第84話 最強と弱虫 2/2


「将。どこに行ってたんだ。探したんだぞ」

 凛子が俺を見つけて声を出す。

 見ると、太一、凛子、鏡花、テルが氷雨の周りに集まっていた。場所は空っぽの、1-Cの教室。

「悪かった。野暮用だ」

「野暮用って、知ってるよね? 氷雨さんが殴られたんだよ」テルが強い目で俺を見る。

「そいつと話してきた。個人的な事だ。関係ない氷雨を巻き込んでしまったな。悪かった」

「関係ないって…」「個人的な用で、カノジョが殴られて、それで関係ないっておかしくないか」鏡花と凛子が俺に詰め寄る。

「氷雨」

「なんだ、ダーリン」

「話せない事だ。それで納得してくれ」

「う、うん。分かった…」

「お前なあ!」突然、太一が大声を上げる。「碓氷が逆らわないの、なに利用してんだよっ! 普段の冗談じゃないんだぞ!」

 うるせえんだよっ! うるせえ! うるせえ! うるせえ!

 感情が燃え上って頭の中に火花が走る。

「聞きたいか? 聞いてお前ら、受け止められるか?」

 心が乱れているのが自分で分かる。俺が心を乱す事など稀だ。

 だが、どこかにある冷静とは裏腹に、冷たい言葉が、俺の口から発せられる。

「何のことですか」鏡花が口を開く。

 激情が胸の中で燻って、仲間への想いとか、隠さなきゃいけないって鉄の掟や、ただの八つ当たりや本当は打ち明けたいって気持ちが、交ざり合って。

 そして、一気に弾けた………

「みなも聞いた事だけはある筈だ。俺はエシェル使いだ。神の子の欠片、それを宿している。兄貴の心臓は、今俺の胸の中にある。そこから得た力だ。さっき話していたやつもエシェル使い。去年の優勝者だ。おとぎ話じゃなくて実在するんだよ、ここにな。どうだ、満足したか?」

 俺はみなを見回す。

「エシェル…」「都市伝説の、あの?」「………」

 みなが、口を閉ざす。

 不思議な沈黙が、俺たちを包む。

「それってさ、それって将。本当なら、話しちゃいけない事なんじゃないのか?」太一がその沈黙を破るように俺に尋ねる。

「ウザったかったんだよ」俺は答える。

「え?」

「訳知り顔で正論ばっかり並べるお前たちが。隠すのも、疲れた。言いたいなら言いふらせばいいさ。その情報を喉から手が出るほど欲しがっている奴らに売れば、一生遊んで暮らせるぞ」

「俺たちは何があってもそんな事しない。分かってるだろ?」

「ああ、そうだな。じゃあ聞こう。俺がいつも何かを隠していた時に、お前らは一度でも予想外の事情があるって想像をしたか? 肝心なことを隠してるって、恨んでなかったか? 須藤道場の時もそうだったよな。嫌だったんだよ! 話せば巻き込まれるかもしれない、そう思って話さないのに、結果はいつも逆だ! 微妙な目で見られて、責められて、何でただエシェルを持ってるってだけで、仲間のお前らに距離感じなきゃいけないんだよっ! でももう話しちまったからな。俺の隠し事はもうなしだ。聞き出せて良かったな? 『ああ、エシェル使いだから強かったんだ。だから隠してたんだ』。はっ! 興味本位で首ツッコんで、事実は小説より奇なりだな!」

 その瞬間!

 バシンっ!

 頬に衝撃が走る。

 っつ、痛ってえ。

 氷雨が、目に涙を浮かべて、俺の頬を殴っていた。

 バシンっ! バシンっ! バシンっ!

