第79話 霧沙は別に気にしてない 2/2


 演舞場に、三対四で分かれる。

「氷雨?」

「ああ、いつも通り行こう」

 手のひらを打ちつけあう。

 まずはクイーンの佐伯を落とす。見ると、佐伯はキングの霧沙の後ろに陣取っている。開幕直後のクイーンの面制圧を考慮した、基本的な布陣と言っていいだろう。

「ハジメっ!」

 バイトの監督官の声と同時に、俺と氷雨は左右に分かれる。

 村田アキトは?

 村田は真っ直ぐに、霧沙へ向かっている。

 その村田へ、中田くん、岡類、佐伯のエーテル弾射撃が集まる。

 佐伯がエーテル弾射撃? 面制圧はしないつもりか?

 村田はいきなり最大限の面防御。思い切りがいいな。だが、このペースでエーテルは持つのか?

 氷雨は燕のように前後左右に滑っている。その氷雨に、中田くんが、迫るっ!

 前面に出てくる中田くんに、俺は右手の槍を振りかぶり突き入れる。

 中田くんが身体を開いて避ける。

「氷雨っ!」

 声をかけるまでもなく、氷雨はエーテルを展開中だ。

「碓氷式炎術オリジナル、オーストリッチシュートっ!」

 炎熱を纏った氷雨が、目の前を駆け抜ける。面制圧じゃないっ! 単体制圧魔法っ! 氷雨のやつ、相手の戦略にとっさに合わせて、エーテルを温存する気だな?

 中田くんが間一髪で避ける。避けて開いたその進路の先に、霧沙っ!

 とっさの判断で村田アキトは進路を空け、下がり、全周警戒する。

「うらららららぁ!」

 爆炎で加速しながら、氷雨は両腕射撃トゥーハンドで弾の嵐を霧沙に撃ち込む。

「霧沙、面防御」

 霧沙はそう呟くと、体内エーテルを拡張させて、障壁を展開する。

「ダーリン!」

 分かっている! 盾を前面にかざし、後方一直線、右手の槍に全てを込める。

「ジャイアントカプリコZ、クッキー&クランチっ!!!」

 神速の氷槍を、エーテルで面防御した霧沙の腕に叩き込む。

 霧沙は両手で持った銃剣バヨネットで槍を捌く。

 だが。

 クッキー&クランチから発せられる、拳大の氷粒が、霧沙を通り越し、援護しようとしていた佐伯に襲いかかる。

 同時に、氷雨が佐伯を狙って駆け出した。

 接近しながらの、連続射撃コンティニュアスファイア

 俺の氷塊を、佐伯のトンファーが叩き落す。だが、その隙に氷雨が間合いを詰める。

「碓氷式炎術、唐竹からたけっ!」

 紅い火炎の剣が佐伯を襲う。両腕のトンファーで防いだ佐伯が、だがその火炎の威力と衝撃に体勢を崩す。

『村田っ!』

 俺と氷雨の声がハモる。

 しかし。

「俺に指図するんじゃねえ!」

 村田が両刃剣クレイモアで霧沙と打ち合っている。

「氷雨! 村田を待つな。お前が行け! 俺もすぐ行く」

 俺は大声で声をかける。

 だが。

「おい、麻生。そんなの待つと思うか?」

 中田くんが、来るっ!

 射撃の弾幕が俺を襲う。盾で躱し、合間に槍を突き出す。

 俺と中田くんは完全にタイマンだ。

 氷雨と佐伯は?

 視線で追いかけるが、その瞬間を縫って、中田くんが射撃と体技で迫ってくる。

 心を落ち着ける。

 中田くんと打ち合うと長引くな。だからまだ当初の作戦通りでいい、佐伯を倒す。

 気迫をエーテルに乗せる。

「海を裂き荒ぶれ、悪魔水龍リヴァイアサン

 次の瞬間、亜空間から悪魔水龍が顔を出す。

「しょ、召喚が早いっ!」中田くんが思わず叫ぶ。

「波平っ! 俺を守れ!」

 波平の鋼の鱗を持つ胴体が俺の周りを包み込む。

 中田くんの射撃が、鱗に跳ね返される。

 転瞬。

「ど、どこだ?」

 中田くんが狼狽える。

 ここだよ。

 俺は心の中で答える。

 悪魔水龍の、水で出来た体内を移動し、尾の先から出て、奇襲っ!

 不意打ちの強襲で、揉み合っていた氷雨と佐伯の背後から、槍を突き入れる。

 入った!

 そう思った瞬間。

「ねえ、私、空気にされ過ぎじゃない~?」

 岡類の武器、扇の一閃が俺の背中に叩き込まれる。

「ぐあっ」

 俺は地に伏す。

 その時、霧沙が叫ぶ!

