、それはすなわち部隊の壊滅を意味する。

 ざっとこんなところだ。

「で、お前はこの四人でオリエンテーに参加するつもりか? 言いたくはないが、六対四は数字の上で不利だ」

 俺は話を戻し尋ねる。

「そうするしかないと俺は思う。彼女の意思は固そうだ」

「だが、誘ったのは俺が入る前だろう。時が経った事で、そいつの考えにも変化があるかもしれない。現に余り物はもう俺たちとそいつだけだ」

しょう、無理だよ」凛子が口を挟む。

「やってみなければ物事は始まらない」

「やめた方がいいよ。あいつはちょっと、まともじゃない」

「90年代の歌の歌詞みたいだな」

「ふざけんな。私は聞いたんだ。入学してすぐ、あいつを仲間に勧誘したやつがいる。そいつは彼女に指の骨を折られた」

「過激な爪切りのつもりだったんじゃないか」

「んな訳なかろーが。学校は平気でサボる。来ても遅刻と早退。あいつは仲間を必要としてないんだ」

「ふむ。ちなみに名は?」

碓氷氷雨うすいひさめ

「俺が昔殺したヒグマと同じ名前だな」

「ドアホウか」

「ポジションは?」

「クイーンだ」苦々しげに、凛子が言う。

「なんだ、疲れてんのか?」

「それ一体なんの意味があるんだよ」太一が口を挟む。

「よし。とにかく分かった。俺が氷雨を勧誘してくる。お前らは餌を待つ雛鳥のように口を空けて俺を待て」

「また始まった」テルが呆れたように鼻を鳴らした。

「どいつが氷雨だ」

「あいつ。あの窓際の女がそうだ」

 太一が指さした先には、うつ伏せて眠りにつくショートカットの女の姿があった。

「ああ、なんだ。あいつが氷雨だったのか」

「将くんでもさすがに知ってたんだね」

「いや、知らん。ただ何度かセックスはした」

「ウソでしょおおー?」テル、リアクションがいいな。成長したな。

「もちろんウソだ。だがクラスで一番美人な女だとは思っていた」

 おもむろに近づく。気付く気配はない。頭の上に顔をやって匂いを嗅ぐ。このシャンプーの匂いはTSUBAKIだな。マリちゃんも同じのを使っているから間違いない。俺は、女のシャンプーや香水の匂いを嗅ぐと異常に興奮する。悲しいが、そういうさがだ。

 観察を続行する。息が上がる。どうなってしまうのだろう、どうなってしまうのだろう。女の肩が、心地いい呼吸で上下に揺れている。眠りは深いとみた。このまま後ろから抱きついたらこいつは抵抗できない。想像する。

「だめっ、将くん。ここじゃやだ」

「好きだ。止まれないんだ。氷雨、愛してる」

「将くん…」

「一生、アイラブユーだ」

 俺の海綿体が騒ぐ。やってしまおう。もうどうでもいい。学校など知った事か。

「氷雨ちゃん!」

 抱きつこうとした瞬間、女が振り返った。手にはリボルバーの銃がある。はっとするような美少女だ。背は高くない。だが、顔もそれ以上に小さく、瞳は大きい。長い睫毛が存在感を主張する。鼻は小ぶりでつんと上を向き、小さいが淡いピンク色に濡れた唇が蠱惑的こわくてきである。凛子とはタイプが違うが、間違いなくクラスでも一、二を争う美貌だ。短く揃えられた髪が揺れ、甘い香りがした。

「なんだ貴様は」

「麻生将くんです」

「なんだと聞いている」

「君を愛する者だ」

「は?」

「お雨には胸がない。尻も貧弱だ。だがスレンダーで美人だ。かつて偉人は言った。『生きろ、そなたは美しい』と。俺もそう思う。俺は全ての美しい女の味方だ」

「あいつ、何言ってんだ?」「また奇人だ。碓氷に殺されればいいのに」モブのガヤが聞こえる。

「サンが美しいからアシタカはその色気に騙されてふらふらとその尻を追った。サンが本当にもののけのような醜女しこめだったらアシタカはロケットランチャーでぶっ飛ばしていただろう。ちなみにサンの声優は女優の石田ゆり子だ。俺は大ファンだ」

「待て。話が見えない」

「単刀直入に言おう。ボクと付き合ってください」

 頭を下げて手を差し出す。時が流れる。期待と不安に揺れ諦めかけたその時、彼女が俺の手を取った。

 これは?

