ルーキーセンセーション

第85話 ルーキーセンセーション 1/3


 普段はサブで使う事の多い、第二運動場には大きな舞台が設営されていた。

「ここでやるのか。なあ、将。お前緊張してるか?」

 太一が俺に聞く。

「緊張? そうかもな。緊張って言うか、高揚は感じてる。ここに立つ自分を思うとテンション上がるな」

「ははっ」

「ん?」

「いや、いい感じに力抜けてるな。打ち明けて良かったろう?」

 そう言って、太一が笑う。

「かもな。変な言い方だけど、俺はもう、さっきまでの過去なんてどうでもいい。もう忘れた。お前たちが知っていてくれる事、そこだけ感じて、試合では全力で勝ちに行く。今はそれだけ考えてるよ」

「将くん。何だか、雰囲気が変わったね」テルが近寄って来て、いつものふにゃふにゃの笑顔で俺を見る。

「話して、力抜けたよ。でも、内側には力がある。俺には、お前たちがいる。テル、見ておけよ、本気の俺を」

「うん。いい顔してる。ガンバレ!」

「ああ」

 そこに、少し離れて話していた女三人が近づいてくる。

「麻生くん。あれ? なんか雰囲気違う?」鏡花が言う。

「そう、まあいっか。どう将? 今日の感じ」凛子が言う。

「心がさ、なんか軽いんだ。お前たちに話せて良かった。試合で会おう! だが勝つのは俺たちだ」

 その声に太一と鏡花と凛子が頷く。

 そこに。

「ダーリン。乗り越えたね。それでこそ私のダーリンだ。さっきは、ぶってゴメンね。痛かっただろう」

「氷雨」

「ん?」

 小首を傾げた氷雨の頬に、俺は唇を押しつける。

「だ、え、ふあ、ダダダダーリン! ダダダダーリン!」

「うわあー。いちゃつくなら他でやれ」みんなが驚いている。

「ははっ、ははははっ!」

 俺は声を出して笑う。

「将くんが、普通に笑ってる…」テルが驚いたように俺を見て、そしてあの笑顔をみせる。

「いつもの表情替えないあんたより、今の方がいいよ」凛子も笑って俺の肩を叩く。

「麻生くん」

「何だ?」

「ちょっとだけ、碓氷さんが羨ましいよ。試合、頑張ろうね」鏡花も笑みを浮かべて俺を見る。

 俺は視線を舞台へと移す。

 ここで、やるんだ。

 その時、アナウンスが流れる。

『親睦試合、百花繚乱に参加予定のチームリーダーは、第二運動場、仮設テントまで集まってください。これより組み合わせ抽選会を行います。繰り返します。親睦試合………』

「お、じゃあみんな。ちょっと行ってくる。将と碓氷も後でな」

 太一が駆けていく。

「あれ、学年選抜のチームリーダーは将くんじゃないの?」テルが聞く。

「俺じゃない。将門ってやつだ。控えだが、良いやつでな。俺たちのチームはあいつでまとまってるからな」

「ふうん」


「良いニュースと、悪いニュースがある」

 第二運動場の、百花繚乱選手控室テント。

 将門はそう言って俺たちを見回す。

「良い方から聞こう」俺言う。

「抽選の結果、俺たちはシード権を手に入れた。もう一つ言うなら、2年の学選と3年の学選が同じブロックだ。いい感じにつぶし合ってくれれば俺たちの勝機も上がる」

 なるほど。大会に参加するのは全21チーム。ベスト16以降は同じ条件だが、参加チーム数上、5組、10チームはシードチームより一回多く戦う事になる。ノーシードってやつだ。

 加えて、二年と三年の学年選抜、学選が同じブロックでつぶし合う。

 確かにこれは良いニュースだ。

「では、悪い方は?」氷雨言う。

「ベスト16、つまり俺たちの初戦の相手は三年生だ。3-E。二学年上って言うのは、たぶん俺たちが考えているよりもハードルは高い筈だ」

「だな。ただ学年が上ってだけじゃなくて、そのクラスの選抜メンバー。まずはここを乗り切らなきゃな」中田くんが腰に手を当てて対戦表を眺める。

 俺も対戦表を覗き込む。1-Cは? ふむ。お互いが順調に勝ち上がったのなら、ベスト4で当たる訳だな。つまり、準決勝って訳だ。

「渡辺さん。この組み合わせ、どう思う?」

 将門が霧沙に話しかける。

「別に。問題があるのは外じゃなくて内だ。わたしたちが確固たるつながりを持っていれば、相手がどこであろうと霧沙が勝利を約束する。それだけだ」

 相変わらずクールって言うか、無感情だな。

 そしてその霧沙が言いたいのは、俺と村田アキトの連携の事だろうな。

 前に打ち合わせた通り、初戦では村田アキトの代わりに、ルークとして将門が出る。その一戦で村田が俺への悪い印象を払拭できるか。つまりそういう事だろう。

「あえて言うなら、シードの1-Cが不気味だな。シードで、組み合わせにも恵まれている。1-Cって言えば麻生くんと碓氷さんがいるクラス。二人は掛け値なしに強いけど、残りの彼らはそれをずっと傍で見てきたんだ。強い相手に対応する力はあるだろうな」

