第87話 ルーキーセンセーション 3/3


 桜花祭の親睦試合、「百花繚乱」のベスト16の試合が終わった。

 これで俺たちは明日のベスト8の試合に臨める訳だ。

 そして今の試合、快勝であると言っていい。

 ほぼノーダメージで試合を終えた俺たち一年学選に、観客席からは祝福の拍手が降り注ぐ。

「一年学選、文句なしの勝利です! 見たか群衆! これが有の弟だ! その名は麻生将!」

「氷雨さーん。ナイス面制圧!」

「二人とも、えこひいき実況はいい加減にしなさいっ!」

 マイクで吠える武藤慎二とテルに、和子が注意する。

 俺は構えを解いて仲間たちに向き合う。

「麻生。ナイスアシスト! いきなりの作戦だったけど上手くいったな」

 中田太郎くんが目を細めて俺を見つめる。

「うむ。連携がスムーズにいったな。将門の『合せる力』が光ったな。将門、良い動きだった」

「キミに褒められると、なんか嬉しいな。渡辺さんと岡さん、碓氷さんもお疲れ。良い試合だった」

 六人で健闘をたたえ合い、舞台から降りる。

 そこに、村田アキトが近づいてくる。

「村田。勝ったぞ」俺は声をかける。

 村田は脇を向いて答える。

「俺を抜いといて負けたら笑ってやろうと思ってたけど、見てて分かった。麻生。すごいな、お前」

 小さな声で呟く村田の発言に、チームのみんなは驚いたような顔をして俺と村田を見つめる。

「初戦で俺が外されて、何でだよって思ったよ。あの麻生なんかが中心で、ムカついたよ。だけど、今の戦闘、綺麗だった。血液が無駄なく血管を流れるみたいに。あれが連携。あれが、俺に足りない物。そう思った」

 そこに、佐伯将門が声をかける。

「俺は今回、キミの代わりに出たけど、難しい事をしていた訳じゃない。仲間の声掛けを聞いて、合わせる。自分の判断を味方に伝える。熱中に、ちょっとの冷静があれば、キミなら出来るはずだ」

 村田は難しい顔をして、苦虫を潰したような表情になる。

「冷静とか落ち着きとか、簡単に言うけどよお、それってどうすればいいんだ? 目の前の敵。攻め時の相手。それ以外の判断なんて、したことねーんだよ。今のお前ら、強いと思う。俺が入って連携崩す必要ないんじゃないかって、そう思った」

「それは違う」

 俺は村田に正対する。

「戦場には、仲間がいる。全員を常に意識する必要はない。だがせめて、マズいと思った時に、まず俺を探せ。ルークとしてのお前の戦闘能力は高い。そこは、長年ルークとしてやってきたお前と、キングとしてやってきた将門との決定的な違いだ。劣勢の時、フィフティーフィフティーの玉砕をするのがお前。周りを見るのが将門。ただそれだけだ。仲間がいる。お前は一人じゃない」

 俺の発言に、氷雨が続く。

「村田。私も少し前までは、一人で戦っていた。一人で攻め、一人で守る。でもそれには限界がある。隣には仲間がいる。そして、その仲間の声を、私は聞き逃したくない。戦いの中の一瞬の気付き。それができるかどうか。貴様は今、殻を打ち破るチャンスを得ている。逃すな、この好機を」

 村田は何かを考えるように唇を噛み、そして言った。

「麻生。このあと予定あるか?」

「別にない。歌番組の中居くんのマイクくらいオフだ」

「顔貸してくれ」

「よかろう。何をすればいい?」

「演武場に行こう」

「分かった」

「よその試合は俺たちが見とくよ。安心してくれ」将門が声をかけてくる。

「頼む。じゃあ行くぞ、村田」


 演舞場。

 互いの武器を打ち付け合い、金属の甲高い音が響き渡る。

 村田は、高機動の重戦車、そんな感じだ。

 村田の両刃剣クレイモアが振るわれると、剣圧で風が巻き起こる。

 槍の付け根で受け、切っ先を絡めながら下からすくい上げる様に突き返す。

 村田はフットワークで躱し、両刃剣の振り下ろしに風雲魔法の斬撃を付加して打ち込んでくる。

 力強く、そして速い!

