最強と弱虫

第83話 最強と弱虫 1/2


「GYO・U・ZA、ハーイ! GYO・U・ZA、ウェーイ! キョーはギョーザ、キミとギョーザ、ニラ臭いキスをしようぜっ!」

「あいつ、プレッシャーで壊れたのかな」「いや、奇人はいつもあんな物だ」モブがガヤる。

「はい、そこ! 喋ってないで手を動かして歌えっ!」

「う、ウゼえ。いつもの三割増しくらいウゼえ!」

 いやあ、出足好調!

 ついに始まった桜花高校の文化祭、通称「桜花祭」。

 俺たち1-Cのクラスの出し物、餃子屋さんの「クッパ城」は朝から飛ぶように売れて、はっきり言って火の車だ。

「ごめーん。売り子交替お願いー」「注文追加で、スタンダード2、カレー1」「こっちタネの補充急いでっ!」

 しかし、俺は今までクラスの連中を誤解していたな。だが気付いた。やっとこいつらも餃子の魅力に気が付いたのだな。俺の草の根PR活動がついに実を結んだ訳だ。

「奇人くん。ちょっと休んだら? 親睦試合もあるし体持たないよ」

 文化祭実行委員の螢子が俺の肩に手をかける。

「だが、売れている時に売る。これぞ商売の極意なのだ」

「きみが熱入れてるのは分かるけど、ちょっと休みなよ。裏にきみの分の餃子用意してあるから」

「そうか。では少し休ませてもらう。だが頼んだぞっ! 何かあったらすぐに呼べっ!」

「はいはい」

 仮設テントの裏は休憩スペースになっている。テーブルとイスが設置されていて、そこにみんな私物やドリンクを置いたりしている。

 見ると、そのテーブルで鏡花と森島瑞穂が休んでいるところだった。

「お疲れ。休憩か?」俺は売り子のハッピを脱いで二人に声をかける。

「麻生くん。ずっと表出てでしょ? とりあえず座って」鏡花言う。

「お疲れさま。歌、ここまで聞こえてたよ」森島が笑ってお茶のボトルを差し出してくれる。

「どうだお前ら、楽しんでいるか?」俺はのどを潤しながら聞く。

「こんな風にね、クラスの力になれるの、嬉しいよ。今までで一番楽しい文化祭だよ。麻生くんのおかげだね」森島がそう言って笑顔を浮かべる。

「俺はただのきっかけだ。お前が頑張って、溶け込もうと努力したから今楽しいんだ。頑張って良かっただろ?」

「うん。でもやっぱり麻生くんと太一くんのおかげ」

「何だお前、まだ太一の事引きずってんのか?」

「い、いいじゃん別に」

「鏡花はどうだ、もう他の店は見に行ったか?」

「これから瑞穂さんと行こうって話してたんだ。二人とも緊張しいだから、親睦試合まで現実逃避してくる。麻生くんも一緒に行く?」

「いや、俺は後で氷雨と回る予定だ。そういう事なら俺に構ってないで早く行って来い。後でどこが良かったか教えてくれ」

『はーい』

 二人が並んで歩いていく。

 そこに…。

「奇人ーーー」

「ん?」

「霊光弾!」

「痛てーよ! テメーふざけんなっ!」

 ガキのようなコミュニケーションをとってくるのは、もう一人の文化祭実行委員、幽助だ。

「奇人、ヤバい、売れ過ぎだ。在庫がヤバい。どうしようか聞いて来いって言われたんだ」

「む? 売れるだけ売ればいいじゃないか、何が問題なんだ?」

「そうすると午後の当番のやつらがやる事がなくなる。午前の人から不公平だって声が上がってるんだ。みんな他のクラスの出し物も見たいんだよ」

「なるほどな。じゃあこうしよう。今他のクラスに売り込みに行っているやつらには中止を伝えろ。それから、買いに来たやつらには一人二箱までだって看板を作れ。売り切ったら、午後の当番の奴らは買い出しだ。明日は外部の客も来て更に繁盛するだろう。今日のうちに仕込みを前倒しでしろって言っとけ。後は螢子に任せればいい」

「なんか、すごい螢子の事信頼してるな」

「お前と違ってあいつは使えるからな。行けっ! みんなにはそんなお前の力でも必要だ」

「許せない!!の巻!」

「ネタがディープ過ぎるわ」


「アーンバランスな、キースを交わして、あーいに近づけよー」

「何の歌だ、ダーリン?」

「いや、別に。それより、調子はどうだ?」

「ん、問題ない。親睦試合、『百花繚乱』の事だろう? 不安要素は一つもないと言っていい」

「そうか。怪我はするなよ」

「ふふっ。怪我がなんだ。ダーリンがいるなら、私は負ける気がしない。それで、今からどこに…」

 その時。

 キイイーーーン!

