デイ オブ ザ ハルジオン

第80話 デイ オブ ザ ハルジオン 1/3


 あっという間に、二週間が経った。

 桜花高校の文化祭、「桜花祭」まで、今日を含めてあと三日。

 暦はもう十一月に入った。今週は明日が祝日で、明後日金曜が桜花祭初日、土曜が二日目で最終日となる。

 クラスの出し物、餃子屋さんの準備も順調。そして、親睦試合の学年選抜オウカも、粗削りながら連携が取れてきている。

 学年選抜の連中とは打ち解けてきたが、浮いているのは言わずもがな渡辺霧沙と村田アキトだ。

 桜花祭前、最後の練習が終わって、仲間たちで息をつく。

「俺たち、相当行けると思うよ。前衛の二人の関係がちょっと心配だけど、何せ麻生と村田だ。後衛からのフォローが上手くハマれば、本気で一年生が優勝もあり得るな」

 中田くんが汗を拭きながら爽やかな笑顔をみせる。

「うん。ほんとにそう思う。自分が控えじゃなかったらなって思うくらい良いチームだと思うよ。でも、このチームに参加できてよかった」

 それに答えるのは控えキングの佐伯将門。このチームがここまで来れたのは、間違いなく将門の挺身があったからだろう。

 普通、どんなに自制したって、自分が出られない試合のためにここまでの協力はできない物だ。知り合ったのはたった二週間前だが、将門、良い奴だと思う。

「うちの長老二人はおっかたいな~。もっと私を見習ったらあ?」

 うちの原宿系ギャルビショップ、お軽い岡類が二人をおちょくる。

「おい、ヴィヴィアンの事をヴィヴィアンウエストウッドって呼んでそうな岡類。将門はともかく中田くんの事をおちょくるな。中田くんはもうお堅いって言うより剛直なんだぞ。剛直がそそり立っているんだ」俺言う。

「麻生。そのフォローの仕方なんか気持ち悪い」中田くんが答える。

「気持ち悪いとはなんだっ! 貴様、ちょっとダーリンに好かれてるからと言ってお調子に乗っているなっ!」うちのアホが吠える。

「すまん、こいつ病気なのだ」

「ひーさま、ホントピュアだねえ。お姉さん照れちゃうな~」

 そう言って、岡類が氷雨に抱きつく。

「ひ、ひーさまって呼ぶな。は、離せっ!」

 氷雨と岡類。意外な組み合わせだが、オウカでもこの二人の相性は結構いい。

 それにしても。

 俺たち五人の喧騒を尻目に、霧沙は膝を抱えたまま目をつむり、村田アキトは不機嫌この上ない顔で俺を睨んでいる。

 ほんっとさ、マジしつこいし~。思わずギャルっぽくなるくらい俺はうんざりだ。

 中学の頃の俺。ああ、今なら分かる。確かに最悪だった。だが、俺は村田とは面識がなかったんだぞ。それなのにいつまでもあの頃のイメージでねちねちねちねち睨みやがって。

 そしてもう一人。霧沙だ。

 こっちはまあ、元からこういう性格なんだろうなとは思う。東南アジアのアイドルのような顔で、くっきりとした二重瞼と涙袋がぷっくりとした大きな目、肉感的な唇、絹のような黒髪をカチューシャで留めている。小顔で、身体は華奢で浅黒い肌をしている。足なんか、太ももとふくらはぎが同じ細さだ。

 俺の人相学で言うなら、顔つきは陽性なんだけどなあ。実は根明ねあかなのか? うーん、俺じゃ分からん。師匠が見たらなんて言うかな?

「おい、霧沙」俺は声をかける。

 霧沙は眠たそうなぼーっとした顔のまま上目遣いで俺を見る。

「明日は休みで、練習は今日で最後だ。何か感想を言え。って言うか喋れ」

「感想? そうだな、霧沙は今とても懸念している。麻生将と村田アキト。二人が前衛だと、霧沙の計算が立ちにくい。赤ちゃんじゃないんだから、試合のあいだくらいうまくやって欲しい」