「あ、いでででで。ちょ、待って、痛い痛い痛い、指が痛いってば!」

 お、折れる。折れてしまう。俺は右のお手々が使えなかったら生きる意味の大半を失う事になるんだぞ。まあ左手でもやれない事はないがやはり慣れ親しんだこのゴットハンドの味わいは格別だ。いや、待てよ。そうか、こんな時こそマリちゃんに頼めば良いのだ。正確には父親の所有物だがこの際関係ない。うむ、折れても全然問題なしっ!

「何をぶつぶつ言っている」

「折りたいならば折れ。俺には些細な問題だ。そんな事で俺のお前に対する想いは揺るがない」

「そうか」

 ボキッ。

「ぎゃおおおーーー」

 ほ、ほんとに折りやがった。こいつデビルだっ!

 氷雨は手を離すと俺の顔を見つめ、薄く笑った。

 俺は諦めて太一たちの元へ戻る。

「すまん。負傷した」

「お前なに考えてんだ! オリエンテーション明日だぞっ!」

「底知れぬバカだな」

「指、指が逆向いてるぅ」

「騒ぐな。俺にはマリちゃんがいる。心配はいらない」

「誰もお前の性生活の心配はしとらんわっ!」

「仕方ない。ちょっと来な。保健室行くよ」

「はい」

 凛子と連れたって教室を後にする。廊下を並んで歩く。

「あんた、ほんとバカだね。私の話聞いてなかったの?」

「おい、言葉には気を付けろ。俺はお前にならロケットランチャーぶっ放せるんだぞ」

「やれるもんならやってみろ」

「良いのか? ロケットランチャーって俺の股から生えている腕のことだぞ」

「死ね」


「しつれいしまーす」

 保健室の扉をくぐり凛子が中に声をかける。

「あら、怪我人?」

 保険医とは美人だと何となく信じていた節があったが、目の前で太い足を組む女は完全にオツコトヌシだ。そろそろジブリからクレームが来そうなのでこの辺にする。

「悪いが見てくれ。イボ痔なんだ」

「指が先だっ!」

「あらら。見事に逆向いてるわね。なに、ケンカ?」

「愛の闘争だ」

「ふーん、そうね。これくらいなら病院行ってもどうせ回復魔法と添え木かテーピングだけだからここで済ませましょう」

「うむ。よろしく頼む」

 女医がエーテルを展開しながら声をかけてくる。

「ところで、あなたたち恋人?」

「ただの怪我人と付き添いです」

「違う。夫とその伴侶だ」俺は言う。

「そう。つまり主人公とサブキャラね」女医が言う。

「むむ。ヘンゼルとグレーテルだ」「むむ。シンジとレイね」「むむ。愛と欲望だ」「むむ。蛇にピアスね」「むむ。友情、努力、勝利だ」「むむ。チャー、シュー、メンね」「むむ…」「むむ…」「むむ…」………。

「この不毛なやり取りはいつまで続くんだ」凛子が嘆く。

 やがて治療が終わった。ふむ、どうやらテーピングで済んだようだ。

「女医よ。やるな。顔はブスだがトークのセンスがある。加えて治療の腕もいい」

「それはそれは。綺麗に折られてるから全治一週間ってとこね。自分でも指に積極的にエーテルを送りなさい。許可証を後で書いておくから」

 おお。校内で堂々とエーテルが使えるのか。これは色々遊べるな。

「悪用しちゃダメよ」見抜かれた。

「心得た。友よ、また会おう」

「相手先生なんですけど」

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