 一対一の体技、という意味では俺と村田はほぼ互角だ。

「こんな技知ってるか?」

 俺は声をかけながら、再び武器を絡め合う。

 そして、左手に持った盾で村田の顔面を打ちに行く。

「くっ!」

 首を捻って躱す村田が距離をとろうとする。無駄だ。盾の攻撃の本当の意味は、打撃目的ではなく、盾で相手視界を遮ることだ!

「雪花外式の一、悪食あくじき冬風ふゆかぜっ!」

 氷結魔法に、風雲魔法を重ね掛けする。その威力は外法!

「ぐあっ」

 村田の体が吹っ飛ばされる。訓練なので威力は抑えたが、実戦ならば致命傷だ。

 村田は両刃剣を地に突き、肩で息をしている。

「どうする? もう一回やるか?」

 俺は村田を見やって声をかける。

「はあっ、はあ、はあ。くっそ、五回やって全敗かよ」

「体技は互角だ。それはお前も分かっているだろう。魔法や精霊繰せいれいくりは俺の方が上。だが、この結果は単純に俺の方が魔法能力が高いからじゃない」

「状況判断、戦術眼か」

「そうだ。敵の動きの意図を、俺は常に考えながら戦っている。それは、オウカ連携にも通ずる。敵がなにをしたいのか。味方がなにをしたいのか。今まで考えてこなかったお前に、今の俺が負けるつもりはない」

「それなら俺は明日、何をすればいいんだ?」

「必死について来い。フォローくらいはしてやる」

「くっそ。やっぱてめえ、ほんとムカつくな」

「それはお互いさまだ」

 畳に膝をついた村田の顔に、一瞬笑みが走る。

「さあ、今日はここまでだ。戻ろう。お前もクラスの出し物の手伝いもあるだろう」

「麻生」

「あ?」

「今のお前、認めたくねーけど、今これだけできるお前が、中学の頃は今とは正反対の評価だったよな。変わったきっかけは、やっぱり鈴本桜か?」

 言われて少し、言葉に詰まる。だが仲間ならば、俺は答えねばならない。

「そうだ。あいつがいなければ、あいつとの別れがなければ、俺は今でもきっと、一人で戦っていた。今のお前と同じようにな」

「………」

「あいつが俺を好きでいてくれたこと。変な言い方だが、あいつくらい良い女が好きになってくれたこの俺が、諦めたり、投げ出したりなんてできない。一歩でも前に進もう、投げ出したくなる時、いつも俺の脳裏にはあいつの笑顔が浮かぶ。いつか再び出会った時、やっぱりあの頃好きでいて良かったって言わせたいから。あの過去を後悔させたくないから、俺は頑張れる。頑張ってきたつもりだ」

 村田は俺を見て、真っ直ぐに俺を見て、そして初めて、普通に笑った。

「お前はもう、俺の知っている麻生将じゃないんだな」


 村田が去った演舞場で、俺は一人天井を見上げる。

 桜。

 俺の桜。

 俺の傍にいつも居た、桜…。

 いつ出会ったかなんて、覚えていない。

 物心がつく前から傍に居て、同じ時間を、同じ歩調で、歩いてきた。

 兄貴が死んで、母さんが入院して、ガキだった俺がそれでも奮い立てたのは桜がいたからだ。

 あの頃、俺は間違っていた。

 強くなる事が全てだと思っていた。

 桜は否定も正しもしなかった。

 傍に、居てくれた。

 今日が終われば、明日がある。明日の次には明後日が。でも。続いてく毎日の向こうに、もう桜は永遠にいない。

「桜…」

 呟いた声が、空しく演武場に響く。

 仲間ができた。カノジョが出来た。

 でも桜…

 お前だけが、傍に居ない。

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