「あとは前評判の高い二年生だね。私たちよりもこの舞台を知ってるよねえ。面倒くさいなあ~」岡類がわざとらしく溜息をつく。

 そこで気付く。

 村田アキトがテントの隅っこでスマホをいじっている。

「ねえ、なんであの人集まんないの?」俺言う。

「………。ただでさえ初戦は自分が外されてるんだ。色々と思うとこもあるんだろう。だけど村田くんだって抑え所は心得ているはずだ。今はそっとしておこう」

 将門がフォローする。

 そこに。

「将ぉー、将はいまして?」

「あ、エリーだ」

「ちっ、淫獣か」

 氷雨とハモる。

「あ、居ましたわね。ごきげん麗しゅうポルチオ性感帯。調子はいかがですの?」

 ざわざわざわ。

「あれがもう一人の奇人か」「一年の奇人二人が並び立ってる…」「奇跡のコラボだな、俺、写真とっとこ」

「おい。部活以外の外で俺に話しかけるなと言っただろう。どうした? 1-Dの初戦はどことだ?」

「三年学選ですわ」

「それは、マジご愁傷さまだな」

「ぷぷっ、なむなむ」氷雨がおちょくる。

「黙ってなさい、チビすけ。わたくし、不安はなくってよ。決勝で将と戦う。組み合わせを見た時には何か運命のような物を感じましたの」

 そこに中田くんが声をかける。

「西脇か。試合がんばれよ。それより麻生たち、もう時間だ。開会式出ないと」

「あら、たろたろちゃんじゃないですの事。将の足だけは引っ張らないようにしていただきたいですわ」

「た、太郎って言うな」中田くんが頬を染める。

 ああ、やっべえ。超可愛い。ドキドキしてる、わたし…。


 そんなこんなで開会式。

 特に何もないのでスキップ機能をオンにする。つまり、寝る。

 揺り起こされる。

「ダーリン。私たちの試合は次だ。しゃっきりしてくれ」

「よく寝れるよな、こんな試合の前で」将門が呆れ顔で俺を見る。「渡辺さん。揃ったよ。確認頼む」

 将門がそう言うと、霧沙は立ち上がり皆の前に立つ。

 関係ないが、試合は男女ともに制服で行う。もちろん俺たちが使っているこの制服は、特殊な防御加工が施された魔法繊維でできているので、下手な鎧よりもよっぽど防御力が高い。

 加えて言うなら、女子は、スカートの中が腿の部分で留められている。冬場の女子高生がスカートの下にハーフパンツ履いてるようなもんだ。

 ちなみに激しいダンスで知られる欅坂46の衣装もこの方式を採用している。

 ほんとに関係なかったな。

 霧沙が口を開く。

「確認する。今日は一試合だけだ。最初から全力で行けばいい。では、配置。キング、霧沙。ビショップ、岡類。ナイト、中田太郎。クイーン、碓氷氷雨。ポーン、麻生将。そしてルークが佐伯将門」

『了解!』

「続いて作戦方針。碓氷氷雨の開幕直後の面制圧。知っての通り、威力は折り紙付きだが、タメが少し長い。そこで前衛二人にはこれをやって欲しい」

 なになに、ふむふむ、なるほどな。

「面白いな、それ。麻生くん、やれそう?」将門が確認してくる。

「当然だ。よし! 説明シーンももうぶっちゃけダルイし、試合行くか」

「じゃあ麻生くん。かけ声頼む」

 六人で輪になって手を差し出すが、俺は思い立って輪から外れる。

「どうしたんだ?」中田くんが不思議そうな顔をする。

 俺はスマホをいじっていた村田アキトの前に立つ。

「来い。円陣に加われ」

「なんで俺が」村田が俺を睨む。

「仲間だからだ」

 俺がそう言うと、残りの五人は息を呑み、村田はあっけにとられたように俺を見た。

「今だみんな! こっち来い。強制いくぞおーやるぞ!」

 わらわらと、みんなで村田アキトを取り囲む。

「いいなみんな。絶対勝つぞ! いくぞ、せーの…」

『絶対勝つ!!!』

 テンションはマックスだ。

 輪になってハイタッチを交わす。

 さあ! 試合だ!

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