「今っ! 碓氷氷雨、包囲! 全力攻撃っ!」

 その瞬間、中田くん、岡類、佐伯の三人が氷雨に襲いかかる。

「し、しまっ」

 氷雨が躱そうとするが、なす術なく討たれる。

 やられた。俺は受け身をとり、体勢を立て直す。

「中田太郎。麻生将を抑えろ。討とうとするな、抑えるだけでいい」霧沙が指示を出す。

「了解っ!」

 俺には中田くん。村田には、霧沙、佐伯、岡類か。

 村田が落ちたら終わる。

「村田あ! 合流だ。二人で佐伯だ!」

「うるせえ! ごちゃごちゃ言ってくるんじゃねえ! 三人頭抑えるるから、さっさと中田を倒せ!」

 くっ。アホだこいつ。射撃特性の中田くんが、何故、近接特性の俺を狙っているか分からないのか? それは、簡単に勝負がつかないからだ。間合いを詰めなければ攻撃できない俺と、間合いを保ったまま俺を狙える中田くん。

 くそっ、もうどうなっても知らんからなっ! お前が言ったんだ、中田くんを落とすまで持ちこたえろよ。

「波平、戻れ! そして、山統べし森の賢者、来い、弓引人馬ケンタウロス

 弓引人馬のエレンくんを召喚する。

 が、同時に、中田くん、佐伯、岡類も詠唱に入っている。

「村田! 時間稼げ! 召喚させるな!」

 言いながら、俺はエレンくんの背にまたがり、騎乗して中田くんに突っこむ。

「紅蓮の弓矢」

 エレンくんが弓を引き絞り、そして放つ!

 三本の火炎を纏った矢が放たれ、一本が中田くんに、残りの二本が霧沙と佐伯に向かっていく。

 俺の槍の突き入れを、中田くんがギリギリで躱し、射撃。

 良しっ、召喚中断インターラプション、成功っ!

 エレンくんは目を見張るステップで躱し、また弓を放つ。今度は三本とも、中田くん狙いだ。豪炎が中田くんを包む。

 そしてそのまま突撃!

 面防御で矢を防いだ中田くんの顔が、驚きに変わる。

「食らえ、雪花っ!」

 そして咲く、雪の花!

 中田くんが戦線から離脱する。

 村田は?

 見ると、岡類の鋼鉄歩兵ゴーレムと、佐伯の炎熱蜥蜴サラマンダーが、村田に襲いかかっている。霧沙は下がり、詠唱中だ。村田はまだ召喚が完了していない。

 ここは霧沙だ。ここであいつまで精霊を展開してきたら苦しくなる。

 エレンくんは地を駆け、疾走する。

 霧沙の目前に迫ったその時。

「はい、引っかかった」

 霧沙の体が、宙を舞う。

 森林花嫁シルフに抱きかかえられた霧沙が俺を飛び越えて、村田に迫る。風の精霊、森林花嫁。背から生えた羽根で舞うその飛行速度と俊敏さは、虚を突かれた分だけ、速い! さすがのエレンくんと言えど追いつけない。

「二人とも。しっかり抑えててね」

 霧沙が呟き、銃剣を構える。二人と二精霊に囲まれた村田の腹に、音速の射撃が決まる。

「はーい。あと一人。空中から援護するから、あの馬さん走らせないでね。走れなければ、ただのまとだから」

「了解!」岡類と佐伯が声を揃える。

 その時エレンくんが口を開く。

「マスター。恐らくあの言葉、フェイクです」

「俺も思った。騎乗させてひとかたまりにするための虚言だな。分かれるぞ、岡類をやれ!」

 エレンくんから飛び降りて、その後ろを走る。

 エレンくんが岡類側に回り込む。

 今だっ!

跳躍狼走リードホッパー!」

 雷切の加速で、佐伯に突っこむ。炎熱蜥蜴が立ち塞がる。

「しっ!」

 躱し、横薙ぎの槍。佐伯の右手のトンファーを叩き落とす。そのまま槍の腹で佐伯の胴を打つ。佐伯が崩れる。

 次、岡類!

 そう思った瞬間。

 エーテルの気配を間近に感じる。

 しまった、森林花嫁か! 至近距離での脚撃を辛うじて躱すが、森林花嫁の風雲魔法で突風と砂ぼこりが舞う。

 視界が、とれない。

「きみ、厄介だね。でもそこまで」

 気が付けば、霧沙の銃剣が、後頭部に突き付けられている。

「そこまでっ!」

 バイトの監督官が声を上げる。

「やられた。まいった」

「使えるね、きみ。それに頭良い方だと思うよ」霧沙が言う。

「だが負けた」

「霧沙がちゃんと、使いこなしてあげる」

「お前は優秀なキングだ。これから共に戦うのが楽しみだ」

「そう。霧沙の指揮で戦った駒は、みんなそう言う」

「あと、よく見ると結構可愛いな」

「えっ!」

 ぼっ。霧沙の顔が、赤く染まる。

「照れたか?」

「き、霧沙は別に、気にしてない」

「ダーリン?」

 氷雨がジト目で俺を見る。

 みなが集まり、七人で向かい合う。

「やれそうだね。良い試合だった。いったん休憩して、もう一試合やって今日は終わろう。次は俺、αチームに入ってみるよ」

 佐伯が声を出す。

「麻生、お前マジ強いな。ちょっと、ちょっと、敵わないかも」

 中田くんが俺を称える。

「全力で入れた打撃が、倒れて即受け身だもん。あれはショックだったなあ~」

 岡類が苦笑いを浮かべる。

「村田くんは、どうだった? 楽しめた?」佐伯が声をかける。

「別に。適切な支援があれば、俺は負けなかった」

「そう。まあいっか。じゃあ十分休憩で」

 二戦目までの休みのあいだに、俺は連中を見回す。

 こいつらさすがに学年選抜だけあって、みなポテンシャルが高いな。

 そして何より、霧沙の指揮官適正。

 俺は水分補給している霧沙を見つめる。

 俺がやられた時も氷雨の時も、こいつの指揮には迷いがなかった。

 自信と、ロジカルな消去法。

 頭の良い女に、俺は昔から弱いな。

 模擬戦の熱気と、血が昂るこの感覚。

 実戦でどこまでやれるのか、早く試したい。そう思った。

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