 霧沙がそう言うと、村田が睨む先を霧沙に変える。

「何が言いてえんだよ」

「言いたい事は今言った。あと付け加えるなら、本当は村田アキトは佐伯将門とチェンジしたいくらいだ」

「んだとコラっ!」

「村田くん、落ち着いて」将門が取り成す。

 だが、霧沙は空気を読まずに喋る。

「村田アキトはバカだ。イノシシだ。ただ強いだけの奴なんて霧沙の戦術には必要ない。麻生将は別だ。麻生将は例え一人になっても、戦局を打開できるだけの力がある。周りを見て連携する事にも長けている。村田アキトにはそこまでの力はなく、戦術理解度も低い。自覚して欲しい。きみは、麻生将よりも二段階は下にいる。足を引っ張らないように、麻生将を活かしてくれる事を切に希望する」

 村田の顔が真っ赤に染まる。立ち上がり、つかつかと霧沙に詰め寄っていく。霧沙は平然と座ったまま村田を見返し、涼しい表情だ。

 将門が立ち上がろうとするが、それを俺と中田くんが止める。

「お、おい」

「いいから見てろ」

 声をかけ、二人を見守る。

「俺は必要ないって事か?」怒りに震える声のまま村田が聞く。

「そうじゃない。使い道はある。霧沙は村田アキトに、霧沙の計算の範囲内で動いて欲しいと言っている」

「………」

「霧沙は問う。村田アキトは麻生将を見ていたか? 麻生将がその瞬間何を考え、何を優先していたか見ていたか? 麻生将は、ちゃんときみを見ていた。見ていたから、今の出来だ。悪くはない。だけど、さらに上を見据えるなら、きみも麻生将を知るべきだ」

「俺が、麻生を知る…」

 村田が黙る。

「霧沙は提案する。本戦の最初の一試合、外から麻生将を見てみればいい。その試合だけはルークに佐伯将門を使う。どう思うか?」

 今、村田の頭の中では好き嫌いだけではない何かが巡っているはずだ。そして、一見不思議ちゃんの霧沙は、少なくともイノシシバカの村田に思考し、自分と俺を見つめ直すきっかけを与えた。

 キングは、部隊の頭脳。勉強がじゃなくて、本当の意味で頭の良い奴しかできない。

「分かったよ。それでいい。麻生」

 村田が振り返り、俺を見る。

「俺が何でお前が嫌いか、教えてやろうか?」

「いや、別にいい」俺言う。

「くっ、てめえホントムカつくな。知りたくねえなら話さないけどよお、お前が今の評価通りの人間かどうか、その一試合で見極めさせてもらうからな」

「望むところだ。そしてここで一つ、はっきりさせておこう。俺がお前に詫びる理由などどこにもないが、少なくとも俺は、中学の頃の自分の行いを悔いている。だから、変わろうと願った」

「ダーリン…」氷雨が呟く。

「お得意の口先か?」

「違う。本気で変わろうと願い、そして誓った。桜の、あの笑顔に」

「桜…。鈴本すずもとさくらか」

「俺は今、取り返す戦いをしている。人として見ていなかったあの頃のクラスメイトやオウカの仲間。自分すら自分が嫌いだったあの頃に、俺を好きだと言い続けてくれた桜を、傷つけたこと。全部、全部っ、俺は取り返す! あの頃にはもう、どれだけ悔やんでも戻れないから、今周りにいる仲間を大切にする。それが、今の俺の戦いだ」

「………。今の言葉だけは、信じてやる。じゃあな」

 村田が踵を返し、演舞場から出て行く。

 残された六人は微妙な空気の中にいる。将門が、俺を見ている。

「なんだ?」

「いや、村田くんの理由ってやつ、聞かなくて良かったのかなと思って」

「問題ない。俺はそれよりも今夜の夕食のおかずの方が心配だ」

「麻生くん。一つだけ、おせっかい。村田くんはさ、まあ普段もあんな感じだけど、クラスでは普通に笑うし、友だちだっている。彼が感情をむき出しにするのはキミといる時だけなんだ。ちょっと悪ぶってるけど、普通の、どこにでもいる高校生なんだよ」

「俺がいるから、か」

「心当たりは?」

「あり過ぎるくらいだ」

「ははっ。中学の頃の麻生くんか。悪い噂が立っていたみたいだけど、なんて言うのかな。村田くんが、キミを嫌いな理由を話そうとした理由。それって今の麻生くんが、悪い人じゃないって心のどこかで思っていたからじゃないかな」

「ふん。あんな腹を空かせたコヨーテみたいな奴にデレられても何の得にもならん」

「ツッパって、自分の気持ちを認めないところは、キミらそっくりだよ」

「うるさいな、控え」

「お前、よく言えたな、今のセリフ…」

 中田くんが呆れ顔で俺にツッコんだ。

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