「ってえな、てめえっ!」思わず怒鳴ると、氷雨が怒鳴り返してきた。

「弱虫! 根性なし! その場のテンションで、大切な仲間に当たってんじゃねーよ! 打ち明けるなら、信頼が欲しかった! 信じてるから話したんだって、そう言って欲しかった。それなのに、どこの誰とも知れない敵にビビッて、負け犬みたいに当たり散らして! 私のダーリンは麻生将! あんたなんだ! 格好悪い事するなっ!」

「碓氷。もうよせ」太一が氷雨を制し、俺を見る。

「なんだよ。その目は」

「別に。お前がビビってた訳じゃないって、俺は知ってる。俺たちに隠し事をしたり、疑われるのが嫌だったんだよな?」

「俺が本当にそんな仲間想いなやつだったら、この話はしていない。してはいけない話だったんだ」

「俺はさ、どんな形であれ、お前からその話が聞けて嬉しいよ。だけどな…」

 ガツンっ!

 太一の拳が、俺のあごを殴りつける。

「今のは、碓氷を傷つけた分だ」

 ガツンっ!

「今のは、柱であるお前が、情けなさをさらした弱さにだ」

 ガツンっ!

「最後は、それでもやっと、お前が話してくれた、その感謝だ」

「くっ、痛てえんだよ。もうちょっと加減しろ」

「俺が代表でみんなの分を殴ったからな。これで済んでよかっただろ?」

 痛みのショックで、血が上っていた頭が急速に冴えていく。

 話してしまった。

 こいつらに、もしもがあったら、俺はどうすればいい?

 だがその一方で、やけにすっきりとした、奥底からの落ち着きが、今、胸にある。

「ああ、くそっ。言っちまったぞ。もう引き返せないからな」

「バカだな、お前は」

「あ?」

「引き返す気なんて、さらさらねーよ。そうだよな、みんな」

「覚悟と、気合入ったよ」凛子が腕を鳴らす。

「わたしはね、麻生くんにもっと、弱音を吐いて欲しかった。頼っていいんだよ。それを支えるのが仲間なんだから」鏡花が優しいまなざしで見つめてくる。

「将くん。今までの事、謝らないよ。エシェル使いだなんて、普通気付く訳ないんだから。謝らないから、自己嫌悪とか責任感とか、そういうの持たなくていいから。今までが、これからも、続いていく。それだけだよ」テルが真面目な顔で俺を見つめる。

「話しちまった今だから言うが…」

「なんだ」

「俺のためだけじゃない。絶対に、この話、他人にはするな。さっきの女がエシェル使いだって話も。冗談じゃなく、世の中にはエシェルを悪用しようとしている奴がいる。そいつらは、何でもやる。本当に何でもだ。だから、自分の身を守るためにも、ここだけは約束してくれ。だが、もしもお前たちに手が及ぶようならば、俺を売れ。俺はそれで裏切られたなんて思わない」

「ダーリン、そんなことは絶対に…」

「いや。将、分かった。約束する。何かあったら、お前を売る。だから…」

「ああ」

「そうならないように、お前も、俺たちも全力を尽くす。それでいいよな?」

「ああ」

 安堵が、俺を包む。一気に消えた緊張と、安心で、目頭が熱くなる。視界がぼやけてみんなの姿が滲む。

「将」

「将くん」

「将」

「麻生くん」

「ダーリン」

 えっ? 思わず顔を上げると…

『仲間だからっ!!!』

 五人が叫ぶ。あの時の、言葉。凛子のために戦おうと決意したあの時、声を揃えた、あの言葉。

 俺たちは、仲間だから。

 店の中でも、世界中でも言える。そう思った、あの言葉が甦る。

 俺は目頭を拭い、みなの顔を見回す。

「太一。テル。凛子。氷雨。鏡花。俺も同じだ。俺も命を賭けて、お前たちを守ってやる」

 風が吹いていた。開け放たれた教室の窓の向こうで、まるで空が鳴っているようだった。

 俺たちは、仲間だ。

 もっと、もっと強くなりたい。

 戦いも、心も。


 支え合って、そして頼られたい。


 俺の目に、強い光が宿っていくのを、自分で感じた。

 そして、試合が始まる。

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