 何だ、この耳鳴り? 右胸が、高鳴る。

「氷雨、止まれ!」

「え?」

 歩いていた廊下が、モノトーンに染まる。行き交う、スローモーションの生徒。その前に、女が一人、立っている。

 女は立ち止まっていて、俺を見るとニヤリ、と笑って白い歯をのぞかせた。

「麻生将だな?」

 何だこの、圧迫感。何だ、この、プレッシャー。

 俺が、俺が、気圧されている…。

「話がある。来い」女が口を開く。

「ダーリン?」

「大丈夫だ。はあ、はあ」

「おい貴様っ! ダーリンに何をした! 返答次第では…」

「よせっ、氷雨!」

 ふっ。

 風が吹いた。

「ぐあっ」

 氷雨の腹に、女の拳が深く埋まっている。

「くっ、うぅ」

「ほう、意識があるのか。数時間寝てもらうつもりだったんだがな」

 俺の中のスイッチが入る。

「氷雨から、離れろ」

「落ち着け。話だけだ」

「話?」

「欠片の事で、少し」

 耳元で、女が囁いた。

 欠片。神の子の欠片エシェル・ハートの事か? なぜこいつが?

「この場で話すのには、お互いにリスクがあると思うが?」

「分かった。案内してくれ」


「確認するが、エシェル・ハートを持っているな?」

 場所は屋上。文化祭真っ只中のこの時間に屋上に来る奴なんていない。今俺たちは、二人だ。

 聞かれて、思う。隠す必要はない筈だ。欠片、とエシェル・ハートの隠語を知っている相手に、何かを隠す意味はない。そして、相手も間違いなく、欠片の関係者だ。

 相手を見つめる。

 セミロング、と言うには伸ばしすぎな茶色い髪を風になびかせて、人を食ったようなやる気のなさそうな下がり目は、だがしかし鋭い光を放っている。

 スタイル的には、スレンダーとは言えないだろう。ふくよかなその体は胸が大きく、だが、その皮膚の下には鋼のように締まった筋肉が力を蓄えている。

「今一度聞こう。エシェル・ハート。神の子の欠片。お前はそれを宿しているな?」

「ああ」

 答えると、女は冷酷に笑い、そして力を抜いた。

「威圧して悪かったな。だが、欠片同士は、それだけ緊張するんだ。自分の命に関わる秘密が、お互いに見ただけで分かるんだ。だがお前は、エシェルに会うのは初めてみたいだな」

「ああ」

「先に言っておこう。私は、正確には欠片持ちじゃない。シードの方だ」

「シード?」

「知らないのか? 神の子の種子エシェル・シード。神の子の欠片を持つ親から生まれた、種子、エシェル使いだ。欠片と種子には、違いがある。種子は、世代を重ねればその分だけ力は半減する。劣化と言ってもいい。私はそのシード。ハートのクウォーターだ」

「三世って事か。そして一代限りのハートは、ハートとして受け継がれず、結果として劣化しない、そういう事か」

「そうだ。初めて聞くにしては、呑み込みが早いな」

「お前は、なんだ」

 そう聞くと、女は宙に手をかざし、歌うように、告げる。

「鬼丸。鬼丸おにまるかえで。世界を変える女だ!」

 世界を、変える。そんな事、考えたこともなかった。

「名乗ろう。麻生将だ。お前が去年の百花繚乱の優勝者、そうだな?」

「いかにも。だが、私ばかり見ていては足元をすくわれるぞ」

「どういう事だ?」

「この学校には、シードがもう一人いる。私、そいつ、そしてお前。お前は三番手だ。欠片持ちなら、その意地を見せてみろ。私はいつでも、お前の挑戦を受ける覚悟がある」

「もう一人、と言うのは?」

「言わない。というか言えない約束だ。あいつはシードの力を封印している。普通に生きたいとほざく、臆病者だ。だが、戦えば強い。お前よりもはるかにだ」

「この大会には?」

「言わん。聞けば答えが返ってくるのは学校だけだ。お前も欠片を持つ男なら、男らしくその時を待て。いずれ分かる」

「それを言うために俺を呼び、そして氷雨を殴ったのか?」

「そうだ。対戦で会って、初めてのエシェル使いに戸惑っている間に敗戦、なんて風じゃつまらないだろう?」

「なるほどな。よく分かった。だが、お前は臨戦態勢でない氷雨を不意打ちで殴った。覚悟してもらうぞ」

「はは、熱いねえ。だが、情熱を振りかざせるのは強いやつだけだ。せいぜい奮戦する事を期待するよ」

 そう言って、鬼丸が屋上から去る。

 エシェル、ハート、そしてシード。

 何だろうが、関係ない。

 俺は、俺に出来る事を成すだけだ。

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